13・肉薄

 岸貴恵の異様な死体の写真は、どこからかリークされた。報道各社が大金を投下し、警察内部の情報提供者に迫った結果だった。警察という巨大組織は、巨大であるが故にその末端にまで統制を効かせることはできなかったのだ。

 最初は暗視カメラの不鮮明な画像が、大手新聞系列の大衆向け写真週刊誌の片隅に報道された。

 そしていったん画像が漏れたのを合図に、全ての新聞や雑誌にモザイクを入れた写真が溢れ出した。翌朝にはテレビのワイドショーにまで、イラスト化された死体の状況が競って現れることになった。

 世論は、新興宗教団体『すめらぎ正教会』の異常性に沸き立った。

 燃え上がる〝悪魔の炎〟を鎮めることは、もはや〝神の御業〟ですら不可能だった。


     ✳︎


 病室を訪れた小宮山の使いの警部は篠原に説明した。

「老人ホームは一時休業で、利用者はなんとか他の施設に振り分けました。現在建物全体を無人にして、鑑識を入れています。詳しい情報が続々と入って、現状は混乱しています。ですので、ある程度まとまり次第お伝えします」

 篠原は言った。

「悪魔信仰に関わる儀式が行われていたことは間違いありませんね」

「帳場でもそう断定せざるを得なくなりました。死体を使って気味の悪い飾りにする――あれが決定的でした。しかも人体から何かの物質を抽出したらしい機材や薬品も発見されたようです」

 篠原は当然だというようにうなずいた。

「やはりね」

「予測できていたんですか⁉」

「アドレノクロムでしょう。ポータブルレントゲンとか、ありませんでしたか?」

「なんでそこまで分かるんですか⁉」

「松果体の摘出には必要でしょうから。いよいよエプスタインの事件と酷似してきました」

「そんなこと、日本でも行われていたんですね……」

「今の世界はパンデミックさえ瞬時に広がります。国境の壁は、低くなる一方ですから。我が国には海に囲まれているとはいえ、〝悪魔〟が入り込めないと考えるのはナイーブ過ぎます。日本人には神道が根付いていて穢れを嫌いますから、困難ではあるでしょうがね。それで、『すめらぎ正教会』の幹部は捕らえられましたか?」

「教団本部はもぬけの殻で……大半はすでに国外逃亡しているようでして……。幹部数人は国際手配をかけています。ただ整形とかで身元を変えられてしまうと、フォローするのは難しくなります」

「やむを得ない点ではありますね。国外の悪魔信仰者とも連携しているようであれば、いつでも逃亡できる準備していたかもしれませんしね。で、儀式に参加していた人物の名簿とかは見つかりましたか?」

「いいえ、それはまだ……」

 警部の返事は歯切れが悪かった。おそらくは、上層部から暗に追求することを止められている。

 篠原はあえて逃げ道を与えるように言った。

「こちらの解析では、参加者の顔を隠すために全員同じ顔の変装をしていたのだろうという結論です。だとすれば、素性を調べるのは相当困難かもしれませんね」

 警部はほっとしたように、その〝言い訳〟に飛びついた。

「そうなのです。個室の1つで、大量のシリコンマスクやゴム手袋の燃え滓が発見されました。証拠隠滅を図ったようです。他の個室には虐待の痕跡もありました。ベッドには縛り付けた痕跡もあり、多分鞭打ちやレイプはここで行われたのでしょう。しかしそこも塩素漂白剤で完全に消毒されていました。かろうじて採取できた血痕は、遺棄された児童のものしかありませんでした。ホールには塵1つ、指紋1つ残っていませんでした。採取されたのは体毛が数本で、どれも既知のDNAとは一致しません。あまりの手がかりの少なさに、鑑識が呆れるほどです」

「徹底してますね……」

「老人ホームの関係者も、基本的に地下で何が行われていたかを知らされていませんでした。今後なんらかの手がかりが聞き出せる可能性はありますが……いわば、大口のスポンサーになっていた教団に場所を貸していただけのようです」

 篠原が考え込む。

「なのに、岸さんの死体だけはメディアに見せつけるように晒していた、と……。東京に悪魔を招くための呼び水……とかなのでしょうか……」

「帳場でも解釈できずに戸惑っていますが……」

 警部は藤巻とシナバーに時折、迷惑そうな視線を送っていた。警察の部外者に情報を渡すことを嫌っているのだ。

 篠原もそれに気づいている。

「あ、彼らは気にしないでください。事件解決の力になってくれていますし、小宮山管理官の了承も得ていますから。高山さんという監視役もいますし、許可が出るまでこの病室を出ることはないとお約束します」

