御伽話で終わらせない

第9話 物語のその先へ

 物語の続きなんて誰も知りたくはないだろう。

 蛇足だと思うこともあるかもしれないい。

 でも、私だけが異世界で幸せになって終わり、という物語の結末を迎えることに納得ができるだろうか。

 少なくとも、私はそうは思えなかった。

 どうしても日本にいる、初めて私のファンになってくれたあの子のことが日に日に気になってしまう。心の隅に引っかかっているのである。

 スノーガルドへやって来てちょうど一年が経った。

 今の生活は全てが満ち足りている。私の周りには、善き人々、自然に囲まれたすばらしい環境、やりがいのある仕事、そして、私が最も憧れていた素晴らしい結婚生活がある今の自分は幸せだと胸を張って言える。

 そして、私はこの幸せを、自分だけではなく、もっと多くの人たちが享受できるようにすべきではないだろうかと思うようになっていた。

 唐突に思いついたアイデアであれば捨て去っていたと思う。そうではなく、ずっと頭の隅の方にこの違和感があって、常に後ろ髪を引かれていたのだと思う。

 じっとしていられないような焦燥感は私を立ち上がらせた。

 私の中で答えは出ていた。

 だが、この決断をすれば、耐え難い痛みを伴うことになるだろう。人生に関わる重大なことを決めねばならない。


 それは、日本へと戻らなければならないということだった。


「あぁ、真美ならばそう考えるだろうと思っていたよ」

 私は深夜、今一度、先生のアトリエを訪れていた。そして、先生はすべてお見通しだった。やはりメイフィスト先生は私の何歩も先の場所を歩いている。

「私、もう一度日本に戻りたい。まだ向こうには、多くの仲間達が、助けたい人たちが、大切な人たちが沢山いるんです……だから……」

 先生が私を制する。

「みなまで言うな、私の愛弟子よ。それが真実の願いならば、私も持てる知識を全て使って協力しようじゃないか。大丈夫だ、安心してくれたまえよ」

 その言葉に、やっと胸のつかえが外

「ありがとうございます……やっと言えた……」

 頭の隅にずっとこびり付いていた、言葉にして表すならば罪悪感があったのかもしれない。そんなことは忘れて自らの幸福を追求したっていいじゃないかと言う自分もいて、それでも私は、この晴れてくれない胸の内をやっと吐き出せた。

「あぁ、ひとつ言い忘れていた。王にはもう話は付けてあってね。明日から動き出すことになっているから、王宮に戻って、ゆっくりと英気を養うといい」

 先生に抱きしめられる。

 懐かしいな。魔術の基礎を学び終えたときも、結婚前夜にもこうして私の背中を押してくれたっけ。助けてもらってばかりだ。

「悔いのない決断をするんだ。私がついてる」

「ありがとうございます……ううっ……」


 貴女の弟子となれて、幸せでした。


 先生に言われた通り、王宮までの道のりを辿る。

 今日は少し海風が冷たい。

 私がスノーガルドにやってきて一年が経った。

 人生の中ではまだ少しの年月しか経っていないのかもしれないが、故郷だと言えるほどに愛着を持っている。

 手放したくないに決まっている。

 エルダーの地では一般的なことなのにもかかわらず、私の生まれた日本では、今でも女性同士が結婚することができない。

 信じられないことだ。

 理不尽だと思う怒りの感情もある。

 ここではできて、日本ではできない。

 エルダーで当たり前のこととして、結婚したことを祝福される喜びは、今も鮮明に焼き付いている。だがずっと心の底で、この恐ろしいまでのギャップに深く突き刺さるような悲しみを感じていた。

 実際に、結婚したくても国に認めてもらえず、悲嘆に、涙に暮れている、私とアルトリアスさんと同じ同性カップルがいる。私はそれが、堪らなく悔しい。

 辛くて苦しくて、スノーガルドから離れたくなくて、それでも、私のちっぽけな、もはやプライドとさえ言えない、ただのエゴイスティックな正義感が邪魔をする。

 心の中がぐちゃぐちゃになる。このままこっちに残れば、もう二度と世界の悪意に晒されることはない。このまま、確実に幸せで居られる。

 それでいいじゃないか、平穏無事に過ごせばいいだけなのに。

 私はもう十分苦しんだんだからいいじゃないか。

 他の誰かがやってくれるだろう。

 だとしても、私がやらないわけには行かない。そんなのやらない理由になってない。私は百合というものに命を救われた。

 とある漫画を読んで、私は間違ってなんてない。私は生きてていいんだ、この世界に存在していてもいいんだと教えてくれた。

 私は、同じ境遇の人たちのために何かしたいと思い続けていた。

 どんな変化も、最初の一人が立ち上がったからこそ起きえたものだ。黒人差別への抵抗、女性の権利のための戦い、基本的人権が尊重される社会を目指すための長い道のり、大義のための戦いを挙げればもっと多くある。

 そんな勇気ある人々のように立ち上がりたいという思いが、今の私を突き動かしていた。それだけではなく、ここまで生かしてくれた百合というジャンルのために、そして、初めて私の本を買ってくれたあの子への恩返しのために、もう一度、日本に戻らなければならない。のだと思う。 



 一歩一歩王宮に近づいていく。

 初めから分かりきっていることだが、当然ながらアルトリアスさんはスノーガルドに必要で、連れていけない。それだけは明らかだった。 


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