二章五話 『斑の一族』

では、一番強いのは誰だろう。

この話題は、各国の酒場で繰り返し議論されてきた。


最初に名前が挙がるのは勇者だ。

そりゃあ魔王を倒したんだからと、半世紀以上も渇望された前人未到の偉業を果たした男の名を、高らかに叫ぶ。


次いで語られるのは四人の英雄の名前だ。

彼らはいずれも魔王軍の戦いで頭角を示し、その人類に対する貢献は勇者と並べて称賛される。

勇者を入れ、暗黒時代の五英雄、とよく一括りにされるものだ。


探検家、【凱旋】のツワブキ。

騎士、【黒騎士】のライラック。

傭兵、【刻剣】のトウガ。

剣闘士、【豪鬼】のバルカロール。


勇者が魔物相手に強いのはそうだが、人と人との決闘においては彼らの方が強いんじゃないのか。


一人がバルカロールの無敗伝説を謳うなら、もう一人は負けじと傭兵最強のトウガ傭兵団の逸話を語る。

ライラックが聖十字なんちゃらとかいう最上位の騎士勲章をもらったのなら、ツワブキが………いや、あいつは対魔物特化の専門じゃねぇか!


酔いが回り熱がこもり、言い合いが盛り上がったところで、大抵は斜に構えた男がくくくと笑い、お前ら何か忘れちゃいねえか、と割って入る。

人と人との戦いって言うなら、対人に特化した……人殺しに特化した、あの一族のことを忘れちゃいけねぇよ。


そうして彼らは名を呼ばれる。


斑の一族。


それが、最強の暗殺集団と恐れられる者たちの名だ。

銀の団団員、キリは、その一族の一人だった。






「暗……殺……………」


何よりも、アシタバの体に湧いたのは憤りだった。

ティアの事情は、親との関係は聞いていたからだ。


この地、この期に及んでまで。

わざわざ刺客を遣わして、娘を殺そうと企んでいるのか。

剣を構える。キリと対峙する。目の温度は変わらない。


「そこまで分かっているなら隠すつもりもないわ。

 我々は成果主義であって秘密主義ではない。

 私は、あなたの母親に依頼され………あなたの命を奪いにきた」


言葉尻に合わせるよう、再びナイフを投げる。

ティアの眉間に向かって真っ直ぐ飛んだそれは、彼女の影から湧いた黒い手に受け止められ地面に落ちた。

ローレンティアは動じない。投げナイフにも目をそらさずキリを見ていた。


「………?」


対峙する格好でありながら、アシタバとキリは同じタイミングでその違和感に触れる。


「………不思議な人。おかしいぐらい。

 今より、迷いの森を進んでいたさっきの方がよっぽど怖がっていた」


アシタバも同意する。ただ彼には思い当たる節があった。

初日、アシタバと落ちた時。

地下一階に来た直後、落下するツワブキを助ける時。

落下中にあって、彼女はどこまでも冷静に自分の役割を遂行しようとした。


「……慣れているんですよ。母から刺客を寄越されたことは何度かあります。

 それに私はずっと自分の死を考えてきましたから。今更怖がりはしません」


それが、王女ローレンティアの異常性だった。


死に直面した時ほど彼女は冷静で聡明だ。

それは彼女の生への執着の無さや、死を望み続けたこれまでに起因するものだった。

単に生きる、と決意しても。

彼女のこれまでの人生で形成された歪みはすぐには直らない。

アシタバの苦い顔とは対照的に、キリの顔は余裕を見せた


「聞いているわ。落下も含めた、あらゆる危害からあなたを守る絶対防御の呪い。

 それが過去の暗殺者の成功を阻んだことも。だけどあなたの母親は対策を考えてきた。

 ………私もさっきの件で確信したわ。あなたの呪いの隙を」


アシタバが動く前に、キリがそれを投げた。

赤い、大きな――それは、大茸(マタンゴ)の傘だった。


「――口を覆え!!」


アシタバの頭上を越えてローレンティア目掛けるそれを、彼女の影から湧く呪いが再び阻み………。


そして、胞子が激しく散った。


「さっきあなた、これで眠りに落ちたわね。

 あなたの呪いは、あなたに危害を加えるすべてを阻むけれど……。

 おそらく遅行性の類には作用しない。

