第7話 侵攻

 声をかけられ目を覚ますと既に城の中が騒がしくなっていた。

「マミさん、すぐに鎧を着て玉座の間にいらしてください。まさか、こんなに早くこの魔法鎧まほうがいを実践投入することになるとは思いませんでした。よし、着られましたね。参りましょう」

 魔法鎧は、魔力を通すことで自在に形を変えられる。私は、ブレスレットを変形させるという方式を採用した。見た目は武士の鎧兜だ。

 王宮の中は慌ただしく人が行き来していた。漏れ聞こえる声からは無間帝国、侵攻、国境突破、と言う単語が聞き取れた。

 胃がキリキリと痛む。この国の歴史の中で最も大きな事件である前国王の死。その事件に関わっている無間帝国、再び現れたその大きな敵意に私の中でトラウマが浮かび上がってくる。

 けたたましい金属の擦れる音と眩しいライトに照らされる自分と、その直後にひしゃげて、壊されて、痛みはなかったが、ゆっくりと冷たくなっていく体に、感じる死の接近を他人事のように眺めていた。

 今度はそうはいかせない。私は変わったんだから。

 玉座に集まると、先発隊として送られたウォーロック部隊が帰還したが、ウォーロックさんを除いて負傷者が多く、早期の戦線復帰は難しいと言わざるを得なかった。王立魔力研究所の職員と先生が治療に当たっている。

「王よ、不甲斐ないいくさをした責は私にあります、裁くなら私を⋯⋯」

 ボロボロになった彼女が深々と頭を下げる。

「馬鹿な事を言うな、君のような代々仕えてきた忠義者の一族を裁いてしまったら母に叱られてしまうだろう。時間を稼いでくれたから王宮の戦力を整えることができたことは分かっている。この後もまだ戦えるな?」

 ニカっと笑い、二メートルの体躯に見合った笑い声を上げた。

「そうでした。私の命は王に救って頂いたもの。そう簡単に捨ててはならぬものでしたな!はははっ!」

 ここまで忠義を尽くす彼女は、半獣である。見た目はライオンとヒトの中間のような姿をしている。彼女の民族には受難の歴史がある。

 ヒトでもあり獣でもあり、長らく他の国では差別の対象となっていた。難民として逃れてきたウォーロックさん達を自国民として受け入れ土地や衣食住を与えたのはアルトリアスさんだけだったという。

 先生や、ドラゴンメイドのドラバニアさん、メリアちゃん、そして言うまでも無いことだが、私と同じだ。

「それでいい。しおらしくされると調子が狂うからな」

 兵達の悲壮感はたちまちのうちに消え去った。


「複数地点の国境が突破されました!」


 しかし、無情にも、伝令の兵士が扉を開いて駆け込んできた。

 事態の緊急性を鑑み、すぐにドラバニアさんがドラゴンの姿となり北へ、東にはウォーロックさんの部隊と王立軍の混合部隊が、西には先生とメリアちゃんの魔術部隊が対処へと向かった。

 だが、奇妙なことが起こった。無間帝国の送り込んでくる戦力は、時間を追うごとに質と量、積極的な攻撃性もなくなり、そして士気が下がり続けていった。それどころか投降する者が後をたたないという異常事態が起こっていた。

「私は、グールの王、ンドゥールと言う者だ。私達には戦う意志はない。私達はただの奴隷だ、無理強いされて捨て駒として戦っていたに過ぎない。もう沢山だ、我らグールは帝国から離反する」

 グールとは、冷たく薄暗い地下に住む、奴隷階級の鉱石を掘る炭鉱労働者たちの民族である。闇の秘術により人工的に生み出された存在だ。

 帝国では、太古から存在している、白い肌に赤い眼の者は不幸を呼ぶという俗説により虐げられ、地下へと追いやられ、日の目を浴びることすら許されていない。

 戦争が起これば尖兵として前線に送り込まれ使い捨ての戦力として消費され、死ねば忘れられ、生き残れば臆病者として晒し者にされるのだと悲痛な顔で語った。

「我らを迎え入れてくれるなら、貴女方の国に我が国の豊富な鉱石と鍛造技術の全てを献上する。我らが民を、助けていただきたい。これまで行った侵攻への対価は私の首だ。先のスノーガルド王は、立派な方だった。王の命には釣り合うはずもないが、これで話をつけて欲しい、頼む⋯⋯」

 自分の刀をアルトリアスさんに捧げ、赦しを請うている。美しい曲刀だった。

「母は、どうだった」

 怒りを必死に抑えているのか、拳を握りしめている。

「この降伏は母上から賜った策だ。同胞を人質に取られていたとは言えど、斬った私に対して、お前の首を差し出せば、民だけでもこの狂った国から助け出せるかもしれぬぞと言っていた。敵将の私を憐れんで下さったんだ」




