寒い家

 彼の姿が見えなくなるまで、私は見送っていた。

 それから、裏木戸を潜って飛び石にそって玄関を解錠する。

「ただいま・・・」

 音声システムで廊下の電気、リビング、ダイニングが次々と点灯していく。

 靴を脱いで、コートとマフラーをポール・スタンドに引っ掛け、私は暖房が付き始めたリビングに入っていった。

「ふぅ・・・」

 ソファーに身体を埋めると、ドッと疲れが出て来た。暖房が徐々に効いてきたのか、眠くなってきた。ああ、眠い・・・な・・・。



冷たい・・・

ここは、どこ・・・

薄く目を開けると、白衣を着た人が立っている・・・

誰だろう・・・

ああ、ダメだ・・・

眠い・・・



 気が付くと、壁掛け時計が6時を指していた。

 ああ、夕飯を作って、洗濯物を取り込まなくちゃ。

 その前に、制服を脱いでシワにならないように。

 薄ら寒くなっている部屋の暖房を入れて、リビングから自室に向かう。冷え切った縁側から、外を見ると裏庭に雪が積もり始めていた。

 暫く、降り続ける雪を見つめていた。

 そう言えば、門前で見送った彼は、この雪の中を帰って行く途中なのだろうか。それとも、既に宿泊所に着いているのだろうか。

 廊下の冷たさが身体の芯にまで伝ってくる。

 自室に戻って、制服から部屋着に着替えてサンルームに干してある洗濯物を、冷たくなっている洗濯物を仕舞って、冷え切っている廊下を突っ切って、一人きりの台所で、一人分の夕食を作って、一人で食べて、片付けて、ゆったりと広い造りになっている浴槽に一人で浸かって、誰もいないリビングに挨拶をして、自室に戻って、眠る。そして、また、一人で朝を迎える。

 一人が住むには、広大で寒々とした邸。

「・・・・・・・・・」

 明かりを落とした自室の天井は、少しだけ怖い。

「・・・・・・・・・」

『どうしたの、華?』

「・・・天井が怖い」

『天井が?・・・ああ、それはね』

「・・・父さん、寂しいよ」

『・・・・・・・・・』

 音声ライブラにある会話は、記録した会話を流してくるだけで、記録していない会話は流してはくれない。

 障子で仕切りをしているものの、寒さがすぐそこまで忍び込んできている。何故だろうか。父さんが家にいる事自体が珍しい位に家には私だけなのに、こんなにも寂しいのは。

『どうしたの、華?』

「・・・ううん、何でもない。おやすみ、父さん」

「ああ、華。お休みなさい」



「ただいま帰りました・・・博士、お出掛けですか?」

「お帰り、シロ。うん、たまには家に帰って、華の様子を見ておかないとね。あと、食事とか、家事とか色々」

「家に帰らずとも、この近くに住まわせれば良いのでは?」

「うーん、それもそうなんだけどね。華には、ちょっと居づらいかなって」

「・・・・・・・・・」

「それに。華には学生を楽しんで欲しいし、きっと、しとかも」

「・・・・・・・・・」

「ゴメンね、湿っぽい話になって。それで、華は元気そうだった?会って、どう思った?」

「会話は少ししかしていませんが、お元気そうでした。ただ、寂しいという感情が見えました」

「・・・寂しい、か。うん、そうだね。寂しい思いをさせたらいけないよね。よし、今度の休みは家に帰ろう」

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