「ですが……」

 篠原は強引に話を戻した。

「それにしても曖昧ですね。10人単位の人々がいかがわしい儀式に参加していたことは確かです。しかも何人かの子供たちが生贄にされたとしか考えられません。実際に岸さんもホールで殺されている。従業員たちが異変にも気づかなかったというのは、不自然に過ぎませんか?」

「地下室への立ち入りは厳格に禁止されていたようです。関係者への聴取もまだ始まったばかりです。それに、子供たちが囚われていたという決定的な証拠は見つかっていません。少なくとも、長期間閉じ込めていたという痕跡は見られませんでした。ホールで生贄にされたのなら、どこか別の場所から連れてこられたと考えるしかないようです」

「拠点は他にもあるわけですね」

 シナバーがポツリ言った。

「日本刀、持ち主分かりましたか?」

 警部の視線がシナバーに向かう。

「なんのことでしょう?」

「岸さんの体に刺さっていた2本の刀です」

「どこにでもある模造刀だということです」

 シナバーが喰い下がる。

「模造刀でも、どこにでもあるってわけじゃないでしょう? ただの飾りなのか、有名な技物の偽物なのかによっても、意味が違うし」

 警部は渋々認めた。

「贋作だということです」

「贋作、でいいんですね? 写しやレプリカじゃなくて」

「はい? 違うんですか?」

 興味を示したのは篠原だった。

「どう違うんです?」

「贋作なら買い手を騙すための詐欺ですから、登録とかできないと思います。写しは主に修行とかで作る物だから機能的には真正の日本刀ですけど、銘とかに違いが出ます。レプリカなら、本物の所有者が見せびらかすために飾っておくことがあるみたいなんです。実際に使われたのは偽物でも、持ち主は本物の所有者なのかもしれません」

「お詳しいんですね」

「あたし、刀剣男士アニメが大好きで、少し調べたことがあって……もちろん、専門家じゃありませんけど」

 警部は肩をすくめた。

「そこまでは分かりません。鑑識に伝えておきます」

 篠原が警部に笑いかけた。

「シナバーさん、着眼点がユニークでしょう?」

「確かに……」

 シナバーが念を押す。

「どんな刀を模したものか分かりませんか?」

「聞いていません。帳場に戻ったらメールします」

「お願いします。というより、レプリカの元になった刀があるなら、その所有者を調べてください。きっと関連があると思います」

 しかしその後、日本刀関連の連絡は届かなかった。


     ✳︎


 テレビのワイドショーで事件関連の報道をチェックしていた藤巻が叫んだ。

「大変です! 宇佐美が中継に出ています!」

 警察関係のホテルの駐車場だった。警護の警官がマスコミを排除しようとしていたが、宇佐美自身が積極的に進み出たようだ。

 新人アナウンサーらしい女性が、メモを読み上げるようなたどたどしい口調でマイクを突き出す。

『――宇佐美さん、宗教団体の施設からSATに救出されたということですが、今はどんなお気持ちですか⁉』

 宇佐美は、興奮した口調で対応していた。

『殺されるかと思っていました。実際、救出された途端に大爆発しましたから。SATの皆さんは危険を顧みずに救出活動を遂行してくれました。本当に感謝しています――』

 宇佐美はチューリップ帽を目深にかぶっていた。手には、マスクと花粉よけのサングラスが握られている。聴取が一区切りして本庁から出ることは許されたものの、マスコミ対策として顔は隠すように指示されていたのだろう。

 なのに宇佐美は、車を降りた途端に変装を脱ぎ捨てたらしい。

 藤巻が言った。

「宇佐美が出てくるちょっと前から中継を初めていました。テレビ局には事前に情報が入っていたようです。宇佐美も自分からカメラに近づいたって感じでしたよ」

 篠原がうなずく。

「またリークですか……気をつけていたはずなのにね」

 高山がモニターに近づく。

「そうは言っても、小遣い稼ぎの誘惑に負ける下っ端はいますからね。マスコミも小遣い以上の金を注ぎ込んでいるのかもしれません。宇佐美も、ここで一気に名を上げるチャンスだと見たんでしょう」

