聖女が召喚されて十年
久しぶりに来た街は賑わっていた。それなりに大きな街なので以前イオリが来た時も活気があったのだけれど今日は特に人が多いように感じる。街のあちらこちらに花が飾られ、店の前にワゴンが置かれ店頭販売をしている店や手さげ篭を持った子どもたちが花を売り歩いている。大通りには露店がいくつも並び客を呼ぶ声が響いている。
イオリは適当な露店で飲み物を調達すると、人の良さそうな店の女性に尋ねる。
「今日って何かお祭りでもあるんですか?」
「あら、貴女知らないの? 今年は聖女様が召喚されてちょうど十年目のお祝いなの」
「へぇ」
「今年は盛大にパレードをするのよ! 聖女様を間近で見られる機会なんてないんだから。貴女、パレードを見にきたんじゃないの?」
「いえ、たまたま」
「なら運がいいわよ。ちょうど三日後にこの街に聖女様達がいらっしゃるの! こんな機会なんてそうそうないんだから見ていった方がいいわよ」
「三日後」
さして興味を示さないイオリに店の女性はそれだけじゃないのよと身を乗り出して小声で話し出す。
「それに聖女様は寛大な方だから、パレードに合わせて獣人を解放するらしいわ」
「獣人?」
「そう。最近増えているのよ」
いやよねと言う女性は寒くもないのに腕をさする。
「これ以上増えたらおちおち外に出られないわ」
「獣人は決して人に危害を加えないんじゃ?」
イオリの疑問に女性は慌てたように言い繕う。
「そうは言うけど、本当かどうか分からないじゃない。力だって私たちより強いし、契約して支配しておいた方が安心だわ」
獣人は決して人に危害を加えない。というか手を出せない。それが彼らの掟だったはずだ。魔女の力が人に恐れられるように良く分からないものを人は恐れる。だからイオリはなるべく人と関わらないようにして来た。それは獣人にも当てはまるらしい。
「聖女様は守られているから良いけど、私たちは何かあったら困るし、獣人を扱っている商人も売ることが出来なくなって困ってたわ」
「商人?」
「ええ、三日後には獣人を解放しないといけないから、売るに売れないって嘆いていたわ。いくら檻に閉じ込めているからって獣人を管理するなんて怖いもの知らずよね。私だったらさっさと手放して他の商売をするのに……」
「その人は今どこに⁉︎」
女性の話を遮りイオリは尋ねる。急に大きな声を出したことに驚いたのか女性は小さな目をまん丸に見開いていたが、あっちじゃないかしらと広場のある方を指差す。
「ありがとう」
イオリは女性が教えてくれた方へと走り出す。
「ちょっと! 危ないわよ」
女性の叫ぶ声を無視してイオリは目的の広場を目指す。が手に持った飲み物を溢しそうになり慌てる。仕方なく早足で進むが普段から運動していないイオリはすぐにへとへとになり、途中から歩いて広場へと向かった。
街の広場はわりと広かった。中心には噴水があり、そこにも花が散りばめられている。広場を囲むように花壇やベンチが置かれており、お昼を食べるにはちょうど良い。お腹が空いてきたがお昼にはまだ少し時間がある。
辺りを見回すと広場の片隅にのどかな街並みとは不釣り合いな鉄製の大きな檻が幾つか置かれている場所があった。きっとそこに獣人を扱っている商人がいるに違いない。イオリは檻の方へと近づいて行く。
檻にはイオリよりも年下と思われる少年が入れられていた。適当に切り揃えられた髪はパサつき、着ている服も薄汚れており身の丈に合っていない。膝を立てて蹲っているため顔は見えない。獣人なら獣のような耳が生えているはずだが、少年にはそれが見当たらずまるで人間のようだ。手足は細くきちんと食事を貰えているのか心配になる。
「ねぇ、君名前は?」
イオリの声に反応して上げた顔には怯えているように見えたが、すぐに驚きの表情へと変わる。
「あ、なたは……まさか」
「その獣人が気に入ったのですか?」
少年が何か言おうとしていたのに低い濁声に遮られてしまう。横を見るとやたらと煌びやかな服を着たガタイの良い年配の男性がにやにやと微笑んでいた。
「あなたがここの商人?」
「ええ、その獣人が気に入ったのですか。 とても綺麗な顔をしているでしょう」
「獣人? これが?」
もう一度檻を見ると少年の耳には先ほどまでなかった犬のような耳が怯えるように小刻みに震えている。
「どうです。安くしますよ」
商人はイオリを値踏みするように足の爪先から頭のてっぺんまでジロジロと隠すことなく見つめてくる。
「そう。それでいくらなの?」
「おや? 購入ですか」
「そのつもりだけど」
商人の眼にはイオリがお金を持っている様には映らなかったのか、あからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「お嬢さんは獣人をペットか何かと勘違いしてませんか? そんな手軽に買える物ではないんですよ」
そう言って提示してきた値段は、相場よりもだいぶふっかけられた金額だった。しかし今のイオリにはそれなりに纏まったお金があるため提示された金額を払うのは簡単だった。
「払うわ」
「そうでしょう。払えるわけ……って今なんと?」
「払うと言ったの」
「は? この額をお嬢さんが? 本当に?」
半信半疑の商人に金貨の入った袋を差し出し中を開けて見せる。それを見た商人は目の色を変える。
「ははは。これは失礼いたしました。今、鍵をお持ちいたしますね」
先ほどとは態度がえらく違うが、それを指摘したとしても軽く謝られて終わるだけだろう。そんなことよりもイオリは先ほどの獣人が気になる。彼は何かに怯えるように広場とは反対の街のほうを見つめている。イオリもそちらを見るが特に変わった様子はない。
「お待たせいたしました。こちらが鍵です。契約する方法はご存知ですか?」
「それは大丈夫」
「そうですか。ならこちらを」
イオリは金貨と交換に鍵を手にする。すぐに檻を開けようと振り向くと、頭上から耳をつんざくような咆哮が聞こえてきて思わず耳を塞ぐ。
「なっ」
「あれは」
「なんで」
「こんなところに⁉︎」
広場にいた人々が頭上を見上げ口々に叫ぶ。イオリも上を見るとそこには大きなドラゴンがこちらに飛んで来ている。
「早く逃げて」
急いで檻の鍵を開け、中にいる獣人の腕を取り無理やり引っ張り上げる。獣人が顔を顰めるが、構っている暇はない。
「ごめん。でも急いで! ドラゴンが来てる」
間一髪のところで檻から出る。空になった檻にドラゴンが衝突し、その衝撃で二人は飛ばされ倒れる。
「まずい、逃げなきゃ」
起き上がると土煙の上がる広場は視界が悪く、何処へ行けばいいのか分からない。さらには先ほどの衝撃で耳鳴りがしており音も聞き取りづらい。これではドラゴンの餌食にされてしまう。焦るイオリの手を誰かが掴む。驚いて見ると檻から出した獣人がイオリの手を握りしめている。
「こっち」
獣人は迷うことなく走りだす。イオリはその後を必死について行く。
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