11・急襲

 マスコミの炎上は凄まじかった。

 そもそも、児童連続殺人報道を抑え続けていたテレビ局のストレスは臨界点を迎えていたのだ。低迷する視聴率を高めるための〝イベント〟は常に不足している。今やテレビは、購買意欲が枯れた老人たちの時間潰しのツールでしかない。CMの減少に悲鳴を上げる上層部から尻を叩かれるディレクターたちは、いつ他局が規制を破るかに胃を痛めていた。

 そこに尾上紗栄子の刺殺事件が投下された。

 尾上はすでに児童連続殺人の重要参考人として名前が上がっていた。記者の間では、同業の宇佐美が拉致されたことも知れ渡っている。宇佐美が尾上の身辺を嗅ぎ回っていたという〝噂〟が報道関係者の間に広まったことで、それらすべての事件が結びついた。

 最初は、5分間のニュースに白昼の刺殺事件が入り込んだだけだった。だがいったんタガが外れると、規制は無意味になった。

 1時間もしないうちに、報道番組やバラエティーショーの話題は〝不可解な事件の連鎖〟で持ちきりになった。さらに誰かが尾上が一卵性双生児であることや〝テレパシー〟の可能性を嗅ぎつけると、猟奇殺人とオカルトが絡み合って手がつけられない狂騒状態が膨れ上がってしまったのだ。

『ドッペルゲンガー殺人事件』というネーミングが、アニメファンを中心に自然発生した。ネット上に飛び交う話題も、流言飛語やフェイク画像も相まって再現なく拡大していくかに思えた――。

 捜査本部も、記者会見で正しい情報を伝える以外の選択肢は奪われた。


     ✳︎


 翌日早朝、密かに病室に現れた小宮山管理官は言った。

「篠原の疑い深さが杞憂ではなくなってしまったな。末端まで記者どもに付きまとわれて、捜査どころじゃなくなってきてる。参ったぞ……」

 篠原はうなずいた。

「そうなるだろうと心配していました。連続殺人に白昼の拉致や刺殺、さらにはオカルトまで絡んできたらマスコミが見逃すはずがありません。小宮山さんは尾行されませんでしたか?」

「これでも現場に出た経験はある。連中に見つかるようなヘマはしない。そのためにこんんな朝っぱらから1人で来たんだしな。何か分かったことはあるか?」

 データの精査は大幅に進んでいたが、内容はあえて帳場には報告していなかった。マスコミへのリークを心配した結果だ。

 それは小宮山も了解していた。

「かなりの情報が掘り起こせました。ここは誰からも監視されていないので、集中して取り組めますので」

「たったこれだけの人数でか?」

「少数精鋭、ですから。……まあ、たまたま集まっただけではありますが」

 小宮山が言った。

「お前が、能力のある人間を惹きつけるんだよ。期待を裏切らないヤツだ」

 高山が小宮山を見つめる。

「期待、って……わざとこの人に勝手をさせていたんですか⁉」

「悪いか?」

「だって、帳場じゃいつも篠原さんのやることに悪態をついていたのに……」

「演技だよ、演技」

「なんですか、それ⁉ だったら俺が反社の捜査を進言した時、どうして止めたんですか⁉」

「帳場には上の息がかかったゴマスリ連中がごまんと転がっている。なのにみんなの目の前で直訴だなんてな……止めるしかなかろうが。何年現場で飯を食ってる? 私までこの跳ね上がりと心中しろっていう気か? 少しは頭を使いたまえ」

「上の都合なんて知りませんよ!」

「悟られたくなかったんだよ。だがまあ、ここだけの話にしておいてくれ。君が裏でこっそり動いてくれていたんで、助かった」

「知ってたんですか⁉」

「でなければ、管理官は務まらん。では、君たちを野に放った成果を見せてもらおうか」

 篠原たちは『すめらぎ正教会』を端緒にして、さらに多くの情報を収集していた。

 そればかりでなく、藤巻の指示で動かされたフリーランスの記者たちが、彼らの予測を〝足〟で補強していた。

 ジャーナリスト崩れの彼らは、いわば藤巻の〝私兵〟であり、大手メディアのコミュニティから弾かれた一匹狼ばかりだった。中には興信所の〝探偵〟として生計を立てている者も多く、隠密調査も苦にしない。それでも魂は〝記者〟であり、安直なマスコミの風潮に烏合しない頑固者揃いだ。それを見込んだ藤巻は彼らを長い間援助し続け、スクープをもぎ取るための〝尖兵〟としてきたのだ。

