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 洸太は電話をかけ直そうとして、ふと自分が声をなくしたことを思い出した。慌ててメッセージアプリに切り替える。

 アプリの方にも、何度も寿史はメッセージを送っていた。



『無事か?こっちはみんな無事だ』

『大丈夫か?落ち着いたら返事をよこしてくれ』

『今どこだ?一言でいいから返してくれ』

『無事かどうかだけでも教えてくれ』



 深夜、早朝と思しき時間帯までそれは続いていた。

 洸太はおぼつかない指さばきで、言葉を打ち込んだ。


『生きてる。いま病院を出て、家に帰るところ。携帯の電池が切れそうだ。声が出なくなったから、しばらくメッセージでやりとりしよう』


 直後、寿史から着信があった。声が出ないといったのに、なぜかけてくるのか分からなかった。少し悩んで、電話を取る。


『洸太?!』


 息巻いてそう呼ぶ寿史の後ろで、なにやら話し声が聞こえた。沢山の人がそこにいるようだった。


『お前は大丈夫なんかぁ?!』


 大丈夫だよ、と心のなかで言う。


『いい、いい、返事ができんのだよな。いいんだ。聞いてくれるだけでいい。俺ぁ今、麓の小学校だ。孤塚ががけ崩れで潰れちまった。家はだめだ。全部潰れた』


 寿史が急ぐように言葉を繋げた。


『でもなぁ、ちゃんと生きとるで。俺も、ポンも生きとる。』


 力強くそう言った。同じく生き延びた人々の、生きた声が後ろからした。


『お前もよう生きとった。これ以上何もいらん。今夜から、兄貴の家に世話になるで。落ち着いてからでいいから、顔を見せろ。』


 洸太は小さく頷いた。伝わったかはわからない。


『これもなにかの思召おぼしめしだ。今回な、崩れる前にみんな、変な感じがして、早めに逃げたんだよ。仏壇のお供えが倒れたとか、閉めたはずの窓があいてたとか、窓辺にが置いてあったとか。うちじゃ、あまりほえないポンが吠えた。きっと何かが来たんだ。お山から俺たちを助ける、何かが』


 電話を切ったあと、胸の奥から温かなものがこみ上げるのを感じた。

 車は程なくして、朝子のホテルに到着した。




「洸太ちゃん!あ、も!」


 朝子は大慌てで洸太に駆け寄った。

 ?誰のことだ、と思って振り向くと、車に残したはずの東片が小ざっぱりした服装で後ろに立っていたので、洸太は目を剥いた。


「よかった。寿史さんから、連絡が取れないって聞いて……どうなるかと。――おじさんも、病院に行ってくださってありがとう。洸太ちゃんのこと、探してきてくださって……」


 お互い様です、と言って、東片は見たことのないくらい人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「こちらこそ、圭介けいすけの面倒をどうも。あいつ、ご迷惑おかけしませんでしたか?」


 圭介、と、平然と笠寺の下の名前を呼んでいる。


「いいえ!ご飯もちゃんと召し上がってたし、気分も悪くなさそうだったわ。お着替えもうまくなったし。……あ、そうだ、お夕飯上がっていく?」

「あぁそんな、買ったのがありますから」

「いいじゃない。せっかくだし、召し上がっていって。喫茶店で出してる軽食だけど……用意してきますから」


 洸太はあっけにとられたまま、喫茶店へ消える朝子の背を見送った。


「笠寺さんを土砂から引っ張り上げてお送りするときにね、叔父さんということにしておいたのですよ」

 東片はいつもの調子で言った。



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