「単なる売名、でしょうか……?」

 宇佐美はカメラを塞ごうとする警官を押し退けた。周辺に散らばっていたマスコミが集まり、あっという間に警官ごと取り囲む。

 口調が熱を帯びる。

『――しかし、事件の本質はそこじゃありません。確かに狂信者がいかがわしい儀式に子供たちの命を供していたことは確かめられました。ですが、その子供たちの素性はまだ分からないと聞きました。それも、少なくとも4人です。一体誰が、どこからそのような子供たちを連れてきたんでしょうか? 誰ならそんなことができるのでしょうか? 誰が、なんの目的で、そのような禍々しい儀式を望むのでしょうか?』

 アナウンサーが宇佐美に気圧されるようにつぶやく。

『宇佐美さんはどうお考えなのでしょうか……?』

 宇佐美は警官と揉み合いながら叫ぶ。

『犠牲になった子供たちの供給ルートには、以前から目星をつけていました。海外では子供の誘拐は珍しいことではありません。身代金を取ったり、そのまま売り払ったりという事件は、報道さえされないほどありふれています。ですが日本は別です。いいえ、別でした。児童虐待やネグレクトは確実に広がっています。不審な死を遂げる子供も社会の目からは隠されています。そこには、密かに児童を売買するルートも存在するのです。日本には、戸籍を持たない児童が1万人以上いると言われています。原因は離婚や不倫、貧困、暴力、DVなど様々ですが、出生児に届出がない子供がそれだけいるのです。そしてその子供たちは、密かに姿を消しても誰からも気付かれない。私はそう言った子供たちの取材を通じて今回の事件に関わりを持ってしまったのです――』

 警官たちは宇佐美の腕を掴んでマスコミから引き離そうとしているが、カメラを気にして強硬手段には出られずにいた。

 高山があざけるように吐き捨てる。

「ほら、売り込みに使う気ですよ……これでスクープ記者へ復活、ってことでしょう。ま、宇佐美のようなハイエナがタダで起きるはずもないですから」

 だが、誰一人予測できなかった爆弾が投じられた。

『――まだ取材途中でしたが、子供たちの調達ルートを握っているのは、広域暴力団の1つです。彼らは未成年女子を含めた売春の地下組織を管理していて、そこで妊娠出産した子供を売買しています。また、麻薬漬けにした親から育児放棄された子供たちを買い取ってもいるようです。そういった子供たちを大量に求めている顧客の1つが、今回事件を起こした教団なのです。教団を潰したからといって児童売買が消えるわけではありません。正義を貫くには、このルートを壊滅させなければならないのです』

 高山が目を見開いてうめく。

「おいおい……そんな話、聞いてねえぞ……聴取でも喋ってないはずだ……」

 篠原も言った。

「僕も知りません。話していれば、とっくに帳場が動いているはずです。宇佐美さん、何を考えているんでしょうね」

 アナウンサーが横から何かのメモを受け取る。それを読んで、恐る恐る尋ねた。

『その広域暴力団……この場で明かすことはできないでしょうか……?』

 宇佐美はそれを待ち構えていたかのように、かすかに笑った。

『私が周辺を取材していたのは、大山組系の東亜曙会(とうああけぼのかい)です。手足になって動いているのはその傘下ともいえる半グレグループのようですが、明らかに東亜曙会の管理のもとにあります。それらの情報はほぼまとまっていますので、出版などを希望する者がありましたら是非お声がけをお願いします』

 それが東亜曙会の解体を決定づけた号砲だった。

 高山がつぶやく。

「ちくしょう……この爆弾発言のために、証言を渋っていたのかよ……」

 藤巻が病室の隅に走ってスマホを出した。相手はすぐに出たようだ。

「すぐに宇佐美に連絡を取るように! ――提示価格? 他社に負けないだけ出せばいいことだ!」


     ✳︎


 2日後、病室を訪れた小宮山管理官は疲れ果てた表情をしていた。

「篠原君、君たちの調査は本当に役に立った……」

「なのに浮かない表情ですね」

「まずは、礼を言わせてくれ」そしてシナバーを見る。「君の助言で日本刀の解析を行なった」

 病室を拠点にしていた4人は今だに外出を許可されていなかった。

 シナバーがうなずく。

「お役に立てて何より」

「あれはレプリカだったが、コピー元が東亜曙会の所有として登録されていた。それを証拠に令状をとって組事務所にガサをかけたが、組長の机の後ろには本物が飾ってあった。通常はレプリカを飾って、本物を金庫にしまっていたそうだ。いつの間にか誰かが入れ替えたらしい。組長自身も気づかなかったという。そこで、盗難事案が成立した。組関係の建造物を徹底的に洗った。主要な組員は捕らえたし、児童を監禁していた施設も発見した。そこにいた関係者らしい人物も数人、確保している。救出した児童は5人だ。関連の産廃業者の施設で尾上を拐った車も発見した。大量の血痕が見つかったよ。それでこんなに時間がかかってしまったのだ」

