第11話 突然の来訪者に右往左往する母(ツグミ視点)

「ああ、ツグミ母さん? さっき男の人拾ったんだけど」

 電話の向こうから、いきなり娘のミサゴが変な事を言い出した。思わず飲んでいたお茶を吹き出した。

「何だか行く宛がないみたいだから、これから連れて帰って、暫くの間泊まってもらうと思うの」

 ツッコミを入れる前に次の爆弾が降ってくる。もう成人したというのに落ち着きのない娘だ。

「ちょっと待ちなさい、何がどうなって?」

 ツッコミを入れないとそのまま一方的に話して終わりそうなので、必死に止める。

「いつものおみやげに翡翠拾いに行ったの」

「はいはい」

 いつもの娘の筋トレを兼ねたルーチンワークだ、それは驚かない。

「親不知海岸の辺りで男の人が落ちてたの」

「……え?」

「あの辺絶対水没するでしょ?」

「それはそうね?」

 そこは間違っていない。

「で、意識がなかったから安全地帯まで担いで運んで、さっき意識が戻ったから色々聞いてみたんだけど、行く当てとか自分の名前とかさっぱりらしいから、一旦私達の実家に来るって事でお話がまとまりまして!」

 最後噛んだのを勢いでごまかしている。

 相変わらずのボケっぷりに、犯罪臭さが薄れた。

 思わず小さく吹き出しそうになるが、喉の奥だけで堰き止めた。

「……先に警察と病院じゃあ?」

 一瞬よくやった! と、褒めそうになったが、必死に飲み込み、先ずは常識的なツッコミを入れる。

「何だかそっちに行くのはあまり気が進まないから、私の事を信用して、一旦こっちに来るって、一晩ぐらい泊めても良いよね?」

 内心で何泊でも構わない、どうせお客様も少ないから部屋も空いているしと言いたい所だが、私は経営責任者な女将である、一応疑ってかかるべきだと思う。

「分かりました、色々準備はしておくから……」

 思わず深くため息をついて、一瞬首を垂れてから返事をした。

 もっと色々聞いておくべきだとは思うが、こう言ったものは百聞は一見に如かないので、実際に会ってみての話だろう、一先ず警察と病院と役所に連絡して、こちらで男性を保護している事だけは連絡しておこう、恐らく先に噂が回って尾びれ背びれで雪だるまになるだろうが、娘の言う事なので一先ず信じよう。

「お金持ってないみたいだけど、一番いい部屋をお願いね!」

「はいはい……事故起こさないようにだけ注意しなさいね?」

「はーい♪」

 ガチャリと電話が切れた。

 声だけ、電話の向こうでも凄く弾んでいるのは分かるので、代わりにこちらは冷めている。

「………? もしかして稀人(まれびと)?」

 心当たりの一つを呟いた、おじいさまがソレだったはずだが、あくまで自称みたいな物だ、本当かどうかなんて確認出来ない。

「いやぁ、ないない……」

 思わず自分で否定して首を振る。

 どうせ本当はただの一般通過行方不明男性だろう、保護者とか、護衛官とか、本当は近くに居たはずなのだ。一般的に熊とか猪の子連れ見たいなセット商品なので、男性単独なんてまず存在しないというのに。

 もっと西の方だと隣国の拉致被害者とか、脱国とか、密入国者とか、国籍不明土左衛門とか割と良く出るらしいが、幸運な事に、地形的に面倒ならしく、この辺にはそんな事はない、海水浴で離岸流に流されて逸れてこんな所?

 いや、時期が悪すぎる、今は五月末、この辺は暖流が蛇行した部分に寒流が流れ込む関係上、海水温も10℃程度と低いので、ここでの海水浴は自殺行為だ、泳ぐには向かない、荒い波に流されて低体温でお陀仏と言ったところだ。

 だからと言って事故の報告も無い、行方不明者捜索の協力願い何てのも聞いていない、護衛中の男性が行方不明なんて不祥事も不祥事だから外には隠すだろうか?

 色々と前提にツッコミどころが多すぎる。

「はぁ……」

 思わずため息をついた。

「一先ず根回しね?」

 各所に向かって連絡を始めた。



「ふぅ……」

「何だか楽しそうじゃな?」

 一息入れた瞬間、後ろから化け物の声が聞こえた。

 ギギギギギギギ

 と、油の切れた動きで声の主を振り向くと、この辺の実質的な支配者(おばあさま)が楽しそうに笑みを浮かべていた。

「そうかそうか、あのちびのミサゴも男を連れ込む歳か、わしも老けるもんじゃ」

 ひゃっひゃっひゃと楽しそうにしみじみ語る、目が笑っていないというか、獲物(おもちゃ)を見つけた様な目をしている。

 この婆、海野ヤタは引退はして居るが、この辺の温泉街での実質元締めとして君臨しているので、下手に逆らえないのだ、各方向に影響力が強すぎる。

「まだ詳細は解らないんだから、あんまり出張らないでくださいよ?」

 結局女社会では強いが、男性は各種特権がある関係上、法律上手が出せなかったりするのだ、下手にぶつかると怖い。

「そうじゃな? ミサゴの奴がうまくやることを期待するか」

 ばあ様はねっとりした笑みを浮かべ、ひゃっひゃっひゃと笑いながら何処かに移動していった、多分、私以上に色々根回ししてくれることだろう。


 追伸

 海野ヤタ、例の爺様の正妻(一号)として君臨、竿姉妹が沢山いたため、そのまま人脈がえぐい事になっている。

 この世界では男は共有物ですので。

 良かったら感想とか応援とか評価の★3とか、お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る