第一話 仮想出力
「ソフィー。ごめんけど薬草取ってきてくれんかね」
老婆が一人の少女に頼みごとをしてきた。
「あ、いいですよ。どんなやつですか」
「傷口に直接貼り付けるやつを…そうねぇ…今は五、六本取ってきてくれればいいかしらねぇ」
「分かりました!…このあたりだと一番近いのはどこですかね?」
「うーん…前取ったときはこの町から南東に向かった森、ほら“炎の神殿”と“土の神殿”の境の森で取ったわね。ただ、そこ以外の場所じゃ見つけられなくて…」
「わぁ、結構遠いですね…」
「そうなのよ…年老いてるから如何せん足腰がきつくて…」
「なるほど、改めて分かりました!じゃあ、行ってきます!」
「うん、帰ってくるときも気を付けなね」
そんな他愛のない会話が繰り広げられた後、ソフィーと呼ばれた少女は、その白く長い髪を揺らしながら薬草採取に向かった。
ソフィーはここではそこそこ有名な町娘である。誰が相手でも分け隔てなく平等に接する、活発な19歳のどこにでもいる普通の少女である。
彼女が暮らしているのはヘンダーと呼ばれる王様が統治している「アスガルド王国」の西端である。
彼女に両親はおらず、様々な職種の手伝いをしながら生活している。
薬草採取、幼児の子守、病気に罹った店員の代わりなどなんでもござれ、と言えるほど何かを一生懸命にやったり、誰かのために行動するのが好きな少女ソフィーである。
周りの空気や人の気持ちを読み取るのも上手く、「こんな子を嫌いになる人なんかいないだろ」、と断言できてしまうくらい非の打ちどころのない善人だ。
…ただ一点を除いては。
彼女は自分が“人のため”になることをできる自分を誇らしく思っている一方で、彼女が“自分自身のため”になるようなことしたところを誰も見たことがない。
甘いものが好きだったり、可愛い服を見つけて買ったり、と年頃の少女らしいことは普通にする。
それは自分自身のためなのではないか、と思えるのだが、彼女は“できないことをできるようになってみたい”、“今まで知らなかったことをもっと知りたい”といった人間にとって原始的な欲望がない、つまり“夢”がないのだ。
そのことについて彼女は非常に悩んでいる。
比較的年齢が近い町の子どもたちや同年代の人たちはほぼ皆、自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、という夢を持っているのだが、彼女はそれがいまいちよく分かっていない。
いろんな仕事を掛け持ちしながら生活している、とは言ったものの、それは裏を返せば「どの仕事に就くべきなのかが分からない」「自分はどこに向かって生きているのかが分からない」ということでもある。
いろいろな人のために行動しているけれど、「一つの道に向かって真っすぐ進み続けることができない」、それが彼女の“ただ一つの欠点”といえるだろう。
町を出発してから一時間弱が経過し、ようやく森へたどり着いた。
今でこそ体力が有り余っているのでまだまだ歩けるが、自分も年老いたらあのおばあさんのように足腰の悪さに頭を抱えながら生きていくのだろうか、なんて今すぐには訪れない遠い未来のことを考えている。
「さてと、探しますか!」。
自分の脳と体に活を入れるために両手のひらで腰をたたく。
薬草採取は体力勝負であると同時に判断力が試される。
薬草に限らず、他の植物にも言えることだが、似たような見た目をしている植物がそこかしこに点在している。
見分けがつかず、せっかく採取してきたのにそれがまったく別の草、それも毒を含むものであったら一大事だ。
経験さえ積めばある程度は見た目や匂い等で判断できるようになるだろうが、ソフィーのように薬草や動物といった自然物に関わる仕事だけに精通してるわけではないような人間は、図書館で本を借りるなり、依頼主から判断材料となるサンプルを預かるなりして判断する方がより確実だ。
実際、ソフィーは薬草採取に行く前に図書館で「薬草の見分け方」なる本を借りて採取に臨んでいる。
こういう時は自分の勘を信じることはせず、他者からの確実な情報に頼る方がいい。
ソフィーは本に描かれた薬草の特徴と実際に目の前にある草を交互に見て比較しながら採取をしている。
彼女が今探している薬草は、薄紫色の五枚の花弁を咲かせる、という特徴を持っているが、そんな植物どこにでもあるだろう。
だからこそ本に描かれている薬草の“別の特徴”を見つけなければならない。
ぱっと見は同じでも、しっかり見比べれば細かな違いに気づけるだろう。
