第2章・管理官補佐

8・隠密捜査

 意識を取り戻した篠原は、真っ白で眩しい視界に目を細めた。白い天井だ。病室に収容されていることに気づいた。

 ベッドの横に立っていた白衣の医師が篠原の目蓋を開き、ペンライトを近づける。

 篠原は反射的に顔を背けた。

 医師はライトを胸ポケットに刺して言った。

「反応が正常に近づきましたね。もう少ししたら、精密検査をしましょう」

 篠原がつぶやく。

「何が……あったんですか……?」

「少量の麻酔薬を打たれたようです。おそらくケタミンでしょう。致死量には届きませんが、即座に意識が遠のく程度だったようです」

 篠原が気づいて上体を起こそうとする。

「尾上さんは⁉」

 医師は穏やかに篠原の肩を押さえた。篠原を寝かせるのに、力は要らなかった。

「今、高山さんを呼んできます」

 医師が部屋を出ていく。

 篠原は天井を見つめたまま、長いため息をもらす。

 思わずつぶやいた。

「直感……外れたかな……」

 窓の外は、すでに暗くなっている。

 高山はすぐにやってきた。おそらく、廊下で待機していたのだろう。

「篠原さん……なんてバカやらかしてくれたんですか」

「尾上さんは⁉」

 高山の返事は重い。

「死にました」

 篠原は硬く目をつぶった。

「やらかしちゃい……ましたね……」

「おそらく……いや、ほぼ確実に、ですが」

 篠原が反射的に跳ね起きる。

「ほぼって、なんですか⁉」

「あなたがそれだけ元気がいいことが幸いです。見たもの、覚えていますか?」

「だから尾上さんは⁉」

「覚えてますか⁉」

 篠原が呼吸を整える。体には痛みや異常は感じなかった。

 わずかに考える。

「振り返りざまに注射を打たれたようです。急激に意識が遠のいて……多くは見ていません。注射を打った男が尾上さんをナイフで襲い、車が来て連れ去った……ただ、それも視界がぼんやりとしていましたので、細部は定かではありません……」

「我々の捜査でも同様です。数人ですが、目撃者はいましたのでね。車が去った後に大量の血痕が残っていました。尋常ではない量です」

 篠原の頭が働き始める。

「具体的な量、分かりますか?」

「鑑識の見立てでは1リットル近く。衣服に吸収される分も考えれば、倍ぐらいになるだろうと。短時間にそれだけ出血したわけですから、心臓を大きく損壊したんでしょう。DNAも尾上さんと一致しました。出血性ショックは避けられないでしょう……殺された、としか考えようがない」

 篠原はベッドに座ったままがっくりと首をうなだれた。

「僕が……付いていながら……」

 高山は丸椅子を置いて、ベッドサイドに座った。

「それ……懲戒の対象でしょうね。病室を出たら、即、査問です。気づいているかもしれませんが、俺はそれまで張り付いているように小宮山さんから直接命じられました」

 篠原が重苦しいため息をもらす。

「もう自由には動けませんね……」

「動き回る気なんですか⁉ 目の前で重要参考人を殺されたんですよ!」

「もう1つ思い出しました」

「何を⁉」

「血まみれの尾上さんを車に連れ込んだ人物の中に、尾上さんがいました」

 高山がポカンと口を開く。その意味が理解されるまでに、わずかな時間を要した。

「あ! 双子の片割れ!」

「そうとしか考えられません」

「確かに見たんですか⁉」

「意識は朦朧としていましたが、同じ顔の人物が2人並んでいましたから……。見間違えではないはずです」

「ってことは、岸を拉致してからすぐにまた襲ってきたと?」

「車は変わっていました。岸さんをどこかに閉じ込めるかして、乗り換えたんでしょう。もしかしたら、岸さんも殺されているかも……」

「ですが、なぜ2度も立て続けに? 捕まる危険が増えるとは考えなかったんでしょうか?」

「最初の襲撃も主目的は尾上さんの拉致、あるいは殺害だったのではないでしょうか。だが、交通量が多いファミレスの前で殺すのは難しい。しかもいきなり岸さんが現れて、その場で計画を変更した――とかでしょう。最初の黒のワゴンは、きっとファミレス近くに乗り捨てられていると思います」

