第2話 メイド長の憂鬱
時は遡り、先日の昼下がり。
王都から少し離れたところにある、ヴァイオレット邸。名声のある家系ではないが、豪邸と言っていい屋敷を持っている。その屋敷のメイド長、風間美咲は、その家のお嬢様、ロゼリア・ヴァイオレットにある話を持ちかけていた。
「______ということになります。」
「そう。で、魔王とやらはもう狩りに出ているものはいると。」
「ええ。王都騎士団やAWS魔法学校の連中はもちろん、この分だとアーサー騎士団や、あの便利屋__木口優火ですら動いている可能性はあります。どうなさいますか?」
「そうね、行ってきてもらえるかしら。こちらはこちらで忙しくて。」
「わかりました。ではこれから行ってまいります。必ず、生きて帰ってきますね。」
そう言い私はヴァイオレット邸を後にした。
さて、これからどうしたものだろう。魔法で3日は腹が減らずに済むが、いかんせんそれまでにつけるかが怪しい。転送にたよる事もできないので、歩いていくしかないのだが。
幸い、魔王城城下町に行くまでの道のりは知っている。しかも半日でつくルートを。そのため、まっすぐ駆け出すこととした。手持ちの刀で、邪魔な敵は一撃で葬り去る。だが、四時間ほど走った頃だろうか、一撃では倒れない者が現れた。そいつが私に向かって話しかけてくる。
それは、悪魔だった。
「______あんた、何者だ?」
強烈な殺意が私に向けて放たれる。だが屈する訳にはいかない。
「ただのしがないメイドですよ。そっちこそ何者なんです?」
悪魔は魔族と違い、ただの悪意の塊であり化身でもある。逃げられる可能性は捨てきったほうがいいだろう。
「______答える義理はないな。」
そう言い背中に隠し持っていた剣を取り出し、切りかかってくる。それを刀の刀身で受ける。そこから畳み掛けるように、悪魔が攻撃を仕掛ける。それを正面から受け、弾く。刀を鞘に納める。少し距離を取れた。突っ込んでくる悪魔に対して、カウンターを決めるには十分だった。
居合の構えから放たれた斬撃が、悪魔に炸裂する!
がしかし、それを剣で受けてくる。そこからの十字切り。少しかすったか。それをきっかけとして、更に攻撃は速度を増す。このままだと防戦一方だ。少し乱すか。上部からの切り下ろしを受け、一瞬両者が停止する。今だ!
風魔法を悪魔の横腹に発動させ、後方にふっとばした。威力よりも飛ばすことに集中した技なので、当然のように起き上がってきた。すると悪魔は、こんな事を言いだした。
「中々やるじゃない。君、名前は」
予想外の言葉だったが、どうせ殺すので関係ないと思い答えた。
「風間美咲です。」
「美咲か。それじゃあ、死ね」
会話が成立していないようにも思えたが、今はそんな事を考えている場合ではない。悪魔の魔力が高ぶっていく。ようやく本気でやるみたいだ。だが攻撃するではなく、そいつはその前に剣を突き刺し、こう唱えた。
「《
それが唱えられた瞬間、私とその悪魔の視界が暗くなり、辺りを囲う結界が展開された。
自身のフィールド、及び結界。私がまだ会得していない、結界の最先端。この中では展開した者の能力が上がり、組み込んだ魔法を、更に強力なものにすることができる。そのためか、やつは勝ち誇った面をしていた。
「はっ、お前はどうせここで死ぬんだ。その前に遺言くらいは聞いてやるよ。」
そう言われたが、黙って時間稼ぎなんてことは全く考えなかった。
「ここで死ぬわけには行きませんよ。だって、お嬢様のメイドですもの。」
そう言い放ち、刀を鞘にしまい、居合の構えを取った。
「そうか。ならそれを遺言にして死ね。」
悪魔はそう言い、刺した剣を抜き、私に切りかかった。私はそれをいなし、やつは更に攻めてくる。
「あなたにはわからないでしょうね」
やつの剣をいなしつつ、そんなことが私から漏れた。だが気に止める様子はない。攻撃をいなし終わったあと、続けてこう嘲笑した。
「ただ彷徨うことしかできない、下等種族のあなたには」
おそらく気に触れたのだろう。そこから更に攻撃は続く。更に速度は増していく。魔法で錯乱しようとするが、何故か魔法が紡げなかった。その隙を見て横腹に衝撃。やつから突きを食らってしまった。そこからの蹴りで、結界の端に叩きつけられる。
「死ね、このクソメイドが」
そう言い、結界の端に寄りかかっている私に剣を振り下ろす。ギリギリ避けるが、少し肩口を切られ、そこからさらに胴に向けて攻撃を喰らいそうになってしまった。だがそれもギリギリ刀で受ける。頭がくらくらする。蹴られたときに頭でも打ったか。
すると今度は一発で決めようと、心臓に向けた突きを入れてくる。かなりの速度だが、それも避ける。あいつの一撃に比べればまだ遅い。
少し硬直していた悪魔は更に攻撃を仕掛けてくる。それをいなしたあと、悪魔はこんな事を言った。