 藤巻は有能な配下の中から、情報を漏らす危険はないと確信できるメンバーを選び出した。彼らは自分たちに与えられた〝任務〟の意味、そしてその破壊力を理解する知識と知性も備えている。

 教団の公開情報は極めて少なく、彼らの活躍がなければ全体像は明らかにできなかったかもしれない。

 全ての情報を統合した結果、すめらぎ正教会はここ数年活動を休止しているとの結論が出た。なのに宗教法人として登録された資産は少なくないし、毎年確実に増加している。かなりの額の寄付金が恒常的に流入しているとしか考えられなかった。

 あえて信者の数を増やさずに宗教法人の形を維持する――つまり非合法活動の隠れ蓑にしているという推論が強化された。

〝裏の司祭〟の過去を考えれば、ロシア系の諜報活動に加担している可能性も高い。独裁国家との関連まで広げれば、北朝鮮や中国との関わりすら疑われる。白昼の刺殺事件の手際から見れば、実力部隊を有するテロ集団が関わっているとも考えられる。

 しかも法人には、研修所として伊東沖の小島が登録されていた。個人所有のその島をグーグルアースで検索すると、確かに数10人の宿泊が可能らしい研修所があった。さらに周囲の地形を精査すると、宇佐美のカメラから取り出した画像と矛盾なく一致した。

 篠原らの解析は、科捜研のそれの一歩先を行っていた。

 小宮山はその分析結果を帳場に持ち帰り、緊急に令状を取ってSATの小規模部隊突入の手配を終えた。SATを用いることは、意外にもすんなりと了承されたという。すでに何人もの死者を出している案件である上に、マスコミの注目が集まってしまったことが警察上層部を焦らせていたのだ。

 ただし島への突入計画は極めて少数の関係者にしか知らされていないという。

 およそ3時間後、小宮山は再び病室を訪れて計画の概要を説明した。

「島へは夜間に上陸する。ドローンで偵察した結果、武装集団の潜伏の可能性も排除できないと分かった。実践訓練に使用した痕跡も伺われた。単なるサバゲーの施設なのかもしれないし、そう偽装しているのかもしれない。上陸しないと正確には何が出てくるのか見当がつかないが、SATならどんな事態にも対処できるはずだ」

 篠原は言った。

「埼玉の教団本部へも突入するのですか?」

「そちらは県警が厳重に監視している。だが、今は無人のようだ。一切の動きが見られないという。まずは島の様子を確認してから対処を決めることになる」

「分かりました」

「突入隊のウェラブルカメラ映像を、ここでもライブで見られるように手配した。突入10分前に大型モニターを持ち込む」

 篠原はうなずいた。

「ここもマスコミに見張られているのですか?」

「対策は怠れない。彼らはお前を探し出すのに必死だ。不審な人物は近づけないように警備を強化したが、わざわざ突入が近いと教えてやる必要もないだろう?」

「教団も予想外に大きな武力を持っていそうですしね。マスコミも情報集めにシノギを削っているのでしょう」

「充分な準備を整えられたのは、科捜研の解析を補強してくれた君たちのおかげだ。それにしても、これほど大掛かりな作戦があっさり認められたことには驚いた。リークを恐れてガサ入れは上層部に直接提案したんだが、みんなビビりまくっていた。いままでのお偉方だったら、責任を押し付けあってなかなか前に進まなかったのにな」

「マスコミの炎上がプレッシャーになっているんでしょう。ここでためらって突入が遅れれば、痛くもない腹を探られかねませんから」

「だが、不安がないわけではない。この島で儀式が行われていたなら、なぜ犠牲者の遺体を都内まで運んで遺棄したのか……。密かに処分したいのなら、海に捨てれば済むことだ。あえて遺体を人目にさらす危険を冒したことに、納得できる説明が見つからない」

