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無論ピー太郎とて最初から素直に白状など
したりはしなかった。
……ヤキトリとかネギ塩とか物騒な言葉で
脅迫されたりしなければだが。
それにしても、と思う。
『愚かなやつだ全く』
神の傍にとどまっていさえすれば、いずれは魂が浄化され、転生もさせてもらえるはずなのに。
恐らく。このゲートへ飛び込めば
十中八九、拓斗は人間の世界に着くまでに
消滅するだろう。
小鳥は正直に言えば彼が気に食わない。
あとからやってきた 新参者のくせに神のそばに
座することを許されている。
恵まれた境遇なのにそれを自ら捨てようとする。
全く理解し難いヤツだ。
だからといって破滅へと向かおうという彼を
止めもしないほど憎んでいるわけもないのだ。
「ほ、ほんとうにゆくのか?中に入れば消滅して
しまうかもしれないのだぞっ!?
そうだ、エイル様にご相談しようではないか、そうすればー」
すると
思い詰めたような表情で淵を見ていた拓斗が
そっと振り返った。
「ごめんな。無理に
案内させちまって」
「おぬし..」
初めて聞いた、優しい声音だった。
ありがとな。
その指先がそっと鳥の小さな頭を
ひとなでした、次の瞬間。
拓斗は、助走をつけてー勢い良くその中へと
身を投じて、姿を消した。
ざぁあ……
あとには呆気にとられた黄色い小鳥と
気配を察したように、深更の森を渡る
渦のようにざわめく風だけが残されていた。
ごぼ、ゴボ………ごぽ、ごぽ
その淵の中は深い、光の一筋も通さない程の
闇の塊だった。
重くぬめる冷たい水が、泥濘のように
体に纏わりついて縛り
自由に手足を動かすことすらできなかった。
弾けた泡が生まれては消えていく
何時だったか映像で見たことがある、光すら
届かない、海の底のようだった。
ひたすらに"無"の世界。
あるのは、微かな泡沫の音と
流れゆく水のさざめき
目を開けることさえできず
ただ、その身体は底へ底へ
ずるずると飲み込まれていく。
肉体は既にないにも関わらず
拓斗の意識ごと押し流そうとするように
抗うことすら叶わず、流水へ引きずり込まれ
固く閉じた瞼の裏、ただひとつ、1粒の淡い
光のように
観鈴の顔だけが浮かんでいた。
俺は…何ができるだろう。
生きていた頃から、人と関わる事が下手で。
彼女どころか、友達すらマトモに作れなかった
地味な眼鏡男だった。
35年の人生、誰かのために何かしようなんて
思ったことなかった。
そんな俺が、初めて思ったんだ。
『きみを
死なせたくない……んだっ………!!』
絶対に!!
消えてたまるかッ!
ゴボッ、ぶくり。ぶくり
ひときわ大きく泡がはじけて
無意識に伸ばした手の先を、見えない程の
暗闇の中を流れて掠めていく。
緩かった流れが突如
逆らうようにゴッ、と質量を増してー逆巻き
拓斗を一気に飲み込んだ。
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