2話 ある体育の日の密かな戦い



 目を閉じて、軽く息を吐く。――それが僕の戦闘のサインだ。






 茂みに身を隠した羽瀬田リュウの目の前には、通信機を手に、体育館の方へ視線を向ける黒服の男の姿が映っていた。


 ここは7歳から12歳までの裕福な家の子供が通う、プライベートスクール。

 入り口にはセキュリティゲートがあり、監視カメラが設置されている。訪問者は身分証明書の掲示や事前の予約が求められ、来客に対しても徹底したチェックが必須とされている場所だ。


 そんな場所に、リュウが護衛をする少女「澤谷アヤカ」を狙った侵入者が現れたのだ。



 目を閉じたリュウは、軽く息を吐き、そして瞳を開いた。



 心の中をくすぶっていた、微かな不安と迷い。

 無機質に変貌した彼の瞳は、周りからの刺激を遮断し、そして彼の「任務」が始まった。


 足元に転がっていた石を蹴りあげる。微かに響いたその音に、目の前の男は振り向き――宙に浮いた石に目が留まった。

 それが合図のように、茂みから一気に飛び出し、走る。草の揺れる音に男が目を向けるが、その時には既に懐に入り込んでいた。


 男の視線が上からリュウのいる、左下へ

 視線が交差した瞬間



 ドスッ



 リュウの肘は男の肋骨を捕らえ、そして骨の軋む音が響いた。


 ――折れた。これで、こいつは呼吸が乱れる。


 一瞬の呼吸困難。それは、相手にとって冷静な判断力が失われることを意味していた。


 地に足が付くと同時に、男の体がよろめき膝から崩れる。足に力を込めて接近すると、体を大きく逸らせ、肘の一撃を放った。

 咄嗟に受け身を取ろうとする男だが、繰り出された肘は彼の顔面に直撃した。



 鈍い音があたりに響き、男の目がぐるりと回る。そのまま重く地面へと倒れ、一瞬で動きを止めた。



 大人よりも小さな体で、簡単に敵の死角に潜り込む。そして、肘や膝は勢いをつけて振りぬけば、それだけで凶器になる。それはリュウが幼い頃から身につけた、身体を最も効果的な武器に変えるための訓練の成果だった。


 男が動かなくなった事を確認したリュウは、体育館の方へ目を移した。


 バスケットボールの弾む音と生徒の声が聞こえる。他の生徒や教師に気付かれていない事にほっとすると、男の持っていた銃と通信機を奪い耳に当てた。



「澤谷アヤカが単独になる所を狙う。引き続き見張りを続けるように…」



 通信機から聞こえる男の声は淡々としていた。

 沈黙したまま耳を傾けていると、足音が聞こえ、リュウは再び身を隠した。



「誰の仕業だ!? 」



 倒れた仲間を見つけ、男たちは銃を構え警戒している。

 大人が3人。これならなんとかなるかもしれない…リュウはそう思ったところで足に力を込めた。


 そのまま一気に奇襲をかける。


 倒れた仲間に気を取られていた男たち。一人が茂みから飛び出したリュウの足音に気付いた。



 しかし、既に遅い。直後、リュウの肘が男の顔面を直撃し、追撃の膝が骨の軋む音を響かせる。首元に手刀を当てると男は倒れて動かなくなった。


 残りの2人が振り向き銃を向けてくるが、既に間合いを詰めていたリュウの回し蹴りで2つの銃は空を舞った。

 そのまま奪い取り、後ろに回り込むと、銃口を2人に向けて突きつけた。



「子ども…だと!?」



 驚いた様子で身動きが取れなくなる2人。


「どこから来た?」


 リュウが男たちを睨みつけ、銃口を揺らす。一瞬の沈黙の後、男たちは仕方なく口を開いた。


「澤谷アヤカを拉致するよう、依頼を受けた。依頼主はわからない。俺たちは上の言う通り動いただけだ」


 本当か?銃を突きつけ、再度問いかけると、男たちの顔に汗がにじんだ。


「本当だ、何も知らない」


 男たちの様子から言葉に嘘はないと判断したリュウは、2人の首元に銃底を繰り出し、力強く打ち込んだ。その瞬間、侵入者たちは痛みと衝撃に耐えかねて意識を失い、身体は地面に崩れ落ちた。


 一息つくと、すぐに支給されたスマートフォンで、自分の依頼主である澤谷アヤカの父親に電話を掛けた。


「澤谷さん、こちらに侵入者が4人います。身柄の確保が必要です」

「分かった。すぐに人を向かわせる。アヤカを頼んだぞ」

「はい」


 リュウが電話を切ると同時に、授業終了の担任の声が響いた。


 自分の体を見ると、所々に茂みの葉っぱや、枝がくっついている。怪しまれないように簡単に払い落とすと、体育館へと戻って行った。



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