第56話 厄落とし

 不意に目が覚めて、散歩でもするかと部屋の外に出る、発熱の分か、寝汗をかいていたので、ひと風呂浴びようかと大浴場に向かった。

「どうした? こんな時間に?」

 ヤタちゃんとトキさんが月を肴に露天風呂で一杯やって居た。

 裸で湯に足だけ付けて………

 月の光に照らされる二人の白い裸身は、とても綺麗だった。

 最早照れる流れでも無いので、見惚れつつ、軽く流して湯船に浸かる。

「ほれ、こっちこい」

「お邪魔します」

 手招きしつつ呼ばれたので、素直にちゃぷちゃぷ波音を立てながら移動する。

 十分近くに寄った辺りで、肩まで沈んで、ふぅとため息をつく。

「まあ、一献どうじゃ?」

 合わせて手を出すと、流れる様に小さなお猪口が手渡され、そのまま徳利から酒が注がれた。

「じゃあ、いただきます」

 素直にくいっと飲む、普通に良いお酒だった。

 消耗して、空っぽのお腹に日本酒のアルコールが染み渡る。

 飲み終えて、ふひぃと息を吐く。

「どうした? 何か変な物が出て来たような顔しとるぞ?」

 見透かすようにヤタちゃんが顔を覗き込んで来た。

「何だか色々思い出しまして……?」

 別に隠す事でも無いかと思い、素直に話す。

「ああ、どうじゃった? 何か目新しい事はあったか?」

「過去とか思い出しましたが、今更特に意味ないなあと?」

 この状態に成ったら自分自身を全肯定されているが、記憶も何もあまり意味がない、元の名前なんかも無意味だ。

「まあ、そんなもんじゃな?」

 まあ飲めと言う感じに、次の分が注がれる、素直にくいっと飲む。

「少なくとも、儂らは、お主が居ると嬉しいから、過去はどうでも良いな?」

 カラカラと笑われる。

「そんな落ちですね?」

 男と言うだけで歓待される世界だ、誰でも良い事だろう?

 良い感じに自己肯定感がガリガリ減るこの間までの現実を思い出してしまった、こんな無価値な俺で良いのなら、色々問題無いのだろう。

「因みに、男性だからってだけじゃ無いです、貴方だから良いんですよ?」

 不意にギュッと抱きしめられた。

 トキさんの方だ。

 ヤタちゃんよりは大分豊かな胸とかが押し付けられて驚くが、これがこちらでは適正距離なのだろうか?

 いや、あの時のミサゴとかから見る限り、距離感短いと嬉しい系か。

「少なくとも、現在貴方より素敵な男性は居ませんから、唯一無二の存在です。先に籍入れしたミサゴもハチクマも、この色ボケの馬鹿母も含めて、その他色々居ますけど、貴方だから良いのであって、他はゴミだと思って良いです」

 だいぶ極端だった。と言うか、ヤタちゃんの扱いが酷い。

「ったく、その台詞は儂が言うところじゃろうが」

 溜め息交じりにヤタちゃんが呟いていた、ソレは確かにだった。

「と言うかまだ出会って二回目では?」

「あの子達からは色々聞いてますから、私の方はちゃんと知ってます、医者ですから、それこそ下手すると貴方以上に」

 ツッコミに対しては、悪びれる様子も無かった。

「少なくとも、現在のお主を作った材料では有るだろうから、無意味では無い、少なくともお主以外じゃったら、儂の所ではツグミの奴が大事にされて然るべきな男を蹴り飛ばして叩き出した実績が有る、歓待されている以上、人物的に人柄的に、ソレより遥かに出来とる、誇って良い事じゃと思うぞ?」

 ヤタちゃんからは全肯定されてしまった。

「ソレはよっぽどなのでは?」

 蹴り出されたソレがゴミだっただけなのでは無いのだろうか。

「お主が思っておる以上に、お主は価値が有る。せいぜい高値で売ってやるわい」

 くくくと悪そうに笑うヤタちゃん。売り物扱いなのも変わらないらしい。

「程々にお願いしますよ?」

 売り物で見世物なのは構わないが、一応予防線は張っておきたい。

「大丈夫じゃ、お主がココに居て、時々良い事が有る程度しか言わない様に関係者一同と客に厳命してある、やってもやらなくても安心じゃ」

「あくどい……」

 思わず呆然と呟いた、何処が安心なのやら……

「変な方向で表沙汰になったら全部無くなるだけじゃからな? お主に何かあったら損するのは儂らは元より、やらかした自分自身と他の客も含めてじゃからな? 陪審員の同情も買えて、賠償金が刑事罰民事罰共にえぐい事に成るわい」

「うわあ……」

 無敵の人は防げなそうでは有るが、社会的ガードはフル活用で準備してあるらしい。

 と言うか、陪審員制度なのか、泣き落とし有なのだろうか?

「それでも湧く変な阿呆に関しては、ハチクマが着いとるし、何なら儂らが護ってやるぞ?」

「そこまではしないでも? 自分の身ぐらい自分で守れますし?」

「ほぼ初対面の、そ奴のその距離許しとる時点で説得力は無いな?」

 ちょっと呆れ気味にジト目で睨まれる。

 トキさんからは抱き着かれたままだった。

 正直振り払う意味と必要性が無いので逃げようが無いし、何ならこの距離感はこっちも嬉しいのでそのままだ。

「どの口が言いますか………」

 それでも思わずツッコミを入れる、初対面で混浴からシームレスに搾り取りに来る人に言われたくない。

「殺気とかあったら流石に逃げますよ?」

「まあ、逃げてくれるならソレが一番じゃな?」

「下手に手を出されて怪我される方が問題ですし」

 男なら戦いたい所なのだが、正直女性を殴れるかと言うと困る所なので、やはり逃げる一択である。

 出来れば軽い投げとか崩し程度で、怪我をさせずにどうにかしたい。

「っと、ちょっと冷えたな?」

 ヤタちゃんが少し身を震わせ、一言呟きお湯に身を沈めると、そのままぴとりと張り付いてきた。

 トキさんも付いたままなので、凄い状態だった。


 追申

 ヤタちゃんとトキさんがこの類では一枚上手ですね。

 前回女体が無かったので、今回は肌色多め。

 言外に、昔は居たけどな辺りが琥珀祖父ちゃんのちょっとした価値です、流石に居ない人には勝てない。

 ヤタちゃんとトキさんのイメージAI画像を作者近況ノートの方に上げてあります、ヤタちゃんは作者もかなりお気に入りです。トキさんは多分もうちょっと直す。

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 感想、応援、ギフトとかも、ありがとうございます。

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