「調べさせます」

 高山は立ち上がって廊下に出ようとした。

 篠原が叫ぶ。

「待って! まだ報告はしないでください」

 ドアに手をかけたまま、高山が振り返る。

「なぜ⁉」

「内部情報が漏れているんです。宇佐美さんが僕の携帯番号を知っていたぐらいですから。少し、考える時間をください」

 高山が丸椅子に戻る。

「情報漏れ……?」

「僕たちが行く先々に捜査を妨害するような者たちが現れました。しかも、反社を探っていた宇佐美さんまでが拉致されました。おかしいでしょう?」

「確かに、普通じゃないですがね……」

「宇佐美さんの行方は分かりましたか?」

「いいえ、まだ。ですが、目撃者の記者が機転を効かせて写真を撮っていました。ナンバーは泥で消してありましたが、画像解析でなんとか抽出できました。三浦半島方面へ向かったことまでは確認できましたが……」

「その先は?」

「現在調査中です。コンビニのゴミ箱に捨てられていたスマホも回収されましたが、履歴は篠原さんへの警告が最後でした」

「そうですか……。しかし尾上さんまでが殺されてしまったとなると、内通者がいるとしか考えられません。僕たちの居場所を知っていた者は、警察内部にしかいないはずですから。しかも相手は、暴力をためらわない集団です。……僕のスマホも、GPSで追尾されていたんでしょう?」

 高山が気づく。

「確かに……。でも、帳場の中でも誰もが知っているわけじゃ――」そして息を呑む。「やはりリークは上層部からだ、と……?」

「ですから、しばらく時間が欲しいんです」

「気づいていたんですか⁉」

「遅きに失しましたが……ようやく確信が持てました」

「確信って……まさか尾上を餌にしたんですか⁉ 追尾されているとを知りながらわざと連れ回して⁉」

「捜査上、必要なことでしたから。有益な情報も得られました。尾上さんが殺されたのは、僕の……僕だけの失態です」

「ですが、危険は感じていたんですよね……?」

「真実を明らかにするための代償です。小宮山さんが黙認してくれているという実感もありました。おそらく手詰まりで、僕の直感に期待していたんでしょう。結果は最悪ですが……」

 高山は恐る恐る言った。

「小宮山管理官は……シロ、なんですか?」

 篠原の答えは自信に満ちていた。

「僕は、絶対的な信頼を置いています。あの方にだけは、ね。たぶん向こうも、僕を信じいてくれています」

「あ、だから俺を監視役に付けて、あなたの自由にさせていたのか……」

「つまり、小宮山さんだけは〝安全〟なんです」

「じゃあ、管理官もキャリア仲間からのリークを疑っている……と?」

「僕の位置情報、他に誰が近づけましたか?」

「帳場のトップ数人だけ、ですよね……」

「なのに僕らは、ピンポイントで襲われました。リーク元は、セキュリティレベルが高い幹部クラスだという結論になるじゃないですか」

 高山はあからさまに嫌な顔をした。

「幹部から……? そんな泥沼なんかに引き込まれたくないな……」

「他の解釈も、できないことはありませんが……」

 高山はすがるように身を乗り出す。

「なんですか、それ!」

「尾上さんが殺される直前、『頭の中に誰かの話し声が聞こえた』と訴えたんです。ちょうど、もう1人の尾上さんが近づいていた時です。それがテレパシーのようなものなら、相手の位置まで感じ取れるのかもしれません」

「テレパシーって……それこそオカルトじゃないですか!」

「しかし一卵性双生児の間には、奇妙な共鳴現象が起きることもあるといいます。頭から否定はしないほうがいいでしょう。あくまでも可能性の1つに過ぎませんが」

「泥沼に沈みたくないなら、オカルト信者になれってか……」そして、考え込む。「ただ、理由はともかく、記者たちならそういうヨタ話には喜んで食いつくでしょうね……」

「もう報道されているんですか?」

「まだ大手は我慢していますが、出入りの記者たちはもう抑えられない状況です。宇佐美という同業者まで巻き込まれていますから、急に慌ただしくなりました。報道規制なんて、単なるお願いに過ぎませんしね……児童の連続死体に反社が関わっているとか、生き別れの双子が絡んで衆人環視のもとで殺されたとか……ワイドショーにはおあつらえ向きのネタじゃないですか。これ以上隠しようがないですよ」

