2.2


「昨日の夕方、駐輪場でさ、付き合ってくれって。……ねぇ、拓海はなんか聞いてたの?四谷から……あたしのこと。あんた、仲良かったでしょう」

「知らない、」

 かぶりを振る。本当に何も知らない。彼とは付き合いこそ長いものの、個人的なことは何も聞かされていなかった。俺はとっさに、嘲笑されている、と感じた。炉火は〈お前にそんな話をするわけがない〉と言って笑っている。〈お前にそんな権利があると思ったのか〉と。

 と同時に、演じなければ、という気持ちにも急かされた。少なくとも瑞希の前では、俺は分別のある良い友人である。こんな大事な話を俺に打ち明けたのだ。その信頼を無下にするわけにはいかない。

 俺は一度だけ深呼吸をし、なるべく親身に聞こえるように彼女に囁いた。


「お前はどう思ってるんだ。」

「そんなの……わかんないよ。一緒のクラスだったのは一年のときだけだし。確かに、四谷は他のやつとは何か違うって思ったことはあるけど……だからってそれが、好きだっていう気持ちかは分からない。恥ずかしいけどさ、あたし初めてなんだ。告られるとか、付き合うとか……。

 ねぇ、どうしよう。拓海ならどうする、誰か、思ってもみない誰かに突然好きだって言われたら、」

「どうするって、」


 瞬間、炉火の表情が脳裏をかすめた。炎に照らされて輝くあの顔。憎しみとも悲しみともつかない激しいあの目で見つめられながら、〈好きだ〉と言われたら。


「……わからない。」

 考えたくもない。

「でも、急ぐ必要はないと思う。もう少し考えたらどうだ、お前が納得いくまで。俺もいつでも聞くから」

「……。そうだよね。ごめん、変なこと相談して。じゃ、また部活で」


 瑞希は暗い目をしながら一人、階段をゆるやかに降りていった。その背が階下に消えるのを見送ってから、俺は大きくため息をついた。


 瑞希の話が嘘だとは思わない。だが俺には、俺の知る炉火とは違う、全く別人の話をしているように思われた。


 炉火は冷酷だ。孤独だ。独善的だ。

 そうではない彼など、想像もできない。

 頭の奥で、冷たい炎の影がちらついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る