第8話 救われなかった者達の国
「国境地点の解放が無事に終わり、自治部隊のンドゥール殿が到着されたということです。そして、今朝のことになりますが、新たにドワーフ族が入国し工業地区へ入りました。使節団が近日中に王宮にいらっしゃるようです。」
ドラバニアからの報告を受け、今日の王宮会議を終えた。
「真美さんは今日はどちらにいらっしゃるのですか」
「あぁ、つい先ほど魔法通信で連絡を取ったばかりでね。ドワーフ族の使節団の応対は彼女に一任することにしたんだ。王政の仕事を覚えたいと言っていたからな」
「そうでしたか。あの侵攻以降、より勢力的に動いていらっしゃるようで、とても心強いですね」
もっと良い国にすることが、あの王に対するせめての慰めになるはずだというのは彼女の言葉であった。
真美は、我が国をあらゆる人々が、豪華絢爛ではないが飢えず、絶望せず真っ当な暮らしができるような国にしたいという。
誰もが生きることを諦めないような国に、救われなかった者達を救うような国にしたいと真剣な目で語ってくれた。
新生スノーガルドは、ありとあらゆる民を受け入れる。そして、飢えぬよう死なぬよう、生き抜くことができるよう、国が民を支え民が国を動かす。国の為の民ではなく、民の為の国へ。
王立軍は、要請があった場合に限り出陣するが、基本的には自治も含めた政治の部分も自主的に行わせ、何か揉め事が起これば王宮から仲裁に入るという仕組みを設けることになった。これは、真美が生きていた世界での仕組みを一部ではあるが流用したものらしい。
何か気持ちの変化があったのか、自分の生きていた世界の技術をこちらでも再現することに熱心に取り組み始めた。先ほどの名が上がった魔法通信も、真美とメリアが協力して正規運用に向け、日夜研究開発に取り組んでいるという。
ゆくゆくはインターネットなるものを元いた世界と繋ぐことを目的としているとかいないとか。よく分からんが。
そして、彼女は漫画というものを再び書くようにもなった。同人誌、というらしいのだが、自分の空想を形にする、まことに尊いことなのだという。
彼女のいた世界には自分の中にある感情、表現したいこと、感じたこと、嬉しいこと、悲しい出来事、美しいと感ずるもの、そして、愛。これらを表現する手段として存在しているのだという。
私は、真美の顔を思い浮かべて描いてみる事にした。肩を少し過ぎたくらいに伸びたほどの黒い髪に、前髪は額が隠れるほどで、下側に赤い縁のある眼鏡というものを付けていて、背丈は私が抱きしめやすいほど、ペンだこ、という絵をよく描いたものの証があった。それすら愛おしい。
ドアが開き、誰かが駆け寄ってくる。
「ただいま戻りました!あの、ドワーフの皆さん、確かに強面の方は多かったですが、とても実直で仕事に熱心な方々でした。なので、一度彼女らを魔術研究所にご案内しようと思っていまして⋯⋯」
ちょっと早口になるところもやはり愛しい。私は喋っている真美をつい抱きしめてしまう。私はよくこうやって愛情を表現すると、いまだにしどろもどろになる。そんな初心なところも好きだ。
「話聞いてますか、もう⋯⋯」
「あぁ、勿論だとも。では明日の使節団訪問の折には、君が研究所を案内してくれるかな?」
「分かりました。掛け合ってみます」
話をしているとンドゥールさんが帰還の報告にやってきた。
「ドワーフ族の族長にお会いしましたが、心に邪気のないお方でしたが、故郷に対する心残りが色濃く残っているご様子でして、その⋯⋯王よ、差し出がましいとは思いますが、他の国に散らばっているドワーフも受け入れてはいただけないでしょうか」
故郷を離れる辛さを知っている彼女の言葉は重かった。
「分かった、さらなる受け入れを進めよう。ドラバニア、事務手続きを頼む」
「承りました。⋯⋯ンドゥール様、あのことをお話になりましたか」
ンドゥールさんの纏っていた緊張感がすっかり消え、とても居心地が悪いかのようにソワソワとしだし、扉の方を気にし出したのだ。
ドラバニアさんが、ゆっくりともう片方のドアを開くと、白い肌に赤い目の小さな6歳ほどの少女がいた。
「んどぅーる⋯⋯まだはなしはおわらんのか⋯⋯」
「王よ、まだ出てきてはなりませぬと申したでしょうに」
「「えっ⋯⋯」」
よくよく話を聞いてみると、どうやらこの少女は、あの王の生まれ変わりであると自称しているのである。確かに見つかった墓所は生まれ変わりの伝説のある場所ではあったが、ただの似ている子供だと思っていた。
だがあの時の記憶も過去も完全に引き継いでいるようで、扱いに困っており言い出せなかったのだという。
「わたしにはもう、はんぎゃくのいしはない。これからは、んどぅーるの子としていきようとおもう」
持っている魔力を見ても、間違いなかった。ただ、表情からは恨みと痛みの感情は無くなっていた。私とアルトリアスさんと答えは決まっていた。
「では名をつけんとな」
「ンドゥールさん、何かアイデアはありますか」
少し考え込み口を開く。
「では⋯⋯スノーガルドに生きることとなるンドゥールの娘ですので、スノールは如何でしょうか」
ドラバニアさんと結婚し将軍となったウォーロックさんが、腕を組みながらゆっくりと現れた。初の生まれ変わり事例を確認できたスノールの存在は、驚きとともにすぐさま受け入れられた。
ちなみに二人はかなり前から恋文を送り合うような関係だったそうだ。この国に移り住んできたばかりで、馴染めずにいたウォーロックさんにドラバニアさんが声をかけたことが交際の始まりだったという。
故郷から離れ、スノーガルドへとやってきたという似た境遇の彼女らが惹かれ合うのは至極真っ当なことだろう。
例の侵略の折の死戦を乗り越えた二人は、またこのような戦さが起きる前にきちんと身を固めようと決心がついたようだ。
王宮内では、お似合いの二人なのだから早く結婚すればいいのに、という空気になっていたのも追い風となったようだ。
それはさておき、この先、使節団の受け入れ、ウォーロック、ドラバニア婦妻の結婚式、スノールさんの女神祝福式が急遽決まった為に、これから先生と急ピッチで準備をする事になる。
私たちアルトリアス婦妻の新婚旅行はしばらくお預けになってしまったが、時間ならまだ沢山ある。楽しみは取っておこう。
「新婚旅行が伸びたな、真美」
「そうですね。気持ちよく出発できるように働きましょうね」
この王と王妃は、この後も国の発展のために奔走し、スノーガルドは永遠に希望の溢れる救われなかった者達の王国として栄え続け、婦妻は多くの人々と共にずっと幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
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