「イラつくんだよ、テメェみてーに環境に恵まれて、何の不幸も味わいもせず、のうのうと生きている輩がよォ」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。何の不幸も味わいもせず?環境に恵まれた?やつに、何がわかるというのか。
「____お前に何がわかる」
小声でそう漏れた。
「あ?」
聞こえなかったのか、やつは怒りと殺意を隠さず私に向けてくる。だが怯まず、こう言ってやった。
「恵まれていない人生を歩んできた私の、何がわかるんだ!お前みたいな下衆に、悪魔に、何が分かるんだ!」
それを口にしたあと、相手は本気でキレた。
「黙れ!テメーみたいなやつが、一番ムカつくんだよ!」
そう悪魔が激昂する。怒りに身を任せ、突進してくる。だが速度に大差はなく、動きは単純になった。この状態なら決められるだろう。悪魔が斬撃を放つ。それを受け止め、弾き、距離を取る。そこからさらに詰めてくるが、最初の方ほどのキレはない。その数瞬、鞘の中で風、炎魔法を多重発動。居合の構えからのカウンターが、悪魔に突き刺さる。
「風魔斬_ヴァイオレットブラスト」
それが決まった瞬間、剣は刀によって折られ、更に結界ごと悪魔を切り裂いた。確信はなかったので、これが決まらなかったら、間違いなく負けていただろう。そんな事を考えながら、そのまま私の意識は薄れていった。
______その後のことは、奇跡と呼んでいいだろう。
意識が戻った時、何故か目の前には見知らぬローブに身を包んだエルフの少女と、魔道士姿のお嬢様が野宿の準備をしていた。焚き火があり少し暖かい。
「おー、起きたみたいだ。美咲、もうご飯の準備はできてるわよ。一緒に食べない?」
「______え?」
数秒、私の理解が追いつかなかった。なぜここがわかったのか、なぜ見知らぬエルフを連れているのか、そしてなぜ私は生きているのか。
「重症だったけど、治ったみたいだね。その様子だと、あまり理解していないようだから、軽く説明してあげるよ。」
私は大人しく、そのエルフの話を聞くこととした。
どうやら私が戦闘している最中、結界の展開された場所めがけて、全速力で走ってきてくれたらしい。そして私が倒れたときに、背後にはもうすでにいたらしいが、すぐに事切れてしまったので覚えていない。だがその時の私の状況は、かなりギリギリだったらしい。それこそ、あと数分回復魔法が遅れていたら、脳が再起不能になっていたらしい。おそらくはあの結界の効果だろう。そして、起きるまでには大体3時間ほどかかったらしい。というのが、ここに来た経緯と今の状況らしい。
「そうだったんですね。えっと、名前は?」
「おやおや、学校時代の恩師を忘れたというのかい?わたしゃ悲しいよ。じゃあ改めて、私はフォーレイ。千年以上生きたエルフさ。」
え、嘘でしょ、こんな雰囲気じゃなかった。こんなにちっちゃくなかった。もっと強そうな雰囲気が漂う人だった。何があったんだ?
「失礼しました、フォーレイ様。それで、何故ここに?」
「影師くんに頼まれてね。せっかくだから、ロゼリアも誘ったの。」
へぇ、あの影師くんも、情報屋としてうまく機能しているようだ。そして少し経つと、美味しそうな匂いがしてきた。お嬢様の方からだ。そこには大きな鍋とその中に入ったコンソメスープがあった。
「わぁ、美味しそう。ロゼリアが作ったの?」
「ふふん、そうよ。私だってやればこのくらいはできるのよ。」
フォーレイ様が質問し、それにお嬢様は自慢げに答える。可愛い。だが、私のものには及ばないようだが。そしてそれをカップに入れ、ゆっくりと飲んでいく。うん。やはり足りない。
「う〜ん、どうしてもやっぱり美咲が作ったのには及ばないのよね。」
「そう?これでも十分美味しいけど。」
そう言ってもらえるとありがたいし、私も調理には自信がある。だから、すこしスープに魔法をかける。
「美咲?何してるの?」
「スープが美味しくなる魔法をかけました。あ、もちろん自分で作ったものですよ。これで、いつもの味です。」
そう言いスープを飲み、味を確認する。うん。間違いない。いつもの味だ。
「すごい。本当に変わった。」
「______どうりで私には真似できないわけね。」
なんか少し拗ねているような気がするお嬢様を傍目に、私はそのスープを飲み干した。
その後、簡易的なベットと、それを防御結界で守り、私達はぐっすりと眠った。
______そして翌朝。
少し早く起きた私は、防御結界を解き、少し周りを歩くことにした。まだ眠気が抜けきっていないし、ちょうどいいだろう。ついでに朝ごはんの材料も入手できるといいななんて思いつつ、20分ほど歩いた。川があったのでそこで魚をとり、焼いて朝ごはんとした。美味しかった。その後、私達は魔王城に向けて歩き出した。
______そして約3時間ほど歩いた頃だろうか、見知った顔の連中がいた。
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