3話 2年前の「しごと」の夢 ―リュウ一人称―
――嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ
頭のどこかでそんな叫びが響く中、目の前の男の人を見ると、目が大きく開かれて、真っ青になった顔はたくさんの汗をかいている。
それを冷静に見つめる僕。
さっきから頭の中で響く声は、誰のものかわからなかった
「い、いやだぁッ 助けてくれ」
目の前の大人の声は、まるで遠くで響く小さな声に聞こえた。
こいつを守る人たちは、もういない。
あとはこいつだけ
――こんな事もうしたく、ない
男の声と同じように、どこか遠くから小さく聞こえるような声。
うるさい、頼むから黙って。
男が這いつくばりながら、逃げていく。
「ひょうてき」が逃げたら足の健を狙え。「くんれん」で教わった通りに切りつけたから、あいつが走るのはもう無理だ。
叫び声はこの雨が消してくれるから大丈夫だって、黒い服の大人達は言ってた。
水たまりを蹴って走ると、目の前が急に静かに感じた。右手に握ったナイフの冷たい感触。それを一気に前に突き出した。
これも、「くんれん」で習った通りだ。
目の前が赤く染まると同時に、ナイフが音を立てて地に落ちた。
倒れた男の人の体が少しだけ動いてる。それを呆然と眺めた後、僕は急に怖くなった。
「うっ…わああああッ…!!!!」
体が苦しい。気持ち悪い。
胃がムカムカして、体中が震えた。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ」
僕はただそこに座り込んで、目の前の男の人をただただ眺めた。
仕方ないんだ、やらなきゃいけないんだ。
妹のユメを守らないといけないから。
「嫌だ…うぐっ」
駆け付けた大人が僕の口を抑えて、そのまま僕は抱えられたまま車に連れていかれた。
それがその日の「しごと」の終わりの合図だった。
「ユメを助けてください」
大人の人に、僕が5歳の時に頼んだこと。その代わりに、僕は「くんれん」を受ける事になった。
そこにいた子は、みんな泣いていた。みんな言っていた。
「お家に帰りたい」
「お父さんとお母さんは?」
僕も同じことを言ったけど、すぐに言わなくなった。「おしおき」が怖かったんだ。
痛くて、苦しかったけど、ユメの事を考えると耐えられたんだ。
目を開けたら、いつもの部屋にいた。灰色の壁と、変な匂いが広がる寂しい部屋。
どうしてここにいるんだろう?
そうだ、「しごと」で失敗をして、「おしおき」を受けている途中で眠ってしまったんだ。
病院に入院しているユメのことを思い出す。僕の大切な妹…病気が悪くなってないかが心配だ。
「お兄ちゃん…」
ユメの声が聞こえた気がして、ベッドから起き上がった。でも、ユメはいない。そして枕元には紙切れが一枚置かれてた。
”次の仕事は朝7時”
「しごと」の知らせのメモだ。左腕が痛い。また打たれるから朝7時までに行かなきゃいけない。
窓はないけど、壁の奥から雨の音が聞こえた。雨の音が、何だか怖い。おかしいな、僕、雨の音好きなのに。雨は全部流してくれるから。だから、好きなんだ。
黒い服の大人はいつもこう言うんだ。
「君は特別なんだから、強くならなきゃいけないんだ」
「特別」の意味は、僕にはわからない。でも
「ユメは君を待ってるよ」
それだけはわかるんだ。妹は遠い病院にいる。そして僕がお見舞いに行くのを待ってる。「しごと」を頑張ってお休みをもらえれば、ユメに会いに行ける。
でも、その言葉について考えると、胸が苦しくなる。
僕は本当に強くなれるのか?
本当にユメを守れるのか?
…今の僕の行動をユメが知ったらどう思うんだろう?
僕を怖がるかもしれない。
嫌いになるかもしれない。
ユメに嫌われたら、僕はどうしたらいいんだろう?
――嫌だ。
また、この声だ。
うるさいから、黙って。
お父さんとお母さんはもういないから、僕がユメを守らないといけないんだ。
今度病院に行ったら、ユメの好きな絵本を一緒に読もう。ユメは絵本が大好きだから。そして、笑って「おかえり」と言ってくれるのが、僕は一番好きだから。
だから、今日も「しごと」を頑張ろう。
「――!!」
目を覚ますと、いつもの天井が広がっている。
体を起こして周りを見渡すと、ルームメイトの寝息が聞こえてきて、ほっと胸を撫でおろした。
体中がじっとりと汗をかいている。
夢が見せたものは不安と恐怖を与え、それを振り払うように軽く息を吐いてベッドから起き上がると、気持ちを切り替えた。
僕の今の仕事は、依頼人の…【澤谷アヤカ】のボディガード。
だから、今日も仕事を頑張ろう。
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