1日目 ウルフパック


 俺とカールはなんやかんやで傭兵になった。

 といっても服はそのまま、鎧でも何でもない麻の服だし、

 武器は粗雑な槍と、うす汚れた円盾だけだ。


 キラキラの甲冑は期待してなかったが、

 これなら畑に立っているカカシと変わらない。

 ぺーぺーとはいえ、切ないもんだな。


 俺とカールを加え、総勢6人になった「鋼の傭兵団」は森に入る。


 さすが傭兵というべきか、森の中を進む傭兵たちの足は早い。

 ふたまわり年上のシュルツ隊長にすら、俺は追いつけなかった。


 しばらく進むと、イタチが何かに気づいて足を止める。

 何事かと思っていると、彼は地面を指差した。


「……シュルツ、くそだ、糞がある」


「よし、見てみよう」


「うえーっ、クソをですか?」


「バカもん、これも立派な手がかりというやつだ。

 どれどれ……」


 シュルツ隊長とイタチはしゃがみこんで、地面のクソを調べはじめた。

 ブーツに差していたナイフを取り出したイタチは糞を割る。


「げー!」

「イタチ、それでみんなのパンを切るなよ」


「人を斬ってるのはいいのかよ」


「そりゃ肉を切ってるのと変わらんからな。

 だがクソは勘弁してくれ」


「へいへい」


「なぁカール。

 地面に落ちてるクソを調べるのも、傭兵の仕事なんだろうか」


「俺に言われてもなぁ」


「ふむ……毛が混じってるな。それもウサギや鹿のモノじゃない。

 柔らかくて太い……隊長、こりゃ人の毛ですよ」


「この糞は肉食動物が残したものに間違いない。

 大きさと量から推測するに、オスの成体だろうな。」


「えぇ、隊長の見立てで間違いないと思います」


「近いぞ、警戒しろ――いや、その必要は無さそうだな」


「えっ? あ!」


 森の木々の間で、音もなく黒い影が踊っている。

 風に混ざる濃密な獣の臭いに俺はハッとなる。


 汗と尿、そして血が混ざったようなひどい悪臭だ。

 俺はそれに本能的な恐怖を感じた。

 体を流れる血の奥底からやってくる恐怖感だ。


 茂みの中から向けられる狼の殺意はハッキリとわかる。


 藪の中でギラリと光る金色の瞳。

 狼どもは、目の前のひとかたまりの中で、

 最も狩りやすい獲物を探しているのだ。


 基の間にある狼の瞳と目があった。

 すると俺は足が中から浮いたようになってすくんでしまった。

 俺の体が縮み上がり、強張って固くなる。


「おい新入り、ぼさっとするな!!

 槍を上げて水平にしろ、懐に入られたら終わりだぞ!!」


「は、はい!!」


 俺は隊長の怒鳴り声を聞き、雷に打たれたように背中が跳ねる。

 手足に力が戻り、足が地面をつかむ。


「槍を構えろ!!

 来るぞ!!」


 黒い塊が森の中から現れる。

 すると、厚手のカーテンをぶん回したときのような、

 圧力のある風音がして、俺たちの間に赤い霧が舞った。


「ぎゃあ!!」


 弓を持っていた傭兵の頭が真っ赤になって、腐葉土の上に転がる。

 巨大な狼が突進してきて、傭兵の首から上を引きちぎったのだ。


「ひっ!!」


 地面の大量の血を見て、カールが怯んで数歩後ろに下がる。

 突進してきた狼はその隙間をすりぬけると、

 そのまま森に消えてしまった。


「ああクソッ! ありゃただの狼じゃない!

 魔狼ワーグだ!!」


「ワーグ?」


「魔女とヤってる、呪われたクソッタレ狼だ!

 バカに頭のいいやつらで、人間の言葉すら理解する」


「――ッ!」


 森の中を駆け回る狼の気配が増えてきた。

 3から4といったところだろうか。


「げっ、シュルツ!

 俺たち囲まれてるぜ?!」


「どうやら自分たちの相手ではない

 奴らにそう思われたようだな」


「ああクソッ!」


 イタチともうひとり、前衛の二人が狼と戦う。


 彼は盾を差し出し、狼に噛みつかせた。

 それは狼の唯一にして最強の武器、牙を無力化する方法だった。


 イタチがそうやって狼を釘付けにすると、

 シュルツが盾の陰から長槍を突き出す。


 隊長はその槍さばきで2頭の狼を仕留めたが、

 彼が仕留めた狼は小さかった。


「クソッ、こいつらはワーグじゃない、ただの狼だ!」


 隊長がそういった時だった。

 小山のような黒い巨体が森の中から飛び出し、

 俺たちの戦列を後ろから破壊した。


 ワーグは仲間を捨て駒にして、後ろに回りこんでいたのだ。


 凄まじい衝撃を感じ、同時にブツリ、と何かが切れる音がした。

 視界がグルグルと回転して、地面に倒れた俺の体が目に入る。


 俺の首が吹き飛ばされたのだ。

 俺だけじゃない、周りのみんなもずたずたに引き裂かれている。


 ただの牙でそんな事はできないはず。

 そう思って目だけで必死にワーグを探すと、その理由がわかった。


 魔狼ワーグはその口に大きな大剣を加えていたのだ。

 突進と同時にそれを振り回し、剣嵐で俺たちをミンチにしたのだ。


 それがわかって「あっ」と思った瞬間、猛烈な眠気が襲ってくる。

 もう目を開けてら、れ――




「おい、どうした新入り?

 急にボーっとしちまって……疲れたのか」


「えっ? あれ……?」


 気づくと俺は傭兵の一人に話しかけられていた。

 俺に話しかけているのは、最初に魔狼ワーグに首を落とされた弓手だ。


 ど、どういうことだ。また世界の時間が前に戻っている。

 それも彼が死ぬ前、いや、俺が死ぬ前に……?


 俺の右手の火傷跡がズキリとうずく。

 まさか……俺が死ぬと、死ぬ前の時間に戻るのか?


 いったい、俺に何が起きてるんだ?





※作者コメント※

サクッとフラグ回収したなぁ。

っていうか、ワーグっていうか、◯フじゃねーか!!!

最初のチュートリアル戦闘で出す敵じゃね―ぞ?!


そう、この世界はテストプレイなんかしてないのである。

簡単に生存クリアされたら悔しいじゃないですか(笑

そういうメンタリティの神がいるのだ……(たぶん

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