「その点は、僕らも調べ続けています。まだ答えは見えてきませんが……」

「謎を解明するためにも突入が必要だ――とは説明しておいたのだがな……。あとは、相応の成果が挙げられることを願うだけだ」

「何も出なかったら、管理官の首が危ないですからね」

「私より先に、君が餌食になるだろう?」

「はい? 僕は警察病院で薬物の後遺症に苦しんでいるだけなんですが?」

 小宮山は苦笑するばかりだった。

 と、シナバーが恐る恐る言った。

「突入隊の映像とか……そんな情報、あたしが見てもいいんですか……」

 小宮山がうなずく。

「君をこの病室から出すわけにはいかないからね。マスコミをどこまで排除できるか分からないが、わざわざ餌を与えてやるつもりはないよ」

「餌……? あたしが?」

「この件に関わった以上、外に出たらカメラとマイクに取り囲まれる覚悟が必要だよ」

「それ、絶対にイヤですね……。とは言ったって、ライブ映像とかは捜査機密なのでは?」

「見たくないのかい?」

「そりゃあ、見られれば嬉しいけど……」

「実は、君のことも調べた。科警研の誘いをその場で断ったそうだね。まだ席は開けて待っているそうだが?」

「え、そこまで⁉」

「ヘッドハンティングのための代償……まあ、一種の賄賂かな。そう思ってくれると助かるんだが」

「いやぁ……お役所勤めは、ちょっとぉ……」

「そういう人材こそ必要なのだよ。融通が効かないお役所も、世界の濁流に揉みくちゃにされている。役人も変わるしかないんだ。私たちが変えてみせる。君たちが活躍できる体制を作るまで、今しばらく待っていてほしい。変化に対応できなければ、日本は未来を失うかもしれない。これからは、君たちのように実力のある人間でなければ我が国の治安を支えられない」

 藤巻が肩をすくめる。

「私もここから出られないのですよね」

「もちろんだ。だがあなたにも代償は用意した。ここで見たことの詳細は、後日公開しても構わないとの了解を取った。ただし、事前に内容は精査させていただく。機密や警察に不利な情報の流出は避けていただきたいのでね」

 藤巻はおかしそうに言った。

「〝権力の犬〟になれ、と?」

「懐かしいフレーズだね。新聞も死語を繰り返すばかりでは衰退するしかない。国民への脅威を正しく評価して、その対処法までを真摯に提案する。偏向のない情報を提供して世論を活性化していくことこそ、これからのメディアの使命だ。それができるなら、国民の支持も広がるはずだ。変わらなければならないのは、君たちも同様だと思うが?」

「では、そのようにさせていただきましょうか。乗りかかった船です。最後までお付き合いしますよ」


     ✳︎


 島への捜査は深夜に開始された。

 数台のドローンを投入して行った暗視カメラの調査では、島内に人影は発見できなかった。船着場に船の姿はなく、中央の高台に建設されたコンクリート2階建ての研修所も無人のようだった。

 窓は全て鎧戸が閉じられ、まるで大型台風への備えを終えた直後のようにも見える。

 突入を妨害するような障害物は見当たらない。それどころか、建物の内部を走査する赤外線センサーも反応しない。生物の気配は全く感じられなかった。

 サバイバルゲームのフィールドのように整備された一角からも、危険物は発見されない。研修所前には小学校の校庭程度の広場があるが、そこにもテロを想起させるような危険物は見当たらなかった。通信電波のセンサーにも明確な反応は現れなかった。

 まるで、島全体が打ち捨てられてしまったかのようだった。

 事前に行われた公安警察による伊東市周辺の聞き込みでも、最近は信者たちの行き来が極端に減少していることが確認されている。宗教施設としての利用はすでに中断され、上陸の際には少人数で目立たぬように行っているとしか考えられなかった。

 突入直前、大型モニターと共に、分厚い封筒に入れられた資料が病室に届けられた。それは尾上紗栄子の調査報告だった。

 襲われる以前から継続されていたものだ。

 上層部は、尾上の死によって調査を中断させようとしていたという。それを知った篠原は、尾上を追求し続ければ事件解決に別の視点がもたらされるかもしれないと小宮山管理官に直訴した。

