Day 6

1


 眩しい。

 霞んだ視界の中、白い景色がぼんやりと見えた。

 身体を起こそうと腕に力を入れてみる。

 だが、力がうまく入らない。

 もぞもぞと体を動かすので精一杯だった。

 頬になにか、温かいものが触れている。


「洸太、」


 見上げるとそこには、静の美しい笑顔があった。彼の手が、洸太の頬をなでている。


「よかった。」

 頬から手が外れ、そこに軽く口づけられた。


「俺は明日の朝まで家にいる。会いに来てくれ。……俺を許してくれるなら、」


 そう言い残すと静はその場を去っていった。

 もう一度天井を見上げる。

 蛇腹のカーテンが開く。


「あ、お目覚め?」


 白い服の女が入ってくる。


「気分はどう?大変だったわねぇ。あんなひどい土砂崩れの中で生きてるなんて。不思議よねぇ。昨日、猿藍と狐塚で崩れたんだけどね、それでも亡くなった人がいなかったのよ。そんなこともあるのね」


 病室だった。記憶はないが、土砂にのまれたあと、誰かに救出されたようだ。誰なのかはわからない。そもそも、あんな勢いで飲み込まれたにもかかわらず助かるはずがなかった。


 まさか、あの世では?


 恐ろしくなってあたりを見回す。カーテンで仕切られていて、外の様子がわからない。

 先輩は?

 笠寺と、東片は?


「……、」

 他の人はどこへ。彼女にそう聞こうとして、洸太の口から出たのは掠れた空気だけだった。思わず喉元を抑えた。声が出ない。何度試してみてもだめだった。

 次第に看護師も異変に気づいていく。

「やだ、大変」



 結局その日、どんな検査をしても失声の原因はわからなかった。声帯に異常はないらしい。心因性の何か、という曖昧な結論を出され、洸太は病院をあとにした。


 外に出てようやく、ここが兎和山唯一の総合病院だということがわかった。少なくとも、あの世ではないらしい。


 あたりは昨日までの雨が嘘のようにからりと晴れ、花壇で真っ赤なタチアオイが揺れていた。時刻はわからない。夕刻に近いぐらいだろうか。


 強い日差しと蝉の声の中、鮮やかな水色の古いクラウンがロータリーに停まっているのを見た。

 窓が開き、中から東片の顔が覗く。この日差しの中で、彼はやはり長袖に手袋をしていた。


「どうもぉ、大高さん。ご無事で何よりです。ささ、後ろにどうぞ」

 促されるままに後ろに乗る。東片はどこへ行くかも告げずに車を出した。



「声が出なくなったみたいですねぇ」


 市街地の信号を曲がっていく。おそらく、朝子のホテルに行くのだろう。車窓を流れる木々は青々と生い茂り、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。


「それぐらいで済んでよかったです。私はほら、」

 彼は左手の手袋を取った。


 小指が根本からちぎれてなくなっていた


「あ、あとこれ。ちゃんと拾っておきましたよ」

 後ろ手に、携帯電話を渡される。画面にヒビが入っていたが、ちゃんと機能するようだった。

 ロックを外すと、真っ赤な電池マークが見えた。祖父からの不在着信が何件も入っている。

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