私はこの世界が大好きだ。
魔物退治から一夜明け、私は城下町へ遊びに出ていた。
城下町は活気にあふれており、普段は城の窓から見えている世界が目の前に広がっている。
私は小走りで城下町の石畳の上を駆け抜け、ある場所へ向かっていた。
それは……。
「こんにちは!」
とある民家、私は木製の扉を開く。そこには白髪でくるくるとした髪の毛をした女の子が椅子の上で本を広げていた。
「……朝から元気ですこと」
彼女は本をから目を離し私に声を掛ける。
彼女の名前は……。
「梟さん! 聞いてくださいよ! 狼さんがぁ!」
梟さんは私の言葉に本を閉じため息をつく。
「また相方の悪口?」
「悪口じゃないですっ! 狼さんがいじわるなんです!」
「一応話を聞いてあげるけど、結局貴女が悪い気がするわ、サヤ」
梟さんはそう言い、ゆっくり椅子から立ち上がり、私のことを部屋の中心へ招き入れる。
「何か飲む?」
「なんでもいいです!」
「……相変わらず困らせてくるわね」
梟さんはそう言いながら、白いポットの蓋を開く。
「まあ良いわ。話、聞いてあげる」
彼女は術で薪に火をくべながらそう言った。
「それは貴女が悪いわ」
「なんでぇ!」
私は叫ぶ。
「えーっと、話を繰り返させてもらうけど、貴方は夜のお散歩に出掛けたと」
「うん」
「本来なら外に出るのは駄目だと」
「うん」
「だからクロ……狼さんは外に出ないように忠告していたと」
「うん」
「で、その忠告を聞いてもなお、貴女が外へ抜け出すことを看破していた狼さんが貴女の部屋を中心に罠を張っていたと」
「うん!」
「それで、引っかかったと」
「そう!」
「貴女が悪いじゃないいたずら娘」
「ええー!?」
私の言葉に梟さんは苦い顔でポットから小さなカップへ注いだお茶を飲む。
「あの罠本当に痛かったんだよ!?」
「洗濯用の桶を頭にもらえばそれなりに痛いでしょうね」
「しかも床には少しだけとは言え油が広げられてたし!」
「ああ、貴女からひまわりの油の匂いがすると思ったら」
「匂いも落ちてないし!」
私が喚いていると、梟さんは私の頭にそっと拳を落とす。
「その程度で良かったんじゃない? 夜の城下町なんて良いことないし」
「……ホント?」
「本当よ。前皇帝が死去したあと、今の城下町は……」
そこで彼女は言葉を区切り、ため息をつく。
「貴女に愚痴っても意味ないわね」
彼女はそう言い、本を開き始める。
「今日は貴女の愚痴で終わり? それともほかに用事が?」
彼女の言葉に私は思い出す。
「あっ、そうだ! 術を教えてもらいたくて!」
「ふーん?」
彼女は本を捲り、とあるページで止める。
「例えばどんな術? 一口に術と言ってもたくさんあるけれど」
「うーん……怪我を治療する術、とか」
「それはまたどうして」
「私は別に手足が吹き飛んでも生えてくるから良いんだけど、狼さんとかはそういうわけにはいかないから……」
「そうね、普通は手足が吹き飛んだら大体死ぬわね」
彼女はそう言い、今度は本からを離し、左手の手のひらを天井へ向ける。
「完全治癒は不可能だけど、応急処置くらいなら」
「……それでもお願いします」
「わかった。まず水を連想して。手のひらにワインの栓くらいの」
梟さんに言われ、私は手のひらに水の珠を作る。彼女はそれを見届けると。
「あとはそれを傷口にぶっかける」
「えっ!?」
「術を唱えるだけですべての傷口が修復できるなら、医者なんかいらないわよ」
梟さんはそう言い、言葉を続ける。
「傷口を綺麗にした後は、怪我の程度によるけれど、火の術で軽く傷口を炙ったりして、塞ぐ。以上」
「えー、もっとぽんぽんぽんっ! って治るような術ないの?」
「ない。あったとしてもできるのは古代人くらいじゃない?」
古代人。梟さんがたまに話題に出す人間。
遠い昔に居たとされる。
「古代人ってそんなに凄かったんだ」
「今の人間は鋼鉄やら火薬やら科学で進歩し始めてるけれど、過去の人間はそれがなかったからね」