 結果、体制は縮小したものの、尾上の過去を洗う作業は続けられていたのだ。

 その結果が一通りまとまって、最新の情報が送られてきたのだった。

 封筒に気づいた藤巻が言った。

「その書類はなんですか?」

「尾上紗栄子さんの身辺調査報告の最新版です」

 藤巻が怪訝な表情を見せる。

「今さら……ですか?」

「本人は死亡しているとしても、事件との関連を持っている可能性は否定できません。少なくとも児童連続死体遺棄に関して真っ先に登場した関係者なんです。単に無関係な双子だったとしても、ドッペルにとっては危険を冒してでも殺さなければならない存在でした。無視はできません。……とはいえ、管理官を説得するのには骨が折れました。ご自身の進退を決定する上層部に意見具申していただいたんですからね」

「捜査本部も反対したんじゃありませんか? 手が足りないと、みんなぼやいているそうですから」

「そんな情報、入りましたか?」

「まあ、聞き耳は立てていますから」

「リソースは限られていますから、余分な仕事は増やしたくないでしょうね。しかし管理官は納得してくれました。捜査方針は管理官の指示の下にあります」

「お偉方の判断でこうと決まれば、所轄も逆らえないでしょうしね。その情報……私にも見せていただけますか?」

「マスコミさんなら、当然興味がおありでしょうけど……まずは僕が見てからにしてください。無意味な情報の羅列なら、時間の無駄になりますから」

「有益な情報を隠すようなことは、ご勘弁を」

「情報の価値は時間と共に変わります。捜査上は無価値になっても報道関係者には有益だというタイミングは、僕が見計らいます」

「是非、適正な判断をお願いします」

 高山とシナバーは、セッティングされた大型モニターから目を離せないでいる。

 篠原は彼らから離れて、ベッドに座って封筒を開けた。そして、一字一句を見逃すまいとでもするように、注意深く内容を精査していった。

 SATの上陸は夜明け前に決行された。

 高山が言った。

「篠原さん、突入です」

 篠原は資料から顔も上げないでつぶやく。

「了解しました」

 高山は無反応な篠原を無視して、再びモニターを見た。

 藤巻の視線もモニターに移る。

 突入部隊の姿は、上空のドローンから中継されていた。

 画面は9分割されている。その中の3つにはドローン映像が映し出されている。他は隊員が身につけたボディカメラの暗視映像で、それぞれにナンバーが表示されている。ドローンの1つは6名の隊員を乗せて島に近づく軍事用ゴムボートを映していた。

 隊員4名のカメラは、前に座る仲間の背中をとらえている。全員、波と共に揺れていた。

 シナバーがつぶやく。

「ハリウッド映画みたい……。こんなの見られるなら、警察もいいかな……」

 他の男たちは、息を殺して画面を注視していた。

 海岸を映すドローンの映像に変化が現れた。

 船着場の反対側の砂浜に乗り上げたゴムボートから、6人の隊員が上陸する。全身黒づくめ彼らは、対テロリスト用の市街戦装備を身につけていた。その中には短機関銃も含まれるようだった。

 研修所に向かう隊員たちの背中がモニターに写る。先頭の映像は、まばらな林だ。短機関銃を構えながら進む彼らを、ドローンが俯瞰していた。小島の中央の研修所には数分で到達し、妨害は一切なかった。

 研修所に到達した隊は無言のまま2人1組で散り、各種のセンサーで建物内部を精査した。口元のマイクを使って小声で状況を共有ながら、罠や待ち伏せがないかを確認していく。1組が最も警備が手薄そうな裏口を選択し、解錠する。

 内部からの反応はなかった。そこから順に室内に侵入していく。

 各部屋の安全を確認しながら散開し、それぞれにあらかじめ決められた経路を辿って中央の集会室へ進んでいく。

 やはり、妨害はなかった。教団信者は1人も発見できない。

 集会室に集結した隊員は、そこで設計図には存在しない地下室への階段を発見した。隊長の素早い決断で体制が組み直され、3名が地下室に降りていく。その先の通路には、地下牢とも呼べそうな扉が連なっていた。