 母親は思いついていたけれど実行には移せなかったみたい。

 国内で王族が毒殺されたなんて、疑われるのは同じ王族だしね」


キリが腰元の袋から瓶を取り出す。何やら透明な液体が保存されていた。


「あなたの殺し方は毒殺よ」


「ティア!!!」


キリへの警戒を解かないまま、アシタバはティアに呼び掛ける。

落下時よりは少量の胞子だ。しかし彼女は力を失い、膝をつく。


「………吸ったか」


「………ごめんなさい。起きて、られない………」

 

襲いかかる眠気の中、ローレンティアはぽつぽつと呟く。


「アシタバ………嘘じゃ、ないの。死を………考えてきたの。

 刺客に刃を向けられることにも、慣れていた………でも」


目が霞んでいく。意識が遠のく。

でもこれだけは伝えなければいけない、と思った。


「あの日、生きようと思ったのは本当なの」


言葉が途切れる。力を失い、地面に倒れるティアにアシタバが答えた。


「………分かった」


改めて、暗殺者キリと探検家アシタバは対峙する。

アシタバは鎖付きの長剣。キリは脇差しと、ナイフ。


「俺が守る」


下側で響く轟音を皮切りに、二人の刃が交差した。









病弱だった、ということを覚えている。

少女の母親はいつもベッドの上だった。彼女はいつも申し訳なさそうな顔をする。

父親はそんな母親に冷たかった。いや、もはや興味を失っていた。


母親は連れ去られてきた女性だった。

父親の一族は、美貌というものを軽視しない。

見た目の美しさは男女問わず隙を生む。

だから彼らは子供を産ませるために、美しい女性を攫った。

母親はそうして、斑の一族に連れてこられたのだ。


斑の一族は殺しの一族。

斑という名は、彼らが現場に残す鮮血に由来する。

彼らの末裔として生まれた子供は、幼少期から暗殺のいろはを叩きこまれる。

戦闘術、移動術、潜伏術、薬学、解剖学………。

そして殺しの道具としてあるために感情を殺す。


キリもそうして育った子供の一人だった。

今まで殺した人は数知れず、その日々を疑ったことはなかった。自分は殺しの道具だ。

依頼人が殺したいと思い、一族が請け負った依頼をただ機械的に実行する。

そうするよう育てられ、それができるよう鍛練を重ねてきた。


ここへも同じだ。王女ローレンティアを殺すため、彼女は銀の団に参加した。

ツワブキに誘われ、先遣隊入りできたこと。僥倖だった。

崖を降りる順をコントロールして、恐らく最初で最後の絶好の機会を作り出すことができた。


あとは目の前の男を倒し、ローレンティアの唇に毒液を垂らすだけだ。






疾い。


キリと戦ってアシタバが思ったのはそれだ。

一撃の威力より手数を優先したスタイル、身のこなしの軽さはアシタバの刃では捉えられない。

そして的確なタイミングで、ナイフの投擲を放ってくる。

ナイフを弾くアシタバの体には既に幾つかの切り傷があり、服は血で滲んでいた。

劣勢はアシタバだ。だが彼は目的をツワブキ達が来るまでの時間稼ぎに絞っており、状況的にはキリが攻め切れていないと言った方が正しい。


「――解せないな」


切り合い、牽制し合う中でアシタバが問いかける。


「それだけ強いなら、幾らでも仕事の当てがあるだろう。

 どうして暗殺者なんてやっている?俺には、あんたが殺しを好むようには見えない」


キリは、攻撃の手を緩めない。

声が届いているのか分からない、冷たい刃の顔のままだ。

馬の側にいた彼女のことを、アシタバは思い出していた。


「この最果ての地まできてあんたは、なんの理由があって人殺しを続けるんだ」


「知らない」


切り捨てるような言葉だ。投げたナイフがアシタバの右肩を掠め、切り傷を残す。


「理由なんか、考えたことがない。生まれた時からそうだったってだけ。

 今までも、これからも」




二章五話 『斑の一族』

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