魔女は気ままに旅に出る
次の日はよく晴れていた。夜中に降った雨は畑の土を湿らせたが泥を流すほどではなく、空気中の埃や塵を落とし今朝は澄んだ空気で目が覚めた。旅立つには良い天気だ。
イオリはのっそりと起き上がるとベッドから降りて朝の支度を始める。小さい頃から料理の苦手な師匠に代わり、食事を作っていたので手早く朝食を作る。しかしいつもの癖で二人分作ってしまう。捨てるのは勿体無いので一つは昼食用に包んでおく。それ以外は問題なく朝の支度を済ませた。鏡を覗き込み最後の仕上げに髪の色をいじる。二つに分けた明るい栗色の毛を緩く三つ編みにしていく。鏡の中の瞳と目が合い、慌てて瞳の色を淡いピンク色へと魔法で変える。
「これでよし」
姿見の前で全身を写し、念入りに何度も確認する。旅装束を着たイオリはどこにでもいる旅人に見えるはずだ。問題なさそうだと分かると満足げに洋服の裾を払う。
「さあて、行きますか」
部屋の隅に飾られた妙齢の女性の写真に手を合わせるとイオリは元気よく声を出す。部屋は綺麗に片付いており、畑の作物も全て収穫してある。残った枝や葉も野生の動物に荒らされないように全て処理した。必要最低限の物を入れた肩掛け鞄を持つと、家の扉を開ける。
「それじゃあ、行ってきます」
イオリは誰もいない家に声をかけると外へと続く扉を開ける。光に晒された家の中を見渡すと雑然と物の積み上がって獣道のようだった床は綺麗に片付いている。魔女のいなくなった家は静かに時が来るのを待っているようだった。
イオリは陽の光の中へ一歩踏み出す。扉を閉めると家の壁に掌を当てる。ここに住んでいた魔女のように家の周りの土地に張り巡らすような大それた魔法は使えないが、家だけならイオリでも朽ちないように保護することが出来る。魔法を掌に集中させ軽く念じると家が水に濡れたかのような湿り気を帯びる。それはキラキラと輝き一瞬で消える。目を細めて壁を確認すると魔法はきちんと発動していた。満足げに手を腰に当てると反対へと方向転換し家から伸びた道をまっすぐと見て前へと歩きだした。
イオリが外へ出るのは買い出しの時だけだ。それも年に数回きり。どうしてもすぐに必要で自分たちでは用意出来ない時だけ街へと買い出しに行っていた。それ以外は基本自給自足と数ヶ月に一度やってくる商人から必要な物を買っていた。
しかしもうここに住んでいた魔女はもういない。イオリも家を出ていく。そもそもここには人を惑わす幻覚の魔法が掛けられていたから、特定の人物しか来ることが出来なかった。しかし魔女がいなくなったことでその魔法も消えた。誰かがこのオンボロの家を見つけるのは容易いだろう。誰かに見つかる前に家を出る。イオリは決めたとおりに今日、家を出た。手紙には城へ向かえと書いてあった。しかし、すぐにとは書いてなかった。なら少しくらい遅くなっても問題ないだろう。せっかく家を出たのだから、街や国を見てまわっても罰は当たらないはずだ。
この道をまっすぐ進めば街へと出る。街へは何度か行っているので迷う事はない。そこから先はイオリにとって知らない世界だ。期待と少しの不安を胸にイオリはまっすぐに歩いて行く。
――――――――――
イオリが家を出てから数時間後、一人の男性が魔女の家へと続く道を歩いている。
「手紙にはたしかにこっちだと書かれている。しかし、この辺は何度も探したはずなのに」
男性は手にした地図を確認しながら慎重に道を歩いていく。フードを被っているがそこから覗く長めの髪はこの国では珍しい暗めの髪色だ。草が生い茂り、道と呼べるのか怪しい道を歩いていくと急にぽっかりとした空間へ出る。
「ここか」
薄暗い森の中を歩いていた男性は急に開けた場所に出たため、明るさに目を細める。誰かいないかとさらに目を凝らすが人の気配はない。男性の右側に今しがた通って来た道よりも道らしき物が見える。
「絶対わざとだな」
思わず口に出る。この国の大魔女から手紙を貰ったのが約一ヶ月前。その手紙には魔女の家と思しき地図が描かれていた。他には何も書かれておらず、魔女の意図もよく分からない。しかし、魔女が手紙を寄越したということは何かしら意味があるのだろう。無駄なことはしない人だ。聖女召喚の儀から十年。その間、音沙汰のなかった魔女から手紙が来たということは何を意味するのか。しかし地図のみでは何も分からない。それなら直接行って聞いてくるしかない。そこで男性は忙しいなか無理を言って共もつけずに一人でやって来たのだ。
念のため家のまわりを一周してみるが特に変わったところはない。扉を叩くが中から返事はない。何度か叩くも人の気配すらない。試しに取っ手を取っ手をまわすがしっかりと鍵が掛かっていた。
「留守か」
このままここで待つか。顎に手を当て考えようとしてハッとする。
「足跡。まだ新しいな」
扉の前には小柄な女性のものと思しき足跡があった。それは家の前から一直線に街の方へと続いている。
「一足遅かったか」
男性は急いで街の方へと向かう。十年前に行方の分からないままになっている聖女の手掛かりを追って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます