第2話 新天地へ
「クソっ! 間に合わなかったか⋯⋯」
「回復魔術の術式構築はまだですか!」
「駄目だ死ぬな、マミ、頼む⋯⋯生きたいと願ってくれ⋯⋯」
「戻ってくるんじゃぞお主! 聞いておるのか!」
誰だろう、とても綺麗な人が私を抱いている。髪はかなり短いが、多分女性だと思われる。視界がはっきりしないので良く判別できない。死ぬ間際の幻覚だろうけれど、もしこんな人達と暮らせたら幸せだったかもとあり得ないことを考えてしまった。ファンタジーとか異世界転生系のものは書いたことはついぞもなかったが、せっかくなら一度くらいは書いてから死にたかった。
「マミ、良いぞ⋯⋯まだ死ぬな、何でもいい、もう一度生きたいという意思を持つんだ⋯⋯!」
こんな私のために泣いてくれるなんて良い人だなぁ⋯⋯理由は分からないけれど、この人とだったら上手くいくかも、あぁ⋯⋯まだ、死にたくなくなっちゃったな、死にたく、ないなぁ⋯⋯
「ならば欲しなさい、生きたいと⋯⋯」
頭の中で女性の声が響く。そうだ、私はまだ、何も成し遂げてない!
新たに通り道が組み上がっていくように、思考が研ぎ澄まされ、大きく拡散していく。私は世界の一つであり世界は私の一部であり、全てはバランスの上に成り立つ。私は一であり全である。自然と一体になり、世界をありのままに受け入れればいいだけだ。嫌だ、こんなところで死んでたまるか。ここでくたばったらアイツらに負けたことになる。そんなの嫌だ!
「来いマミっ、来い!」
「術式が展開されて⋯⋯!」
「これは、古代ルーンの構築術式、規格外じゃの!」
「⋯⋯大いなるエルダーよ力を貸し賜え」
「破損部位確認、再構築、神経接続、血管結着」
「修復開始」
私の口から聞いたことのない言語が発せられたと同時に辺りが眩い光に包まれた。
──────
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──
「⋯⋯はっ⋯⋯、王を今すぐ呼ぶのです! マミ様が目を覚ましました!」
あれ、私、どうなったんだっけ、あれ、ベットの上に何でいるんだろう。
「あぁ、何と美しい⋯⋯素晴らしい魂をお持ちになっているのでしょう」
「本当に良かった、我らの希望が来てくださったっ⋯⋯!」
「あぁ、何と⋯⋯これは奇跡じゃの⋯⋯」
ゆっくりと目を開けると、ドラゴンの尾が生えたとても背の高い(推定二メートル)
黒髪のメイドさん、初老くらいの白髪の魔術師っぽい方、鎧を着た金髪碧眼の大柄な女性、ちっちゃいの女の子が私を覗き込んできた。
「あの、皆さんどなたです⋯⋯か?」
私はとにかく混乱している自分を落ち着けるため、そしてとにかく現状を受け入れるため、情報を整理するための詳しい話を聞くことになった。そして これから「王様」と言う人が来るらしい。
どうやら私は、死の直前にこの「エルダー大陸のスノーガルド王国」と呼ばれる場所にやってきたらしい。海辺にある貿易国であり、魔術をもとにした「魔工学」により発展してきた技術大国だという。
多様な民族、種族、人種が暮らしていると言えば聞こえがいいが、爪弾きのものたちの国だと他の国から揶揄されているという。言うなれば、救われなかった者たちの国なのである。
私は死の間際、この世界へとやってきたらしい。記憶は朧げだが、私は高度な魔術を使ったらしい。と言う事は、私に二度目の生があるのはこの世界にいるおかげだと言うことだ。
自分は一度生と死の狭間に追いやられたことになる。私に残っている最後の記憶は、ブレーキのけたたましい音と全身の痛みに塗りつぶされていた。
にわかには信じられないが、私は今まさに別世界にいると言うことになる。まさか自分が本当に「異世界転生」をすることになるとは⋯⋯
「説明は以上です。我が共和国のこと、お分かりになりましたでしょうか」
メイド長のドラバニアさんが一通り話し終えた。お抱えの宮廷魔術師のメイフィストさん、騎士団長のウォーロックさん、あの小さい子は王様の妹さんのメリアちゃんという。