「反社がらみの情報の方は集まっているんですか?」

「宇佐美が持っていたカメラの中から、怪しげな施設の画像が続々と出てきました」

「怪しげ、ですか?」

「海岸近くの山の中のようなんですが、観光地などではなさそうです。その中に妙に立派な別荘のようなものが写っていました。コンクリート作りの、小ぶりなホテルのような建物です。宇佐美はどうやら、近くに潜入して撮影したようですね」

「建物の内部は写っていましたか?」

「外観だけです。それがどこなのか、調査中です」

「多分、三浦半島周辺ですね。ああ……個人所有の島とかなのかもしれません。反社がらみとなると……それこそ悪魔信仰の存在も考慮しないと……」

 高山が怯えたようにつぶやく。

「なんでそっちに話を持っていくのかな……そんなの、誰も本気にしませんよ?」

「なぜですか?」

「嘘っぽいからです」

「嘘みたいな現実なんて、山ほど転がってるじゃありませんか。警官の目の前で人を殺すなんて、まさに嘘みたいです。エプスタインだって島に拠点を作っていたんですから、そんなものが日本にあっても不思議はありません。そもそも、発端だったお子さんのご遺体が異常だったでしょう? これだけ奇妙な事件が続いていることを、他にどう説明するんですか? 島、調べてくださいね。きっと、ここ数年の間に持ち主が変わったとかの変化がある場所が見つかると思いますから」

 と、ドア越しに言い合う怒鳴り声が聞こえた。

『ここに篠原さんがいるんでしょう⁉ 話を聞かせてくださいよ! 人が死んでるんですから!』

『大声はやめてください! 一般の患者さんもいますから!』

『あなたこそ報道の自由を犯さないで! それが警察のすることですか⁉』

『だからお静かに!』

 篠原が高山に問う。

「ここはどこの病院ですか?」

「警察病院です。記者が入り込んだようですね。やっぱり情報がダダ漏れだ……」

 外の声がさらに大きくなる。

『こっちは仲間を拉致られてんだよ! 報道規制だかなんだか知らないが、子供の死体だってゴロゴロ出てんだろう⁉』

『規制はただのお願いで――』

『だったら書くぞ! いいんだな! ネットの読者なら100万人はくだらないんだ。30分もあれば大炎上させられるんだぞ!』

『そんなこと、自分だけの判断では……』

 高山が困ったように篠原を見た。

 篠原がうなずく。

「騒がれちゃまずいですよね? 入れてあげてください」

 高山は何か言おうとしたが、諦めたように肩を落とす。振り返ってドアを開けた。

「君、どこの記者⁉」

「入れてくれたら話しますよ」

「そうはいかない」

「宇佐美の行方を知りたいんだ! まさか、あいつまで殺されちゃいないよな!」

 高山は観念したようにその男を病室に入れた。

 外の制服警官が戸口から首をのぞかせる。

「いいんですか⁉」

「管理官補佐様の判断だ。下賎の俺たちじゃ逆らえない」

「査問を控えているんじゃ……?」

 高山が声を落とす。

「失態が1つぐらい増えても気にしないお方なんだよ」

 そしてドアを閉めた。

 と、篠原に向かった記者の態度が、急に穏やかに変わる。

「騒ぎだてして申し訳ありませんでした。なんとしても篠原さんとお話がしたかったもので。藤巻と言います」

 そして深く頭を下げてから、大手新聞社の名刺を高山に差し出す。

 高山は『社会部デスク』という肩書きまでしっかり確認して、名刺を篠原に渡す。

「僕を知っているんですか?」

「有名人ですよ。場違いな天才が警察に紛れ込んできたって。しかもキャリアなのに破天荒で、庁内の〝政治〟とは無縁な立場を貫いているらしい、とね」

「噂には尾ヒレがつくものです」

「こうしてお近づきになれたのですから、それも確かめるつもりです。実力、見せていただきたんですけど」

「ですが僕、査問待ちで軟禁されているんですよ?」

「尾上さんの死の責任を追求されているんですか?」

「当然だと覚悟しています。独断専行の結果ですから。なので、僕からお話しできることはありませんし、お力になれることもありません」

 藤巻がベッドに近づき、声を落とす。

「それでも、帳場にたむろしているお歴々には預けられないものがありまして……」

 篠原の目が鋭さを増す。

「何か情報をお持ちなんですね?」

「拉致された宇佐美、大学の後輩なんです。実は怪しげな封筒を預けられていまして、『俺に何かあったら警察の信頼できる人物に渡してくれ』って……。ハリウッド映画みたいですが、『調べてくれ』って言わなかったところを見ると、相当ヤバイのかな、と……。ここ数ヶ月は、新興宗教だか反社だかを探っていると聞いていましたから」

