俺はこの世界が大嫌いだ。

 太陽が昇りきり、休憩をしていた昼。

 城の四階、中央部。位の高い軍人が仕事をしている場所。

 無駄に煌びやかなのには変わりないが、それにくわえここには大量の武器や防具が飾られている。

 武器や防具が飾られているとはいうものの、そのほとんどが贈与品であり、安全面を考え刃が潰されていたりする。

「次はエールワークへ攻め込め」

 そんな場所へ急に呼び出された俺は第三騎士団長補佐から命令を受けていた。

 貴族である俺が逆らえるわけもなく、ただ頭を下げ、その場から去ろうとする。

 と、その時だった。

「……女の尻追いかけてるだけで楽なもんだな」

 そう言われてしまう、俺もできることなら怒りたかったが、すぐに図星を刺されてイラついているのだと気が付き、静かに深呼吸をする。

「そうですね。私もそう思います」

 俺はそう言いながら立ち去ろうとする。すると、さらに背後から。

「プライドも度胸もない……情けない奴だな」

 と言われる。そのまま黙って立ち去ろうとしたその時だった。

 俺の横を何かが高速で通り抜ける、何事かと振り返った瞬間、俺は驚いた。

「……狼さんの悪口?」

 サヤが第三騎士団長補佐の耳に親指をあてている。

「サヤ……様! おやめください!!」

 俺は急いで彼女に向かって命令をする。何をするつもりなのかわかったもんではない。

 俺の言葉を聞き、サヤは動きを止める。第三騎士団長補佐はと言うと、突然の襲撃に身を縮ませているようだ。

「サヤ様。腕をおろしてください。彼は魔物ではない、でしょう?」

 ゆっくりと彼女を刺激しないように、彼女に向かって声を掛ける。まるで猛獣を相手にしている気分だ。

「狼さんの悪口は、私が許さない」

「お願いですサヤ様」

「この人が謝るまで私は……」

「……サヤ!!」

 俺は思わず怒鳴ってしまう。彼女はびくっと身体を震わせ、第三騎士団長補佐から身を離す。

 ……とりあえず第三騎士団長補佐と俺の命は救われたらしい。俺は少しだけ息を吐き、第三騎士団長補佐へ頭を下げる。

「大変失礼いたしました」

 俺の言葉を聞き、第三騎士団長補佐は何か言おうと口を開いていたが、サヤが目いっぱい瞼を開き第三騎士団長補佐のことを凝視していたためか、彼は頭を振り。

「今度から気を付けてくれ」

 とだけ吐き捨て、そのまま俺とは逆方向へ歩き始めた。その姿が別室へ消えるまで、サヤの視線は第三騎士団長補佐へ注がれていあ。第三騎士団長補佐が去った後、俺はため息をつきながら、彼女へ言う。

