第七話 子から子へ
「ったく、あの時は世話になったなぁ」
「……はい、おかげさまで……」
今、リヒトはフレイアにしごかれている。
『増幅装置』の件がまだ許されていないのだ。
もう許してくれ、とどこかで会うたびに何度思ったか分からない。
「あんなデメリットがあるなら最初から補足説明しろよなぁ!」
「はい……でも、あれがなかったらグリンブルスティを仕留められなかったと思うので……というかあの方法を思いついたのってフレイアさん自身でしょう。俺が責められるのは納得いきませんし……そもそも、ソフィーという一般人を囮にするのは騎士としてどうなのかと…」
「くっ……こいつなかなか言うな……」
ソレに関してはマジで弁明のしようがないと炎の騎士ともあろうものが狼狽えている、なんと滑稽だろう。
「そ、それはともかく、お前もう町は見て回ったんだってな」
「はい、こちらもおかげさまで」
「だが、町を案内されたからと言って終わりだとは思ってないよな」
「……まだ何か?」
「そりゃあるだろ。滞在者として一番大切なことが…」
そして、フレイアは言い放った。
「『町の人たちと交流する』っていう大事なイベントがな」
というわけで、リヒトはソフィー、リルネフと共に王国の北エリアにやってきたわけである。
「ちょっと心配だから、ついてきてくれてありがとう」
「わかった!先輩として頼りにしてね!」
相も変わらず元気なソフィー。
「先輩というかなんというか……」
はっちゃける彼女を見てタジタジになるリヒト。
「……それで、何が心配なの?もしかして、好きな人ができたとか?」
「えっ!?///………それは……その……///」
「嘘!?その反応もしかしてガチのヤツ?ねぇそれガチィ!?」
今まで見たこともないような興奮を見せるソフィー。
暴れ馬かよ。
ここ、北エリアはリルネフがリヒトを最後に案内した町である。
例の図書館がある町だ。
この町は人々の交流が盛んであり、どのエリアよりも文化的である。
町並みも整っており、エリアの中心にはシンボルとなる巨大な噴水が設置されている。
住民はここを約束や集合の場所として活用しているらしい。
「好きな人、とかじゃなくて、フレイアさんから『もっと町の人と交流しろ』という半ば命令のような通達を受けたっていうか……」
恥ずかしさを押し殺して告げる。
好きな人関係の話じゃないのだから微塵も恥ずかしがる部分はないのだが。
「なるほど……。今まで町を見て回ってたけど市民と話したことは確かに無いか~。……うん、それじゃあ、私が率先してリヒト君と町の皆をつなげてあげる!それでいいでしょ、さっき言った通り私を頼りにしてね!…あっ、先に町を案内されてたし、リルネフちゃんを頼りにしてもいいよ」
目を配るソフィーと、急に自分を話題に出されてビクッとするリルネフ。
「……いえ、私は自分から交流を深めに行ったわけではなく、カリンさんが勝手に」
「お願い!リヒト君のためなの、協力して!」
手を合わせてお願いしてくる。
ここまでくると彼女も断りづらいだろう、なんか周りから変な目で見られているし。
「………仕方ありませんね。リヒトのためですから」
「ありがと~!一緒に頑張ろう、ねっ!」
昨日のヴィゾフニルよりもはるかに明るい笑顔を向けられると、申し出を断ろうとするこちらが罪人なんじゃないかと錯覚する。
「とりあえず、まずはリヒト君に興味がありそうな人を見つけないとね」
「ええ、ですがそう簡単に見つかりますかね……初めて来たときのように皆して私たちを怖がるのでは」
そうだ、そこが大きな課題だ。
「う~ん、なんていうか、こう、たくさんの人が集まるようにしたいんだけどなぁ~」
具体性に乏しいが、より多くの人にリヒトの人となりを知ってもらうためには集まってもらうのが一番手っ取り早い。
「う~ん……………………あ、そうだ!」
「何か思いつきましたか?」
「うん!…それはね……」
二人はソフィーの意見に耳を傾けた。
「は~い、よってらっしゃい見てらっしゃい、世にも珍しい“闇の魔術師”ですよ~」
「………いやなんだよこれ!」
リヒトは恥を忍んで叫ぶ。
ソフィーは噴水の縁に彼を座らせたかと思えばどこから持ってきたのか鐘をカランカランと鳴らしている。
