「未来なき世界」の中で…

七瀬 零

プロローグ

 吹雪く山の只中に、一人の男が膝をついている。

 疲れ切った、それでも何とかやり遂げた。

 そんな、どこか安心したような顔をしていた。


 声が聞こえる。

 厳格な老人のような実に威厳のある声だ。

 

 大気が波打つ。

 空が割れる。

 地が浮かぶ。

 ありえないモノを見たかのような、極限の心理状態が脳を襲う。


 声の主は男に語り掛ける。

 その内容は“自分”にとって当たり前でありつつも、蓋を開けてみれば恐ろしいものだった。


 声の主は、男に提案をしてきた。

 お前はこれから何をしたい、と。

 男は、己の為すべきことを答えた。


 どうやら、男の願望はひとまず聞き届けてもらえたらしい。

 いつの間にか、見たこともないような剣が、その手に握られていた。

 刀身も、剣柄も、何もかもが漆黒に染まった、見るからに危険な代物だ。

 

 変わったことは他にもあった。

 彼のすぐ隣には、見たことのない全裸の少女が横たわっていた。

 透き通るような水色の髪、柔らかそうな肌、すらっとした小柄な体形、整った顔立ち、そして何より目立つのは……。

 

 声の主は、さらに男に“使命”を下した。

 この使命をやり遂げる必要はないが、やり遂げなければお前の為すべきことは果たせない、と。


 そうして、声は聞こえなくなった。

 男は、横たわっていた少女を抱え、足に力を込め立ち上がる。

 必ずやり遂げて見せる。

 …いや、そうしなければならない。



 ―――世界が虚空に呑まれる前に。


 ―――星の未来が奪われる前に。


 ―――どうしようもない終わりが、訪れる前に。



「人類の、人間の価値を証明するために」

 男は強く自分の心に刻み付け、山を下りて行った。


 …いつの間にか吹雪は止み、空を覆っていた雲の切れ目から、星々がこちらを見るように顔をのぞかせていた。




 末期まつごの祈りが起動した。


 仮想は彼方へ現れた。


 さあ、君の行く末を見届けよう。


 全てを背負った“死神”よ。


 縮図を贄に、世界の意味を示すがいい。

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