「心臓に悪いからやめていただけると」

 俺の言葉に彼女は目線を固定したまま口を開く。

「狼さんのことを何も知らないのに、狼さんの「悪口を言うあの人が悪いんです」

「……サヤ様」

「私は許せません。狼さんを不当に傷つけるのは……」

「サヤ様」

 再び俺は強く彼女の名前を呼ぶ。彼女はかなり不服そうな表情を浮かべていたが、目を伏せ、外へ続く道を歩き始める。

「……『魔物退治』行くんですよね?」

 彼女の言葉を聞き、俺はうなずく。

 『魔物退治』が無事完了しても、第三騎士団長補佐のことで何か言われるんだろうな、と憂鬱な気分を抱えたまま、俺は装備を整えるため、自室へと戻っていった。



 準備を進めているうちに、俺は自分のベッドの上に手紙が置かれていることに気が付く。封を確認すると、そこには自分の兄のサインが書かれている。

 俺はため息を漏らしながら、手紙の封を時、中身を確認する。

 便箋が二枚、汚い字でびっしりと書かれているその手紙を俺は頭を抱えながら読み解く。

 兄の文字も文脈も滅茶苦茶なので、読み解くのにしばらく時間を要した。

 要約すると。


『あの兵器との暮らしはどうだ? 不完全で無知で無力なお前にとってはちょうどいい相手かもしれないな』

『こっちは父さんのバックアップをもらって事業を始めたんだ、お前なんかじゃできないような立派な事業だ』

『悔しかったら、見返してみろ。まぁ、お前にはできないだろうが』


 俺は息を吐き、手紙をびりびりに破くと、近くに灯っていた蝋燭の火へ手紙をくべる。

「俺に文句を言う暇があれば、さっさと利益あげろっての」

 俺は部屋で一人毒づくと部屋の隅に置かれている鎧を身に纏い始める。

 これから『魔物退治』に行かなくてはならない。第三騎士団長補佐や兄に何と言われようが、俺は俺の職務を全うするしかない。

 それ以外に、生きる術などないのだから。



 エールワーク。

 良い土壌と程よい気候により農作物を中心に発展した国家。ローズタリアに比べれば遥かに小国であるが、食物の輸出量は馬鹿にはできない。

 そんな国へ俺とサヤは馬車に乗りながら向かっていた。

「前世だと確か……鉄の箱が走っていて……」

 と続けるサヤの夢物語を聞きながら、整備された道を進む。おそらくエールワークに取って、今回の戦闘は寝耳に水どころの話ではないだろう。

 前皇帝……いや、もっと前の時代からエールワークとは良好な関係が続いていたはずだった。

 それなのに……。

「たくさんの国境を超える道があって、料金を支払うと遠くまで行けるんですよ」

「そんなものがあるんですか」

 俺はサヤの夢物語を話半分で受け止めながら、適当な言葉を返す。

「この世界にもそう言った施設があると良いんですが……」

「……実現するためには、魔物の脅威を取り払わないと」

 俺がそう言うと、サヤは「そうですね」と返す。

「だからこそ、『魔物退治』をしなくちゃ、ですね」

 彼女はそう言い、遠くを見る。

「勇者として、戦わないと」

 彼女の言葉に俺は目を逸らす。

 彼女が言う魔物なんて、この世界にはいない。いない魔物を殺し続ける彼女を隣で見ているだけ……。俺の役目なんてそんなものだ。

 彼女の目に俺はどのように見えているのだろうか。

 そんなことを考えていると、サヤがまた話し掛けてくる。

「狼さんって、いつも静かですよね」

「そうでしょうか?」

「はい……何か、その、いつも遠くを見ていて」

 確かに彼女と積極的に会話したことはなかった気がする。

 いつも彼女から話しかけてくるし、俺から話すことなんてない。

「世話係として、失格でしょうか?」

「いいえ! そう言うわけじゃなくて!」

 彼女は慌てたような声で否定する。そしてすぐに言葉を続ける。

「ただ狼さんのことを知りたいなって思って」

 俺は別に彼女に自分のことを知ってほしいとは思っていない。

 ……ただ、ここで嘘をついたところで、俺に得にはならなさそうだ。

「……何を知りたいんですか?」

 俺は彼女にそう問いかける。俺の言葉に彼女は目をきらきらさせながら言う。

「世界が平和になったら、狼さんは何がしたいですか?」

 世界が平和になったら。そんな未来、今の皇帝が居る以上、変わることなんてない。

「特に何もない、ですかね。今までと変わらずかと」

 彼女の問いに、俺はそう答える。皇帝が変わろうが変わらなかろうが、俺の生活が大きく変わることなんてないだろう。

 ただ貴族の次男として過ごし、貴族の次男として、適当な世継ぎを生み出す。ただそれだけだろう。

「サヤ様は何かしたいことがあるんですか?」

 俺は彼女へそう質問を返す。彼女は少しも考える素振りなく即答する。

「自分の前世を知りたいなぁって。もしかしたら、わからないかもしれないけれど、それでも探してみたいなって思う」

 彼女は自分の胸の中心……心臓部を触りながら言う。

 彼女には前世などない。あったとしても、彼女が望む形ではない。

「そうですか。見つかると良いですね」

 と、俺は心にもないことを言う。彼女は少しだけ驚いたようなをすると。

「はいっ!」

 と勢いよく答える。

 俺は、ほんの少しだけ、胸が痛くなった。

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イセカイからキミと共にセカイを救う 霧乃有紗 @ALisaMisty

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