第三話 王国と信頼
「ここだ」
フレイアに案内されて、三人は城門前にやってきた。
「入るぞ、ついてこい」
城の内部を進む四人。
ソフィーは、城を外から見たことはあるが中に入ったことは一度もない。
城というからにはもっと複雑な内部構造をしていると思ったが、アスガルド城の城内は案外簡単なつくりのようだ。
そもそも、国の内部では犯罪が起きないし、ソフィーが知る限り戦争に巻き込まれたこともなく、護衛の騎士が四人しかいない以上、城をそこまで大きくする必要がないのかもしれない。
「意外と小さいんですね、アスガルド城」
リヒトはそう呟いた後、さすがに失礼だと思ったのか、「あっ」と口を片手で塞いだ。
「別に気を使う必要はねえよ。ここの王様も、自分が住んでる城が狭いことぐらいわかってる。本人曰く、王が住んでいる城だと分かる最低限の大きさと護衛があればいい、とのことらしい。そのくらいの配慮はできるのに、いざ人を前にすると…感情があふれ出るタイプだからな。まあ、人を前にして話すのがニガテなタイプだな。特に知らない奴に対しては、な」
辟易しているような口調で語るフレイア。
そこまでここの王様は対応に疲れる困ったちゃんなのか。
困惑する三人をよそに、フレイアはどんどん城の中を進んでいく。
「さあ、ついたぞ。此処が王の間だ」
此処にたどり着くまでに様々な扉があったが、王の間へ直接つながる扉は一段と大きかった。
まあ、どこの城もそんなものだろう。
こんこん、と。
荒々しい性格とは裏腹に、硬い木製の扉を軽く叩くフレイア。
ゴォンゴォン、と叩いた音が廊下のあちこちに響き渡る。
反響を繰り返す打音が肩にのしかかる。
「炎の騎士、フレイアです。例の旅人二人と、その案内人を連れてきました」
扉の向こうへ向かって敬語で話しかけるフレイア。
やはりこの人は仕事のこととなると真面目に取り組むようだ。
すると、
「うむ、はいってまいれ」
と、王のものと思われる男性の声が聞こえた。
自分たちはどの様な対応をされるのだろう、と旅人二人は心の中で構えている。
そして、フレイアは王の声を聞くなり、すぐさまその硬く大きな扉を開いた。
「失礼します」
入った瞬間、丁寧に頭を下げて王の間を歩いていくフレイアに、三人も続けて礼をし、中へ入る。
中には、フレイアのように騎士の格好をした人が三人、そして、これまた三つ並んだ玉座には品のある格好をした三人が座っていた。
騎士の方は、青い髪の無表情の美男子、茶色い髪のガタイの良い男性、緑の髪の笑顔を浮かべた女性の三人。
順当に考えれば、ソフィーがさっき解説していた『四騎士』のフレイアを除いた三人、エディル、フィヨルン、カリンだろう。
座っている三人は、場所から考えて、真ん中の中年ほどの年齢に見える男性が王、その右隣で同じくらいの年に見える女性が王妃、王の左隣にいる若い娘が王女、ということになるのだろう。
皆、三人を見ている。
興味深そうに見ている者、疑いの目を向けている者、目を丸くしている者、まったく表情が変わらない者と様々だ。
すると沈黙を破るかのように、真ん中の玉座に座っている王がリヒトたちに話しかける。
「私の名はヘンダ―。アスガルド王国の国王である。単刀直入に聞こう。なぜここにやってきた?ここはお前たちのような者が来て良い場所ではない!いや、お前たちのような見るからに怪しい者は他の国であろうと即刻退去を命じられるだろうな!」
どうやらフレイアの言う通り、初対面の相手に対しては大分アレなようだ。
「…はい、そうですね。町の人々も私を排除しようとしていました」
「通報があったから連れて来たものの、なぜすぐに出て行こうとしなかった?そのような対応をされるのであればすぐさま出ていくべきだろう?…まさか、この国を滅ぼしに来たというのではあるまいな」