幸い、彼女の目の前にある薬草は描かれたものと同じだった。
「人と仲良くなる時もたくさん良いところを見つけていかないとね、薬草の特徴を見極めるみたいに…」
我ながらまるで賢人にでもなったかのようにひとり呟くソフィーであった。
どうにか依頼通り五、六本は採取できた。
が、せっかくこんなにあるんだし喜んでほしいから、と奮発して十本ほど採取してしまった。
運よくお目当ての薬草がたくさん現生しているエリアを見つけたのだが、生憎植物にも“鮮度”というものがある、同じ植物である以上野菜なんかと同じだ。
生育することができなくなると、薬草に含まれる成分の効果が減ってしまうし、次また採取するときはより大きく育ったものを採ることができるから、今回はここで打ち止めにしよう。
そう決めてソフィーは町に帰ろうとする。
時間は、太陽の位置からして正午過ぎ頃。
昼ご飯にするにはちょうどいい時間帯だが、帰ったときにはもうお腹がペコペコになっていることだろう。
……だが、ここで女の子としての宿命が働いてしまった。
「…!?…あれはッ!?」
彼女の目の前に、赤く輝く木の実が大量に成っていた。
あれはこの前、町のカフェで食べた、最ッ高に美味しいフルーツではないか!
瞳孔にそれが移った瞬間、もう辛抱たまらず駆けだして草食動物の口のように右手が果実にかぶりついていた。
そして、本当の口の方へ採ったフルーツを運ぶ。
………嗚呼、濃厚な甘み、鼻腔をくすぐる酸味、そして柔らかな触感。
これだよこれ、このために生きてる、もうこれで人生終わってもいい。
などと、心の中で自分に対してそこまで面白くない冗談を告げながらフルーツを頬張る。
―――――――――――その時、後ろで足音がした。
―――――――――――—————しかも複数いる。
せっかく自分だけの幸福な世界に入り浸っていたのに、とちょっと悔し気に後ろを振り向いた。
そこには
町では見かけない
二人の男女が
並んで立っていた
「……あの、何か用ですか?困っているなら助けになりますよ。」
普通、自分の後ろに見知らぬ人間が二人も立ってたら間違いなく驚くだろうが、ソフィーは圧倒的なコミュニケーション能力でそんな恐怖心は意にも返さない超絶メンタルの持ち主だ。
二人は旅人のような姿をしていた。
一人は脹脛まで覆う黒いコートを纏った黒髪の青年で、見た感じソフィーと同い年くらいだ。
瞳は視線どころか目玉が飲み込まれてしまうほどに黒いが、瞳孔にはしっかり光が宿っているし、話すきっかけさえあればしっかり話してくれそうな、そんなどこか優しい雰囲気を醸し出している。
これはアレだ。
“ただ単に暗い人”なだけだな。
そうソフィーは分析する。
一方、もう一人の女性の方は隣の青年どころか、ソフィーと比べても頭一つ分…とまではいかなくても頭半分くらい背が低い女性、というか女の子だろう。
見た感じ自分より三、四歳ほど年下だろうか。
灰色なフード付きのマントを羽織って顔を隠しているので表情が見づらい。
だが、見た感じ体つきはすらっとした体形である。
それとは逆に、動きやすさを意識しているのか、白い衣服のスカート部分は太腿の中間くらいまでさらけ出している。
ちょっと強い風が吹いたら中身が見えてしまいそうだ、と心配半分、照れ隠し半分な感想を抱く。
よく、町の人たちから「ソフィーはスタイルがいい」なんていわれる。
確かに、よく考えてみれば町の女性たちと比べて私は胸や尻が大きいし、太腿には若干肉がついている。
ただ、私個人としてはいろいろと小さいほうが動きやすくていいのだ。
自分からすれば、そんな動きやすい体形と恰好をしているこの少女が少し羨ましい……スカートの圧倒的短さに目をつむれば私から見て彼女は理想の女の子だ。
強くはないが先ほどちょっと風が吹き、女の子の顔が少しだけ見えた。
スカートの中までは見えなかったので一安心。
女の子はかなり整った顔立ちをしている、まるで精巧に作られた人形のように。
ただ、それは青年の方も同じである。
二人とも表情は暗いものの、顔の良さは一級品である、自分でこんな評価をするのもアレなのだが。
「アスガルド王国までの道を教えてほしいのですが」
質問をしてきたのは青年の方だった。
旅人として何らおかしなことはない、目的地にたどり着くための簡単な問いだ。
「あの、王国の住民の方、ですよね?」
こんなこと聞いてよかったのか、と心配しているような一線引いた声だった。
そんな聞き方だとこっちが心配になってしまうのだが……まあ、困っているのだし助けてあげましょう!