「僕が預かっていいんですか?」

「少し中を見たんですが、ちょっと手に余りそうなんで……」

 篠原の表情が曇る。

「デスクでも触れられないものなんですか?」

「新聞社だからこそ、関われないような……。私個人の感触としては……最近、上層部がピリピリしていましてね」

「中身、どんなものでしたか?」

「いかがわしさ全開の宗教儀式……としか思えませんでした」

「エプスタイン風……ですか?」

「否定はできません」

「それは確かに、関わりたくないでしょうね……で、御社の変化もこの件と関係があると思いなんですね?」

「考えすぎであることを、篠原さんに証明していただきたいんです」

 篠原がいっそう声を落とす。

「上層部の変化というのは、確信がおありですか?」

「思い過ごしだと願っています。〝いかがわしい〟事件にトップが絡んでいたら、斜陽の新聞社など吹っ飛びかねませんから」

「最近、とはいつ頃から?」

「半年ほど前からで、宇佐美が『面白そうな案件を調べている』と言い出した頃ですかね。特に1ヶ月ほど前から顕著になってきました。急に、さほど緊急ではない案件を突っ込まれたりしてね。理由は不明ですが、この件は掘られたくないってことだけは確かでしょう」さらに声をひそめる。「しかも、子供の死体が出てから、あからさまに調査を妨害されています。宇佐美に関しても『たかがフリーランスなんだから、構うな』とはっきり命じられました」

「そのデータ、僕に預けていただけるんですね?」

 藤巻は突き刺さるような視線を向けた。

「ただしお渡しする前に、こちらからもお願いが……」

「対価ですか?」

「この一件に関する捜査情報は、他社より少しでも早めにいただきたいのですが」

 その間に高山は部屋の隅でスマホを使って、小声で藤巻の素性を確認していた。

 篠原が意味ありげに笑う。

「デスクなら、こっそり差配できる記者もお持ちですよね」

 藤巻の眉がピクリと動く。

「経営陣には知られずに――ということですか?」

「と、いうことです」

「社外スタッフも動かせます。お任せください」

 高山は篠原に小さくうなずいて見せた。藤巻の立場に間違いはないという合図だ。

 それを確認した篠原は、即座に決断した。

「ならば、捜査情報はできるだけオープンにしましょう。ただし当面は、この部屋の中でのみ――という条件をつけさせていただきます」

「私は外に出るな、と?」

「僕が許可した情報なら、社に伝達してもかまいません。その範囲での記事化も黙認しましょう。ただし、記者さんたちに勝手に動かれると捜査に支障がでかねませんから、内容の選択はこちらに任せてもらいます」

「事後に記事をまとめることは?」

「内部からの〝迫真の捜査レポート〟でしょうか?」

「軟禁されるのであれば、せめてその程度はお許しを」

「内容は僕が精査しますよ」

「了解です。で、封筒の中身は記録メディアでした。画像と音声データが大半で、文書がいくつか。私らでも触れるのをためらうような内容がぎっしり詰まっているようです」

「いただきましょう」

「もう1つお願いを。今のところは、我が社は無関係だということにしていただきたい」

「スクープ発掘の栄誉が欲しくないのですか?」

「フライングで社の命運を危険に晒しては元も子もありません。デスク程度では判断しかねる大物かもしれないのです。とはいえ、上に委ねればほぼ確実に握り潰されてしまう……」

