第4話 新学期、婚約前夜

 翌朝から私の「新学期」が始まった。授業だ、という言葉を聞いたのはもう何年ぶりだろう。勉強は人並みにはできたが、魔術は全く未知の領域であり、実践的な学問となると、知識として聞いて覚えるのには骨が折れた。

 魔術とは流れの制御であり、現実の改変して自分の中の現実を押し付けることであるということを学んだが、無からあらゆるものを生み出せるわけではない。

 魔工学はあくまでも魔力が存在しなければ成り立たない。魔工学は魔力を変換し、エネルギー、または動力源として利用する。

 鉄に魔力を練り込んだ「魔鉄」もこの国の名産品だが、その技術を用いた鎧を新たに開発しているらしい。 

 途中から学生の方々もやってきて、彼女らに色々とこの世界について取材をしていた。そして私は、この国のほの暗い歴史を知ってしまった。

 初代の王が討たれたのは、グールという、ただ世界や人々を食らい、ただただ数を増やすだけの獣を飼い慣らす「無間帝国」の侵攻があってのことだった。

 この国を復興させるため、帝国と、グールと戦ったのが、他ならぬアルトリアス王であり、そんな彼女を心から信用していると皆が口々に語っていた。

 私は王のために、この国の人々のために、この力を役立てたいとより一層強く決意したのだった。

 婚姻までの日々を過ごしながら、知識と実践を得ることを続けていた。基礎部分の習得を終え、魔力を別のエネルギーのように振る舞うように変更するという応用に取り組んだ。

 灯に利用されている魔力も、ただ流れるだけの魔力の振る舞いを、その場で留まるように変えることで照明として使うことができる。

 熱湯が出る仕組みも、魔力の流れをタービンへと送り回転させ、熱エネルギーを生み出し、その力を利用してお湯を作り出しているのだそうだ。理系の分野がからっきしだったので、なかなか理解するのに時間がかかった。

 残りの水の部分はというと、流れがあるのだからその魔力の流れに水を乗せればいい。魔力制御の技術は、この国を支える基幹技術だ。

 この技術は、先王の妻であった「魔力制御の母」である偉大な魔術師の名を取り「モルガニス」と呼ばれている。

 さらに古代ルーンについて学んだが、こちらは研究が進んでおらず、使用するとどんなことが起きるのかは先生にも解らないという。だが古文書の中には読み方を記したものがあるが、禁書になっている物がほとんどである。あまりに強大な力のため、悪意ある個人が独占することを防ぐため、使用できるのは現状先生だけだ。

 だが先生は、私のことを信じて、禁書の書物を見せてくれた。題名のない青い本を開くと内容を理解することができた。

 ルーンは、まさに火の無いところに煙を立てる奇跡を起こす魔術である。信じられないが、心に善性に満ちている人間にのみ開かれるという。

 私はただの人だ。嫌なことがあれば落ち込むし、理不尽なことがあれば怒りも湧いてくる。私には資格があるとは思えなかった。

 ただ、嘘をついたり、誰かの足を引っ張って自分の地位を上げようとしたり、野心のために卑劣な手段を用いることはなかった。

「とは言われても、と思っているだろうが、自分の未熟さを知っている君だから託したんだよ。ルーンに関しては臆病でいるくらいで丁度いいのさ」

 私はこのルーンの力を自分の為ではなく誰かのために、せめて自分の手の届く範囲の人達だけでも助けられるように使いたいと思う。


 結婚式の前日。


 先生からも、駆け出しの魔術師としてやっと第一歩を踏み出すことができるだけ(ルーンは生まれ持った素質なので勘定に入れないとすると、魔法学校の高等部の実技の部分の最終試験を卒業できるくらいの知識量を手に入れられているという)の知るべき基礎の基礎はなんとか習得できているとお言葉をいただいた。

「魔術は一生を通して学ぶものだ。これからも精進したまえよ?」

「はい、先生。魔術は一日にしてならずですね」

「そんなところだ。これからも見守っているぞ」

 メイフィスト先生に包み込まれるように抱擁された。

「我が弟子マミよ、授業の最後に、もう一言だけ言わせて欲しい。貴女のような善き魂を持った方が、我らが王を伴侶として選んでくださった事、スノーガルドの民を代表し御礼申し上げる。そして、貴女の魔術を極める道に、これからも宮廷魔術師として助力し続けることを誓おう」