「はい、そうですよ。アスガルド王国なら、その道を真っすぐ行けば町が見えてきますよ」
ソフィーは二人の後ろにある一本道を指差した。
彼らはおそらく後ろにある道を通ってここに来たのだろう。
それなら心配はいらない、なぜならそこは私も通ってきた道だからだ!安心して進みなさい!
「あっ、ありがとうございます…」
男性は暗い雰囲気とは裏腹に丁寧にお辞儀をして去っていった。
なお、隣にいた少女は頭を下げることなく青年の後をついていった。
ちょっと失礼な子だな、とは思ったが、まあ何か事情があるのだろうと相手を否定しない方向へ考え直すことにした。
……さて、続きと洒落込みますか。
ソフィーは一人フルーツパーティーを再開した。
「はあ~~~、食べた食べたぁ~」
これ以上ないくらい幸福な時間を過ごした。
一個、せめて二個で済ませようとしたが、勢い余って四、五個も平らげてしまった。
薬草採取といい、奮発しすぎたなと反省する。
………………薬草…………採取……………ハッ!?
「まずい!早く帰らないとじゃん!」
いい加減思い出せよ、とでもいうかのように脳が本来の仕事を思い出させてくる。
その記憶消してたのもあんたでしょ、と自分の脳に文句を言うわけのわからないことをしながら道に出る。
あああああ、心配かけちゃうなあああああ。
今から怒られる準備をしておこうと、先ほどまで生意気だった脳に覚悟を決めさせる。
――――――――――――――――――――ドォン、と。
何かが自分の背後に落ちる音がした。
火山が噴火したかのような、心臓がキュっと締め付けられる激しい音だった。
また誰か道でも尋ねに来たのかな、と一瞬思ったがそれにしては音が重すぎると思う。
まるで、何か大きな生物が落ちてきたかのように。
後ろを振り返ると、そこには、見たこともないような、生物が、
「やはり、見知らぬ人にも感謝をしなければいけないのですね…」
先程、白髪の少女に道を教えてもらい、彼がお辞儀をしたことにフードの少女は疑問を抱いていた。
なぜ縁の薄い相手にそこまでしなければならないのか、と思っているのか、青年に冷たく言い放つ。
「うん、まったく知らない相手だからこそ、何かをしてもらった時は“ありがとう”と伝えないと」
「そのメリットは?…今後もう会わないような相手なのでしょう?〈永遠の命〉があるわけでもないのですから、いずれ再会するとも限らない。感謝を述べる必要はないのでは?」
「会わないなら会わないで喧嘩別れみたいになって後味が悪いし、また偶然どこかで会ったなら、“会えてうれしい”ってなるからね。まあ、あくまで自分がどう思うか、でしかないけれど。それでも、感謝を伝えることは大切なことだよ」
青年は少女に対してなるべく納得できるような形で答える。
「………そういうものなのですか?」
「君だって、昔はそうだったんじゃない?」
「………………………………………」
質問に質問で答えてしまったな、と青年は後悔する。
―――――――――その時、背後から悲鳴が聞こえてきた。
この声はおそらく、“さっきの少女”のものだ。
二人は急いで来た道を戻り始めた。
ソフィーは恐ろしさのあまり地面に座り込んでしまっていた。
だって、、、あんなモノ、、、見たことがない、、、
体の見た目は蛇にそっくりだが、その胴体には翼が備わっている。体の奥の方に尻尾が見えるが、それを含めると体の全長は20mにも及ぶだろう。