その上、リルネフには『闇の魔術師への質問コーナー』などと書かれた紙を上に掲げさせ人を呼び込んでいる。
「いや、こんなこと言うのも申し訳ないけど、こんなので上手くいくの!?いくと思ってるの!?」
「うん、思ってる」
「えっ、急にどうした?頭でも打った?」
「おや、リヒト君にしては辛辣な物言いですねぇ」
「そりゃなるでしょ辛辣にも。俺おかしい人って思われない?」
「ううん、私はおかしい人だとは思わないよ。ただ、リヒト君を連れて来た時、私も穿った見方をしちゃったなぁ、って思ったの。だって、周りの人からしたら知ってる人が突然怪しい人を連れてきたらさすがに抵抗あるだろうなって」
「……だから、こうして町の人が少しでも俺に寄り添えるように敢えてユーモアのあることをしている…と」
「うん、変な人だとは思われちゃうかもしれないけど、それが『面白い人』って意味になるならいいのかな、って思って」
少なくとも彼女には彼女なりの考えがあってのことだったようだ。
だからと言ってトンチキすぎないか。
「いや、でも俺は普通に話す方が良いかな……」
「あ……そうだよね。私としてはもっとリヒト君のいいところを知ってもらいたかっただけなんだけどね………ごめんなさい、ちょっと
エヘヘ、と申し訳なさそうにこちらに笑いかけるソフィー。
……………なんだよ。
……………こっちが申し訳なくなるじゃんか。
「その……あまり
「…え、本当?私の意見、聞いてくれる?」
「うん、あくまで俺がいいって思ったヤツだけだけど…」
その言葉を聞いた途端ソフィーの顔がぱあっと明るくなり、次の瞬間リヒトの手を取り、ぶんぶんと上下に揺らし始める。
「うん、ありがと!」
ソフィーの柔らかな手の感触が伝わってきてとても恥ずかしい、周りの目がより痛々しく感じる。
「……ねえ、一つ質問していい?」
「うん、何?」
「君って意外と自分勝手だよね?本当は自分のこと大切にされると嬉しかったり?」
「………言われてみれば、そうかも。でもそういう考えは誰でも持ってると思うよ、当然あなたもね」
一方、この光景をリルネフは不思議そうに見ていた。
「というわけで、こちらへやってきました」
案内されたのは、他よりも少し大きな直方体の建物だった。
「ん?ここは?」
「ここは、託児所。親が仕事で忙しいお家が、ここに子どもたちを預けてるの。今日はカリンさんもここにいるらしいから、まずは子どもたちと触れ合った方がいいのかなって思って」
「いやでも、大人よりも子どもの方が純粋な気がするから余計俺たちを怖がるんじゃ…」
「それに関しては問題ないかと」
唐突にリルネフが口をはさむ。
「え?問題ないって?」
「前にカリンさんが私をここに連れて来たので、私も少し子どもたちと面識があります。最初は私のことを不思議がっていましたが、すぐに打ち解けたので大丈夫だと思います」
人間嫌いとは言うものの、子どもたちとの仲はすぐに築けたようで何よりだし、彼女がそう言うのなら間違いないのだろう。
―――よし、子どもたちを信じよう。
「すみませ~ん」
ソフィーは扉を軽くノックした。
「は~い、じゃあ自己紹介をしてもらいま~す。お兄さんお願いしま~す」
最高でも6~7歳あたりの少年少女たちを前に、カリンがリヒトに自己紹介を促す。
この人は本当に騎士なのか疑いたくなるくらい託児所の先生役が様になっている。
大勢の子どもたちが見守る中、緊張の瞬間が訪れる。
「はい、え~どうも、リヒトです。え~数年間、旅人やってます。みんなで良い思い出を作っていきましょう。え~よろしくお願いします」
…………………。
流れる沈黙。
まばらな拍手。
疑り深い目つき。
そして、笑いを堪え切れていない緑と白の髪のお姉さん方。
地獄かよ。
「ちょっと待ってください、俺が滑ったみたいじゃないですか」
「そんなこと……ないよ」
ちょっと笑ってるじゃないか。
「いや、カリンさん」
「ノンノン、ここではカリン“先生”」
「……カリン“先生”」
「はいよくできました、みんなリヒトお兄さんに拍手~」
子どもたちがぱちぱちと小さな手を鳴らす。
さっきよりはまだましだ。
本当に仲良くなれるのだろうか?