 順に開けていくが、やはり誰もいない。

 だが、最後の扉でSATが発見したのは、縛られて粗末なベッドに転がされている宇佐美だった。

 猿ぐつわをされた宇佐美は隊員を見ると、必死の形相でドアの脇を示した。

 それに気づいた突入隊員が、ドアの裏側を確かめた。そこには、小さな赤ランプが点滅する弁当箱ほどの大きさの箱があった。

 隊員が叫ぶ。

『爆発物! 処理を!』

 背後に控えていた爆発物処理班員が、部屋に飛び込んだ。バックパックから液体窒素のボンベを取り出す。

 通常の爆発物は、マイナス195度の液体窒素で急速冷凍されると電池が発電能力を失う。電子部品類のシリコンも電気信号を通さなくなり、機械的な部品も凍結して動きが止まるのだ。

 処理班員が液体窒素を筐体の隙間に噴射しながら言った。

『脱出を! たぶん、時間差で起爆信号を出す装置です。建物の中にどれだけ爆薬が仕掛けてあるか分からない。対冷却装置があったら、数秒で爆発です』

 隊員が素早く敬礼する。

『任せた!』

 そして宇佐美の足と腕を縛った樹脂製結束バンドを切り、脇を抱えてドアに向かって走り出す。階段を駆け登りながら建物内に散った隊員に指示を送る。

『爆発物あり! 緊急脱出!』

 モニター内の画像が一斉に大きく揺れる。それぞれが脱出シークエンスに移行している。

 起爆装置の凍結を終えた処理班員も動き出す。

『対冷却システムはなし! 数分間は爆発しません!』

 そして全員が建物から飛び出した時、爆発が起こった。

 全ての窓が一斉に明るくなって、鎧戸が四方に吹き飛ばされる。直後に轟音と衝撃が周囲を襲ったようだった。

 ドローン映像が不意に消え、隊員たちのボディカメラ映像も大きく揺らぎ、ノイズに覆われる――。

 数10秒後、映像が回復すると、隊員たちが映し出したのは窓から激しく炎を噴き出す建物の姿だった。

 藤巻が呆然とつぶやく。

「すごいもの見ちゃいました……迫真の記事、書けます……」

 息を詰めていたシナバーがうめいた。

「ハリウッド超えたじゃん……」

 だが高山は悔しそうだ。

「こんな爆発じゃ証拠も残らんぞ……」

 それでもSAT隊員に人的被害はなかったようだ。

 隊長が指揮所に連絡し、応援を要請する。

『至急、消火班を寄越してください。宇佐美氏の収容もお願いします』

 破壊されたとはいえ、建物から何かしらの証拠を探し出すには早急な消火が必要なのだ。それまでは、現場を離れるわけにはいかない。

 だが、篠原だけは冷静さを保っていた。

「SATが無事そうで何よりです。しかし、爆発が派手すぎませんか? なぜここまでするんでしょうか?」

 高山は篠原を見つめた。

「証拠隠滅のためではない、と?」

「それも目的の1つでしょう。ですが、それだけなら無駄が多すぎます。あの規模の爆発なら、爆薬にも仕掛けにもかなりの資金と技術が必要になります。宇佐美氏を殺したいならもっと簡単な方法がいくらでもあるし、わざわざSATを巻き込む危険を犯す必要はないはずです。SATにまで死人が出たら、テロリズム認定は不可避です。犯罪の性質が変わってしまいます。捜査体制も処罰も桁違いに跳ね上がって、日本国全体を敵に回すことになるでしょう。損得勘定が合わないと思いますよ」

「建物を破壊しないと消せない証拠が残っていた……とか?」

「それでも、理知的な犯罪者の思考様式には合致しません。これまでもそうですが……あえて派手に振る舞って注目を集めたがっているとしか考えられません」

「はあ? 犯罪者は逃げ隠れするものでしょう?」

「ですよね。だからこそ、やってることが不自然なんです。こんなことをして、教団にはどんな利益があるんでしょうか……」

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