「こんな生き物、さっきまでいなかったのに、どうしていきなりここに…。」
脳からの信号が加速する、今すぐに逃げろと血液を沸騰させる、逃げなければいけないと全身の細胞が騒ぎ立てている。
それをようやく認識した時、ソフィーはいつの間にか走り出していた。
本当は逆方向に走っていきたかった。
この怪物を遠ざけたかった。
みんながいる街に、私の大好きなアスガルド王国に、この怪物を入れてはならない、とそう思っていた。
しかし、脳は生命の維持が先行して、「誰かに助けを求めろ」と元来た道を戻るよう指令を送った。
薬草も果実もおいていった。
仕方ない、今は生き残ることが最優先事項だ。
今まで経験したことがないほど走った。
体力には自信があるのに肺はもう駄目だと悲鳴を上げている。
怪物は必至こいて逃げるソフィーを煽るかのように追いかけ続ける。
走れ。
走れ。
走れ。
走れ。
限界を超えて、走れ。
「ッ!?」
地面のちょっとした段差に躓いた。
ソフィーの体が空中を跳ねる。
この時ほど大自然に理不尽な怒りを叩きつけたいと思ったことはないだろう。
彼女は地面に向かって派手に倒れた。
「ったい…」
転んで膝から血が滲み始めるが、そんなことが霞むほどの絶望が目の前に迫っていた。
突然、怪物は空を見上げ始めた。
ああ、私にもわかる。
何か吐き出して私を殺す気なのだろう。
ここで、終わっちゃうのかな…私…。
怪物は勢いよくソフィーの方へ向き直り、案の定何かを吐き出してきた。
―――――“炎”だ。
奴は、正真正銘の怪物だった。
彼女の目の前に死を招く熱が迫る。
一瞬とも、永遠ともとれるその刹那、彼女は自らの終わりを悟り、ゆっくり目を閉じた。
あれ?
まだ、わたし、いき、てる?
自分の体が焼け焦げていないことが不思議だった。
なんで、今確実に、終わったと思ったのに…。
瞬間、大きく何かが倒れる音がした。
急いで正面を向くと、あの怪物が倒れていた。
自分の体が五体満足であることといい、あの怪物がわけもわからず倒れてることといい、いったい何があったのだろう。
―――――目の前には、
―――――漆黒の剣士が、
―――――彼女を守るようにして立っていた。
あの剣士は、さっき私が道案内をした、あの。
ソフィーがそう思った瞬間、剣士の体は消えていた。
起き上がった怪物が周りをきょろきょろしている。
探しているのだ、自分に逆らってきた外敵を。
すると、再び怪物の体がぐにゃっと仰け反った。
何度も。
何度も。
先程の衝撃ではないにしても、確かに重い一撃を次々と食らわされている。
ようやく見えた。
あの剣士が怪物を剣で斬っている。
あの剣士、もとい青年は空中を高速で移動しながら怪物を斬り刻んでいる。
実際、怪物の体には度重なる連撃で所々に斬り傷がついていた。
ソフィーはそれを黙って眺めているだけだったが、ようやく希望が持てた。
助かるかもしれない、と。
そう思った瞬間、怪物は反撃をやめ、周囲に生えている樹木をバリバリと食べ始めた。
尚も攻撃を続ける青年を無視して森を貪っている。
意外と耐久力があるんだな、と呑気な考えが頭に浮かんだソフィーだが、あることに気づいた。
さっき炎を吐いていたけど……あれって、まさか!?
そのまさかだった。
再び怪物は炎を吐いた。
だが、先ほどと比べて威力と範囲が段違いだ。
間違いない、あいつは“木々を食べて燃料にする”ことで炎を吐き出している!