「こ、こちらこそ、宜しくお願いします⋯⋯」

 危ない、最推しのアルトリアスさんが居なければ落ちていた気がする。年上エルフの宮廷魔術師というだけでお腹いっぱいなのに、まっすぐで誠実、これは生徒にモテるに違いない。

 そう思っていたら、写真を見せてくださって奥様を紹介された。古代ルーンについての研究の第一人者だそうで、王宮の隣にある王立魔術研究所の所長をされているのだとか。

「お若い方ですね?」

「⋯⋯彼女が学生の頃からの付き合いでね、やっと去年一緒になったんだ」

 耳まで赤くしている先生を見たのは後にも先にもこの時だけだった。


 夕食は、ライ麦パンとソーセージの入ったスープに、人参とレタスとトマトのサラダ、豚肉のカツレツだった。デサートは初日に食べたリンゴだった。


「ついに明日だな、これでやっと婦妻になれる」

「そう、ですね⋯⋯」


ただ私は、このまま婚約をして、私だけ安寧を手に入れても良いのかと思うようになっていた。幸せというものを手に入れる資格を私は持っているのか、異世界で、私の住んでいた国でできなかった「女性同士の結婚」をするのは卑怯なのではないかと考えてしまう。

「マミ、聞いてくれ。私は、ありとあらゆる人々に幸福に生きて欲しいと思っている。特に、日々を誠実に生きてきた、まさに君のような人だ」

 王は、さらに真剣な顔をする。

「マミのような人物こそ幸せになって欲しいんだ。真面目に生きている人間が報われないなんて、悲しすぎるじゃないか⋯⋯」

 

「私が君を幸せにしてやる、なんて思い上がっているわけじゃない。私が努力をして、君を幸せにしてあげたいんだ。あちらの世界では見ているだけしかできなかった分、こちらでは、幸福を得てもらいたい。そう思うんだ」

 私がずっと心の中に持っていた「幸せになってはいけない、我慢して耐えなくてはいけない」という無意識に刷り込まれた、私が自分自身に掛けてしまっていたであろう呪いを、肩から下ろしてもいいのかもしれない。

「最後に、もう一つ聞いてもいいですか」 

「あぁ、全て答えよう」

 聞くのが怖くて聞けなかった問いだった。

「何故私なんかを選んでくれたんですか⋯⋯?」

 アルトリアスさんがじっとこちらを見る。少しの思案の後、話し始めた。


 最初は、先代の王、母を亡き者とした無間帝国を打倒する為、異世界より、ルーンをその体に秘めた人間を呼び寄せ、その力を引き出し兵器として利用するために行われていた計画だった。連れてくるためにゲートを開く作業をしていたが、成功の兆しが見えずに続けた実験で、偶然起きた成功事例で、魔力の集中を一番最初に見つけたのが私だったのだという。


「君のことを観察するようになって、だんだんと、君の誠実で、それでいて誰かのために悲しんだり、誰かの為に、自分が手の届く人々のために戦うことができる、等身大の有り様に惹かれていったんだ。そして、この人の隣に自分がいられたら、そう思うようになったんだ」

 自分が目をつけた所為なのか、私があの場所で、突き落とされてしまったのではないかと、後悔しない日はないという。

「今はルーンや復讐よりも、君と生きていきたい気持ちの方が強いんだ。だから、改めて、こちらから聞きたいことがあるんだ」

 ベットから降りた王は、ゆっくりと片膝をついて、こちらに向けて手を差し出して跪いた。

「今まで黙っていてすまなかった。自分の野心に巻き込むように、この世界に連れてくるような真似をするような人間の私だが、そんな私でも良いと思ってくれるのなら、妻となってもらえないだろうか」

 答えは決まっていた。

「はい、それでも私はこの世界で、貴女と共に生きていきたいという考えは変わっていません。命を救ってくれた。私にとってはそれだけで理由としては十分です。アルトリアスさんは、私に二度目のチャンスを与えてくれた。恩人に報いたいと思うのはいけないことですか?」

 私も膝をついて、両手で彼女の傷だらけの手を取った。

「ずるいな、そう言われてしまったら、私には駄目だとは言えないじゃないか⋯⋯」

「そうです、年上はずるいものですから」

 月明かりが照らす二人だけの空間で、もう一度、私たちは婚約の契りを結び合った。形式の儀式としてではなく、人同士の繋がりのために行っておきたいことだった。互いの心を繋ぎ合わせる為に欠かすことのできない、後の人生のパートナーとして共に生きる上で非常に重要な時間だった。


────そして、私はついに婚約の儀を執り行う日を迎えた。

 

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