第21話次の場所へ行こう
——◆◇◆◇——
『まったく、あの者はいつまで経っても落ち着きというものがなさすぎる』
「それを言ったらお前もだろ。一緒になって菓子を食ってたくせに」
『あ、あれは良いのだ! 菓子のように手間暇かけている芸術を堪能するのは、私のように気品ある者にとって——』
「あー、はいはい」
クロッサンドラは実体化を解いて俺のすぐそばを漂っているが、その口からは先ほどまで一緒にいたルピナへの不満が溢れている。
だが、不愉快そうな態度は、全てが真実というわけではない。嫌だ嫌だと言っているが、実際のところはそこまで嫌っているわけではないのだろう。でなければ、あんな一緒になってはしゃいだりなんてしていない。
まあそれはそれとして、今後について考えないとだな。
あの後数時間ほど待っていると、傷どころか汚れひとつないザニアがご機嫌な様子で戻ってきた。
その様子から問題なく依頼を達成することができたのだろうと思っていたのだが、まさしく予想通りだった。
改めて向かい合って座うこととなり、ザニアから調べた情報を教えてもらったが、まあそちらも概ね予想通りだ。収穫としては、教会の奴らの次の行動が判明したことだ。
あいにくと場所と時期まではわからなかったが、それは大して先のことでもないだろうし、もうしばらくザニア達が調べていればそのうち判明するだろう。
「やっほー。お待たせ〜。実験の場所がわかったよ〜」
そう考えておよそ二ヶ月もの時間が流れた。
もっと早くわかるもんだと思ってただけにこの拠点に居座り続けていたのだが、ここまで長引くんだったらどこか別の場所を用意すればよかった。
「思ったより時間がかかったな」
「それは私じゃなくって向こうに言ってよね。聖女をどうするかは決まってたけど、じゃあそれをどこでやるのかってことは決まってなかったんだから。それが今日やっと決まって、すぐに教えにきてあげたんだから感謝してよねー」
言われてみれば、そりゃあそうかって感じだな。聖女の今後をどうするのか、なんて決定なんだから、『上』の奴らと話をして当然だ。遠距離での通信ができるとはいえ、距離が空いている分手間も時間もかかってしまうのは仕方ないことか。
それが今日決まって、今日すぐに教えてくれたってことは、ザニア達は真面目に仕事をしてたってことだ。
だが、それにしても時間がかかりすぎている気がする。いくら聖女の今後についてであり、距離があるといえど、一ヶ月もあれば話し合いなんて終わりそうなものなんだがな。
「それはどうもありがとな。んで、何だってそんな場所を決めるのに時間がかかったんだ?」
「君のせいだってー。なんかところ構わず襲撃してるじゃん? そのせいで、この街からあんまり離れた場所だと何かあった場合に対処しきれないんじゃないか、ってさ」
肩を竦めたザニアが言ったように、俺はこれまで教会、および教会の手が入っている施設を襲撃してきたことがある。ところ構わず、というわけではないが、まあ外から見れば俺が襲った施設の関連性は見えないだろうな。
守る側からすれば、どこを守ればいいのか分からずに大変だろう。
「連中も大変だな。後、奴らの指示に付き合わされる聖騎士達も」
「大変な理由を作ったのは君だけどねー」
さも自分は関係ありません、とでもいうかのように話しているザニアだが、教会関連の施設に対する襲撃は俺だけではない。こいつもやっている。むしろ、こいつの方が回数で言えば多いだろう。
加えて、俺達以外にも襲撃を仕掛けている奴らはいるし、多分そのせいで次の襲撃場所の予想がより難しいものになっているのだろうな。何せ、複数の意思が別々に行動して襲っているわけだし。
「俺だけのせいにするなよ。お前達もだろ? 他の神器持ちどもも、教会の施設を優先して襲ってるんだから、俺だけのせいじゃないだろ」
「でも、顔が割れてるのは君だけだし」
「だから全部俺のせいってか。まあ、何でも良いけどな」
俺は聖騎士団に所属していたこともあって面が割れている。しかも神器を保有しているせいで、俺が全ての襲撃の主犯格のように扱われている。
だがまあ、それはどうでもいいことだ。一だろうと百だろうと、襲撃という罪を犯しているのは間違いないんだから。犯罪者であり、賞金首であるという事実は変わらない。
「それで、どうするの? あ、場所はここね」
そう言いながらザニアは手に持っていた地図をテーブルの上に放り投げた。
「……思ったよりも近かったな」
ザニアが持ってきた地図を広げて確認すると、教会が次に行動を起こす先として判明した場所は、このコールデルの街からそれほど遠くないところにある村落の一つだった。
