……………………




………………



………それから。



どれほどの時間が経ったのか



拓斗は、重たく

硬く、氷のように冷えきったはずの自分の体に

不思議な感覚を感じた




それは頬を優しく

撫でるような熱……


光だ。


閉じたまぶたを通してくる、あたたかな

……太陽の、光があった。


サワサワと梢を揺らす木の葉のざわめき

ー風



拓斗は、重たい瞼を

ぐっとこじ開けた。


その途端ー視界に飛び込んできたのは。



揺れる、桃色の花弁。優しいさざ波のように

さわ、さわ…と揺れている


『さ、くら...?』


かつて日本で見慣れ親しんだ花。

桜の花だった。



ピピピ...


どこかで、優しく鳴き交わす鳥の鳴き声がする

羽ばたきの音がかすかに耳に届いた。



木々の間を通してくる太陽の光は優しく

あたたかく降り注いでいる。


何度も見てきたー春の風景が


そこにあったのだ。



拓斗は、背中に草らしい柔らかな地面の感触が

伝わってくる事に、とりあえずほっとため息を

ついて、体を起こした。


その華奢な指先が、脇に咲いている小さな花に

触れた。


「も、戻れ………たの、か?


…あれ?」


思わず声を出して

呟いたその途端

違和感に気づいた。


...俺、こんな声だったか?


こんな高い声、してたっけ?


拓斗は、ある予感を感じておそるおそる

起き上がった自分の両手を

顔の前に持ってきてみた。


「なんっ...」



そこにあったのは

白くて細く、華奢で小さな指先であった。


桜貝のような爪は

つややかで健康的な桃色だ。


(違う...)


明らかなる違和感、違う、違う

絶対に違う。


生前自分の身なりに構いつけるような性質では

なかったが。

少なくとも歯磨きするために鏡は見た

シャワーくらいは浴びられていたし。

...これは毎日ではなかったが。


そして、会社で長年プログラマーをしていた

彼の手指先はお世辞にも滑らかとは言いがたく


節くれだったタコができたほどの手だったはず。




これではまるでー


その時、視界の端で何かがきらりと光った。


ー雨でも降った直後なのだろうか。


地面に窪地があるらしく

あちらこちらに、点々と水溜りができていた。



ある種の予感に唾を飲み込みながら


覗き込んだ彼の目にそれが映った瞬間

ー我が目を疑った。





そこに映っていたのは

元の拓斗の姿ではなかった。


サラサラの栗色のセミロングが

さらりと揺れ


覗くのは

まつ毛がふちどるくっきりした二重まぶた、

くりくりとまん丸い大きな瞳。


ふっくらとした小さなくちびる


滑らかでつややかな肌をした

見たことも無いが、そこにいた



な、、っ、なんだこりゃああああああああぁーー!!?



聞いたこともない、可愛らしい声の絶叫が木立を

揺らして響き渡ったのだった………


第2話へと、つづく・・・



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