「いえ、王様!この人たちはそんなことのために来たわけじゃありません。ねぇリヒト君、そうでしょう?」
ソフィーが唐突に口をはさむ。
「……」
リヒトは彼女の問いについて何も答えず、自身の目的を告げる。
「俺の目的は、ある『使命』を果たすことです。そのためには、『四騎士』の皆さんの力が必要なのです。その使命さえ果たしたら、すぐにこの町を出ていきます。なので、どうか、力をお貸しください」
突然自分たちの名が呼ばれたことで四人は全員リヒトに目を向ける。
「なんだそれは?なぜ国を守る我が騎士たちを、見ず知らずの者たちのために遣わせなければならんのだ!これは、国王だけでなく騎士たちに対する侮辱にもなりかねん!ええい、もうこの者たちの話を聞いても無駄だ!」
「いえ、あなた。ここは冷静になってあの者たちの話を聞いてあげるべきでしょう。追い出すには少々早すぎます。あの者たちを理解しないことには、何も解決しないでしょう」
隣にいる王妃が激高するヘンダ―王を宥める。
「エルザ、あの男から感じる気配に気づかないのか?だから私は即退去を命じたのだ。お前が『どのような者たちか知りたい』と言わなければあの恐ろしい者たちを国からすぐに追い出せた!民をこれ以上怖がらせずに済んだのだ!あの男は間違いなくこの世界を滅ぼしに来た『死神』だぞ!すぐに処刑をするべきだ!」
どうやら、王が『国からの退去』ではなく『国王への謁見』を命じたのは王妃の意見があってのことらしい。
そういえば、フレイアが『王妃の命令』と言っていたような気がする。
「確かに、恐ろしいオーラを放っている気配は私にも感じ取れます。あなただけではありません、彼らが最初に訪れた町だけではない、この国に住むほとんどの民があの者に遭った時こう感じるでしょう、『あいつは恐ろしい奴だ』と。ですが、だからこそ、私たちのように”上に立つ者”は見極めなければならない。『ただそう見えるから、そう感じるから』。そんな偏見だけで物事を見る行いは“人間として正しい”とは、私は思えません」
感情を解き放ち続ける王とは違い、王妃エルザは終始冷静に返す。
三人は王妃の説得のおかげで少し心に余裕を持てるようにはなった。
それと同時に、王妃の方が王様に向いているのでは、と口にしたら危なくなりそうなことを思い浮かべた。
「申し訳ありません、私の夫がこのような人格で。ですが、国と民を大事に思っていることは確かなので、大目に見てあげてください」
確かに、一見暴虐武人な人格のように思えるが、騎士への侮辱を許さなかったり、これ以上国民を怖がらせまいと正体不明の人物たちに出ていくよう命じたり、と言葉の端々から身内への愛情のようなものが読み取れた。
「『四騎士』たち、彼等、主に旅人二人への尋問をお願いします。今は正体不明であるが故に我々は中立の立場をとる必要があります。害がないと分かれば、『使命』とやらを果たすまでしばらく国への滞在を許可するべきでしょう。ですが、アスガルド王国を危険にさらすような事を為そうと考えているのであれば、即刻この国から出て行ってもらいましょう。こちらとしても、いつまでも〈怪しい隣人〉を国に滞在させるわけにはいきませんからね」
王妃は『四騎士』への尋問を命じた。
どうやらこの場で尋問を行うようだ。
「了解しました。……さて、おい、その『使命』ってのは何なんだ。具体的に何をすればいいんだ?」
フレイアが真っ先に聞いてくる。
「はい、俺たちの『使命』は、この国の四方にある四つの神殿に行き、内部にあるエレメントを、俺が持つ剣『バルムンク』に集めることです」
「ふーん、バルムンク、ねぇ。その剣、見せてみな。あ、振り回すんじゃねぇぞ。そんな真似したら即刻斬るからな」
「……はい」
リヒトは鞘にしまっていた剣をおもむろに取り出した。