「獰猛な獣を狩るのは警察の跳ね上がり者に任せて、美味しいところだけ食べたい――と?」

 藤巻は悪びれずに笑う。

「他社より半日早いという程度が、ちょうどいいバランスなのかな、と。私も会社員なもので」

「僕も公務員なんですけどね……」

「何を報道するかも、もう少し状況が見えてから決めさせてください」

 篠原には、藤巻が言わんとしていることがはっきりと理解できた。

「御社の上層部が隠蔽を望んでいるとなれば、マスコミ各社は全て同根だと考えざるを得ませんしね」

 藤巻は否定しなかった。

「なので私の関与は、表向きはここまでで。あくまでも、後輩の私的な頼み事を果たしたということにしておいてください。封は切っていないということで、よろしく」

「でも、なぜ僕に? 上層部と交渉して出世の足掛かりにもできそうですが?」

「欲をかく者は、欲に喰い尽くされます。正直言って、怖いんです。関わった者が始末されるような、そんな剣呑な匂いがビリビリ漂っています。……まあ、新聞記者の直感にすぎないんですけど」

「直感なら、やむを得ません。あからさまな殺人まで起きているんですから、丸腰の記者さんたちでは手に余るでしょう」

「ペンではナイフを防げないのが現実ですからね。だからといって、児童と尾上さんの殺人、そしていくつかの拉致騒ぎ――これらを報道しないわけにはいきません。むしろ、積極的に新聞の責務を果たしたい。なにやら不穏な連中が反社会的な活動を行なっていることは、報道価値がありますから」

「それらの背後に潜む根源には触れずに――ということですね。搦手から攻めるのは、賢い戦略です」

 藤巻はほっとしたように笑った。

「これが唯一選べる折衷案だったのです。あなたに目をつけて正解でした」

 そして、スーツの内ポケットから出した封筒を高山に渡す。

 受け取った高山は、困ったように篠原を見た。

「これ……どうしたもんでしょう?」

「まずは、僕が確認しましょう。中身を見られるラップトップを準備してください。まずは5台ほど欲しいですね」

 高山の表情に困惑が広がる。

「何をしようっていうんですか⁉ ここは病院だし、査問待ちなんですよ! 実質的な謹慎だって分かってるんですか⁉」

 篠原は不意に不快そうな表情を見せた。わざとらしく両手で顔を覆ってうつむき、 うめき声を漏らす。

「あ、何だろう……僕、急に……ものすごく気分が悪くなって……注射された薬剤の後遺症でしょうか……。うわぁ……これじゃ、当分病院を出られそうもないな……査問なんて、とてもじゃないけど耐えられません……」

 高山は呆れたように肩をすくめる。

「俺を相手に猿芝居は要らんでしょう。話だって聞いちゃったんですから。ここまで関わったら、もう足抜けできないし、どうせ査問は俺も一緒でしょう。うれしくもないですが、付き合いますよ。そもそも、篠原さんの見張りが役目なんだしね」

 篠原は顔を上げて笑った。

「数日間、自由に動けるようにして欲しいんです。あ、これはただの比喩です。僕は病院から一歩も出ないつもりですから、安心してください。この病室を事件解決の拠点にしましょう。高山さんには帳場の情報を取ってきてもらいます」

「だから、あなたから離れるなって厳しく命じられているんですって!」

「スマホがあるじゃないですか。ここから出なくたって、所轄の仲間や知り合いと連絡が取れるでしょう? 現場で何が進行しているのか、生の情報をかき集めてください」

「所轄ばっかり渡り歩いてた俺なら使いっ走りにちょうどいい、ってことですか」

「顔が広いことは、とても貴重な〝資産〟です。今それを生かさないで、どうするんですか」

「おちょくられてる、としか思えないんですけどね……」

「とんでもない。言葉通りに、重要な戦力だと確信していますよ」そして藤巻を見る。「あなたもここで協力していただけるのですよね?」

 藤巻がうなずく。

「さすがに察しが早い。評判通りですね。社は頼れないと分かっていますので、長期休暇の申請は済ませてきました。仕事は部下が回してくれるでしょう。元々1ヶ月後には後任に譲ることになっていましたから。ここでご一緒できるなら、願ったり叶ったりです」

 だが高山の表情は暗さを増すばかりだ。

「それ……俺にも懲戒を覚悟しろってことなんですけど……」

 篠原の眼差しは真剣だった。

「懲戒は僕も同じです。しかし、目の前で保護すべき人物を殺されてしまったんです。カタをつけないわけにはいかないでしょう?」

「ここも泥沼だったのかよ……」

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