第6話 妻となった私
暖かい腕の中で目が覚めた。昨夜のことを思い出して一人で悶絶する。一体あれはなんだったんだろうか。信じられないような甘い言葉を、ずっと囁かれていたことは覚えている。アルトリアスさんに沢山ベット上で愛され、また一段と彼女の虜となってしまった。一生離れられないなと確信した。夢のような夜だった。
「真美、おはよう。ひと足先に目覚めたようだな」
頬にキスをされながら微笑を浮かべている様子があまりに尊すぎて、口をぱくぱくさせながら「あっ⋯⋯ぁ⋯⋯」しか言えなくなってしまった。
これから毎日見られる光景だろうが、私はこの圧倒的な攻撃力の光溢れる輝きに、体は耐えられるんだろうか。いや耐えられない。幸せな悩みだった。
「お、おはようございますっ⋯⋯!」
三十歳、初めての事だらけで恥ずかしくなる。もっと余裕のある女性になっているはずだったのに、結局リードされっぱなしだった。
「ははは、今日も元気いっぱいだね」
アルトリアスさんに促されてベットから起きると途端に腰痛が襲ってきた。これが噂のアレかと運動不足の自分を呪った。心配される自分もまた恥ずかしくなってしまったので、少しは運動をするなりして鍛えないといけないと思った。アルトリアスさんが気遣ってくれる。優しさが心に沁みた。
食事を終えた後、私の新たな生活が始まった。とは言ったものの、私は異世界転生の物語でよくあるような設定の特別な頭脳もなければ、武芸に秀でているわけでもなく、腕っぷしも強くはない。それでも何かできることはないかと考えた。ただ物事を考えること自体が苦ではないので、常に何かアイデアを練るってはメモを取ることだけは欠かさなかった。
私がまず取り組んだことは、服装についての更新だった。スノーガルドの文化的下地の部分は中世から近代くらいまでの間になる。
私は自分のできることをやろう。課題は思ったより散在していた。
最初に取り組むことになったのは、新素材をメイフィスト先生と共に開発することだった。私が冗談で言った、羽のように軽くて、それでいて強度が高い素材があったら便利じゃないですかねという世間話が下地となっている。
話を聞いていた先生が、アイデアを評価して採用してくれたという経緯があるので、ほぼ先生の実績であるが、細かいことは置いておこう。
この繊維はケブラー繊維のように、軽さと硬さの両立を狙ったものだった。実験での感触もよく、テスターとしてウォーロックさんに声をかけた。
この繊維で作った鎧をウォーロックさんに試してもらったところ、かなり好評で、早速、王国騎士団の正式兵装に組み込むかどうか会議にかけてみて、反応が良かったら採用するか検討するための試験を受けることになった。
次に行った取り組みは、私にとって大きな出来事となった。
実は私が今借りている服が長い丈のスカートで、かなりの歩きにくさを感じていた。スノーガルドには、ズボンがないことに気がついたので、日本にはもっと動きやすい服装があるので再現してみたいとアルトリアスさんに進言すると、王宮の衣装係と共に、私が中心になってプロジェクトが進めてはみてはどうかと言ってくれた。
役に立てるチャンスを貰えたということに心が震えた。やっと少しでもスノーガルドの皆さんに恩返しができる。
普段使いもできるものと、儀礼や来賓に対応できるように、フォーマルなものも同時に作成を手伝ってもらった。料理番のアリアさんにも履いてもらったがかなり好評だった。それを王に進言すると、すぐに採用された。それからすぐに量産体制を整え、国民にも分け与えることになった。
それ以外にも、自主的に取り組んだことは、魔術のさらなる研鑽だった。古代ルーンの書物によれば、ルーンを完全に制御できた時、術者は時の流れすら操ることができるのだという。
「流石に魔術師とはいえ万能すぎではという顔をしているね。なら研究者に聞くといい」
そう言われ、メリアちゃんならルーンの実践的な運用について学べるということで、彼女がいる王立魔術研究所を初めて訪れた。
「もっと強力なルーン魔術が使いたいじゃと?」
「なんかこう、魔術でも誰かの役に立てるようになりたいんです」
「えらく抽象的じゃのう、それが魔術師の言い草か」
「うっ⋯⋯ それは⋯⋯」
何かをぶつぶつと呟きながら部屋の奥に招かれた。
部屋に着くなり、ルーンは本当に、時の流れのような、絶対的な法則に干渉することすら可能であるという話を聞かされた。先生との実験で理論上は可能であると証明されているという。
先生の魔術によるホログラムのような映像によって、大まかな理論の説明を受けたがイメージをすることができずにいた。
メリアちゃんが言うには時の流れも水のような指向性のある物質だと捉えれば良いと聞き、ただ漠然と、大きな流れをただ堰き止めることを思い浮かべた。
「ほれ、とりあえずやってみよ!」
彼女が手を離したカップが空中で静止していた。
「で、出来た⋯⋯妄想力って偉大だな⋯⋯」
改めてやってみると、時の流れがゆっくりと減速し、最後には動きがぴたりと完全に停止した。水田に水を張るときのように、あらかじめ堰き止めておいた水を解き放す様子を頭に思い浮かべ、魔力流を再び注ぐと時が動き出した。
「実際に目の当たりにするとやはり凄いもんじゃの」
「驚いてるメリアちゃんも新鮮でかわいいねぇ」
頭を撫でようとして避けられた。
「たわけ、調子に乗るでない。いざという時に使えねば意味がなかろう」
「はーい、鍛錬頑張ります⋯⋯とほほ⋯⋯」
さらに、重力操作、短距離ワープ、相手を昏倒させ完全に無力化する衝撃波、魔力を凝縮させて放つビーム、認識阻害術など、さらに複雑はルーンを用いた強力な魔術について方法を学ぶことになった。
私が研究所に通いながら練習を始め数週間が過ぎた頃、メリアちゃんが過去について語り始めた。
「⋯⋯とある昔話をしてやろう。わしがここに来たのは、かの無間帝国との戦が始まった頃じゃった」
彼女の住む郊外に、急速に勢力を拡大させた帝国を初めて退けたのが、まだ王になる前のアルトリアスさんであった。ただ一人生き残った少女は「神童」と呼ばれており、その素養を買って、魔術研究所の所長に任じたのだと言う。
彼女の両親はもういない。思案した結果、血の繋がりかないメリアちゃんを、自身の妹として迎え入れたのだという。
その恩義に報いるため、今も臣下として仕えているのだと、照れ隠しで資料を読みながら語ってくれた。
「わしは学問に関してはあらゆるものを修めたが、エルフであるメイフィスト殿やお主のように、ルーンだけは使いこなすことはできなかった。だが、あきらめず研究を続けてきた。それが、マミのような者の一助となっていて嬉しいぞ⋯⋯」
メリアたんを抱きしめたいという欲求を抑えられず思い切り抱擁した。
「やめんかこら!放せい!」
「やだ!私のことお義姉さんって呼んでいいからね!」
「呼ばんぞ!」
「お義姉さんだよ⋯⋯ふふふ⋯⋯」
鍛錬を続けていく中で、古代ルーンという、かなり強力な力の使いどころがあるのかと疑問に思い始めてきていた。いや、むしろ使い所なんて来なくていいとすら思っていた。
もう自分は困難に接することはないと思い込んでいた。それは、ただの思い過ごしだったのだという出来事が起きた。
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