光沢を伴った漆黒の剣は、見ている者の視線を釘付けにするほど禍々しかった。
「あのような見るからに恐ろしい剣を持っているとは!やはり処刑」
「あなた、少し黙っててください」
王の発言を食い気味で阻止する王妃。
「すごいわねぇ、これ。なんていうか、この世のものじゃないみたいな輝きよ」
風の騎士カリンが感嘆する。
落ち着きのある柔らかな声は、子供をあやす母親を連想させる。
「それで、さっき僕たちが必要、と言っていたが、それはどういうことだ?」
水の騎士エディルが素直な疑問を口にする。
一人称が“僕”なのが意外だ、と思いつつリヒトは返答する。
「はい、それは、神殿のエレメントを集めるにはそれぞれのエレメントに対応した属性の騎士が必要になるんです。炎のエレメントなら炎の騎士、水のエレメントなら水の騎士、といったように」
「なるほど。それで、具体的に俺たちはどうすればいいんだ?」
続いて、かなり大人びた威圧感のある声をしている土の騎士フィヨルンが質問してくる。
「このバルムンクを騎士の皆さんに持ってもらい、エレメントにかざしてもらう、それだけです」
「本当にそれだけか?お前以外が持ったら呪われるとかないよな?」
フィヨルンは疑り深く聞いてくる。
「それはないので大丈夫です。ただ、この剣には”所有権”というものがありますけど」
「所有権?なんだそりゃ?」
フレイアが聞く。
「この剣は、所有権を持つ者以外が持つと力がセーブされた状態になるんです。その状態では、普通の剣と変わりません。しかし、所有権を持つ者、つまり所有者が持つと、攻撃力を強化したり、斬撃を飛ばせるようになるんです」
「僕たちも剣を使うし、魔術を纏わせて斬撃として飛ばすことはできるが、君もそうなのか?」
「俺の場合は闇の魔術ですけど、」
そういった途端四人の顔が真顔になった。
唐突に言ってしまった、説明する順番を間違えたな、と後悔するリヒト。
「『闇の魔術』、って名前からしてやばい代物じゃ」
「僕らの国にはそんな魔術なかったが」
「せいぜい炎、水、土、風の四つだからな、闇ってなんだ?」
「うーん、やっぱり国に招いちゃったのはまずかったんじゃあ」
四騎士は”闇”と聞いた途端リヒトをより怪しむ素振りを見せた。
仕方がない、闇と聞いて良いイメージが思い浮かぶ人はまずいないだろう。
「そういえば気になっていたが、隣にいる君は何者なんだ?」
リヒトに注目されがちだった視線が、エディルの言葉で一気にリルネフに注がれる。
「え、あ、わ、私は…」
たじろぐリルネフ。
「怪しいのはお前もだな。連れて来た時は単なるコイツの連れかと思ったが…オイ、ちょっと顔見せろ」
「!」
パシッ、とフードを取ろうとしたフレイアの手を跳ねのけた。
「触らないでください……私は人との付き合いがニガテです。突然触られるなんてもっとダメです」
「……へぇ、お前、そのフードの下に何か隠してるだろ、雰囲気で分かったぜ?」
「…!」
バレてしまったとでもいうかのようにリルネフはフレイアから距離を置き始める。
「おい、逃げるなよ。オレはそのフードの下がどうなってるか見たいだけなんだ」
「ですから、だめです。これ以上近づくと」
「近づくと、何なんだ?化け物にでも変身するってか?」
しだいに詰め寄っていくフレイア。
すると
「もう、そんなに詰め寄っちゃダメでしょ。…大丈夫?怖くなかった?」
カリンがリルネフを庇ったのだ。
「カリン、お前よくこんな怪しい言動するヤツに感情移入できるな、もう少し考えてから行動しろよ」
「あら、人の気持ちも考えずにフードを取る方もどうかと思うわ。顔に傷があって人に見せたくない、みたいなトラウマを抱えている可能性もあるのよ。もしそうだとしたら、勝手に覗くのはひどいと思わない?私はその黒い彼に対しても少しは遠慮してたでしょう?」
