二章二話 『迷いの森』

一番の探検家は誰か?と問われれば、多くの者がその名を挙げる。


【凱旋】のツワブキ。


彼の探検家としての特徴は幾つかあるが、まず語るべきはその知名度だ。

幾多の冒険を重ね、数えきれない新発見を持ち帰り、その度に盛大なパレードを開いては自分という存在を喧伝する。

単に祭り好き騒ぎ好きという彼の趣味もあるが、その際限ない陽の性格はどこにあっても人を惹きつけた。


とても長いこと探検家業を続けてきた男だ。

経験において、彼より上は【迷い家】のディフェンバキアぐらいだろう。

その【凱旋】の二つ名の由来になっているパレードと活動の長さから、彼は最も多くの武勇を持つ探検家であった。

新薬の発見。難関とされるダンジョンの攻略。魔王軍小隊を相手取った村の防衛。

枚挙に暇がないその逸話を、世界中の子供たちは寝る前親にせがんで語ってもらい、翌日のごっこ遊びで目を光らせて再現する。



魔王軍との戦いにあって、探検家ツワブキは重宝された。彼は顔が広い。

探検家を生業とする者は一人残らず彼と酒を飲んだが、職人や貴族相手にも彼はパイプを持っていた。

だから彼は国や領から公式に呼び出され、魔物の退治に勤しみ。

そして移動の途中で、傭兵を雇う金もない村のために働いた。


魔王を倒したのは勇者だ。

だが世界には、魔王軍と奮戦しその功績が認められ、勇者と同じくらいに称賛される四人の英雄がいた。

【凱旋】のツワブキ。彼はその一人、世界的な英雄だった。







アシタバとタマモが奇妙な少女と出会った四日後。

ツワブキの号令の元、選抜隊として声をかけられたメンバーが八人、集まった。


「やーやー諸君。この度は俺の呼びかけに集まってくれてありがとな。

 武器はばっちりかー?食料は!?やる気と情熱は忘れてねぇーかー!!?」


ツワブキは普段に増してうっきうきだった。

元よりダンジョン探索が好きで探検家になった男だ。

激情家気質も相まって、テンションが抑えられていない。


「ダンジョン探索には数日間をかけて潜るケースもあるが……。

 今回は日帰りを考えている。食料は非常食だな。目標は魔王城地下一階層の把握」


手早く情報の発信をしたのは隻眼、眼帯が目立つディルという探検家だ。

長らくツワブキの相棒を務めるベテランであり、気分屋なツワブキの荒い面を理性的にサポートする役目を自主的にこなす。

正直アシタバはツワブキよりよっぽどディルを信用していた。


「魔物退治は任せるぜ―。その代わり、トラップ関係は俺に任せな」


ツワブキに負けず劣らずウキウキしているのは、大盗賊ラカンカだ。

未知のエリアへの進出に、罠解除の専門家である彼は欠かせない。


「微力ながら、私もこの弓でお力添えいたしましょう。援護・遠距離はお任せ下さい」


ラカンカがいるのであれば、監視役である彼女も帯同する。

四人目は弓の名手、エミリアだった。


「あ、あの………今更ですが、どうして私が選抜隊に……?」


「せや!儂も聞きたいで!!」


王女にして団長、ローレンティアと、商人エゴノキが揃って声を上げる。

が、ツワブキは浮かれはぐらかし、明らかな回答をしない。

タマモの言っていたのはこういうことだったんだな、とアシタバは呆れ顔だ。


ダンジョン探索の危険性について、銀の団で最も理解している男がツワブキだ。

ただの趣味や気分でローレンティア達を誘ったわけじゃないだろう。

打算やリスクに見合う価値がある…………はずだ。

そこまで分かっているつもりなのだが、浮かれる様子のツワブキを見ると不安になってしまう。


そして、そんな彼らの最後方………。

壁にもたれかかり、静かにこちらを見ているだけの少女が………。


八人目の選抜者。アシタバ、タマモが出会ったあの少女、キリだった。








「………エゴノキとティアはまだ分かる。

 いや、やっぱ分かんないわ。でもあの女は何だ?」


一階から下へ向かう大階段を全員で進む中、アシタバはツワブキの隣につき、小さい声で問いかけた。


「あの女ぁ?ああ、キリのことか。

 あいつぁ暇そうにしてたから誘ったんだが……ありゃあ先行投資だな」


