二章四話 『トレントの庭』
探検家の一番は、おおよそツワブキで決まりだ。
では、二番手は誰になるだろう。
ツワブキより長く探検家を務める、【迷い家】ディフェンバキアだろうか。
戦闘能力では探検家一と名高い、【殲滅家】ストライガも候補の一人だ。
故人ではあるが、【自由騎士】スイカを推す者も少なくない。
しかし、大半は【隻眼】のディルの名を挙げるだろう。
伊達に長年ツワブキの相棒を務めておらず、その経験と実力はツワブキと大差ないと言ってもいい。
陽の気と社交性、政治眼に長けるツワブキと比べるのなら、ディルは冷静、理性的な理論屋だ。
感情が高まりすぎて暴走するツワブキを諌めるのはいつも彼の役目だった。
ツワブキの数々の冒険から得られた魔物の情報を、分かりやすくまとめて組合(ギルド)に挙げるのも彼だ。
だから、有益な情報を数多く提供する彼にツワブキ以上の敬意を払う者は多い。
アシタバもその一人だった。
太陽のような、ギラギラした情熱とリーダーシップで人を引っ張るのがツワブキなら、月のように、静かに穏やかに、縁の下から支えるのがディルという男だった。
ディル達選抜隊は、ようやく地下一階の主、迷いの森へ踏み込んだ。
暗く、湿度の高い熱帯気質の森。
異様なのは音だ。鳥や虫、獣の気配がない。
ディルの才能といえる、生来の耳の良さがこの森の異様さを際立たせていた。
「あのまま帰ったんじゃ先遣隊の意味がねーよなー。ま、大丈夫だ。
迷いの森ってのは、木に近づきさえしなければ何とかなるダンジョンだ。
なぁ、アシタバ?」
先陣を切るツワブキは、開けたスペースを選び進路を決めていく。
気楽そうな彼の言葉に、アシタバは神妙に答える。
「まぁな。迷いの森っていうのは例外なく樹人(トレント)の巣だ」
「トレント?」
「植物………樹に擬態する待ち狩りの魔物だ。
迷いの森っていうのは、彼らの群生地のことを指す」
群生地、と聞いてローレンティアは周囲を見回す。
「ああ、全部
「ぜ、ぜんぶ…………?」
顔を青くするローレンティア。説明の続きをツワブキが請け負う。
「待ち狩りの魔物ってのは固有の領域を持っている。
奴らの射程範囲……つまり、ここまで近づかれれば狩れるって間合いだ。
その間合いの中じゃ、奴らは素早く絶対的に強い。だから近づかねぇことだ。
間合いに入らなければ奴らは待つしか、擬態し続けるしかない」
そうは言われても、エゴノキやローレンティアは安心できなかった。
うたた寝をする獅子の巣を通り抜けるようなものだ。全く生きた心地がしない。
暗い中、松明の明かりを頼りに進む一行へ、ツワブキは説明を続ける。
樹人(トレント)。先の通り、植物、樹に擬態する、待ち狩りの魔物だ。
彼らは亜土(ヂードゥ)の環境下で群生し、迷いの森と呼ばれる偽物の森を作り出す。
迷いの森に入った者は、決して帰ることはないと言われる。
樹人(トレント)を知っていればまず入ったりはしないわけで、迷い込むのは知識のない者だ。
知識のない者が脱出できるほど甘い網を、樹人(トレント)達は張ったりはしない。
「要は逆にいや、知識がありゃあ大丈夫ってこったな。
ディルも言ったが、迷いの森は比較的安全なダンジョンだ。
触らぬ神に祟りなし、の精神でいけば何とかなる。
ああ、ツタや根にも気をつけてくれよ。触ったら動き出すぜ、奴ら」
5メートル程の高さの崖に出くわした一行は、ロープを使って順番に降りていく。
既にツワブキ、ディル、ラカンカ、エミリアが降り、今はエゴノキが恐る恐るロープを伝っていくところだ。
「樹人(トレント)は、自分の周りに擬態するオリジナルの植物を据え置くんだ。
まさに木を隠すなら森の中、っつーわけだな。
擬態するためにも有用だし、戦いになった時も、どれが本体か分かりづらくて厄介なんだよなぁ」
「成程、自分の擬態のカモフラージュだけでなく、有事の際の身代わりとしても機能するということですか。
面白い、逆転するわけですね?