 ────話し終えるとゆっくりと剣を抜き、そして、迷いなく振り下ろした。




「これで貴様は自由だ、どこへでも行くがいい」

 奴隷の証とされている呪われた足枷は、魔力鉄によって鍛え上げられた剣によって粉々に砕け散った。

「⋯⋯承知した。この命、貴女に預けよう。この恩は人生を賭けてお返しする。そうだろう、お前達」

 全兵力が、平伏し武器を置いた。多くの兵達が泣いていた。踏み躙られ、嘲られ、誰からも尊重されることのなかった彼女らは、やっと解放されるのだ。


「緩い、グール共の動きなんぞ読めているに決まっているだろうが」


 ンドゥールさんが槍で貫かれ突き上げられた。陰から姿を現した何者かによって天高く掲げられている。

「ば、馬鹿な⋯⋯皇后よ、何故なのです⋯⋯」

 迂闊だった。グールの最上位の将がそこにはいた。もはや性別すら判別できない、なんの温かみのない、作られた無個性の肉体が、人ならざる巨体へと変貌していくのを見ているしかできなかった。二メートルを悠に超えるその姿は恐怖であった。


「やはり裏切ったかンドゥールよ⋯⋯そうだ、私は間抜けなグールの王なのだ。お前は常に正しい。精々、愚王だと笑うがいい⋯⋯」


 体が光り輝き膨張する。まるで巨大な大量破壊兵器のように。





「────国土撃滅術式、無理圧状むりおうじょう⋯⋯!」





─────

────

──




「王よ⋯⋯すまない⋯⋯私は、忠臣としての最後の務めを果たす!」

 

 グールである彼女はすぐに意識を取り戻した。ンドゥールさんが懐から二振りの短刀を眼球に向けて投げ付けた。

 私に向かい目配せをしていたのを見落とさずに、槍を落とし悶える、もはや女性なのかそうではないのかも分からない彼女に流れている時を、一気に堰き止める。ゆっくりと、時間を引き延ばしていく。

 もうこの人は全てに嫌気が差したんだと思う。私も、日本で生きていた時、何度もっと過激な方向で世の中に訴えかけてやろうと思ったか分からない。何も変わらない世界ならば、いっそ壊れてしまえばいいんだと思ったことはあった。

 私は、アルトリアスさんに出会って二度目のチャンスをもらえた。世界に絶望しそのまま死んでしまおうと思っていた意識を引き上げてくれた。

 私は、ありのままの自分で、自由に私らしく生きていいんだと叫んでくれた。私は幸運だった。運が良かっただけだ。

 私も、状況が違えばこんなふうに誰かを巻き込んで何かを成そうとしていたかもしれない。いや、誰であっても同じだと言える。

 この人にも、そんな優しい人間が一人でもそばに居たなら、こんな結果にはならなかったのではないかと思えてならなかった。

 彼女は「もう一人の私」だと。

 だからこそ、私は彼女を全身全霊で止める。何故なら、私にはここで守らなければいけないものができたから。私にとって、スノーガルドはあまりにも大切でかけがえのない場所になってしまった。


 持てる全てを用いてでも守りたいと思うほどに。


 重力を逆転させ空中に「落とす」ように操作する。そして、魔力を編み上げ凝縮し収束させ、打ち上げるように一気に解放する。

 私の魔力は出力されると、朝日に照らされた麦畑のような黄金色をしているのだそうだ。いつも制御に集中力を向けているので全く分からなかった。

 よくその色をアルトリアスさんは美しいと言ってくれた。希望の色、生命力に満ちたより良い明日を期待させてくれるようで、好きだとも言ってくれた輝き。

 私には、ずっと居場所がないと思っていた。でもそうじゃなかった。私のことをこんなにも持っている人が居てくれた。

 この世界で自分は一人ぼっちだと思っていた私にも、手を差し伸べてくれる人たちがいたんだ。

 スノーガルドに来られてもう一度生きることができたのは、差し伸べられた手に勇気を持って手を伸ばしたからだ。

 

 あなたは一人ぼっちじゃない。絶対に。どうか負けないで。


 私のファンだって言ってくれたあの子、どうしてるかな。私がいなくなってしまって塞ぎ込んでしまってはいないだろうか。

 私の遺した作品達の中で「貴女はそのままでいい。ありのままの自分を誇ってほしい」というメッセージが届いているといいな⋯⋯

 そういえば、みんなにまだ一度もありがとうって言ってないや、やっぱりもっと早く思いつけばよかったな。

 みんな、ドラバニアさん、ウォーロックさん、メイフィスト先生、メリアちゃん、そしてアルトリアスさんにちゃんと感謝してないのに。


 魔力の使いすぎで朦朧とした意識の中で、取り止めのないことを考える。ヤバい、無理しすぎちゃったかもしれないな。私はやっぱり何も────


「私をもっと頼ってくれ、こうみえても君の婚約者なんだからな!」


 誰かの体温を感じた。一人じゃない、何人もの手を暖かさを背中に受ける。魔力は万物に流れるものであり、全ては繋がっている。

 私に流れ込んでくるのは大切な人を守りたいという思いだった。力が湧いてくる。両足に力を込め、自分が越えるべき相手を見つめる。

 私も、私の人生だってまだ終われない。もっと一緒に人生を続けたいと言ってくれている人々もいる。自分のためにも、そして、私の幸せを願ってくれている人達のために、魔力を解放した。

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