カリンはリヒトを指差す。
確かに、個人的な部分を詮索するのはあまり良いことだとは言えない。
ましてや、それが本人の心の傷を抉ってしまうことになるのならなおさらだ。
どうやら
「……そうだな。あまり攻めすぎてもいけないな。…悪かったな、急にこんなことして」
律儀に謝るフレイア、そして引き下がる彼女と自分を庇ったカリンをリルネフは交互に見つめている。
「えっと、“リルネフちゃん”…で言いのよね?」
「ソフィーみたいに呼ぶのはやめてください」
ちゃん付けで呼ぶことに運命を感じた、と呼びだした
「リルネフちゃんは、何のためにリヒト君と一緒に旅をしているの?」
「………それ、は」
君付けで呼ぶことに運命を感じた、と呼びだした
そして、それは自分も気になっていた。
ここに来るときには聞きそびれてしまったことだ。
「…私は、ただ、彼の旅に同行しているだけ、です」
「………どうしても、言えない?」
カリンは子供に聞くかのような質問の仕方をする。
リルネフはゆっくりと頷いた。
「そっか、それは残念。じゃあ、今まで質問してなかったあなたにするとしましょうか」
カリンはソフィーの方に向き直り、こう質問する。
「ソフィーちゃんは、なんでこの人たちを案内しようと思ったの?…あ、これは別に攻めてるわけじゃなくてね」
攻めていないのは声の雰囲気で分かった。
だが、彼らを案内した理由は、彼女にとって一つしかない。
「それは、困ってるから助けた、それだけです」
これ以上どう説明すればよいのかわからなくなり、なんだか泣きそうになってしまう。
「うーん、もっといろんな情報を聞きだしたいんだが、なかなか重要なことを喋ってくれないんだよなぁ」
フィヨルンが不満を口にする。
「…すみません、俺たち二人が話せるのは、このあたりが限界です」
リヒトが申し訳なさを隠しきれずに告げる。
この場にいる誰もがフィヨルンと同じようにもう少し情報を聞き出したい、と思っただろう。
「まあ、もう十分じゃないですか。これ以上話を聞こうとしても、そのお二方には話せない理由があるのでしょう。これ以上二人を責め立てるのもどうかと思いますし。」
今まで一切喋っていなかった王女が突然口を開いた。
「あの、あなたは…」
「初めまして。というか、さっきからずっとこの場にいましたけど、喋らなかったので仕方ありませんよね。申し遅れました、私はアスガルド王国の王女ヒルトと申します、以後お見知りおきを、リヒト様」
「………様?」
「あらまあ、初対面の人に対して様付けするのは淑女の、いえ王女の嗜みですよ。どうかご自愛くださいませ、リヒト様」
「…ああ、はい」
妙に馴れ馴れしくリヒトに話しかける王女ヒルト。
整った顔立ちに、肩付近まで伸ばした艶やかな銀髪。
彼女の外見は王女と呼ぶにふさわしいほどのものだった…なぜかリヒトを見ている時の顔は恍惚としている、ということ以外は完璧なのではないだろうか。
「私、リヒト様からは恐ろしいオーラを感じませんの。もう、みんな揃って彼を責め立てるのはやめにしませんか。今集められる情報はもう集まったでしょう?」
「そうですが…何か今後のご予定があるのですか。この尋問を早く終わらせたいように感じますが」
エディルが王女に問い質す。
すると、急に王女が先ほどまでの恍惚めいた表情が曇り、真面目な顔になる。
とてつもない切り替えの早さに、こちらがどうしていいかわからなくなる。
「…先ほどから、城の外の様子がおかしくありませんか。…時々、悲鳴のようなものが聞こえるのですが…」
その言葉を聞いた時、リヒトは真っ先に飛び出していた。
自分を止める四騎士たちの声も、今の彼には届かない。
間違いない、こんな平和な国で悲鳴が上がるとしたら、やはり……!
