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ブラック企業の中間管理職として

連日連夜の残業、出張、休日返上の出勤を繰り返していた彼は


あの冬の夜、いつも通りの

残業していた時

心筋梗塞でポックリ逝ってしまったのだった。


死ねば仕事から解放されるのかと思いきや…


目の前であぐらかいて2本目のタバコを

咥えながら凝った肩をゴキゴキ鳴らしている


(…女神様とか言われた時には、俺の中の

神様イメージが大きくガラガラ崩れたが)


人の「運命」と「生命」を

つかさどる、神である

エイルに拾われたのである。



彼女は言った。

拓斗の魂は、類まれに見る悪環境の中で

かなり摩耗した状態だったのだそうだ。

魂がすり減ってしまった幽体を

そのままに放置すると、転生の輪に入ることが

出来ず、消滅するんだとか……言われたわけだが


転生とか神様とか、昔、学生時代に読んでた

ラノベで聞いたような単語を連発されて、正直

面食らうしか無かった。


『正直。消えちまったところで

なんの問題もなかったのになぁ』


仕事ばっかりしてたし、元々人付き合いが

苦手な性格だったから、親しい友人もいない。


当然の事ながら彼女なんていた事もない。

まあ……それについては悔やんでも仕方ない


親ももう居ない。居なくなっても悲しむ人間も

別にいないしな。



拓斗は柔らかく風が吹きそよぐ

草原の中に身を横たえた。



広い、広い

どこまでも広がる平原。鳥のさえずり。

日はのぼり、沈み

夜が訪れる。

ここにはたしかに時が流れているのだ。


どこか現実味を帯びていない、穏やかで

静かすぎる空間


遥か上を見上げると、澄み切った青空に、サワサワと柔らかな風が吹き渡っていく。




その時


バサバサ…


羽音と一緒に

木立の向こうから、一羽の鳥が飛んできた



「エイル様、エイル様〰️」


甲高い声で、飛んできたのは

インコに似たきなこ色の鳥だった。


エイルの名を呼びながら、しばらくキョロキョロしていたが、ふと眼下に身を横たえている俺に気づいた

様子で舞い降りてきた


「アーこれはこれはエイル様のご寛大な温情によって下界より救われた下々の民よ。矮小なる者よ、未だに息災であったのか」


…鳥特有の甲高い声で滔々と毒舌を吐いてみせる。


「誰が矮小だ!」


この、恐ろしく口の悪い鳥は、エイルが普段使い走りにしているインコ


「極楽鳥と呼べ!」

いや、どっからどう見てもインコ…。

「極楽鳥!」


…自称極楽鳥の、インコのピー太郎(2歳)である。


小鳥特有のけたたましい抗議の鳴き声で喚きながら

拓斗の顔の前でギャーギャーと鳴き立てる



「なにゆえわたくしが使い走りで

お主のような矮小な者がエイル様のお傍付き

なのじゃ!ええい納得いかぬ〰️!」


ばささささー!

ピー太郎が喚きながら悔しげに羽根で

拓斗の頬を叩いてくる。


はっきり言ってただの八つ当たりでしかないのだが


「ぶはっ!…ったく、うっせえな

エイルに用があったんだろ。

早く行ってこいよ!」


「おう、そうじゃ

こんな事はしておられんのじゃった!

エイル様を探さねば」



ピー太郎は、向きを変えると

平原の向こうへと飛び去っていった。


嵐の去ったあとのように自分の肩周りや髪に

花吹雪のように散らばった羽を指で払っていると


「……ん?」

見ると、草の上に、

何かが落ちていた。


くすんだ白色、それは折りたたんだ後のある、羊皮紙だった。


小さな書簡留めで括られている所を見ると、多分

ピー太郎が運んできたのだろうが、拓斗に

攻撃しているうちに落っことしたのだろう。


「ったくあのバカ鳥は…」

3歩歩くと忘れる鳥頭とか言うが

…ありゃ鶏だったか。


拓斗はなんの気なしに、その書簡を開いて見てー


瞬間


体の血が一瞬にして凍りつくのを感じた。


見間違いか?


ー乾いた目に瞬きを繰り返しても


日差しの下、その書面の中にはっきり

刻まれた文字は変わることは無い



ー…悪い冗談、だ、よな?



震える指先が、乾いた紙を握る音が嫌にリアルで


ー必死にこらえるが、目眩と吐き気まで起きて

頭がふらつく


不快な冷や汗が全身に吹き出す。



小鳥の穏やかなさえずりが全く場違いで


午後の陽射しに映し出された、そこには


《佐倉 観鈴》



ひとつの、聞き覚えのある名前が

くっきりと記され


陽射しの中におどっていた

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