「じゃあ、リヒトお兄さんに何か聞きたいこととかある人、手挙げて~」
カリン先生がリヒトお兄さんと子どもたちとの交流を深めようと質問コーナーを設ける。
…………なかなか手が上がらない。
それもそうだ、相手は今まで会ったことのない怪しいお兄さんだ。
怖いに決まってる。
「あ、あれ~、リルネフお姉ちゃんの時は皆ちゃんと手挙げてたのにな~。皆、何でもいいから聞いてあげて~。お兄さん悲しくなってるよ~」
さすがにまずいと思ったのか、誰からも質問してもらえない怪しいお兄さんを擁護し始める。
「あの、先生、俺なら大丈夫ですから子どもたちと」
遊んであげて、と言おうとしたその時、一人の子どもが手を挙げた。
「好きな食べ物は何ですか?」
リヒトはその子と面識があった。
炎の神殿へ向かうために東エリアを歩いていた時に遭った、ボールを拾ってあげた子どもだった。
「君は……………そうだね、お肉が好きかな」
「何肉がすき?」
「う~ん、そうだねぇ、牛さんのお肉が好きかなぁ」
とりあえず、子どもでも理解できるような回答をする。
質問に答えると、その子は表情を和らげて、
「僕も。おいしいよね」
と答えた。
それが引き金になったのか、他の子どもたちも次第に手を挙げ始めた。
「おにいさんはどこからきたの?」
「ええ~と、ここからすごく遠いところ、かな」
「どのくらいとおいの~?」
「う~ん、歩いたら一年はかかるんじゃないかな~」
「ええ~!すご~い!」
「おにいさんはごほんとかすき?」
「ご本好きだよ~。いろんなお話があって面白いよね」
「え、じゃあじゃあ、そとであそぶのはすき?」
「う~ん、ちょっと分からないかなぁ。お兄さんは皆と同じくらいの時、外であんまり遊ばなかったから…」
「じゃあ、いっしょにあそぼ!」
「うん、みんなの好きな遊びを教えてくれたら嬉しいな」
「おにいさんてどんなしごとしてるの?」
「仕事、か。さっき言った通り旅人をしてるよ」
「え、なんで~?」
「そうだね~………いろんな人を助けるため、かな」
「わあ~、かっこいい!」
「ふふ、ありがとう……」
「おにいさんはすきなひとっていますか?」
「え!?///急に何聞いてるの!?///」
「あっ!てれてる!だれだれだれ!?」
「いやいや、いないよ、いないから…………多分」
「ほんとぉ~?」
「……うん」
と、まあこんな感じで子どもたちからの質問攻めになったわけだが。
子どもたちは興味津々で自分の話を聞いてくれる、だからこそ質問に答えているととても楽しくなってきてしまう。
他の三人と遊んでいる子もいるが、大多数の子はリヒトに向かって質問を投げかけている。
カリンは、最初の内は子どもたちがリヒトと関わっているところを見て嬉しそうにしていたが、次第に自分より人気が出ていることに若干嫉妬していたのか、今となっては頬をプクリと膨らませて不服そうな顔でこちらを見ている。
別に何も悪いことはしてないのだが。
「せんせい、おそとであそぼ!」
「それもそうね、皆~!今からお外へ遊びに行きましょう!」
すると、一人の児童の提案で、皆して外へ遊びに行くことになった。
「おにいさ~ん、いっくよ~!」
「は~い…………よっ、おお~結構強く投げるね」
「でしょ~!」
リヒトは子どもたちが怪我をしない程度にボールを投げ返す。
まだまだ子どもなので、彼らが投げるボールは運動不足の女性でも簡単にキャッチできるような、大人からすればとても軽いものだったが、投げている本人たちは至って真剣なのでそのギャップがとても可愛らしい。
「どう、リヒト君、子どもたちを相手にするの慣れてきた?」
ソフィーが話しかけてくる。
「あ、お兄さんちょっとお姉さんと話してくるね」
「え~つまんな~い」
「ごめんごめん、すぐ戻るから」
そういってリヒトは男の子たちと別れ、ソフィーと合流する。
彼女は女の子たちと洋服のことについて話していたらしい。
外を出歩いている大人たちの服を眺めながら、あれ可愛い、あれキレイ、といった雑談を交わしていたようだ。
「お待たせ………………ああ、懐かしいな、子どもを相手に会話をしたこと自体久しぶりだったから………」
「そうなの?リヒト君の故郷ってあまり子どもとかいなかった感じ?」