城門前にたどり着く。
城の門は閉ざされている。
彼のような不審者を逃がさずに処刑しようという魂胆だったのか、それともただの偶然か、彼は一瞬そのような考えが浮かんだが、すぐにやめた。
この状況であれば、そんなものはどうでもいい。
城門の外から多くの悲鳴が聞こえる、王女ヒルトだけに聞こえる幻聴ではなかったようだ。
加えて、巨大な怪物の声がしっかりと聞こえた。
………もう、じっとしていられない。
リヒトは、何もないところから表紙が真っ黒な一冊の本を取り出した。
本を開き、書いてある文言を口にする。
『
そう唱えると、彼の目の前に黒い穴としか言いようがない空間が現れた。
そんな空間に、リヒトは何の躊躇いもなく入っていく。
『
暗黒空間を出現させ、物体を中に放り込む。
この空間の中にしまったものはいつでも取り出すことができ、また空間を複数出現させ、それらをつなげることで、任意の場所に瞬間移動することもできる。
城門前に出現するリヒト。
目の前には案内されてきた町がある、方角的には城のすぐ真下、つまり南にあたる城下町だ。
町の至る所から煙が立ち上っている。
まるで助けを求めているかのように立ち上がる黒煙のもとへ即座に向かう。
町中の人は、先ほどまで自分たちが恐れていた“死神”が来てもお構いなしに我先にと逃げまどっている。
―――――その中に、巨大な影を見た。
目視で計算すると、体長25mほど。
その姿は典型的なドラゴンの見た目をしている。
「再生神竜ファブニール…!」
すぐさま個体を断定する。
今すぐにでもこいつを倒しておきたいところだが、生憎今は逃げ遅れた人々の避難が優先だ。
これほど人がいた状態では、あの技は使えない。
「おい、なんだよこれは!?っていうかお前、城門が閉まってるのにどうやって抜け出したんだよ!」
フレイアをはじめ、後から四騎士たちが追いついてきた。
皆、目の前であばらている巨大な怪物を見上げている。
「あれは、再生神竜ファブニール。手足や首を切断しようと即座に復元する驚異的な再生能力を持っています」
「うそでしょ!?そんなのどうやって倒すの!?」
カリンの質問にリヒトは答える。
「倒す手段はあります、それは俺が持ってます。ただ、この力を使うためには、まず人々を避難させなければなりません。どうか、僕の指示に従ってください」
「ああ!?何言ってんだお前!?いきなりオレたちに命じるとか、立場分かってんのか!?」
「いや、彼の言うとおりだ、人命第一を優先に行動しよう。フレイア、君は僕と一緒に住民の避難だ」
「え!?///あ、うん…///」
エディルに名前を呼ばれ、なぜか顔を赤らめるフレイア。
「フィヨルンさん、カリンさんはファブニールの足止めをお願いします」
「「了解!」」
エディルの指示に対して同時に返事をする二人。
「君も二人と一緒にヤツを足止めしてくれ、倒す手段を持っているんだろう。だから、頼んだぞ」
リヒトに作戦を伝えるエディル。
町の人々の危機ということもあって、普段よりも表情や声が険しくなっている。
「分かりました。…では、お二方、行きましょう」
「初対面のやつに指示されるのは何か気に食わんが、まあ仕方ねえ、いくぞ!」
「ええ!」
三人はファブニールに向かって走っていく。
「ハア…ハア…みんな早いよぉ…」
ここでソフィー、リルネフがようやく追いついてくる。
といっても、リルネフはソフィーに合わせていただけのようだ。
活発とは言っても騎士たちに比べると体力はそこまでといえる、まあ当たり前だが。
「ソフィー、それとリルネフ。君たちは僕たちと一緒に住民の避難……と言ってもソフィーはその住民だったな。君も他の住民と一緒に安全な場所に避難」
「いえ、私の大切な国を、町を、これ以上壊すわけにはいきません。私も手伝わせてください!」
「…分かった。僕が町の東、フレイアは西、ソフィーとリルネフは町の南を担当してくれ。北は我々が来たところだから避難は完了している」
「「「了解」」」
三人は口をそろえて返答し、それぞれの持ち場へ向かう。
三人は苦戦を強いられていた。
「くっ!なんだコイツ!?マジですぐに復活しやがる」
ファブニールはその圧倒的な再生能力を存分に活かし、三人を追い詰めている。
「それに、何かがおかしいわ!町の人たちの避難はまだ完了してないの?至る所で逃げ回ってるんだけど?」
カリンの発言通り、町のあらゆるところで住民が逃げ回っていた。
これは確かにおかしい。
そう思ってリヒトは町全体を俯瞰して見てみる。
「……どういうことだ、これは?」
町の建物が、住民を逃がすまいと通せんぼをするかのように倒壊している。
……誰かの策略だろうか?
その考えが頭をよぎった瞬間、神竜の尾がこちらへ向かって飛んでくる。
それをぎりぎりで避けつつ、攻撃を加える。
バルムンクの攻撃力をもってすれば、致命傷になるほどのダメージは追わせられる。
だが、それでもすぐに傷口は塞がり、断ち切った肉片は断面から再生する。
切り取った部分からも再生して増殖でもするのだろうか。
そんな恐ろしい考えはさておき。
とてつもない勢いで復元するファブニールを相手にいったいどこまでできるだろう?