後ろめたい秘密を抱えての行動なんだから、もっと人目につかない場所を選べば良いものを、と思ったが、どうやらその村落も教会の手によって作られた教会所有の施設の一つのようだ。
ついでに言えば、そこにいる村人も全員教会の手先だとのこと。
確かに、それなら自分たちの悪事が外に漏れる心配はないか。まさか、俺みたいに裏切るようなやつを配置してあるとも思えないし。
俺たちの襲撃を気にしてとのことだが、それにしても近すぎるんじゃないだろうか? もっと遠くでやれば良いと思うけどな。
仮に俺たちの襲撃があったとして、そうなればどうしたって戦力が投入されるわけだが、近場だと何かあった時に関係を疑われる可能性が僅かかもしれないが出てくるだろうに。地元の領軍とか自警団とか傭兵とか、まあその辺が動く可能性もあるはずだ。
「やっぱり、襲撃を気にしてるんでしょ。もしかしたら、今回はそれなりの数の警備がつくかもよ?」
まあ、やっぱりザニアの言う通りなんだろうな。俺たちからの襲撃を受けた場合、大事に育ててきた道具——『聖女』が万が一にでも壊れたら大損だ。
そうならないようにするためには警備の人数を増やすのがもっとも楽な対策だが、人数が移動すればそれだけ物資が動く。そのことがわかりきっているのに、移動するだけでも大変な山奥に人を集めるのは無茶というか、無駄に金がかかるか。
だったら近場であっても誰も入れないように身内だけで固めて、万全の警備を敷いてしまった方が、ってことなんだろうな。
一つの村を丸々使ってのことなんだから、おそらく敵の人数は二、三百ってところか。多くても五百。多分千は越えないだろう。そこまでいくと普通の村とは言い難いし、目立ちすぎるからな。
「問題ないだろ。警備がついたところで、虚飾を剥がせばあとはどうとでもなる」
普通なら五百もの敵を相手にすることになれば多少なりとも怯むだろうし、こちらの戦力が自分一人ともなれば、頭がおかしいのではないかと疑われることだろう。
だが俺にとっては雑兵五百なんてものの数ではない。
相手の纏っている『虚飾』を剥がし取り、それを自身に纏う。それだけで立場は逆転だ。
自身の纏ってきた仮面を突然剥がし取られればそれだけで人は混乱する。当たり前だ。仮面も含めて『自分』なんだから。むしろ、生きている年月が長いほど仮面の割合が多くなるだろう。それがいきなり剥がされて本性だけとなれば、混乱しないわけがない。
普段から本性を曝け出して生きている人間がいれば厄介だが、いたとしてもどうとでもなる。
もし仮面を剥がし取られてもなお俺に敵対するような奴がいたとしても、敵から剥がしとった『虚飾』を纏って強化した俺には敵わない。
強化された俺に対抗するために自己強化の術の類を使ったとしても、ならそれを剥がして更に自身に纏えばそれでおしまいだ。
だから、俺の相手をするのであれば雑魚がいくらいたところで意味はなく、むしろ数が多ければ多いほど俺を強くするだけとなる。
「……ほんっと、便利な能力だよねー。一切の強化を無効化するくせに、自分は好きなだけ強化できるんだから。しかも、その使い手が聖騎士団のエースともなれば、相手に勝ち目ないでしょ」
便利だと言っているが、ザニアの能力も凄まじく便利だと思うがな。まあ、戦いにも使える能力ではあるが、戦いに向いている能力というわけではないからな。
物を盗む能力というのは戦いでも使うことができる。相手の武器や鎧なんかを盗めばそれだけで相手の行動を制限できるからな。
だが、それでも限度がる。集団相手には効果が落ちるのは確かだし、効果がわかっていれば怯まずに突っ込んでいけば雑魚でも勝ち目があるからな。裸で突撃されれば何もできないのだから。
一応人の髪や眼を盗むこともできるようだが、強欲の手を使うには神器保有者が心から欲しいと願ったものだけに限るらしいので、ザニアは人間の体の一部を盗むことはできない。そんなものに興味を持っていないからな。
これがドラゴンとかだったら、鱗を盗んだり心臓を盗んだりすることはできるらしいが、まあ今回のような人間相手では役に立たない。
なので、便利な能力だ、と俺の『虚飾』を羨むのも理解できる。とはいえ、すでに『強欲』を持っているのにそれ以上を望むのは流石に欲が深すぎると思うがな。
「強化なんて関係ない罠とか使われたらそれまでだけどな」
しかし、ザニアからすれば便利な能力だろうが、欠点がないわけでもない。
他人から剥ぎ取った『虚飾』を纏えば俺の能力は上がるし、防御性能も上がる。だが、それすらも貫通してくるような罠が仕掛けられていたらそこまでだ。人ではない、見栄えなんて気にしないような罠が相手では、『虚飾』なんて剥ぎ取れないからな。
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