二章七話 『ツワブキの凱旋(前)』
話を終えたアシタバ達が大階段を上っていくと、半分を超えたところで大工道具や資材が転がっていた。
その先、階段が崩れたあたりで金槌を振るっているのは、熊のように大きく髭をたっぷりと蓄えた毛深い男だ。
「おお、アシタバよ。話は上手くいったのか?ツワブキ達は上で待っとるぞ」
「ええ、なんとか。修復は終わったんで?ディフェンバキアさん」
後ろで思考の海につかりっぱなしのキリを気にしつつ、アシタバはその男、ディフェンバキアに応える。
「まー応急処置じゃな。渡る分には困らんが………。
お前さん、ここでの農業を考えているんじゃろう?」
「…………言いましたっけ」
「いや、大体分かる。ワシも樹人(トレント)の可能性は考えておった。
しかし、だったらこの階段にはもう少し凝る必要がある。
人の行き来、物資の行き来……リフトを付けるのも考えんとな」
ダンジョン大工とも呼ばれるその男、ディフェンバキアは、建築家と探検家の技術を併せ持つ、世界で唯一の人材だ。
探検家業界に若い風を、と意気込む熟練の探検家である彼は、階段や崖際の道、休息所など、世界中のダンジョンの整備を新米探検家のために行っていた。
全ての探検家は彼にツワブキ以上に頭が上がらない。
魔王城を居住区にする、という銀の団の使命は、彼なしでは成り立たないとさえ言ってもいい、重要人物だ。
「ま、ともあれ今は上に行くといい。恒例のツワブキのやつだ。
ワシはここに取り掛かるんで不参加だがな」
1つ会釈をすると、アシタバ達は修復された階段を上る。
その先には、少しキリと話がしたいと言うアシタバに配慮し待機していた残りの選抜隊がいた。
「そんで、決まったのか?」
「ああ、まぁ。しばらくは俺についてもらいつつ……。
暇な時はティアの護衛でもやってもらおうかな」
キリは反論はしなかった。
またローレンティアの暗殺を試みるほど執着もない。
しっかり立っていないような、浮ついた気分だった。
「そうかそうか。まぁ、そいつの処遇はお前らに任せる。
それよか今は目先のことだぜ。ゴーツルーに頼んで人は集めてもらった」
「…………何を?」
ローレンティアの疑問に答えず、ツワブキは階段を上っていく。
全員がそれに従い、再び上へ向かう洞窟を上がり、そして地上へ、一階についた。
「こっちだ」
ツワブキが正面玄関に向かう。
ローレンティアも何やら異様な雰囲気を感じていた。
話し声と湧き立つ熱気。これは…………?
疑問の答えをローレンティアが見つける前に、ツワブキは玄関から勢いよく飛び出し、そして声を張り上げた。
「よォォォオオオオオオオお前ら!!!!
出迎え御苦労!!夜遅いのに大変なこったぁ!!
ガキ共、眠いかぁ!?明日は昼までゆっくり眠っとけ!!
地下一階から!!帰ってきたぜ、冒険者たちがよォお!!!」
手を広げ満面の笑み。それに大勢の歓声が応える。
正面玄関前の広場には、深夜にも関わらず大勢の人が待っていた。
「な、なんですかこれは…………?」
「冒険譚、聞きたいかぁー?待て待て、先に英雄たちの紹介をしよう!!
この魔王城、最初のダンジョンの攻略に名乗りを上げた勇猛果敢な奴らだぜ!!
まぁーずは団長、ローレンティアだ!!」
「え?え?」
訳の分からないローレンティアの背中をアシタバがそっと押し、一歩前へ出させた。
「お前らも記憶に新しい、初日っから誰よりも先にダンジョンへ踏み込んだ程の英雄気質のお姫さんだが、今回もやってくれたぜ!!