リヒトは思考を蜘蛛の巣の如く張り巡らせる。
あの技を使うにはまだまだ人が多すぎる、どうにかして自分の周りの人間を退散させなければいけない。
そのために最も都合のいい口実は…。
「…お二方、俺のことは良いんで、住民の避難に回ってください」
「え、でもリヒト君は」
「俺なら大丈夫です。ただ、この町の建物が住民を逃がさないように倒壊して取り囲んでいます」
今この状況を打破するためには情報共有が大切だ。
「つまり、これは誰かが仕組んだってことか?」
フィヨルンがリヒトに問う。
「おそらく、そういうことでしょう」
「俺たちと一緒に戦ってた以上、これはリヒトの仕業じゃねぇな!」
「それどころか、リヒト君が城にいた時に引き起こされたものね。…じゃあ、いったい誰が?」
「その考察は後にしましょう。今は住民の避難をお願いします」
「分かったわ!」
「任せろ!」
強力な魔獣をリヒトに任せ、二人は住民の避難に向かっていく。
「……これで、あの二人も範囲から外れた。こいつを倒すには、やはりこれしかないか。あとは、いかにして範囲内をこいつだけにするか、だな。とりあえず、住民の避難が完了するまでは、耐えるしかない」
リヒトは防戦一方になりながらも機会を窺うことにした。
「とりあえず、粗方住民の避難は完了した。かなり面倒なことになってたがな」
「ああ、避難させようと案内していたら、通路が建物の倒壊で塞がれていた。僕たちの魔術で建物ごと破壊できたからよかったが…」
「私、三人みたいにすごく強い魔術使えるわけじゃないから、結構疲れちゃいました」
「……」
避難が完了した四人に、フィヨルン、カリンが合流する。
「こっちもファブニール付近にいた住民は皆避難させた。」
「は?お前らも避難させてたのか?」
「僕は足止めをお願いしたはずですけど」
フィヨルンたちがいつの間にかエディルの指示と違った行動をとっていたことに対し、フレイアとエディルが疑問を口にする。
「それが…リヒト君に『俺のことは良いから』って言われちゃって」
「ああ。それに、都合よく通路に建物が倒壊して避難の邪魔をしていたのも、誰かの仕業と見ていい。あいつもそう言ってた」
二人は、リヒトとの会話内容を簡潔にまとめて伝える。
「何ッ!?じゃあこれは誰かが仕組んだことなのか!?」
四人の中でもフレイアが人一倍驚愕している。
「ああ、目的は不明だがな」
「まさか、
「そうだな。…けれど、人命を第一に考える人間が人々を危険にさらすとも思えない。リヒトとは別の勢力がいる、と考えるべきだろう」
エディルが結論を口にしたその時、
―――――――黒い閃光が、町中を照らした。
この光を、ソフィーは知っている。
始めてリヒトと会った時、ニーズヘッグを倒した時の、あの稲妻の光だ。
六人は、すぐさま光の発生源へ向かう。
向かった先には、ファブニールが棚から落ちた置物のように倒れていた。
その置物を前に、疲弊している“死神”がいた。
倒れた神竜は起き上がることはなく、塵となって消えていった。
その、殺人現場に出くわしたかのような異様な雰囲気に皆が飲み込まれた。
実際、相手は人ではないものの殺したことに変わりはないだろうが。
四騎士はさっきまで生きていたモノがいた場所に佇んでいる“死神”を唖然としながら見ていた。
「やった、のか?」
フィヨルンが呆気にとられたように発言する。
「…あ、無事だったんですね。住民の避難も完了したようで何よりです」
ようやくこちらに気が付いたのか、ふと六人がいる方を向くリヒト。
すると、フレイアが突然掴みにかかってきた。
荒々しい動きとは裏腹に声は冷静だ。
「お前、なんで早くそれを使わなかったんだよ…」
「え、それって」
「あの怪物を一撃で倒す力があるんだったら、どうしてそれを早く使わなかったんだ、ってことだよ……何かあんのか、その力をすぐには使えなかった理由とか。聞いてやるから言ってみろよ」
脅し半分でリヒトのコートの襟をつかむフレイア。
あなたも短気なのに王様のこと言えないじゃん、と思ったソフィーだったが、すぐに力を使わなかった理由を聞く慎重さを見せてきたのでこの旨の発言はやめておいた。