「……なかった?」
「許されなかった……ってどっかの文献に書いてあったわ」
「それって本当ですかぁ?」
「あら、貴女が疑うなんて、狼さんの教育も行き届いているみたいね」
彼女は嬉しそうなでそう言う。
「狼さんが意地悪なだけです!!」
「そうかしら? あの子はあの子なりに頑張っているだけだと思うけれど」
梟さんはそう言いながら、開きっぱなしだった本を手に取り、また読み始める。
「今日の授業はおしまい。私は本を読むから、貴女も好きな本を読んでなさい」
「どれも字が多くて大変」
「それは我慢なさい」
それから夕方になるまで、梟さんの家で本を読んでいた。
彼女が持っている本は難しいことが書かれていることが多いが、時折私が読めるくらいの絵本や小説もある。
そこで私はこの世界における御伽噺をいくつも読むことができた。
自分の前世がどんな世界だったかわからない。もしかしたら、この絵本や御伽噺のような世界だったかもしれない。
「……自動で動く鉄の箱。大空を駆ける鉄の鳥。私の前世にはどちらもあったはずだけれど、術もなしにこんなこと、できるのかな?」
「どうだろうね」
「あったらすっごく便利だろうけど……」
「前世のことはほとんど覚えていないんだっけ?」
「うん。どうやって死んだのか、全然覚えてない。どんな世界だったかもかなり朧気にしか覚えてない」
「そうなのね」
梟さんは本を閉じ、窓から外を見る。
「もうそろそろ夜になる。さっさと帰りなさい。城の近くまで送るから」
「はーい」
私は立ち上がり、伸びをする。全身からぱきぱきと小気味の良い音が鳴り響く。
梟さんは深緑色のローブを羽織り、扉を開く。私は梟さんのあとをついて行った。
夕方の城下町は昼間と違った忙しさを感じる。
「皆さんはどこへ急いでいるんですか……?」
「自分の家よ。憲兵が返った後の城下町は本当に治安が悪いから」
「……そんなに悪いんです?」
「ええ。それはもう」
梟さんはため息を漏らしながら、私の手を引っ張る。
「梟さんは大丈夫なんですか?」
「襲われるけど、大丈夫よ」
「襲われる!?」
私が驚いていると、彼女はまたため息を漏らす。
「ちっこい身体をしていると、やたらとからまれるのよ」
そう言いながら、さらに私の手を引っ張る。
「私が梟さんを家まで送りましょうか!?」
「それじゃ意味ないじゃない」
「……やっぱり?」
梟さんが冷ややかな目で私のことを見てくる。
とその時だった。人影が突然飛び出し、梟さん目掛けて何かを振り下ろし始める。
私は咄嗟に腕で受け止める。バチンと言う音と共に私の腕が熱くなる。
「サヤ!!」
「私は大丈夫です!」
私はそう言い、殴られた方の腕で攻撃してきた人影を引っ掴み、力のまま地面へ叩きつける。
「うぶ!?」
そんな声と共に、人影は持っていた武器を取りこぼす。
固い木を削りだした棒状の武器だった。一番近いのはこん棒だろうか。
「確かに治安が悪いですね」
「言ってる場合? さっさと城へ向かうわよ」
彼女は私に向かって言う。私は頷くと、周囲を警戒しながら城へ向かっていく。
途中、また一人の人間が私たちを襲おうとしたが。
「足元」
梟さんが手のひらに作り出した種を暴漢の足元へ巻くと、種が急成長し、暴漢の足を絡めとる。
体勢を崩したのを見た私は暴漢の顎に蹴りを叩きこみ、昏倒させる。
「やりすぎちゃ駄目よ」
「わかってます!」
「まったく……城へ戻るだけなのに、なんでここまで襲われるのよ……!」
「いつもこんな感じなんです?」
「いくら治安が悪いと言ってもここまでじゃないわよ」
梟さんは毒づきながら、私の手を引く。
「……帰りは狼さんとやらに送ってもらおうかしら、ホント」
彼女は小さく呟くと、ローブを軽くたくし上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます