15・正体

 榊美幸はさらに叫んだ。

「何言ってるんですか⁉ あなただって尾上が殺されるところを見たでしょう⁉」

 篠原はかすかに頬を緩めた。

「おや、急に話す気になっていただけたようですね」

 美幸は慌てて両手で口を覆う。しかし、漏れ出るつぶやきが止められない。

「それは……」

 篠原は冷静だ。

「しかも、予想外に早く〝ほころび〟を見せてくれました」

「ほころび……って……?」

「あなたはなぜ、僕が〝尾上さんの殺害〟を目撃したことを知っているのでしょうか? あなたと僕が遭遇したのは、尾上さんの死体を車に引き摺り込むほんの一瞬だけでした。僕は注射を射たれて意識を失う寸前で、自分が見たものさえ信じられないでいました。無様に倒れ込んで、顔を上げることさえできませんでした。一方のあなたは、非力ながら人間の〝死体〟を引きずっていました。白昼の衆人環視のもと、1秒でも早く立ち去らなければならないという状況で、です」

 美幸は言い訳するようにつぶやく。

「だって……1人じゃなかったし……」

「それはそうです。あの帽子の男……結構なお年寄りにも思えましたが、相当な筋肉をお持ちのようでした。しかし、力を失った人間という者は想像以上に重たいものです。泥酔した人間を運んだ経験があるなら分かると思います。2人がかりとはいえ、簡単だとは思えない。なのに僕の顔を覚えているんですか? いえ、ちゃんと確認する余裕があったんですか?」

「……周りには気を配っていたから……あなた方のこともずっと追いかけていたから――あなただって刺されたのを見たはずです!」

「見ましたよ。意識はわずかに残っていましたから。僕に注射した薬剤の量は、即座に気を失うほどではありませんでした。ケタミンを使ったようですが、適正な量なら数秒で意識を喪失します。安全に尾上さんを殺したいだけなら、目撃者は確実に排除すべきです。そうならないようにケタミンの量を調整したなら、相応しい理由があるはずです。それは何か。僕に――いいえ、警察に、尾上さんは殺されたと思わせたかったということです」

「だって……だって、あんなに出血したんですよ! 死ぬに決まっているじゃないですか!」

「だから、尾上さんの死体はどこにあるんですか? 消滅したのなら、一体どういう方法で消し去ったのですか? そもそも、それがおかしいんです。子供や岸さんの死体はこれ見よがしに置き去りにしていく。なのに尾上さんだけは跡形もないなんてね」

 途端に美幸は自信を失ったように見えた。

「それは……」

「知らないはずですよね。尾上さんの死体は、そもそも存在しないのですから」

「だって……死体を処理したのはわたしじゃないから……」

「血液は、それなりの方法を使えば冷凍できるんです。1度に抜き取る量は生体に影響がない少量でも、何回かに分けて冷凍しておけば充分な量に達して死を偽装することも可能です」

「刺されたところを見たのに⁉」

「僕が見たのは、刺している男の背中です。尾上さんの心臓を刺しているナイフを目視したわけではありません。〝見た〟、ではなくて〝見せられた〟……尾上さんが殺されたと思い込むことを期待されたのでしょうね」

「何でそんな面倒なことを……?」

「簡単なことです。ドッペルゲンガーなど存在しない。全ては存在しない一卵性双生児をこの世に生み出すための欺瞞工作だったのでしょう?」

 美幸は一瞬言葉を失った。そして、取り繕うように言った。

「なぜそんなことをしないとならないんですか……?」

「それこそが、僕が知りたいことなんです」

 美幸は絶句した。

 篠原がたたみかける。

「ちなみに僕は、2つ嘘をつきました。1つ。鳥越神社に捨てられたご遺体に残っていた毛髪は、傷の奥ではなく口の中です。2つ。心臓が切り取られた遺体が1つだというのは、間違いです。最初に発見された2体は、共に心臓を大きく切り取られていました。僕が尾上さんと初めて会ったのは2体目の安置所でしたが、その時から1体目には心臓に傷がないと伝えていたのです。実行犯しか知り得ない事実をあえて隠しておくというのは、警察の常套手段なのです。犯人特定の決め手になることがありますので。なので今、僕はあえてあなたの前で『1人しか心臓を抉られていない』と明言しました」

