第3話 創造主の語らい
「ねえ、あんなのあり?一回の生成で地理、動物の知識、植物の知識、この世界の常識を得るとかなくない?」
そう言ってきたのは暴走実験場の創造主だ。
彼の世界の人を受け入れたから、その後を見に来たらしい。
「大したことでは無い。地理と言ってもあの村周辺のみ。植物知識も動物知識もあの森に限られる。本当の植物知識のスキルであれば、この世界全体の植生を理解できる。そう考えれば三流のスキルの寄せ集めだ。世界の常識もあの村での常識に過ぎん」
「ふーん」
「それにあの娘は『自分にしか見えない』という縛りをつけたからな。だから簡単だった」
あれが生成したのは妖精などでは無い。
あれは自分の脳内をいじったのだ。
自分にしか見えない、聞こえないのであれば、あの娘の脳にだけ適切な知識を詰め込めばいい。
それを引き出す鍵として、あの妖精に話しかけるという動作をさせる。
目に見える?
自分にしか見えないのであれば、目で見ていなくても脳内で像を生成すればいい。
耳に聞こえる?
自分にしか聞こえないのであれば、耳で聞いていなくても脳内で音を生成すればいい。
要するに
「哀れな娘。親に見捨てられた上に、幻覚までみえるようになっちゃって」
「親に見捨てさせたのはそなただろう?」
「まあね。僕の実験だね。でも幻覚症状を起こさせたのは君だろう?こうなることを予想していたくせに」
「ひどい言い方だな。彼女が自分で生成したのだよ」
ただ、親に捨てられて無気力になっていたあの娘が、自分の味方になるものを生み出すだろうことは予想できていた。
それがペットなのか、友人なのか、ロボットなのか、妖精なのかはわからなかったが。
「命を生成することなどできない。いずれにしても彼女にしか見えないという条件がつかない限り、生成は成功しなかっただろう」
「ほら、やっぱり幻覚症状を起こさせるつもりだったんじゃん」
「その言い方は不快ではあるが、受け入れることもやぶさかでは無い」
「ふーん」
事実だからな。
あの娘にできることは元の世界にあった道具をつくること。
それ以外はこの世界にあるものか、彼女自身に影響する物しか作れない。
あの生成魔法には多くの制約があるのだ。
「まあ、君が引き取った魂だから任せるけど、僕の世界の魂だったんだから、大事にして欲しいな」
「承知した」
「じゃあ、僕は次の実験に行くから。次は何しようかな」
また、被害者が出るんだな。
「なんだよ、その顔。実験で成果を出しているのは僕だからね。そもそも君の実験はどうなのさ?」
「停滞状態だな。そこに君の因子を入れてどうなるかというところだよ」
「がんばりなよ。他のエリアでは僕の世界の荒々しい因子を入れて、壊滅状態になっているところもあるから」
「わかっている」
「文明が進むと自然は失われるけど、便利さを知ると元に戻ることはないからね」
「わかっている。だからあの閉鎖エリアに送り込んだのだ。あのエリアから出るのは難しいからな」
「かごの鳥か。本当に哀れな娘」
「いや、だが、君の世界だって、交通機関が発展するまでは人々はあるエリアから外に出れなくても不満は無かっただろう?」
「まあそうだね」
「君の世界の実験レポートには目を通させてもらっている。うまくやるさ」
「頑張りなよ。老衰世界っていう名を返上できるといいね」
生活の向上を目指すこと無く、温暖に、平和に、そしてそのまま安らかに死んでいく世界。
若々しい冒険心も無く、何かを諦めたかのように。
「この状況を彼女が変えてくれればいいのだが」
それにしても、暴走実験場の創造主に借りを作ってしまった。
この借りが高くつかないことを祈るのみだ。
「そうそう。僕の世界のことを生きにくそうっていったことは忘れてないからね」
…借りは高くつきそうだ。
「ねえ。君は彼女にしか見えないものを幻覚を用いて作ったよね」
「そうだな」
「ねえ、ここに射る僕は何?」
「何とは?」
「今ここに僕と君しかいない。君の目に映る僕は何だろう?本当に僕はいるのかな?それとも、ここにいる僕は君の幻覚?」
「馬鹿なことを君は君だよ」
「本当に。ねえ、実は君も僕の実験の被験者だと言ったらどうする?」
「何?」
「創造主と信じている君がどんな世界を作るかという実験をしているんだ。実は君は孤独な世界にいて、その世界には君しかいない。君の目に映るもの、耳に聞こえるもの、手で触れるもの、それらすべてが君の脳の中に展開されているだけ。誰もいない小さな椅子一つしか無い世界で、人はどこまで自分の世界を広げられるかの実験だよ」
「馬鹿なことを言うな。私は私だ」
私は暴走実験場の創造主をしっかりと見た。
彼が私の幻覚であるかどうか?
彼は私の想像外のことをやってのける。
他の誰もが私の幻覚だったとしても、彼だけは私の幻覚でできるはずがない。
どのぐらい見つめ合っていただろうか。
「ちぇっ、やっぱり創造主は引っかからないんでやんの」
「当たり前だろ」
「じゃあ、またね」
まったく。
揺さぶりをかけてくるな。
あいつに借りを作るなど本当はやりたくなかった。
それでも私は、どれだけ借りが高くつこうとも、自分の世界をあきらめられない。
「私が好きなようにできる世界のはずなのに、私の思った通りには動かない。創造主も楽では無いな」
創造主という役割も辛いものだ。
その後、老衰世界の創造主は暴走実験場からやってきた魂に世界を引っかき回され、思うようにいかない世界に頭を抱え続けたという。
他人の作ったものを自分の箱庭に当てはめても、そうそううまくはいかない。
そうブツブツいいながら。
彼の世界が老衰世界と呼ばれなくなるのもそう遠くない。
きっと。
「スキルを与えよう」とそいつは言った。真っ白な部屋の中で @nanami-7733
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