食事--------「罪に味があるならば」

 男は作家なのだそうだ。

 怪奇作品が好きと聞いて得心したものだった。純愛も悲恋も喜劇も冒険活劇もこの男には似合わない。風貌こそ整ってはいるもののいくらか痩せ気味で頼りなく、何より人を寄せ付けない空気がある。

 目を覚ました時にはだいたい部屋にいて、こちらに背中を向けて書き物か朗読をしている。そしてなぜか、ジェーンが目覚めたことにすぐに気がつく。背中に目があるわけではあるまいに。

 身動きのとれないジェーンを抱き、たわいもない話をするのは目覚めの挨拶のつもりらしい。

 話の内容は様々で、城の内外で見たものの話や城を訪れた人の話、使用人から聞いた噂話、その日読んだり書いたりした作品の話や子供の頃の思い出話だったりした。たいして興味をそそられる話はなかった。

 男には、ジェーンの反応の濃淡を気にするそぶりはない。話したいだけ話すと満足するようで、少し待つよう言い残して部屋を出る習慣になっていた。

 そうして八半刻から四半刻の後に戻ってくると、木製の皿と木製の匙でジェーンに食事を食べさせる。

 野草と豆、兎か鶏の肉など食材は日によって違ったが、そのいずれもが舌で潰せるほどに柔らかく煮込まれていた。火傷をするほど熱くはなく、湯気がなくなるほど冷め切ってもいない。あらかじめ時間を見計らって用意してあるようで、お世話係の仕事とはなかなかに面倒なもののようだ。

 砕いた胡椒や香草、調った塩味からは裕福さがうかがえる。さぞ実入りのよい仕事をしているのか、資産家の生まれ育ちであるのか。作家というものの価値はジェーンにはよく分からなかった。

 ジェーンは空腹を訴えたことなどないし、嚥下したものがどこへ消えるのかも知らない。そもそも食事の必要があるのかも分からない。

 首から下の体が残っているのかどうかさえ、ジェーンは知らない。

 もしもどこかに体があるならば、食したものは食道を通って腹を満たしているのだろうか。

 そんなことを考えながら適当に口を開けたり閉じたりしていたら、匙の中身を含みそびれた。

 下唇の端に残った粒の正体を確かめようにも、視界に収まるものなど自身の鼻くらいのもの。そのすぐ先をよぎった男の指が肌を下から上へとなぞり、唇の合間で止まった。

 わずかばかり唇に触れているだけの、奥には踏み入らぬ力加減。視線を上げると、男と目が合った。

 男の指が唇を離れる。指先の粒をみずからの口に収めると、男は口角を吊り上げて笑んだ。

「噛まないんだね……?」

 そのようなそぶりも腹積もりも見せたことはないはずだが、何か感じるところがあったのだろうか。張り付けたような笑みと囁きはジェーンを試しているようにも、ただからかっているだけのようにも見えた。

「誰が喰ろうてやるものか、そのようにまずそうな指」

「ははははは」

 毒づくジェーンに男は乾いた笑いを返す。

 噛み千切るには絶好の機会だったことは間違いないが、そうしなくてはならない理由があるわけではなかった。

 かの指先を流れる温かな血潮は味はいかほどか。ただの錆びついた金属か、生温かく甘美な馳走か。

 疑問は一瞬頭をよぎっただけで、わざわざ確かめようと思うほどのことではなかった。

 男は空になった食器を手に部屋を出ていく。

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