 篠原は驚きを見せた。

「それは聞きましたが、たった2日ですよ? どれだけ捜査員を集中したんですか?」

「なにしろマスコミはこの話題で持ちきりだ。手を抜けばこっちが餌食にされる。上層部がムキになるのは当然だろう?」

 シナバーが言った。

「で、いつになったら病室から出してもらえるの?」

 小宮山が病室に軟禁されていた4人を見渡す。

「すぐに出られるが、もうしばらくは警視庁で手伝ってほしい」

「あたしも、ですか?」

「すまないね。でも、科捜研の連中が君に会いたがっているんだ。職場見学……ということでどうかな? 警察最先端の機器も、あれこれお見せできるので」

 シナバーの目が輝く。

「あ、それ、ちょっと面白いかも……。でもなんで、あたしなんかに?」

「ヘッドハンティングが50パーセント、情報保全が30パーセント、君をマスコミから守るというのが残りだ。記者関係から君の情報も漏れているようで、病院から無防備に出て行ったら喰い散らされるだけだ」

「それはヤだな。じゃ、もうしばらくお付き合いします。ただし、就職は考えていませんから」

 と、不意に篠原がつぶやく。

「シナバーさんの個人データの蓄積、本当に役に立ちましたよね。個人であそこまで収集できるなんて、誇っていいと思います。随分と高度なテクニックを使って集めたのでしょうね。……今後使用できないというのは、とても残念です」

 シナバーが神妙な表情の篠原を見つめた。

「え? 使っても構わないって……」

「本事案の捜査に限って、の話です。事件終結後は、その限りにあらず……。お手持ちの情報の範囲によりますが、法に触れる可能性もありますよ。ハッキングスキルとかを駆使していたのなら、なおさら」

「ひどい! あんなに頑張ったのに!」

 しかし篠原は、明らかに笑いを堪えていた。

「まあ、シナバーさんが警察への協力を約束してくださる限りは、問題にはならないでしょう。警察はお役所ですが、事件解決に協力してくださる市民に便宜を図ることはやぶさかではありませんので。恒久的に力を貸してくださるのなら、猶予も恒久的になるでしょう」

「篠原さんまで⁉ あたしにお役人になれっって⁉」

「外部スタッフという立場なら、今までと変わらないではありませんか?」

「ありゃ……なんか、はめられちゃった感じ?」

「人聞きが悪い。新たな人生へのお誘い、です」

 笑い合う2人に、小宮山が加わる。

「結論は急がんよ。とにかく、一度見学に来てくれればいい。〝個人データ〟とやらの扱いは、それからゆっくり話そうじゃないか」

 シナバーは呆れたように肩をすくめた。

 藤巻が小宮山に言った。

「私も同行するのでしょう?」

「そう願いたい」

「代償はお考えですか?」

「貴社にはすでに相当便宜を図っているが?」

 東亜曙会へのガサ入れ情報は、藤巻には数10分早く知らされていたのだ。そのため、他社に先駆けて記者を送り込むことが可能になっていた。

「それはそれ、これはこれ、です」

 小宮山が苦笑する。

「これから本庁内で見聞きすることも、ある程度記事にして構わない。ただし、事前に原稿はチェックさせてもらうよ」

「商談成立です」

 篠原が鋭い視線を向ける。

「で、わざわざご自身でいらっしゃった理由はなんですか? 席を開けていられるほど暇ではないでしょう?」

「君には敵わんな……聴取に行き詰まっている。事情に精通した君がなんとかしてくれ。榊美幸が何も話そうとしない」

 榊美幸――その女は、尾上紗栄子の〝ドッペルゲンガー〟だった。

 埼玉の山間部にある教団本部は、老人ホーム急襲と同時に埼玉県警の捜査を受けた。だが、そこはすでにもぬけの殻だった。教団の信者のリストや活動の痕跡も消し去られていた。