「そうですね…この力は、強すぎるんです。周りに人が大勢いると、その人たちもこの力の影響を受けてしまう。だから、避難を優先させたんです。フィヨルンさんとカリンさんを俺から遠ざけたのも、それが理由です」
「「………」」
一緒に戦っていた二人は無言で彼を見つめている。
「ただ、この力を使うためだけではありません。人々の命を優先させたかったのは本当です。これだけは、誓って本当です」
加えて正直な気持ちを吐露するリヒト。
その黒い瞳の輝きは、何か辛いものを抱え込んでいるように見える。
「そういえば、一つ重要なことを聞くのを忘れていた」
エディルがゆっくり近づいてくる。
「君は『使命』とやらのために旅をしているそうだが、いったいその『使命』とはなんなんだ?」
発言の通り、一番重要な質問にリヒトは答える。
「そうでしたね、その情報が一番重要でした。ソフィーには説明しましたが、改めて皆さんにも話しておきます。……俺とリルネフは、『人類の価値を証明するため』に、この旅を続けています」
そろって自分の方を見る四騎士に向かってリルネフはこくりと頷く。
「……人類という壮大なもののために旅をしているのに、何故よりにもよってこのアスガルド王国なんだ?ここ以外にも発展している国は沢山あるだろうに。そもそも、君に使命を与えてきた者はいったい何者なんだ?」
核心を突く質問をしてきた。
「…すみません、全てに答えることは、できません」
「ここにきても“答えられない”、か。……仕方ない、話せることだけ話してもらおう」
都合の悪いことには目をつぶってもらう、ということに申し訳なさを感じつつリヒトは話し始める。
「ここからは、ソフィーにも話していないことを話します。…皆さんはさっきから俺のことを雰囲気で“死神”と呼んでいますが、その呼称で構いません。別の場所、ここに来る前から、俺は“死神”と呼ばれていましたから。今、俺は手に黒い書物を持っています。これは『黒の印』といって、闇の魔術に関する記述が主に書かれた魔導書です。先ほどのファブニールを倒したのも、この魔導書に書かれた魔術を用いたからです。まあ、これは俺が死神として覚醒する際に手に入れたものですが…」
「覚醒するときに手に入れた?…じゃあもともとは別の場所にあったってことなの?売られていた、とか、誰かにもらった、とか?」
初めて聞く話にソフィーが質問してくる。
「そういうこと。俺は、“この魔導書を持っているから『死神』”、なのではありません。…俺は、”生まれて来た時から『死神』”なんです。闇の魔術を使う素質を持つ人間として生まれてきたのが『死神』です」
「…ずいぶん難儀な生まれだな。闇の魔術を使える素質は持っているが、それを使いこなせるようにするための書物がそれってことか」
複雑な顔を向けるフレイア。
「ええ、そして…俺は元々、“人類を滅ぼすため”に生まれて来たんです。死神という『役割』はそのためのものです」
リルネフ以外の五人がざわつき始める。
「えっ!?そうなの!?でもあなたはさっき『人類の価値を証明する』って…」
カリンが聞いてくる。
「はい。今言った通り、俺は元々、人間を滅ぼすための人間、いわば人類の自滅機構として生まれてきたのですが、“あること”をして『大いなる神』という存在に認めてもらったことで『人類の価値を証明する』という使命を与えてもらったんです。人類の存続は俺の願いなので、それを叶えるチャンスを与えてもらった、というわけです」
「その『大いなる神』ってのはどこにいるんだ」
フィヨルンが聞いてくる。
「アスガルド王国の北、風の神殿のさらに北にある山脈にいます」
「そんなとこにいんのか。だが、そうなるとお前は一度ここにきているはずだが」
フィヨルンの疑問はもっともだ。
アスガルド王国付近の山脈に『大いなる神』がいるというのなら、使命を聞いたリヒトとリルネフは一度ここを訪れてきていてもおかしくはない。
だが、
「『大いなる神』は地上のどこにでも現れることができるんです。あくまで俺の使命のときは、あの山脈に現れてそこをゴールにしているというだけで」
とリヒトは答える。
なんだかすごいものに関わってしまった、と四騎士とソフィーは漠然と思っている。