 篠原が不意に沈黙する。

 美幸が不安げにつぶやく。

「なんでそんなことを……?」

「あなたは毛髪が傷の中だと言った時にわずかに反応し、逆に心臓の件には何もおかしいと思わなかったようです。尾上さんは髪が口の中にあったことを知っています。そちらには反応があった。そして儀式の場にいた美幸さんなら、2人とも心臓が抉られていたことを知っています。自分が給仕をしていたはずなのですから。そちらには反応がなかった。普通の人間はどんな気をつけていても、記憶と異なる話を聞かされれば少しは変化を見せるものです。特に、ボロを出さないようにと気を張っている時ならなおさらです。あなたは尾上さんしか知らないことを知り、巫女なら知っていることは知らなかった。そこから導き出される結論は1つ――あなたは、尾上さんです」

 美幸はわずかに間を置いてから、身を乗り出す。

「そんなのこじつけです!」

「確かに、証拠能力はありません。あなたの表情から、僕がそう感じたというだけですから。しかし今、あなたは自分が尾上さんではないと訴えるために、こうして躍起になっています。これまで何日も感情を消し去っていたあなたが、どうして急に?」

「それは……いきなり変なこと言われたから……」

 篠原は美幸の反応を無視した。

「そして先ほど、東亜曙会が壊滅したことをお知らせしました。あれ、僕がサインを送ったらスピーカーに流すようにお願いしていたんです。こんなふうに」

 そして篠原は、わざとらしく頭を掻いてみせた。

 美幸が反射的に腰を浮かせる。

「嘘だったんですか⁉」

「ほら、また過敏な反応を見せましたね」

「嘘なんですか⁉」

「やはりね……」

「やはりって、なんですか⁉」

「この件が重要だったということが確認できました。安心してください。曙会の壊滅は本当です。子供たちはもう犠牲にならずに済みますから」

 美幸は大きなため息を漏らして腰を沈めた。

 その様子を見守っていた篠原は、不意にマジックミラーを振り返る。

「では、最初の参考人を案内していただけますか?」

 高山の声がスピーカーから漏れる。

『了解しました』

 しばらくして、廊下に通じるドアが開く。最初に入ってきたのは若い警官だった。30歳ぐらいの女を引き連れてくる。警官はその場で待機した。

 美幸の表情が、明らかに強張った。

 篠原が言った。

「ご紹介しましょう。榊美幸さんです。お分かりでしょうが、尾上紗子さんの姉妹、一卵性双生児の方です」

 だが、2人の姿は全く似ていない。

 美幸がひきつった笑いを浮かべる。

「何を言ってるんですか……榊はわたしです……」

 篠原が席を立って〝榊美幸〟と呼んだ女を席に誘導する。2人の女が向かい合うように座った。

 新たに入ってきた女は、じっと〝美幸〟を見つめたまま口を開かない。

 篠原が席に戻る。そして正面の〝榊美幸〟を見つめた。

「榊さんが2人いるのでは話がややこしくなります。ですのであなたを〝尾上紗栄子〟さんとします」

「勝手に決めつけないで!」

 篠原がほほえむ。

「理由があることですから、この場は我慢してください」そして隣の女を見る。「ですので、あなたを〝榊美幸〟さんと呼びます」

〝尾上紗栄子〟が再び腰を浮かせる。

「理由って何よ!」

〝榊美幸〟はピクリとも動かない。

〝尾上紗栄子〟が喰らいつくように叫ぶ。

「なんでわたしが尾上とか呼ばれなくちゃいけないのよ!」

 若い警官が〝尾上紗栄子〟の背後に回ってそっと肩を押さえて席に戻す。

 篠原はその質問を待っていたかのようにうなずいた。

「さて、僕もあなた方が双子を偽装した理由を知りたいのです」

「何をいい加減な!」

「偽装を裏付ける理由はあります。尾上さんが出血多量で運び込まれたワゴン車は、事実上東亜曙会が運営している建築廃材捨て場で発見されました。そこから尾上紗栄子さんの血液も検出されました。他にも検出されたDNAがあります。尾上さんを引きずり込むときに慌てたのでしょうね。跳ね上げたシートの角にわずかなカサブタが付着していました。治りかけた傷が引っ掛かっって剥がれたのでしょう」