お前らのトコにいたかぁ?一番槍を下っ端の兵士に任せず自ら行う、しかも年端もいかねぇお嬢さんの上司がよぉ!!」
オオオオオオ、と歓声が上がる。
その熱気にローレンティアは気圧されてしまう。
「次ぁこの俺、ツワブキと相棒ディルだ。
ま、今回の手柄の八割は俺のモノと言ってもいいだろう!!」
打って変わって酷いブーイング。本気ではない。そういうノリなのだ。
道連れにされるディルも慣れっこといった対応だった。
「もう一人、探検家から参加者がいたぜぇ!【魔物(ゲテモノ)喰い】のアシタバだ!!!
水の件ではお前らも世話になったなぁ!!!
今日の料理はこいつに感謝して喰えよ!!!」
アシタバも慣れており、左手を背中に隠しつつ軽い会釈で歓声を迎えた。
そう、これが。これが【凱旋】のツワブキの、凱旋だ。
「続いて、キリ!!お前らは知らねぇだろうが、ああ!俺も知らなかった。
だが実力は本物だ。ダンジョンで活躍してくれたぜぇ!!
しばらくはアシタバの助手としてお前らと顔を合わすだろう。
いやぁ、アシタバは魔物(ゲテモノ)喰いだから美人には興味ねぇんだよなぁ。非常に残念だ!!」
アシタバの悪評でもある、魔物(ゲテモノ)喰いを笑いに変えて、無名なキリの紹介をする。
荒くれたちの豪快な笑いが響いた。
「【月夜】のラカンカと【月落し】のエミリアはお前らも知っているだろう!!
あのお伽噺のコンビだ!罠解除担当としてこれからたっぷりお世話になるぜぇ!!
今のうちに酒注いで、恩売っとけ!!」
酒は苦手なのか、ラカンカは苦い顔を隠さなかったが、それも男たちの歓声にかき消される。
「最後に、俺の知る中でも最も話の分かる商人、エゴノキだ。
お前ら、こう思っているんじゃねぇのかぁ!?
商人なんざ、金払って俺たちの成果を持っていく冷徹な奴らだ。
金勘定が趣味の、ロマンの分からねぇ奴らだってなぁ!!!」
少し歓声が収まる。
ここにきて、エゴノキは自分の役目を理解していた。
威張りに近い堂々とした振る舞いだ。
「だーがぁ!!このエゴノキは違うぜお前ら!!
魔王城を、ダンジョンを、俺らの仕事を見ておきたいと言ってきた!!
お前ら、今までにいたかよ!共に危険を負ってくれる商人ってやつを!!
これから魔王城に潜っていきゃ、多くの資源を、発見をするだろう。
身内をちゃんと刻んでおけよお前らぁ!!
これからの時代、俺らの成果を活かす存在ってのは重要になってくるんだ!」
再び歓声。荒くれどもの群衆は、ツワブキにとって実家のようなものだ。
「以上、長くなったなぁお前ら!!今宵は宴だ、大いに食え飲め騒げ!!!」
それからは、おそらく魔王城史上で最も賑やかな夜になった。
大工たちは簡易的な机を椅子を作り並べ、広い飲食スペースを作り出していた。
そこに次から次へと料理が運ばれ、そして惜しみなく酒が注がれる。
選抜隊の面々は次から次へと声をかけられ、それでない者同士もまた、今夜の成果を皮切りにお互いの紹介をし合う。
「気遣いがねーっつーか、こういうのがなかったんだよなぁ銀の団は。
飲みあった方が手っ取り早いだろ。
これから共同生活で仕事仲間だぜ?俺らは」
既に出来上がったツワブキがそこまで言って酒を飲み干す。
「プルメラ!酒頼む!!」
「私はプルネラだよー!」
脹れっ面で、右側に髪を縛った女性がツワブキに酒を渡す。
後ろでは同じ顔、左側に髪を縛った女性が配膳に勤しんでいた。
「うちの娘たちを間違えるなんて、今夜はよっぽど飲んだみたいだねぇ。
しかもそれを団長さんの前で言うかい。だーれが気遣いがないってえ?」
ツワブキの座っているカウンターの向こうには、料理人の姿をした女性がいた。
ツワブキほどの年齢、大柄で腕も逞しく、肝っ玉という言葉が似合う。
ローレンティアはツワブキの横で、所在なさげに酒のグラスを抱えていた。
「ママは厳しいなぁ~。あ、別にお姫さんを悪く言っているんじゃないんだぜ?