彼女は魔術工学の祖にして発明家であり、この国の技術の担い手である。個性豊かな彼女らが大まかに説明してくれた。
当然の如く現実味はあまりなかった。
「何より、貴女様が無事でいらしたことが、私は嬉しいのです。そして、我らが王のお言葉を信じてくださった。マミ様、貴女が美しいお心をお持ちだったが故にあの奇跡はあったのですよ」
横になっている私の手をメイフィストさんが取ってくれた。暖かかった。
「ありがとうございます。また生きたいと願って下さって⋯⋯」
「マミ様あああああああ! うおおおおおお!」
ドラバニアさんはひざまづきながら大粒の涙を流していた。ウォーロックさんは体格通りのよく通る声でわんわん泣いている。
「えーい! 湿っぽくなるじゃろうが! やめじゃやめじゃ、静まれぃ!」
アホ毛をぴょこぴょこさせている。かわいいなぁ。あれ、どうしたんだろう、視界が潤んで前が見えなくなってきた。あぁ、私嬉しいんだ、今初めて会ったのに自分のことのように涙を流してくれたり、心配してくれる人の言葉なんて、随分前から受けてこなかったから、込み上げてくるのを止めることができなくなってしまった。
その時、もう一人誰かが部屋に走り込んできた。
「マミ! 目が覚めたんだな、よかっ⋯⋯」
大慌てでやってきたであろう王様が呆然としている。
「あの、ごめんなさい、ここにいるのが嫌で泣いてる訳じゃないんですけど、その⋯⋯あぁ、言葉にならないな、編集やってたのに、ははは⋯⋯」
燃えるように赤い髪に、一瞬で目を奪われてしまうような真紅の瞳。顔立ちはまるで彫刻のように整っていて、そんな人が私に抱きついてきた。
「大丈夫だ。混乱もしているだろう。無理もない、だがもう安心してくれていい。君は今確かに、ここにいるよ。この国を第二の君の家だと思ってくれたら、嬉しいのだが⋯⋯」
近くで顔を見ると、至る所に傷ができているのが分かった。この人は、他人のために命を張ってきた勇気の人なんだということは明白だった。周りの人々の尊敬と信頼の厚さがそれを物語っていた。
そして最も私が驚いたのは、ここにいる人達が生き生きとした目をしていることだった。そして溢れるお互いへの尊敬と愛が詰まっているこの空間が、私の心を掴むには十分だった。
「私、ここで生きたい⋯⋯」
人の悪意によって消耗し切っていた私にはあまりにも美しい光景だった。ここなら、私も一人ぼっちにならずにいられるんじゃないかという希望に、手を伸ばしたくなってしまったのだ。
「そうか、そう言ってくれて嬉しい。ならばこの国を見て回るといい。それでも君の気が変わらないのであれば、その、私と婚約の契りを結んでくれないか」
この世界では女性同士であっても、婚約の契りが結べて、しかも主神である女神エルダーから祝福もされるらしい。
「⋯⋯します」
答えは明白に一つだけだった。自分の心に嘘をついて、あの時こうすれば良かったと後悔するのはもう沢山だった。もう、しなかった選択に後悔はしたくないから。
「私と結婚してくれるのか、そうか⋯⋯えっ⋯⋯本当に?」
私は名前も知らない彼女と、命の恩人である女性と契を結ぶ決意をした。
「はい!命を救われたという事実だけで理由としては十分です!」
我ながらメチャクチャな言い分だ。
「待て、御両人よ。まずは名乗らねば、マミがどう呼んだら良いか分からんぞ」
まだ名前すら聞いていなかったことを思い出した。でも、何故か断る気は全く湧いてこなかった。
「私は、マミ。小鳥遊 真美といいます」
「良い響きの名だ。えー、私はスノーガルド王国の第十四代国王としてこの国を収めている。名は、アルトリアス・セレス・スノーガルドだ。私とともに、世界に平和をもたらそうじゃないか」
どうやら私は重大な決断をしてしまったようだ。こうして、私のスノーガルドでの生活が始まった。
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