第39話 存在しない記憶

「ハグ位なら良いですよ?」

 説明を終えた所で、先程からきよらが良いなあ良いなあと、うわ言の様に呟いているので、叶えてくれるらしい、と言うか、この翡翠さんはそのハグだけでどれぐらいの価値だか自覚していないのだろうか?

 何千円どころか、下手すると何万円単位でかかるのだが……?

「じゃあ、失礼します」

 そんな内心の葛藤を蹴り飛ばして、行動を起こした。

 位置取り的にきよらが一番近かったのだが、きよらが一瞬躊躇したので、これ幸いとスルッと先手を取る。

 ふわっと抱きしめられた。

 それは、不思議な香りだった。

 落ち着くのにドキドキして、もっと嗅いで居たくなる。

 思わず精一杯吸い込もうと、匂いの発生元に鼻を近づけて、深呼吸する。 脳裏には、もう一戦交えた位の妄想がさく裂していた。


 仕事から帰ったらこんな風に、ハグとキスで迎えてくれて

「ご飯にする? お風呂にする? それとも・・・・・・?」

 当然先ずは一緒にお風呂で、当然のように一戦交えて、散々絞った後で、お腹いっぱいにしてもらって、でもやっぱりお腹すいた一って二人で笑って。

 二人で炬燵でお鍋とかつついて、お酒飲んで、ほんのり朱に染まった顔とか可愛くて、もう一回やっちゃって。

「明日休みだから良いよね?」

 って、一晩中繋がって抱き合って 二人で寝坊して。

「休みだから良いよね?」

 って、朝からもう一回やって、やっぱりお腹すいたって笑って……


 っは?!


 良く考え無くても夢だった、一瞬だと思うけど走馬灯みたいに幸せな新婚生活が頭の中で展開していた。

 コレはだめです、女をダメにする人です、もう結婚するしか無い位の引力が発生しています。 そんな感じに理性では離れなくてはいけないと警鐘を発するが、本能的にはもっとこの幸せを堪能していたいと抱きしめる腕に力を込める。

 お仕事中だからダメ・・・・・ 必死に理性をフル動員してゆっくりと離れた


 喪失感がすごい。

 一瞬で胸にぽっかり穴が開くぐらいのクソデカ感情が出来上がっていた。


「じゃあ、次は?」

 翡翠さんがそんな事を言い、もう一度手を広げる。

 きよらが逃げ腰で一歩下がった所で、ハチクマさんが翡翠さんに抱き着いた、小柄な翡翠さんが大柄なハチクマさんに抱きつかれて見えなくなる。 と言うか、はたから見たら事案ですね?

 男子が痴女に脳われていると通報されたら言い訳できません。でもって、ハチクマさんの表情は?

 ああ、優しく温けてます、多分私も先刻までああだったと思うので、人の事は言えませんと言うか、人前でして良い表情じゃないです。


 ハチクマさんは自衛隊上がりで護衛官になった経歴からもわかる通り、かなり鍛えてます、男性を護る為に鍛えたわけですが、肝心の男性ウケはいまいちで、筋肉ムキムキのデカ女は需要無いと言われて以下略な訳です、そっからドカ食い、過食に走り、それでも見上げたプロ根性で太る訳にもいかないとその分運動しまくった結果、さらにデカくなり今に至るという経歴持ちです。

 そんなこんなで、胸も尻も身長もでっかいけど、筋肉の量でちゃんと締まって見える、素敵な体型なのだけど、威圧感を感じるとやっぱり不人気な不遇キャラなのです。

 そんな事もあって、こういった触れ合いも貴重なので、やはりそうなりますよね?


 で、ギシギシと油の切れた機械みたいな動きでハチクマさんが離れます、分かります、そうなるんですよね?

 で、翡翠さんはこの期に及んで余裕の表情で微笑みすら浮かべてます。身長とかじゃなく、精神的にかなりの大人物です。

 そして、順番が最後に回ったきよらが両手を上下に向けた変な構えで一歩下がります、男性に優しくされる機会なんて無いですし、仕事柄こういった男女間のトラブルとか嫌と言うほど見て来たので、その気持も分かるけど、せっかくの好意を無駄にさせる訳にも行きません。


 無理やりに成りますが、本気で貴重な機会を無駄にする訳にも行かないと言う訳で!

 ハチクマさんと無言のアイコンタクトで頷き合い、きよらの逃げ道をふさいで、後は翡翠さんに抱きしめてもらう。

 二人とも無言で親指を立てて通じ合った。 いやあ、良い仕事をしました。

 思わず汗をぬぐう仕草をして、やってやった感を満喫する。


 抱き締められたきよらは、一瞬じたばたと無駄に暴れたが、オバーフロー起こしたのか、直ぐに大人しくなった。


 きよらは自分で戻って来れなかった様子で、暫く翡翠さんに抱き締められた後で、翡翠さん側から普通に解放された。



 解放されても未だ夢見心地だったのか、しばらく動きを停止していたのだが。いう事は聞いてくれるので、素直に挨拶して外に出て少し移動する。

 ハチクマさんはここでお別れですが、正直羨ましいです。


「あれ? 赤ちゃんは?」

 きよらの正気に戻った第一声の時間単位が、秒とか分とか時間どころか、年単位で飛んでいた、半泣きで信じられないと言う感じに空想の赤ん坊を抱っこする動きをして、自分自身のぺったんこの胸と、同じくぺったんこのお腹を確認して、喪失感に打ちひしがれた表情を浮かべ、ボロリと大粒の涙をこぼした。

 この泣き方はヤバい、きよらが壊れた。

「何処まで妄想してたの?!」



「ハグしたから、赤ちゃん出来ますよね? 妊娠検査薬買わなきゃ? 産着とか、ベビー用も……………………」

「もうちょっと落ち着きなさい」

 近くの喫茶店で少し落ち着くまでと思ったが、きよらが壊れたままだ、先程のハグが思った以上に効きすぎた様子だ、これだから処女は………

 自分の処女を棚に上げつつ、溜め息交じりの無言でスマートフォンを取り出した。


「はい保護局、琴里か? どうした?」

 想定通りの声が聞こえる。

「すいません、きよらが壊れました、きよらと私の有給余ってましたよね? こっちでちょっと休ませます、リモートとメールで報告だけは上げますので………」

 職場に連絡して、電話を取った上司に一方的にまくし立てる。

「ちょっとま・・・・?!」

 ぷち、通話終了、よし、話は通した、では改めて、二人揃って翡翠さんに結婚申し込みに言ってこよう。


 尚、流石にきよらは先程色々と失礼が有ったので、初手土下座からだった。


 追申

 きよらに浮かんだ存在しない記憶。

 子供生まれて子供達がわいきゃいしてるのを、翡翠と二人で木陰で幸せそうに見守る図、お腹に次の分がもう入ってて、翡翠がお腹に耳くっつけて動いたとか、二人でくすくす笑って、クローバーの花冠とか作った子供達が駆け寄ってきて、そんな幸せな……

 まあ壊れますね?

 きよらは初手赤ちゃんポスト組なので、深層心理で子供とか家庭とかに凄く憧れが有るので、無理も有りません。

 直ぐに戻って来た二人を見てヤタとかが色々察して苦笑を浮かべます。

 悪いようにはされなかったという事で、お察しください。

 そんなこと言ってると、きよらの妄想分だけで一本書けそうなノリですね?


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