しつこく血を吸いに来る虻のように攻撃してくる青年を広範囲ごと焼き尽くすことで、熱と酸素欠乏で戦闘不能に追い込もうとしているのだろう。
確かに、広範囲のブレスを出せるようになってから彼の攻撃頻度が落ちている。
怪物の行動に意味はあっただろう。
だが、彼とて、頻度は落ちたものの、攻撃をやめたわけではない。
慎重に機会を窺いながら、着実に攻撃を加えている。
だが、またしても怪物は別の行動に出た。
ソフィーに向き直ったのである。
どうやら、“
すると、
「リルネフ!頼む!」
青年はそう口にした。
怪物のブレスが迫り来ようとしていた時、ソフィーの周りが凍り付いたように冷たくなっていた。
否、本当に凍り付いていた。
炎と熱からソフィーを庇う様にして立ちふさがる氷は、怪物の熱量に耐え切れないと崩壊を始める。
だが、それが本来の目的ではない、というかのように、小さな影が、その体に対して大きなソフィーの体を抱き上げ、遠くへ持ち去っていった。
怪物は炎を吐き続け、氷壁を破壊したが時すでに遅し。
目標ははるか彼方へ跳んでいた。
ソフィーは顔を見上げ、助けてくれた人物を視認した。
あの時のフードをかぶった不愛想な少女だ。
彼女もソフィーの悲鳴を聞いて助けに来てくれたのだ。
人間とは思えないほどの跳躍力を見せる少女。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!」
見たこともないほど高い景色にソフィーは女の子らしくない悲鳴を上げる。
さっき怪物が背後に落ちてきた音を聞いたときよりも、こっちのほうがよっぽど心臓に悪い。
突然、ソフィーの体がさらに上空に飛ぶと、再び少女の腕の中に収まる。
何が起きたのか周囲を見渡すと、怪物の下半身が凍り付いていた。
暴れ馬のように言うことを聞かない奴を、動きを止めることで無理やり黙らせたのだろう、凍ってない上半身はうるさいままだが。
遠距離からどうやって凍らせているのだろう、と思った時、彼女が背中に背負っているものが目に入った。
“弓”だ。
その上、先ほどさらに上空に飛ばされたとき、一瞬氷の矢のようなものが飛んでいるのが見えた。
弓で氷の矢を放ち、着弾させて凍らせていたのだ。いったん私の体を上に投げたのはこの攻撃をするためだったのか、とソフィーは自分の分析力を自分でたたえた。
準備が整った、というような合図を少女が出す。
―――――その後、怪物に黒い稲妻のようなものが当たった。
怪物は激しく苦しみ、それ以降動かなくなった、そして、その姿は、塵となって消えていた。
少女に抱えられながら地上に降りる。
その数分後、あの青年がやってきた。
「大丈夫ですか?どこか怪我したりとか…あ、膝から血が。さっき逃げてるときに転んじゃったんですね。待っててください、今手当てしますから。」
自分が怪我をしていることをようやく思いだした。
目の前で起こっていることが衝撃的過ぎて痛覚がマヒしていた。
先程の暗い印象とは打って変わって優しく話しかけてくる青年。
声はやさしいのに顔は笑ってないのは相変わらずだが。
「あの…さっきのあれは、助けてくれたんですよね?」
「あ、はい。できれば転ぶ前に助けたかったですけど」
転んだのは私の責任なのに…。
「そ、そこまで言わなくても。…そういえば、二人は何者なんですか?旅人っぽい服装ですけど…」
「……ええ、ある目的、言い方を変えれば『使命』のために旅をしています」
「まだあったばかりですけど、その使命って教えてもらえたりしますか?」
気になって聞き返す。
青年は純粋に聞いてくるソフィーに対し、少し驚いたような表情を見せた後、神妙な面持ちで答えた。
「“人類の、人間の価値を証明するため”です」
その言葉を聞いて、ソフィーは何とも言えない高揚感に頭を支配された。
人類のため、人間のため。
それは、物語で誰もが想い描く偶像。
一人、少数の人間が大多数を救う、という尊い行為でありながら、知りもしない人間、理解しない社会のために自分自身の人生を犠牲にする残酷な行為。
そんな業の深い運命を、この青年は背負っているのだ。
そして、それは新たな躍動の始まりでもあった。
ソフィーは今までに感じたことのないような高まりを感じていた。
きっと、これはそういうことなのだろう。
彼と出会ったことで、彼の戦いを見たことで、彼の壮大な使命を聞いたことで、自分の中の生き方が広まり、また定まった。
“できないことをできるようになってみたい”、“今まで知らなかったことをもっと知りたい”
そうか、やっと私にもわかった。
やっと、私の進むべき一つの道が見つかった。
この人たちの旅についていきたい。
この人たちと一緒に世界を旅したい。
見たことのないものをこの目で見てみたい。
ようやくソフィーは、自分だけの“夢”を見つけた。
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