2. 知らない
2.1
五限の終わりを告げるチャイムが鳴り、
「――じゃ、この『やめるはひるのつき』の意味について、各自の考えを原稿用紙一枚にまとめてきて下さぁい。半分以上書かないと再提出ね。今日はここまで、」
起立、礼で、生徒たちは三々五々に散らばった。
現代文の授業は苦手だ。詩なんか特に意味がわからない。
今日は山村暮鳥の〈風景〉だった。音読する生徒は四回目の〈いちめんのなのはな〉で笑いが止まらなくなってしまい、そこで音読は中止された。丸田先生はため息をついていたが、現代詩なんてそんなものだと思う。
俺にとって、あるいは俺たち十七歳の生徒の大多数にとって、詩とは気取ったものだった。ポエム、という言葉なんか蔑称ですらある。別に詩そのものは悪くない。ただ、俺たちには真摯なものを笑うための思考回路が組み込まれていて、詩はそこによく引っかかるのだ。
俺は配られた原稿用紙を適当に折って、カバンの奥に突っ込んだ。教室は解放された生徒たちの喧騒でいっぱいだ。その中を縫って、
「なんだよ。今日部活休むのか」
自分で言っておいて、それはありえないと思った。同じ陸上部の瑞希は誰よりも練習熱心で、俺がサボってるのをいちいち咎めに来るくらいだった。
「……拓海、」
それだけ言うと、瑞希は目配せをしてそそくさと教室を出ていった。来い、ということだろうか。どこか落ち着きのない姿を不審に思いつつ、俺はそのすらりと伸びた背を追った。
三月の廊下はひんやりしている。その中を、部活へ向かう生徒やそのまま帰る生徒たちが、魚の群れのように行き交う。前を行く瑞希の歩き方は少し独特で、黒い制服の海の中で離れてしまっても、見失うことはなかった。
屋上へつながる暗い階段を上がり、踊り場を曲がったところで瑞希が止まる。窓から差す光が、あたりを白黒の景色にしている。生徒の声は遠い。彼女は誰もいないことを確認すると、くるりと振り向いた。スカートの裾が不安げに揺れる。
「四谷炉火に告られた。」
「は?」
瑞希が慌てて人差し指を口元で立てる。俺もあたりを見回しながら瑞希に寄った。
「……、それって、うちの学校の?」
「ほかにどの四谷炉火がいるの。」
こんな大事な話でボケるの最低、と言ってから、彼女は一段と声を低くした。
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