「先行投資?」


「お前、スライムん時お姫さんの護衛務めたろ。

 別にそれはいいんだが、今後お前が忙しかったり、護衛が女性であるべき時が来ると思うわけだ」


「………あの女をティアの護衛にするって?」


ティアという呼び名にツワブキは引っかかりつつも、話を続けた。


「そうできるか試すって話だ。エミリアは、弓使いじゃ急襲には弱いだろ。

 グラジオラスは魔道士だ。護衛としちゃ燃費が悪い。

 それ抜きにしても多分、女じゃ一番強いぜ。あいつ。上手くいくとお前よりも」


はぁ?という否定の言葉を、アシタバはぐっと飲み込んだ。

魔物相手ならともかく、人を見る目についてはツワブキに一日の長がある。

ともかく、今回の探索中にはっきりするだろう。

アシタバはキリという女について考えるのをやめ、ダンジョン探索へと頭を切り替えていった。






階段の先は、開けた明るいスペースだった。


「明るいな」


「堀にあった横穴かねぇ。採光がしっかりしているな」


ラカンカとツワブキが会話を交わす。

地下一階は50メートルほどの高さだった。広さは魔王城の一階そのまま。

地下空間としては規格外に大きく、何本かの岩の柱が床と天井を支えている。

今まで下ってきた大階段がそのまま地下一階中央の床まで伸びており、彼らは今、高所からフロア全体を見渡す格好だ。

地下一階は、一面の緑…………森だった。


「迷いの森、か…………!!」


一行はしばらく立ち尽くし、眼下の森を眺める。


「地下に、森?」


ラカンカの当てもない問いかけに、ツワブキが答える。


「ダンジョンじゃそう珍しいことじゃねぇがなぁ。

 こういう魔王軍圏の森は迷いの森って呼ばれるが、俺ぁもっとでかいのを相手にしたこともある。

 ここはぶっちゃけ、まだ小さい方だな」


「ま、魔物がいる………んですよね」


ローレンティアが恐る恐る訊ねる。


「まぁな。だが迷いの森の魔物ってのは大概………」


「いや、待て」


ツワブキの言葉をディルが遮る。

片方だけしかない目を瞑り、耳に集中している様子だった。


「何か聞こえるぞ…………羽音?」


その言葉と、階段の下から大きな影が出てきたのは同時だった。

エゴノキとローレンティアを置いて、全員が戦闘態勢を取る。


小さな鯨、ぐらいの大きな魔物だ。

ムカデが空を飛んでいるようなそれは、透明な羽が複数、二列になって背中に生えていた。


「鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)…………」


後列にいたアシタバは呟きながら、仲間の初動を静観する。

位置的に自分が出るなら三撃目だ、と瞬時に理解していた。

だから腰を落とし、前に重心を掛けながら先陣を切った二人を見守った―――。


ツワブキと、エミリアだ。


エミリアは役割を理解していた。

いや、空を飛ぶ獲物に対する狩人の定石がマッチしたのか……。

遠距離攻撃方法を選抜隊で唯一有するエミリアの、素早く放った矢が鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の羽を射抜く。


ツワブキが大股で鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)に近づきながら、背中の斧を両手に構える。

その間にエミリアは二発、三発と鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の羽を射抜く。

幾つかの羽が奪われた鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)はバランスを失い、揺らぎ、そして高度を下げ―――そこにツワブキが渾身の一振りを打ち込んだ。

甲高い叫びと、紫の血が飛び出る。


三撃目を担当したのはアシタバだ。

彼は片手に持つ剣を、鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)向け思いっきり投げつける。刺さり、再び悲鳴。