 そして篠原は再び〝榊美幸〟を見た。

「榊さん、あなたのDNAでした。あなたは尾上さんのフリをしていましたね?」

〝榊美幸〟は、コットンシャツの上から自分の右手首に触れた。

〝尾上紗栄子〟が驚いたような視線を送る。

 篠原は〝尾上紗栄子〟に目を向ける。そして不意に、笑顔を広げた。

「以上はこれまで得られた証拠を元にした、僕の推測です。推測でしかないことは認めましょう」

「ほら、だからいい加減な話だって――」

 篠原は〝尾上紗栄子〟の言葉を遮った。

「なので尾上さん、ここで質問です。あなたは榊さんが何者かを聞きませんでしたね。まるで、以前から知り合いだったかのように。しかし、自分の双子だと言って連れてこられれば、彼女が誰かぐらいかは尋ねたくなりませんか?」

〝尾上紗栄子〟がわずかに息を呑む。

「だって、あなたがいきなり決めつけるから……」

「それでも、何かしらの反応が表情に現れるものです。あなたが見せたのは驚きの表情で、困惑でも怒りでもなかった。僕はこう分析しました。あなた方は知り合いなのかもしれないが、この場で顔を合わせることは全く予期していなかった、とね」

「それも推測でしょう⁉」

「あなたのこれまでの反応を総合して導き出した推測ですが、心理学的な常識に基づいた判断でもあります。嘘発見機が、心拍数や発汗量から機械的に推定するのと同じ仕組みです」

〝尾上紗栄子〟は慌てたようにつぶやく。

「それで……この女は誰なの……?」

 篠原はそれが聞こえなかったかのように続ける。

「警察が突入した際、東亜曙会の施設には5人の子供たちが囚われていました。皆、素性も知れず、ろくな教育も受けられず、ただその部屋で猫のように飼われていたようです。猫なら、その部屋が世界の全てであっても幸せに暮らせるかもしれませんが、人間の子供にとってはおそらく絶望的な状況でしょう。どこからか連れ去られ、儀式のために閉じ込められていたのでしょう――」

「なんの関係があるのよ!」

「あなたはその儀式の巫女役で、実質的な進行係だと主張しているのですよ? 関係があるに決まっているじゃないですか」

「それは……」

 篠原は隣の〝榊美幸〟に目を向ける。

「で、その子供たちは〝榊美幸〟さんに面倒を見てもらっていました。というより、逃走を防ぐ監視役というのが実態だったのでしょうか。ただ、そこでは虐待などの痕跡はありませんでした。子供たちの唯一の味方として、あるいは母親のように慕われていたのかもしれません。子供たちと共に捉えられたとき、〝榊美幸〟さんはまさに母親のように彼らを庇っていたそうですから。そうして心理的な連帯感を醸成することで、儀式の場に供するまで、抵抗を防いでいたのでしょう。あなたが〝儀式の巫女〟として最前列に並び、参加者に逆らわないように子供たちをなだめていたのですよね?」

〝榊美幸〟が初めて目を伏せた。それでも口は開かない。

〝尾上紗栄子〟が言った。

「でも、巫女はわたしよ……」

「画像解析からはそう結論づけられていました。しかし彼女は儀式の際、顔の上半分を能面のような仮面で隠していました。鼻と口元だけで照合する以外になかったのです。せめて声が入った動画があればもっと精度の高い確認ができたのですが、彼女は一切声を発していませんでした」

「それでも尾上と一致したのよね⁉」

「そう、90パーセント以上の確率で同じ人物だと特定されました」

「だったら双子に決まってるじゃない!」

「もう1つ、その画像解析から判明したことがあります。儀式の参加者が全員同じ顔をしていたことです。理由は簡単で、互いの素性を隠すためにシリコンで作ったマスクを着用していたのです。最近の変装用マスクは性能が高くて、オーダーメイドすれば本人の表情を反映してしなやかに追従してくれます。面と向かって話せば違和感も感じるでしょうが、解像度の低いカメラのデータでは見分けることは困難です。AIでもある程度は騙せるに違いありません」

「何が言いたいんですか⁉」

「そんなマスクを作れるなら、他の人物に変装することも可能だということです。〝榊美幸〟はこっそり〝尾上紗栄子〟のマスクをつけ、さらにその上に仮面をかぶって変装を誤魔化した――ということです。声さえ出さなければ、儀式の参加者は巫女が〝榊美幸〟であることを疑わないでしょう。彼らの関心は生贄の子供に集中しているでしょうから。すでにルーティン化した儀式の流れを忠実に進行していれば、巫女が別人かもしれないと疑う理由はありません。それでもなぜか、〝たまたま〟撮影された画像には〝尾上紗栄子〟が巫女になっている――いや、〝尾上紗栄子の双子〟が存在しているという証拠が残るのです」