 だが、教団へ向かう途中のNシステムで、ドッペルの顔が確認された。そこから車のナンバーが割れ、逃亡を準備していた榊美幸が逮捕されたのだった。

 一方で、東亜曙会の施設では子供と共に〝管理者〟が捕らえられていた。老人と30歳ほどの女だ。

 榊たちから証言を引き出すべく、捜査本部は全力を挙げていた。だが、今のところ成果は上がっていないようだ。

「なぜ僕にそのような大役を任せるんですか?」

「上は、早く事件の概要を固めろとうるさい。マスコミ対策の矢面に立たされるのだから仕方ないがね。だが、一卵性双生児の件や尾上の死体が出ないことなど、まだ分からないことばかりだ。マスコミ連中はそんなところに限って喰いついてくる。警察の無能ぶりを暴いてやるという使命感に燃えているようだ。急ぐんだよ」

「聴取の手練れは揃っているのではないですか?」

「時間さえかけられれば、な。だが腕に覚えがある連中は、全員スロースターターだ。詰将棋のような取り調べが信条なのでね。で、揃って討ち死にした。尾上の偽物は一切何も話そうとしない」そして諦めたように付け足す。「君は何か掴んでいるのだろう?」

 篠原がしばらく考えてから、うなずく。

「了解しました。ただし、条件がいくつかあります」

「君ならそう言ってくるだろうと、恐れていたが……。あまり無茶な要求は勘弁してほしい」

「まずは一切の記録を残さないように」

「いきなりそれか……」

「最も重要な点です」

「規定に反するが? 弁護士もうるさい」

「分かっています。ですが、口を開かせたいのでしょう? その条件を提示できれば、きっと真実を探り出せます。でなければ、何も話さないかもしれません」

「ということは、何かしらの感触を持っていると考えていいのか?」

「温めている仮説は何通りかあります。実際に話ができれば、絞れると考えています」

「なんとかしよう。ただし、全てが解明された後に、当然だが調書は起こす。調書の内容は君が決めるように」

「了解しました。それから、数人の関係者に待機してもらってください。マジックミラー越しに取り調べを見せたいのです」

「関係者? 具体的には?」

「宇佐美さんと、死体遺棄を実行した老人。それと、子供たちの面倒を見ていたという女性がいましたよね?」

「2人は今も本庁で聴取を続けているが?」

「やはり何も話しませんか?」

「話さないというより、話すことがないようだ。単に小間使いとして使われていただけだろう」

「しかし、老人は死体遺棄の実行犯なのでしょう?」

「下っ端の組員から子供の移送や死体の処分を手伝えと命じられていただけだ、としか言わない。いわば榊の補佐で、力仕事を押し付けられただけだろう」

「死体遺棄は認めたのですよね?」

「あっさりと白状した」

「まだ名前も言わないのに?」

「担当者によると、誰かを守っているような感触だという。それが家族なのか友人なのか……迷惑をかけたくないのだろう」

「女の方も、ですか?」

「同様だな」

「それも疑問の1つなんです……。女も、子供の移送には常に付き添っていたのですよね?」

「それは認めた。儀式が始まるまで、おとなしくさせておくためだそうだ。子供たちの面倒を見ていたベビーシッターのようなものだと判断している」

「本当にそれだけなのでしょうか……」

「何が気になる?」

「2人とも口が硬いので、曙会から汚れ仕事を任せられていたのでしょう。名前すら言わないのだから、それは間違いありません。なのに、監禁や死体遺棄はあっさり認めたんですか? しかも、他の関係者はいち早く逃げ出しています。逃亡を図る余裕はあったわけです。まるで捕まるのを待っていたようではありませんか」

「曙会に脅されて協力はしていたが、後悔はしているようだからな。榊はともかく、他の2人は帳場ではさほど重要視はしていない。というより、圧倒的に手が足りない。逃げた組員や教団幹部を追うので手一杯なのだ」

「僕には、教団と曙会を直接結ぶ重要な役目だと思えます。2人とも、子供の監禁場所と儀式の双方に関係を持っています。榊とも繋がりが深いように思えます。彼らにも取り調べを見させてください」

「女も関係があるのか?」

「おそらく」

「それも直感かね?」

「というより、パズルの重要なピースだと思います。これまでの事実から、そう考えざるを得ません」

 小宮山が念を押す。

「絵柄が見えているのかね?」

「それを確認するためにも必要です」

「私も加わっていいか?」

「もちろんです。じっくりと監視してください」

「監視ね……君が何を企んでいるかは分からないが、間違ったことはしないと確信しているよ」

「では、作戦を練りましょうか。改めて最新の捜査資料一式を用意してください。まずは、老人と女に僕が話を聞いてみます。榊美幸からの証言を引き出す〝鍵〟が得られそうな気がするんです」

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