白の王国

路傍土

雪の中の少年

 物心ついたときからだった。

 全ての音が鼓膜を震わせて、私の中に響いてきた。

 風の音、エンジン音、嘲笑、悲鳴、嬌声、雨音、落葉と落葉が擦れる音、靴音、鼓動、脈拍、呼吸音・・・。

 父さんに相談すると、じゃあこれをつけておくと良いよ、と補聴器の様な物を渡された。

 初めは、どこに出掛けるにも補聴器をしていた。

 音が五月蠅すぎた。

 それでも、慣れるとういうのは恐ろしく、家にいる時、学校にいる時。

 音は気にならなくなった。



 私が暮らしていた町は、学園都市の一つとして国から承認を受け、独自の行政権、自治権を獲得していた。都市にある公共施設は勿論の事、ショッピングモール、コンビニエンスストア、スーパーマーケットの従業員、そして、学園に勤務する教員は全てが、この都市の住人であり、その家族も暮らし、子供は都市内の学校に通う。

 都市の中心部に広大な敷地を要するのが、幼稚部から大学部までが揃っているこの都市を形成している一貫校。私も幼稚部から今の高等部に通っている。

 そして、その一貫校の背後。この都市の中心に聳え立つ白い灯台の様な塔。その出で立ちから〈白い教会〉と呼ばれるこの塔の最上階には、この学園都市の統治者が暮らしていると言われている。言われているというのは、誰もその姿を見た事がないからだ。

「次は第一住宅区、第一住宅区です」

 降車ボタンを押して深呼吸を一つ。

「第一住宅区、第一住宅区です」

 バスが停留所に到着し、一歩外に出ると寒さが身に染みて、マフラーをきつく巻き付けながら、家路を急ぐ。

 悴んだ指先を温めながら、第一住宅区と区分けされているこの高級住宅地は、就業実績、学業成績といった能力面で評価され、評価が高ければ高いほど、敷地面積が大きい高級住宅地の一角を与えられる。都市を見下ろせる丘の上の一等地。1軒、1軒の外見が違っていても、その邸宅を囲む黒瓦と白漆喰。

 バス停から家までの間、雪が降ってきた。

 雪は・・・静かに降り積もるから好きだ。

 何軒かの白漆喰を過ぎると、門のインターホン前に人が立っていた。

 白漆喰に溶け込むような白いロングコートに帽子、マフラーまで白かった。降り始めた雪が肩に積もっているが、それを振り払おうともせず、ただ、そこに、彫像の様に立っていた。

 はっきり言って、邪魔だ。

「あの・・・」

 反応がない。立ったまま凍死したのかと疑ったが、マフラーの隙間から白い息が漏れている。

「あの・・・」

 今度は気付いたのか、頭だけ動かして私と私の持っているカードキーを見ると、スッと横に動いた。

 インターホンにカードキーを翳すと、ガチャンと音がして小さな通用口が解錠され、潜ろうとすると視線を感じた。

 視線の主は白ずくめだった。

「あの、何か・・・」

「今治・・・」

「・・・?」

「今治、華さん・・・?」

 何なんだ、この白ずくめは。何故、私の名字ならまだしも名前まで知っている。帽子の奥から見つめてくる双眸に、体が動かなくなる。

「今治、華さん・・・」

 沈黙を肯定と受け取ったのか、今度はしっかりとした口調で、改めるように名前を呼ばれた。

「・・・何、か」

「今治、博士から聞いて、貴女に会って、話してみたくて。ここに来ました」

 父さんの知り合い・・・?

「失礼ですが、識別カードはお持ちですか?」

 識別カード。この都市に暮らす住民全てに交付される個人を識別するためのカードで、大まかに2種類に分かれている。1つは住民に交付されるカード。もう1つは、都市内の企業や学園を訪れた住民以外に発行される臨時カード。このカードは、専用サイトで簡単に調べられる事が出来る。

「・・・識別、カード?カード・・・?」

 コートのポケットからカードを探そうとしているのか、モゾモゾと動かしていた。

「これ・・・ですか?」

 差し出されたのは、臨時カードだった。

 一言断ってからカードを受け取り、専用サイトで調べると申請者は・・・父さんだった。

 つまり、彼は父さんの知り合いで、用事があってこの都市に来たというのだ。

「・・・今治華さん」

「・・・何ですか」

「お話が出来て、良かったです。ありがとう」

 一礼をして、初めて正面から彼の顔を見た。頭髪は白いのに肌は健康な色、瞳は夜空の様な色をしていた。

「・・・・・・・・・」

「・・・どうか、しましたか」

「・・・いえ、何でもありません。これ、お返しします」

 差し出した臨時カードを受け取ると、彼はゆっくりと道を下っていった。

 それが、彼との初めての出会いだった。

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