「そんな、都合が良すぎよ! なんでそんな偶然が重なるのよ!」

「偶然ではないからです。全てが、ある種の欺瞞工作だったのです」

「なぜそんな……」

「なぜ――という問いに答えられるのは、あなた方しかいません。僕は無数の可能性の中から、事実を積み重ねて最も確立が高い現象を選び出しただけです。いわば、『シュレデンガーの猫』の箱を開けたようなものです」

「何よ、それ……」

 篠原は〝尾上紗栄子〟のうめきを無視した。

「もしも〝榊美幸〟がマスクを作って〝尾上紗栄子の双子〟に化けたのなら、何もかもが計算された計画であることになります。一卵性双生児も嘘、テレパシーも嘘、全てが虚構の上に構築されたオカルト芝居だったことを意味します。それは、オカルト的な現象が実在するよりはるかに説得力がある解釈です」

「なんの証拠があるの⁉ マスクで化けたっていうなら、それ、見つかったんですか⁉」

「おや、急に自信満々になりましたね。それはそうでしょう、動かし難い証拠を残しておく理由はありません。自分で処分したのなら、自信も持てるでしょうね」

「言いがかりです!」

「しかし、シリコンマスクはありました。儀式の参加者用らしいものが数10個……とはいっても、ほとんど燃えカスでしたがね。それらのマスクが誰に化けるためのものだったかは判別できませんでしたが、マスクを作るための材料も設備も技術も、全て揃っていたことは証明できました」

「そんなの証拠にならない!」

「証拠は車に残っていたカサブタの方です。DNAが〝榊美幸〟さんと一致しました。〝尾上紗栄子〟さんを引きずり込んだのが双子の姉妹なら、なぜそこに〝榊美幸〟さんがいた証拠が残るのでしょうか?」

「そんなこと知らないわよ! だって、カサブタなんていつ付いたのかも分からないじゃない!」

「その通り。しかし〝榊美幸〟さんがそのワゴン車に乗ったことがあることの証明にはなります。ちなみにこの車、中古車なんですが、買われたのはほんの1ヶ月前でした。しかも架空の人物が買い取り、教団員も組員も誰もその車の存在は知りませんでした」

「それが何よ!」

「〝榊美幸〟さんが双子になりすましていたという強い傍証になります。しかも猟奇的に殺された岸貴恵さんが拉致されたときも、やはり運転席には〝尾上紗栄子〟さんがいました。ならば、あのときの双子も、マスクで化けた〝榊美幸〟だったはずです」

「はずです、って……全部空想なんでしょう⁉」

「確定的な証拠が得られなくとも、妥当な推論が成り立てば裁判で勝てることもあります。状況証拠の積み重ねというものです。少なくとも、テレパシーとかのオカルトを信じるより理性的です。そして裁判とは、おおむね理性的に行われるものです」

〝尾上紗栄子〟は何かにすがりつくように言った。 

「テレパシー! そうよ、わたしと尾上の間にはテレパシーがあったのよ! だからいつも居場所が分かったんじゃない! それをどう説明するのよ!」

 篠原がうなずく。

「ですよね……それ、一番悩まされた点でした。で、思い出したことがあるんです」

〝尾上紗栄子〟の表情にかすかな〝恐れ〟がにじみ出す。

「何を……?」

「尾上さんは刺される直前、僕に頭痛を訴えていました。双子が近づくとテレパシーも強くなって、痛みも激しくなるという設定だったのでしょうか。しかし痛みを訴えたのはそれが初めてではありません。僕が初めて見たのは、岸さんが拉致されたファミレスです。そこではテレパシーなどという理屈は聞いていませんでしたから、忘れていたのですが……岸さんを拉致する車が最も近づいた時、尾上さんは平然と撮影を手伝ってくれたのです。車の中には、〝尾上さんの双子〟がいました。テレパシーが真実なら、あの瞬間に最も激しい頭痛に襲われていたはずなのではありませんか?」