普段はオリジナルの樹に樹人(トレント)が擬態し、戦闘時は樹人(トレント)にそっくりな樹を盾として使うと」
「その通りだ。面白いと思うか、エミリア。そりゃーお前探検家としての資質があるぜ。
そういう生命のカラクリに触れた時の興奮に、病みつきになった奴がまたダンジョンへと潜るんだ。
なあ、アシタバ!!」
崖の上のアシタバは、否定はしなかった。
横ではローレンティアとキリが、エゴノキの様子を見守っている。
「………あぁ、やべぇな」
呟いたのはラカンカだ。横のディルがそれに気づく。
「やばい?」
「順番を間違えた。あぁ、初日の団長さんの落下といい、どうも俺は自分以外の奴のことに対して間抜けだよなぁ………おーい、団長さん!!」
急に声をかけられ、崖の上のローレンティアはびくっと跳ねる。
「は、はい!!」
「次、あんたの番だぜ。夜も深いんだ、手早く頼む」
そう言い終わらないうちにエゴノキがロープを伝い終わり、下側へ合流した。
その様子を見て、ローレンティアが前に出て。
それを、キリが遮った。
「………え?」
ち、とラカンカが舌打ちをする。
彼とキリ以外の誰もが呆気にとられ、そして悪い予感を早く感じ取ったのはディルとアシタバだった。
「団長さん、飛び降り―――」
ディルの言葉を遮ったのは、キリの素早い動き……投擲だ。
彼女の両手から放たれた四本のナイフが、ディル達の後方、樹の幹に突き刺さる。
「あ………?」
ツワブキが間の抜けた声を出し。キリが素早くロープを切った。
崖の上側と下側は断絶され、そして。
ぎぎ、と。ナイフの刺さった樹が蠢く。
「おいおいおい………マジか!!」
彼らの周囲の木々が揺れる。
木々にまとわりついていたツルが蛇のように動き、ツワブキ達の方へ頭を持ち上げる。
樹人(トレント)達が、狩りを始めたのだ。
「エゴノキ!!エミリア!!崖まで下がれ!!エミリアは援護を頼む!!
ラカンカは二人の護衛だ!!ディル、出るぞ!!」
鞭のようにしなり、襲いかかるツルをツワブキの斧が両断する。
ディルも背の大剣を構え、二人は勢いよく前に出た。
「アシタバ、悪りぃ!!上は頼む!!!」
その叫び声にアシタバは反応できない。
ともかく、ローレンティアを素早く引き寄せキリと距離を取り、キリは二人に対して崖方向に立ちはだかった。
もはや怠惰で面倒臭そうな表情は見る影もなく、あるのは刃と氷を思わせる、殺気と冷静が共存した顔だ。
飛び降りるか。ローレンティアなら大丈夫だ。
自分も鎖を利用すればなんとかなるだろう。
しかし、相手がそれを許すようには思えなかった。
「………お前、何が目的だ」
問う。キリは反応しない。
「おかしいとは思っていた。隠しているつもりだろうが、あんたは強い。
強い女っていうなら、何かしらの噂になってなきゃおかしい。
でもキリなんて聞いたことがない」
言いながら、アシタバは1つの可能性に行き当たっていた。
「強さには例外なく理由がある。あんたの理由は何だ?
あんたは何で強くなった。それをどこで使ってきた」
「……………」
言葉が届いていない。
擦り切れた、獣のような双眸はアシタバに一直線に向けられている。
彼女は自分を殺す気だ。そしてその後、本来の目的は恐らく。
「あなたを雇ったのは母上ですね」
緊迫の中、発言したのはローレンティアだった。
意外にも彼女は怯えや動揺を感じていない様子で、むしろ殺気立ったキリ相手に堂々とすらしていた。
「何度か経験があるのです。あなたのような方を寄越されたことが。
あなたは、私が目的で来たのでしょう。
私の命を奪うよう、命令されてきたのですね?」
アシタバの考えていた可能性を、ローレンティアが口にする。
「あなたは、暗殺者なのですね」
二章四話 『トレントの庭』
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