「ううん、たくさんいたよ。それも、この王国にいる子どもたちよりもね……」
「ええ~!そんなにいたの!?」
「そんなにっていうか、ちょっと多いくらいだけど…」
「じゃあ、誰かと遊んだりした?ほら、今男の子たちが遊んでるボール遊びみたいな」
先程リヒトが混ざっていた遊びは、二つに陣地に分かれてボールをぶつけ合い、当たったら失格となって陣地から外れる所謂ドッヂボールのようなものだった。
「そうだね、あんな感じのボール遊びをしているところは見たことあるよ」
「見たことある?………もしかして運動とかニガテ?さっきもあんまり外で遊んだことないって言ってたけど……でもそれなりに体鍛えてるみたいだし、結構運動神経良かったりするんじゃない?だったら私も負けないよ~」
胸を張り、自信満々に運動神経自慢をしてくるソフィー。
それとは裏腹に、リヒトの返答は悲哀に満ちたものだった。
「遊びに参加したというか……勝手に入れられたというか……」
「……何か、嫌なこととかあったりした?」
「うん、俺の場合一緒に遊んだっていうか……遊ばれてた感じだね……ほら、俺って“死神”でしょ。生まれた時から存在そのものを否定されてたからさ、ボール遊びも一緒に仲良くやるんじゃなくて……自分以外の人から『ただぶつけられてた』って感じだったよ。皆、俺にボールをぶつけて面白がってたり、本気で怒鳴ってたりしたから……」
二人の周りの空気が一瞬で凍てついた。
「!………………ごめんね、こんなこと聞いて」
「ううん、君は質問しただけなんだからちっとも悪くないよ。ただ、聞いた相手がちょっと悲惨な思い出を持ってたってだけで」
「………今は、楽しい?辛かったりしない?」
「全然……ここの子どもたちは皆優しいし、君もカリンさんも先輩として子どもたちとの付き合い方を教えてくれたし、とても楽しいよ」
「………そっか………よかった」
しんみりとしてしまった雰囲気。
それをどうにかしようと何か別の話題を探すことにした。
「子どもたちって、なんでこんな元気なんだろうね…」
子どもというのはどんな時でもどんな環境でも元気に大人たちを振り回す、にもかかわらず周りを幸せにする不思議な力を持っている。
「俺が思うに、子どもであるうちは好きなだけ夢を見ていられるからだろうね」
「そっか……面倒なこととか大変なことは全部大人たちがどうにかしてくれてるもんね」
「ああ、要するに『現実を知らない、まだ知らなくてもいい』年頃だからね。自分を大切にしてくれる人がいる限り、子どもたちは安心して夢を見ていられるんだ。そんな子どもたちが今度は大人になるにつれて、現実を知って、〈命という名の冒険〉を経て、次の未来ある子どもたちを幼少期の自分に重ねて守っていく。大人と子どもは全く違うようで実は似ているし、同じだし、どこかで必ずつながっているんだよ。『運命』っていう決して切れない強い糸でさ。その糸がどんなに悲惨な出来事を運んできたとしても、彼らはまた別のつながりを利用してその困難を乗り越えようとする。人間の強さっていうのはそんな強いつながり、『絆』なんだと思う。どこにいても、どんな時でも、彼らはどこかでつながっているんだよ、きっと……」
「うん………そうだね……」
「……って、またしんみりさせちゃったね、ごめん」
「いいよいいよ、私リヒト君の人生観聞くの楽しいから」
「まだ20歳なのにこんなに達観してていいのかとは思わなくはないけどね、アハハ…」
そんなことを言いながら二人は遊んでいる子どもたちを遠巻きに眺めている。
すると、
「……さっきから見てたけど、あの子ずっと一人でいる気が……」
リヒトが指し示したのは一人の少年。
それも、彼に最初に質問を投げかけたあの少年だった。
「ああ…あの子ね、カリンさんが言うには、ずっと本を読んでるみたい。私も何度かここに来たことがあったけど、あの子ずっと本を読んでたし、その理由を教えてくれないみたいで、何か悩み事があるんじゃないかって…」
「そうなんだ…」
そう聞いて、リヒトは意志を固める。
「俺、あの子の悩みを解決してみようと思う」
「一人でできる?まだあの子と話したことないでしょう……まあ、私もあんまりないけど」