〝尾上紗栄子〟の恐れは狼狽に変わっていた。

「それは……」そして気を取り直す。「だったらどうやって居場所が分かったっていうんですか⁉」

「手品の種明かしみたいなものです。ちょっとした登場人物を加えると、全部筋が通ってしまうんです」

「何を言ってるのよ……」

「幾何学でいう補助線のようなものです。まあ、解を知ってしまえば中学入試レベルの問題でしたけどね」

「ほじょせん……?」

「では、補助線に登場していただきましょうか」

 尾上紗栄子の後ろで待機していた警官が廊下へ出ていく。

 すぐに戻った時には宇佐美を連れていた。宇佐美は別室で待機させられていたようだった。

〝尾上紗栄子〟が思わずつぶやく。

「なんで……?」

 宇佐美は黙っているように命じられたのか、唇を固く結んだまま立ち尽くしている。

 篠原がうなずく。

「僕も、なぜだろうと思いますよ。あなたと……いいえ、あなた方と宇佐美さんの接点はそう多くないと信じ込んでいましたから。悪魔の儀式に関わる人物なら、普通は雑誌の記者なんかに近づきたくはないでしょうからね」そして〝尾上紗栄子〟に向かって身を乗り出す。「でもあなたの今の反応は、明らかに宇佐美さんを知っていると語っている。儀式の隠し撮り画像を新聞社を通じて僕に渡してくれたのは、宇佐美さんです。極秘に教団を調べていた資料だという〝体裁〟をとって、ですがね。儀式に部外者が入ることなど考えにくいですから、撮影したのは宇佐美さん本人ではないでしょう。参加者も悪魔的な犯罪行為を犯しているわけですから、秘密を暴露することはないといえます。だとすれば、画像を渡したのは主催者側ということになります。それがあなたなら、あなたは儀式に深く関わりながら、教団を裏切っていたことになってしまうのですが……そうなのですか?」

〝尾上紗栄子〟が口ごもる。

「赤の他人が隠しカメラで撮ったとか……」

「それでも、誰かがカメラを仕掛ける必要はあります。秘密の儀式を行うホールに赤の他人が簡単に入れるのは不自然です。わざわざあんな場所を探し出したのは、秘密を守るためでしょうから。普段から警備には細心の注意を払っていたに違いありません。そこでもう1つの仮定を加えます。あなたが以前から宇佐美さんを知っているとしたらどうでしょう。そして宇佐美さんに内部情報を渡したのはあなただと考えてみました。だとしたら、なぜそのような手段を取ったのか……」

 そして篠原は、隣の〝榊美幸〟にも目を向けた。だが〝榊美幸〟は、一切の反応を示さずに黙ったままだ。

 篠原はわずかなため息をもらして、先を続ける。明らかに〝榊美幸〟に語りかけていた。

「……第一に考えられるのは、儀式そのものを破壊しようとしていた、ということです。なにしろ〝悪魔の儀式〟の画像をマスコミ関係者に渡したのですから、結果は歴然としています。そんな非道が暴露されれば、警察も動かない訳にはいきませんからね。金銭目当で秘密を売ったということもあり得ますが、フリージャーナリストの宇佐美さんが支払える金額は多くはないと思います。おそらく、巫女として与えられていた対価を凌ぐことはできないでしょう」

 篠原の視線を気にしていた〝榊美幸〟が、初めて口を開く。

「なんの話をしてるんですか?」

 篠原はその言葉を無視して、〝尾上紗栄子〟に目を戻す。

「だとしたら、おかしなことが起きます。岸さんの拉致、そして尾上さんの殺害にも〝巫女〟は加担していました。つまり、教団を守るために殺人という重罪を犯しています。一方で儀式の暴露を望み、同時に身の危険を顧みずに教団の保護に奔走する……これは矛盾です」

「だからなんなんですか⁉」

「筋が通る解釈は、教団を守るフリをしながら教団を破壊しようとしていた、ということでしょう。つまり、全てが芝居だったということに――」

〝尾上紗栄子〟が不意に叫ぶ。

「何でお芝居だって決めつけるのよ!」

「芝居ではないのなら、そしてあなたが〝巫女〟であるなら、あなたは確実に尾上紗栄子さんを殺した共犯者です。逃げ場はありません。児童連続殺人の罪を背負っている上に、余分な罪まで認めています。望み通りに教団が処断されれば、あなた自身も極刑を免れないでしょう。つまり、刑罰を覚悟の上でとった行動ということになります。そしてご承知の通り、教団は雲散霧消した。ならばもはや証言を拒む必要はない……はずです。ないはずのあなたが、今もまだ何も語ろうとしない。これもまた矛盾です。この矛盾を解決する結論が、やはり何もかもがお芝居だったという考えなんです。そして、役者は他にもいる。芝居の目的は他にもある。目的はまだ完全には成就していない……少なくともあなたは、まだ芝居の目的は未完成だとと信じていた――だから何も話そうとしなかったのではありませんか?」

