第5話 お互いの価値感

「更に言うと、私の実家は温泉旅館です。落ち着くまでは観光気分で居てくれても良いですよ?」

 やたらと魅力的な提案だった。年頃のオジサンは温泉に弱いのだ。

「やたらと僕に都合の良い提案ですけど、お金ないですよ?」

 財布も何も無い事をアピールする。ポケットのありそうな場所を片っ端からまさぐり叩いて、自分でも何も無い事を確認する。財布も何もありゃしなかった。六文銭でも出てきたらネタになったのに。

「男の人にそんなもの要求しませんよ、払わせたら女が廃れます」

 困り顔で返された。自分を担いで歩いて居た事と言い、かなりの強者である。返せるように頑張るとしよう。

「ちなみに、病院直行だと多分色々検査されて、強制入院でどっかに保護されます」

「怖いなあ……」

 自分の選択肢が無いというのは中々怖い物がある。

「警察直行でも多分順を追って同じだと思います」

「やだなあ怖いなあ」

 つい怪談オジサンのノリで返す。警察は年頃の男に対してかなり厳しい感がありそうな印象があった。

 主に痴漢の冤罪事件とか、理不尽交通違反とか、強制参加のボランティア活動無給奉仕とかそんなのだ。正直印象が悪い。

「そんなに悪いようにはされないと思いますよ?」

 不思議そうな顔で突っ込まれた。疑われたり取り締まられた事が無ければそんな物だとは思う。

「個人的に何というか印象が悪いので」

 そんなものですか? と言う感じに、彼女が首を傾げる。

 取り締まられる側の気分だけがやたらと印象的だ。

「そこで登場するのが私の実家です。この時点で顔見知りですから、初対面のハードルは低く、一旦こちらの家に生活基盤があると証明できれば、役所の申請で済んで、強制保護ではなく、貴方の意思と指定で色々優遇されるはずです」

 とても早口だった。ついでに顔が赤い気もする。一息に言い切ったのか、肩で息をしている。

 一連の流れで顔を隠す動作は無くなり、やっと顔が見えた。化粧気は無いが、普通の美人さんだと思う。

「わかりました、お世話になります」

 素直にお世話になることにした。元から行く先も無いのだ。世話に成るのを受け入れたりするのも度量なのだ。

 出来れば世話になった分はちゃんと恩返ししたいものではあるが、その辺は追々だ。

 それ以前に。

「その前に名前は?」

 聞き忘れていた。我ながらコミュ障である。

「海野ミサゴです」

 食い気味に返された。ぐいっと寄ってきている。

「海鳥の?」

 難しい漢字だった気がする。

「カタカナでお願いします」

「わかりました、よろしくお願いします、ミサゴさん」

 試しに手を出してみたら、すごい勢いで両手に抱え込むように掴まれた。好感度高いのだろうか?

「はい!」

 顔が近い。押すなよ芸人ならそのままキスできそうだが、流石に初手それはどうだろう?

「さて、こっちの名前は……?」

 何故か首を傾げる。出てこないのだ。

「えーっと、名無しの権兵衛?」

 オーソドックスな偽名である。突っ込み待ちだ。

「何ですそれ?」

 苦笑された。

「何だか名前出て来ないんです」

 どうしようコレ、変なネタなら現在進行形で出てくるのに。

「何て呼びましょうか?」

 ミサゴさんも困り顔である。

「もう、海野藻屑(うみのもくず)で良いですよ?」

 渾身の自虐ネタであった。自分で言う分には良いのだが、人に言われるとダメージを受ける。そんな微妙なライン。我ながらギリギリアウトである。

「うみの………」

 ミサゴさんの顔が耳まで赤くなった。

「同じ苗字は駄目でしたか?」

 ボケに相手も巻き込むのはマナー違反だろうか?

「いえ! だいじょうぶ! です!」

 凄い勢いで首を振っている。その動きは首と言うか脳を痛めるので止めた方が良いですよ?

「それは良かった」

 苗字ネタは大丈夫らしい。

「実質………」

 何か呟いていたが、波音に紛れてしまって聞こえなかった。

「って、そっちより、藻屑じゃダメです! 貴方はそんな無価値なモノじゃないです!」

 凄い勢いで切り替わった。下の名前は駄目らしい。

「じゃあ、お好きな呼び方をどうぞ?」

 却下される案を出して、本命の案を出してもらう社会人しぐさである。乗ってくれて良かった。自分にネーミングセンスは無いのだ。

「翡翠(ひすい)でどうでしょう? この辺りで一番価値が有ります」

「大分大きく出たなあ……」

 そんな価値あるだろうか? こちとら30過ぎのおっさんだぞ?

「私にとっては価値が有るんです!」

 力強い断言だった。拾った物が良いものであってほしいという願いなのだろうが、それをツッコむのは野暮と言うものだろうから、黙っておいた。

「価値が有るように頑張りますか」

 苦笑を浮かべておいた。


 追伸

 ちなみに、本気で自己評価低いと、恩は返せないので受けたくないという感じに干渉されるのさえ嫌がります。素直に受けるだけでも個人の資質っているんですね?

 自己評価高いほど、すぐ返せるからと素直に受けてくれます。

 なお、こいつ、主人公改め、翡翠の中で価値が無かったのは自分自身、知識自体には価値が有ると信じていたので、その分は持ち込み出来た感じです。日本で氷河期おっさんの価値は最安値扱いですから、未だそっちの価値観に引きずられてます。

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