「さっき、人間の強さは『絆』だ、って言ったのは自分だからね。つながりを持つことで、あの子の悩みをどうにかできるかもしれない」
「そっか……じゃあ、行ってあげて」
「ああ」
リヒトはソフィーに促され、件の少年のもとへと向かった。
少年は、噴水に腰かけ、一人で本を読んでいる。
水滴が飛び散って本が濡れてしまうかもしれない、そんな些末な考えなぞお構いなしとでもいうかのように読書に没頭している。
物語に集中しすぎてこのままいくと顔と本が正面衝突してしまいかねない。
「……やあ、こんにちは」
「……うん」
自己紹介の時以外で初めて例のお兄さんに話しかけられ、少し緊張している少年。
「あの時一番最初に質問してくれてありがとう、改めて俺の名前は」
「リヒトお兄さんでしょ、僕あんまり話してないけど流石にわかってるよ」
本を読んでいる時は真剣なのに、こちらに顔を向けて話すときは口角を上げて笑顔になっている。
まだ年端もいかぬ少年なのになんという切り替えの早さだ。
「ああ…そう…じゃあいっか」
「……………」
再び物語に入り込み始める。
いつ話しかければよいかわからないが、先の対応を見るに他人とのコミュニケーションはしっかりとってくれる性格のようなので、思い切って話しかけてみる。
「……何読んでるの?」
「お兄さんにわかるかな?」
そういって少年はさっきまで読んでいたページに指を栞代わりにはさみながら、こちらに表紙を向け、本のタイトルを見せてきた。
「…『
「そう…このお話はね、子どもたちが描いた絵の生き物が空から降ってきた光を浴びて、現実に出てきちゃうっていうお話なんだよ」
子どもとは思えないほど物語の内容を丁寧に、それでいて簡潔にまとめている。
「なるほど…飛び出てきた絵の動物たちは、その後どうなっちゃうの?」
「大人に見つかるんだけど、壁とか床に絵の状態になって戻るんだよ」
「じゃあ、その絵を消せば事件は解決するのか…」
「普通に考えればそうなるよね」
「え?」
少年の返しに疑問を抱くと、すぐさまその理由を答えてくれた。
「自分たちがせっかく生み出したのに、それを大人の都合で消されたことで子どもたちが怒っちゃうんだよ。『動物たちはただ生きたかっただけなのに』って」
「そっか……大人にとってはただの遊び、それも実体化する絵が暴れているっていう迷惑極まりない事案だけど、子どもたちにとっては自分たちが生み出した『命』だから、それを壊そうとする大人が許せなかったんだね」
「そう……でも僕、ちょっとおかしいんだ」
ここにきて少年は急に自分自身を否定し始めた。
その上、少し表情に陰りが出始めた。
「おかしい?…何が?」
何か思うところがあるのかと思い、リヒトは引き続き少年の話を聞く。
「初めて読んだとき…僕、子どもたちに感情移入できなかった。さっき言った通り、子どもたちは自分たちが作った『命』を壊されたくないから大人を許さなかった、っていう“考え”は何となくわかったんだけど…………『それって反省しなくていいってことじゃないよね』って思っちゃって。いくら子どもだとしても他人に迷惑をかけたなら謝らなくちゃって考えたの。………でも、この本を読んだ他の子は『おとながわるい』とか『こどもたちがかわいそう』って言ってて……もしかしたら、僕の考えは間違ってるんじゃないかって思うようになって……何度も何度もこの本を読み返してたんだけど……やっぱり僕の考えは変わらなくて……お兄さん、僕っておかしいのかな?……皆に意見をそろえないと、ダメなのかな?」
10歳にも満たない少年とは思えないほどの語彙力と文章構成力に思わず脱帽しそうになるが、とにかくここは自分にできる返答を用意しよう。
「……そっか。さっきお兄さんはソフィーお姉さんと話してて、そこで『子どもはまだ現実を知らない、知らなくていい年頃』だって言ったんだけど…君は『現実を知り過ぎてしまっている子ども』なんだね」
「それって、おかしいことなのかな…?」
少年は今にも泣きそうになりながらリヒトに問い質す。
「いや、おかしくないよ。全ての人間がまったく同じことを考える世界なんて、俺は無いほうがいいって思ってる」
「人を殺すことが悪いこと、っていう考えも?」
寄りにもよってそこを聞くか…。
「……うん、殺害という行為も、実行しない限りは大丈夫だと思う。物騒だけど、誰かを殺したいと思ったことは俺にもあるよ。けど、行動に移さないだけで、頭の中で考えるだけなら誰でもあると思うよ、そういうのは。あくまでそれを言葉や体で表さない方がいいというだけで、そういう考えを抱くことは別に間違ってないしおかしくはないと思う」
他人の行動は制御できるが、認識までは操れない。
だからこそ人間には“考える”という機能があり、他者と分かり合おうとするし、たとえ分かり合えなかったとしても『あの時の行動は何だったのか、何を考えていたのか』と過去を振り返って疑問を真実へと導こうとする。
それは、どんな人間にも備わったものであり、全ての人間が生きているうちに必ず行う当然の行為なのだと思う。
「俺が故郷にいた時、皆俺のことをいじめていたよ。“死神”という人間を滅ぼす役割を持って生まれて来たから、そういう扱いを受けるのも当然とは思うけど。そうやって自分の存在を生まれた時から否定されていたから、『あいつらを殺してやりたい』なんていつものように思ってたよ」
「お兄さんも、僕みたいに疎外感を持ってたんだね。まあ、僕は勝手に感じてるだけでお兄さんとは違うけど…」
「…でも、そんな俺を一人だけ庇ってくれた人がいてね。その人は、“死神”か人間かじゃなくて、あくまで俺という“個人”を見てくれたんだ。俺を庇ってたもんだから、その人まで批難されてしまっていたけど、それでも俺には生きてる価値があるって認めてくれたんだ。あの人は“あなたはあなたのままでいいのだ”って言ってくれて……それで、俺も少しは気持ちが楽になってたんだ」
「“あなたはあなたのままでいい”?」
「うん、他の人と違うところがあるからといって自分を卑下しなくてもいいよ。君には君の意見があるんだし、人間関係で恵まれなかった俺と違って君の周りは優しい子ばかりだから。その子たちはきっと『自分はこう考える』っていう意見を持ってるんじゃないかな。あくまで解釈の話であって、君の意見を否定してはいないと思うよ」
「……ホント?今まで悩んでたのって……僕の考えすぎってことなのかな?」
あっけらかんとした表情でリヒトを見つめる少年。
「多分ね…しっかり自分の意見を伝えれば、他の子も君の考えを理解してくれると思うよ」
「…………そうだね…………ちょっと行ってくる」
そういって少年は、本を抱えて他の子どものところへ走っていった。
きっと物語に対する自分の考えを伝えに行ったのだろう。
先程、少年は『殺害を考えることは悪いことなのか』といった。
殺害行為は褒められたものではないが、誰しも頭の中でその動機と共に考えたことならきっとあるはずで、行動に移さなければいい、というのがリヒトの考えである。
ただ、この少年には、子どもたちには、そんな行為に身を染めてほしくない。
あくまで考えるだけにしてほしい。
―――――かつて家族を皆殺しにした、自分のようにはならないでほしい。
そんなことを思いながら、リヒトは少年たちのやり取りを遠くから眺めていた。
太陽が地平線に沈み始め、託児所には子どもたちの親が迎えに来始めた。
次々と子どもたちが親に連れられて帰路に就く中、例の少年はまだ帰りを待っていた。
「あれ、まだ迎えに来ないの?」
「うん、僕の両親けっこう遅くまで働いてるから…」
「どんな仕事してるの?」
「お父さんは畑仕事で、お母さんはカフェの店員をやってる」
「お父さんの仕事を手伝ったりしないの?」
「僕もしたいと思ってるけど、二人とも『他の子どもと仲良くなってほしい』って思って僕をここに預けてるから」
「そうなんだ……いいご両親だね」
「そうなのかな?」
今まではリヒトが質問をする立場だったが、今度は少年が聞く側へと変わる。
「だって、今まで君と話していて『この子すごく大人びてるな』って思ったからさ。成長することは大事だけど、年相応の行動をとることも大切だからここに君を預けてるんだなって思って、少し腑に落ちた」
「……そうなのかも、帰ったら二人に聞いてみるよ」
「そうだね。……あと、難しい言葉ばっかり使ってごめんね。こんなに話せると思ってなくて」