 立ったまま話を聞いていた宇佐美が耐えかねたように口を開いた。

「俺が教団に捕まったことはどう説明するんだよ!」 

 篠原は初めて宇佐美に気づいたとでもいうように言った。

「あ、立たせたままで失礼しました」そして〝尾上紗栄子〟の横の椅子を示す。「そちらにでもかけてください」

 宇佐美が苛立ちを吐き出しながら腰掛ける。

「芝居だと⁉ 俺も騙されていたって言うのか⁉」

 篠原が笑う。

「とんでもない。あなたも重要な役者さんですから。助演男優賞を差し上げたいぐらいです」

「なんだと⁉」

「まあ、落ち着いてください。一卵性双生児が嘘なら、テレパシーも存在しないはずです。なのに、尾上さんの位置は偽物のドッペルゲンガーに把握されていました。岸さんと初めて会ったファミレスでも、たまたま休んでいた駅前でも、ピンポイントで襲われましたからね。どちらも、僕は上層部にしか居所を知らせていませんでした。たとえ場所が漏れていても、動き回っている僕たちを寸分違わないタイミングで捉えることは相当困難です。GPSの情報が漏れたとしても、あれほど迅速には行動できないと思います。そこで結論しました。居場所を知らせていたのは僕と一緒にいた尾上さん自身しかいない、と」

「俺にどう関係するんだよ!」

「ホテルに尾上さんをかくまおうとした時、あなたは無理やり部屋に押し入って来ました。そして一瞬ですが、尾上さんと接触していた。その時に盗聴器やGPSを手渡したのではありませんか?」

 宇佐美が一瞬言葉に詰まる。

「はあ……? なんだよ、その言いがかり!」

「それさえあれば、テレパシーは容易に偽装できるという話です。そして何より、交番の手配写真から最初に尾上さんを名指ししたのはあなたです。児童連続殺人と尾上さんを結びつける、火付け役だったということですよね」

「何をふざけたことを! だったら、俺が小島で監禁されていたのも芝居だっていうのかよ! 爆発で死にかけたんだぞ!」

「教団があなたをうとましく思っていたのは事実のようです。尾上さんの協力者が、『フリーの記者がコソコソ嗅ぎ回っている』と報告したのでしょう? まあ、それも自作自演のお芝居の一部だということです。そしてその協力者は教団の許可を受けた上であなたを拉致し、監禁した。しかし、あなたは警察が監禁場所が割り出せるように、予め少ないながら確実な証拠を僕に渡した資料に入れ込んでいた。そして危機感を高め、SATが施設に突入するように誘導していった。ところがなぜか、爆薬はドアが開かれると同時にスイッチが入る設定にはなっていなかった。わざわざタイムラグを仕込んでいたのは、なぜでしょうか?」

「そんなことを俺が知るか⁉」

「起爆スイッチは、監禁されているはずのあなたが持っていたんです。その後は、あなたが隠し持った盗聴器で警察の内部情報が〝犯人側〟に筒抜けになっていたわけです」

 ついに宇佐美が腰を浮かせた。

「なんの証拠があるんだ!」

「証言が得られたんですよ。あなたを拉致し、監禁し、そして爆薬を仕掛けた人物から。彼は他のことも聞かせてくれました。儀式の内容、犠牲にされた子供たちを処分した方法、

テレパシーの偽装法、岸さんの拉致や殺害手順など、何もかもをです」

 それまでじっと耐えていた〝榊美幸〟が叫ぶ。

「うそ! 父さんが喋るはずがない!」

 篠原が〝榊美幸〟を見た。

「そう、あなたの父親だそうですね。そして、岸貴恵さんの夫。戸籍がないので法的には家族とはいえないのかもしれませんが、血がつながった親子であることは確かです。あなたがた3人のDNA検査でもそれが証明されました。僕がここに来る直前に、鑑定結果をお見せしました。彼は言いました。すでに願いは叶えられた。もう隠す必要はない――とね」

「そんな……」

「では林田渡さんにも入っていただきましょうか」

〝尾上紗栄子〟がつぶやく。

「誰よ、それ」

「あなたを刺し殺した人物ですよ。普段はホームレスから買い取った戸籍の名を名乗っていたようですがね」

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