元々貴族出身のお偉いさんに荒くれ共への気遣いを期待しちゃいねーよ。
それに酒も知らない若さだしなぁ」
喋りながら料理を口に運び、ああ、やっぱりママの料理は最高だ!!と叫ぶ。
「今回の目的も無事果たせた」
「………目的?」
フフン、と鼻を鳴らす。酒以上にツワブキは上機嫌だ。
「人ってのは面白いな。考えていることが違う。
入る前は俺もディルもアシタバも、樹人(トレント)がいるだろうと予測していた。
ディルはまぁ、俺が頼れる男だってのを認めさせようとしていたらしいな。
要らん気を回す奴だぜ。アシタバなんか、聞いたか?
樹人(トレント)を使った農業を考えていたらしい。面白れぇな、あいつは。
俺が考えていたのは、顔を立てることだ」
「顔を?」
「あんたのな」
赤い顔のツワブキがびし、とローレンティアに指を向ける。
「若い、女、祖国で疎まれ、初日で早速問題を起こした。
正直言うと俺ぁ、あんたが初日ダンジョンに落ちたって聞いた時、厄介な小娘が上に来たもんだと思ったぜ。
この先思いやられるってなぁ」
申し訳ない、と顔を伏せるローレンティアに、ツワブキは言葉を重ねる。
「……俺は、探検家を引退しようかと考えているんだ。
俺ももう歳だ。体もなかなか言うこと聞かなくなってきたし。
魔王もいなくなって魔物も減少傾向にある。潮時なんじゃねぇかってな。
だから魔王がいなくなってからのこの二年は、老後の生活ばっかり考えていた」
世界に轟く英雄の、そんな事情は現実感が湧かない。
「そこでまぁ、色々案はあったんだが。
俺はやっぱり冒険やダンジョンが好きなんだな。
人とこうやって馬鹿やるのも好きだ。特に若い奴な。
だから銀の団の話が来たときに乗ることにしたんだ。
家から歩いて徒歩五分。世界で恐らく最難関のダンジョンだ。
世界中から馬鹿な戦士たちが集まってくる。
今回みたいに先陣切ってもいいし、管理職として若い奴らの育成に精を出すのも悪くねぇ」
それが、【凱旋】のツワブキがここにきた理由。
「懸念だったのは上のやつらだ。のびのび自由にやりてぇんだよ俺は。
上から横から、つまらねぇことをぐちぐち言われる老後は勘弁だった。
話の分かる団長が良かったし、文句を言わねぇ貴族がいい。
俺らの冒険の成果を、誠実に扱う商人と組みたかった。そして何より信頼だ。
お互いが信頼してねぇ共同生活、仕事仲間、そりゃあ俺の理想じゃねぇ。
あんたの第一印象は、そりゃあ悪かったがな」
ツワブキが笑う。この男はどこまでも未来を見ていた。
「あの演説は良かった。あれはあの場の奴らに残ったぜ。
だからその後も話題になった。面白がられたんだ。
俺ぁあんたを、気弱で何もできない臆病な傀儡人形と思っていたが、実際会ってみりゃ目に力のある奴だった。
スライムの現場を見に来たり。まぁ見直したのさ。
若いし少し頼りないが………誠意がある。
俺ぁこの娘をいい団長にしてやりてぇってな、そう思ったんだ」
初めては多分、アシタバだと思う。そして目の前の人物も同じだ。
ローレンティアの方を見て、ちゃんとした言葉を投げかけてくる。
英雄が一人、【凱旋】のツワブキのその姿を、ローレンティアはじっと見つめていた。
二章七話 『ツワブキの凱旋(前)』
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