「全然。僕もお兄さんと話せて楽しかったし。それにほら、お兄さんのおかげで“僕は僕のままでいられた”から。さっき、他の子と本の内容を話してて僕の考えを言ってみたら、『たしかにそうかも』って言ってくれた子もいたし。……ありがとう、お兄さん」
相変わらずの語彙力で感謝を伝える大人びた少年。
「…………そういえば、君の名前聞いてなかった、ゴメン。良ければ名前教えてくれるかな」
「え~、ぼくおにいさんがなまえきいてくれるのずっとまってたのに~」
ようやく少年が年相応の子どもらしさを見せて来たなと感じた。
「ぼくのなまえはルーク。もしつぎにあったらそうよんでほしいな」
「分かった。………あっ、あれは……」
こちらに向かってくる人影があった。
その人はリヒトも見知った人物だった。
間違いない。
この少年、ルークの母親だ。
リヒトが会うのは炎の神殿に向かう時以来となる。
あの時は仕方ないとはいえ、印象最悪のまま別れてしまったことが悔やまれた。
「おかあさん!」
ルークは自分の母親に向かって駆けだした。
すると、珍しいものを見たかのように母親は目を丸くした。
「…どうしたの、急に走ってきて?」
「おかあさん、まえにリヒトおにいさんがあぶないひとっていってたでしょ。ぜんぜんそんなことなかったよ。すごくやさしいし、ほかのこたちとはなすきっかけをつくってくれたし」
「………」
母親は、ただ黙って息子の言うことを聞いていた。
ルークが粗方話し終わると、彼女はリヒトの方へ向かってきた。
「………あの時は、あんな失礼なことをしてごめんなさい」
何か不満をぶつけてくるのではないかと冷や冷やしたのでとりあえず一安心といったところだ。
「あ…はい…」
「この子、家にいる時も少し不愛想で、会話をしようにもなかなか切り出せなくて“なんで他の子みたいに遊ばないの”って言ったら、“自分は他の子に比べて何か違うから”って言うから、少し困っていたんです。子どもの悩みを解決してあげられなくて、本当に親の資格があるかどうか私まで悩まされていたんですけれど、この子が今やっと子どもらしくなってくれて本当に良かった。あなたのおかげです、ありがとう」
そういって母親は、リヒトに笑顔を向けた。
流石親子、笑った時の目元がそっくりだ。
「はい……ただ、できれば大人びた状態のこの子とも向き合ってあげてください」
「それは、どうして?」
「この子の持つ『個性』ですから。たとえ他の子と違っても、あの性格や思慮深さは間違いなくルーク君をルーク君たらしめる確かなもので、他の子たちもそれを認めてくれていたそうです。どうか、大事にしてあげてください」
「……そうですね、夫にも伝えておきます。ただ、これだけは言わせてください。………この子を笑顔にしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
母親の感謝に、自信をもって答える。
「それでは、さようなら」
そういって、彼女は息子と手を繋いで帰っていった。
リヒトは、仲良く会話をしながら帰宅する彼女らを、笑顔で見送った。
「……上手くいったみたいね、良かった」
後ろからソフィーが話しかけて来た。
今まで気が付いていなかったが、あの親子で最後だったようだ。
託児所にはもう、誰一人として子どもはいない。
全員を親の元へ送り返すことができたようで何よりだ。
「うん、あのお母さんとも仲直りができたし…ホント、今日ここに来てよかった。ソフィー、ありがとう」
「どういたしまして。……さて、それじゃあ私たちも帰りましょうか」
「うん……リルネフとカリンさんは」
「もう外にいるよ。あとは鍵を閉めるだけ」
「そっか……じゃあ、お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様!」
カリンと別れ、三人は宿屋へと帰る。
ルーク一人と長い時間接していたリヒトと違い、二人は多数の子どもたちの世話をしていたので大分お疲れらしい。
普段疲れた様相を見せないリルネフも、表情からどっと疲れが溢れ出している。
とりあえずこの二人にはあとで何か美味しいものでも買ってあげよう。
すると
「あれ?例の死神さん?何してるんですかこんなところで?」