「……なんか。すごいことしてるんだな、お前ら…」
フレイアが正直に告げる。
嘘偽りのない本心だ。
「…そうですか、ありがとうございます」
「……どうするよ、三人とも。こいつが旅をしているのは『人類の価値を証明するため』ときた。そんなことをいわれちゃあ、オレたちもちょっと手伝ってやらねぇか?」
フレイアの発言に三人はというと…、
「そうだな。君の放つオーラは恐ろしいと今でも思っているが、かといって分かり合えない、とはもう思えなくなってきたな」
「仕方ねぇな。ここまで誠実さを押し出されちゃあな。それに、町の人たちも守ってくれたし、な」
「私は最初から『この子普通に良い子じゃないかなぁ』とはおもってたけどねぇ。」
エディル、フィヨルン、カリンはそれぞれこう答えた。
「いや、嘘つけ!『この国に招いたのはまずかったんじゃあ』とか言ってたじゃねぇか!」
「『まずい』とは言ったけど『絶対ダメ』とは言ってないわよぉ」
「意外とせこいなコイツ」
女性騎士同士で何やら子供じみた口論が行われているが、どうやら他の三人もリヒトとリルネフの滞在を了承してくれるようだ。
「けど、まだまだ分からねぇことだらけだからな。全部話してくれるまで、お前のことは返さねえと思え。いいか?」
「…話せれば、ですけどね」
ちょっと余裕が出て来たのか、フレイアの圧を軽口で返すリヒト。
先程までの暗い雰囲気と今の軽い返事のギャップに戸惑いつつも、それがなんだかおかしくって四人はつい笑ってしまう。
ソフィーはそんな光景を見て少し嬉しくなった。
「…嬉しそう、ですね」
「うん。だって、リヒト君がいい人だってわかってくれたみたいで、本当に良かった」
「…あなたは、リヒトの全てを見てきたわけではないはずです。なのに、どうしてそんなことが言えるのですか?」
至極当然の質問をしてくるリルネフにソフィーはこう返す。
「私、こう思うんだ。…『疑う』って言うのは、相手を否定したいからすることじゃなくて、相手を信頼したいからすることなんだ、って。町の人たちは、多分まだリヒト君のことを怖がると思うけど、少なくとも四騎士の人たちは、彼のことをもう信じてるように思う。だってあの人たちは、リヒト君のことを知ろうとしてくれた。“知りたい”ってことは、相手のことを理解したいってことでしょ。…それって、相手に『信頼を預けたい』って思ってる何よりの証なんじゃないかな。今だって、ほら、死神とか関係なく笑ってるし」
その言葉を聞いて、リルネフはまじまじと五人を見つめる。
…確かに、先ほどまでとは打って変わって仲がよさそうに話している。
それも、今まで彼女が見たことないような笑顔を浮かべて。
そんな光景を見て、
「………………フフッ」
つい笑みがこぼれてしまった。
「え!今笑った!笑ったよね!」
「笑ってません……絶対」
「うそ笑ったでしょ、だって口角吊り上がってるの見えたもん」
「ですから、笑ってません」
こちらの女性陣も可愛らしく微笑ましい口論をしているようだ。
「おーい、何してんだ二人ともー」
向こうからフレイアが声をかけて来た。
もう既に城に帰還する準備をしているのか、町の北部へ遠ざかっている。
「なんでそんなに遠くにいるんですかー」
二人は走って追いつきながら話しかける。
「今コイツから聞いたこと、王様に報告しなきゃならねぇだろ。それに、町の人たちが戻ってきてるし、コイツを置いていくとまた石とか投げられちまうだろ。あと、壊れた町を修復するための計画とか練らないといけねぇし。…割とやることいっぱいあんな。あの王様後日胃痛になってなきゃいいけど」
ヘンダ―王にいらぬ心配をするフレイアに、確かに、とフィヨルンが笑いながら返す。
王様は意外と軽く扱われがちらしい。
ソフィーは、後ろをついてくるリルネフに率直に、されど少し照れ臭そうに聞く。
「私たちもさ、信頼、築けてるかな?…まだあったばかりだけど…」
リルネフは今の自分の心情を正直に伝えた。
「…ええ、そうだと良いですね」
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