突き刺さった剣は、アシタバの腰のベルトと鎖で繋がれており、アシタバとディルがそれを思いっきり引っ張る。

再び、鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の高度が下がり。

一撃目を終えたツワブキが、振り向きざまの二撃目を頭部に放った。


「っしゃあああ!!」


ツワブキの勝利の雄叫び。潰れる頭部と、力を失う体。

鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の巨体はゆっくりと落下し、大階段に落ち……。


そして、アシタバ達の立っている階段は崩れた。


「………あら?」


呑気なツワブキの呟きを聞きながら、よく落ちるなとアシタバは思っていた。









探検家ツワブキの持つ二つ目の特徴を挙げるなら、それは彼が非常に政治的な人物だったということだ。


過去を遡っても、彼ほど出資者(スポンサー)を得るのが上手い探検家はいなかった。

彼がダンジョン攻略の度に開催するパレードは、祭り好きな性格に起因することもあるにはあるが、一番の理由は出資者(スポンサー)の宣伝だった。

彼はそのパレードで、自分の探検に融資し金銭的にサポートした者を惜しみなく称賛し、功績を分かち合った。


いかに出資者(スポンサー)が話の分かる人物か。

男気があり、ロマンに溢れ、そしてものを見る目がある男か。


元々民からの人気が高いツワブキと功績を分かち合う意味は大きい。

打算的な貴族や資産家にとって、探検家ツワブキに出資するということは自らの印象を良く保つ効率のいい手段だった。

そしてツワブキは、自らの探検の充実のために、その自分の商品価値を大切にする。


探検自体には激情家でありながら、それ以外で彼は非常に打算的、政治的な人物だった。







「やべぇな」


その打算的な人物は中空で呑気に呟く。階段が脆いのは計算外だった。

大階段の瓦礫とともに、ツワブキ達は落ちていく。


一番に行動したのはアシタバだった。

鎖を引っ張り、鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の死体から素早く剣を引き抜くと、再びそれを投げ、今度は手近な壁に突き刺した。


「エゴノキさん、これ掴んでくれ!!」


アシタバの側にいたディルが、鞘をエゴノキの方へ伸ばす。

真っ青な顔をしたエゴノキは必死にそれを掴み、ディルは彼を引き寄せ、アシタバとエゴノキをしっかり掴んだ。


「対、衝撃」


鎖が張る。振り子のように彼らは壁に打ち付けられ………そして何とか止まることができた。

ラカンカも同様に動く。

鉤つきのロープを手早く壁の岩間に投げつけたラカンカは、側にいたエミリアに掴まれながらも落下を防ぐ。

問題は離れ気味だったツワブキとローレンティアだったが、一行でアシタバだけはその心配をしていなかった。


アシタバは見ていた。階段が崩れる、その瞬間。

崩壊の中心地となる鬼蜻蛉(ドラゴンフライ)の落下地点にティアが飛び込んでいったのだ。

エミリアと同じだ。彼女は、自分の役割を理解していた。


最悪の場合は、自分が真ん中にいて対応する、と。


やばいやばいと慌てふためくツワブキに近づき、そしてその下に潜り込んだ。


「あ…………?」


「大丈夫です」


地面が近づく。叩きつけられる瞬間。影から、黒い手が吹き出る。


「私は、死にませんから」






その黒い塊が生まれる瞬間を、少女、キリは高い場所で見つめていた。

あの一瞬で、彼女は階段の崩壊しないところまで素早く下がったのだ。


「……………」


うねうねと黒い手に包まれ黒い繭のようになったそれを見る彼女の目は、アシタバ達と面していた時とは違い、鋭く刃のようだった。

大階段に残ったのは彼女一人だ。戻ってもいいが、降りることにした。

外壁の、足場もないような岩肌に手をかけると、彼女は僅かな凹凸を頼りにするすると降りていく。


他の選抜隊員に見つからないよう、静かに。音もなく。




こうして一行は上階に戻る階段を喪失したまま、地下一階……。

迷いの森へ、足を踏み込れることとなった。





二章二話 『迷いの森』

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