若い男女が唐突に話しかけて来た。
面識あったっけ、と思いながらも“そうですよ”、と答える。
「やっぱそうだ、噴水のとこでなんかおかしなことしてたあの人」
男性の方が告げる。
やっぱりおかしいって思われてたじゃないか、アレ。
……っていうかおかしなことをしてたのはソフィーであって俺は付き合わされてただけなのだが。
「あの…何か用ですか?」
「いや、特に用はないけどせっかく見つけたから挨拶ぐらいしておこうと思って」
「こういってるけど、ホントは仲良くなれそうとか言ってたんですよ、コイツ」
男性の言うことに対して女性が補足を付け足す。
どうやら、親しみやすい相手として認識されていたようだ。
それはそれでよかった。
「そうですか……ちなみにどの辺が仲良くなれそうだったんですか?」
「う~ん……ツッコミあたり」
「え、そこ?」
男性の返答に内心びっくりする。
意外なところに目をつけられていた。
「な~んか面白い返しをする人だな~って思ってたらまさかの噂にあった死神さんだったからさ~、俺余計にびっくりしたわ」
「は、はあ……ならよかったです」
「もうちょい暗い人かと思ってたんだけど、結構ユーモアある人だったんだね」
続いて女性が答える。
「そう見えますか?」
「見える見える、あんな大胆なことする人だとは思ってなかった」
「あ~、アレ思いついたのは俺じゃなくてこっちの人です」
リヒトはスッと隣に手を差しだし、事の元凶を紹介する。
「どうも~」
元気に手なんか振っちゃってぇ……後で覚えててね☆
「そっちの子なんだ、確かにあんたそういうことする柄じゃないかも……じゃあイメージ通りか」
なんかすごい偏見が生まれた気がする。
「とはいえさ、あたしたちの考えを変えるきっかけを作ってくれたんだし、その子のこと大事にしなよ。運が良ければ、あたしたちみたいになれるかもだし」
そういって女性は男性の腕をギュッと掴む。
やっぱり付き合ってたのかこの二人……いやそれよりも。
「あの……俺たちそういう関係じゃないんで……」
変な誤解は早めに解いておかなければ。
「あっそう……まあ、そっちの子はまだ気づいてないみたいだけどね」
女性はソフィーの方を指差す。
いきなり自分を指されて少し動揺しているソフィー。
まるで寝ている間に目の前に餌を出されて、その匂いで飛び起きた猫みたいだ。
「え?私ですか?気づいてないって何が?」
「それは知らなくていいよ」
速攻で答える。
本当に知らなくていい……この気持ちは自分の中だけに留めておきたい。
彼女と関わるにつれてわかってきたこの気持ちは、誰にもわからないようにしておきたいのだ。
だってそんなの………死神とは言えないじゃないか。
「え!あんた顔赤いよ、これってもしかして」
「いいですから!今日はもう帰ってください、こっちは疲れているので」
悟られてしまったが、言い切る前に帰りを促す。
「はいは~い……じゃあ、がんばってね~」
好き放題言ってカップルは帰っていった。
「結構優しい人たちだったね」
「……まあね、話してみてわかる人間性があるのは今に越したことじゃないよ。あの二人も、子どもたちも……ただ、子どもたちとは違う方向でかなり体力がいるけど」
「ええ~、私は楽しいと思うけどなぁ、あんなふうに明るい人と話すの」
「俺は自己肯定感低いからさ、ああいうタイプの人はニガテだよ……まあ、それなりに楽しいのは事実だけど」
仕方ない、こればかりは育った環境の違いによるものだろう。
……それでも、言えることがあるならば。
「……ソフィー」
「ん?どうしたの?」
「………俺としては不本意だったけど、君があんなことをしてくれなければもっと絡みづらいヤツって思われたままだったかもしれないからさ……その……ありがとう」
「よかった……私の作戦、一応意味はあったんだね……それにしても“あんなこと”って……よっぽど嫌だった感じ?」
「……さあね」
肯定とも否定ともとれる曖昧な返事を返しながら、三人は再び宿屋へと歩き出す。
―――――嗚呼。
―――――今夜の風は、とても心地がいい。
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