第20話仕事の対価

 

「どっちも! そりゃあ珍しいね。っていうか、初めてじゃない? まあ君がそういうんだったらそうなんだろうけどぉ……ちなみに、今回はどんな子?」

「双子で聖女をやってる片割れだ」


 あの聖女……リタから聞いた話では、そうだ。そこには嘘はなかったし、事実なのだろう。

 双子で聖女をやっている稀有な存在。だからこそ、教会に目をつけられてしまった哀れな存在。


「双子? 珍しいね。どっちも聖人なの?」

「ああ、姉妹の両方がそうらしい。今は別々の支部で活動してるようだがな」


 だが、それがどこまで嘘ではないのか……。


 リタ自身は本当のことと思っていたとしても、それが事実かはわからない。何せ、直接会ったことがあるわけではなく、ただ手紙や上司からの知らせだけで知っている存在なのだ。


 普通なら、本人が双子の姉がいると言ったのであればそれを信じるだろう。だが、聖女、あるいは聖者の場合はその限りではない。あいつらの昔話っていうのは、信じてはいけないのだ。それはあいつらが嘘をついているからではない。むしろあいつらは嘘なんてついていないんだ。だが、それでも信じてはいけない。

 だからこそ、調べる必要がある。


「んー……まあ、その辺は調べてみないとわからないけど、それはそれとして、だ。君とその子、どんな関係なの? 単なる知り合いってだけじゃ、ここまで来ないでしょ?」


 どんな、か……。別に、どんな関係って言われても、ただの知り合いとしか言いようがない。ただ、少し関わりを持った際に、気になったことがあっただけの関係だ。


「単なる知り合いだよ。教会に嫌がらせをするのにちょうどよかっただけだ」

「ふーん」


 ザニアは最初は不思議そうに首を傾げていたが、次第にニヤニヤとした頭にくる表情へと変わった。


『やっぱり、あんたはクロッサンドラの契約者ね。そんな虚飾に塗れて……。冷たくそっけないふりをするのがかっこいいとか思ってる勘違いちゃんじゃない。流石は『嘘つきサンドラ』は契約者まで嘘つきってわけね!』


 そして、ザニアだけではなく、ルピナまでもがおかしなことを言い出した。誰が勘違いちゃんだ、この阿呆め。


 しかし、その言葉を不快に思ったのは俺だけではない。

 揶揄された俺はもちろんのことだが、『嘘つきサンドラ』と呼ばれたクロッサンドラは特に頭に来ているようで、今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出している。


「おい、クロッサンドラ。それを黙らせろ。一段階までなら許可する」


 一段階。それは聖剣としての能力の解放をさすが、普通はこんなお遊びで使うようなものでもない。

 だが、今回は特別だ。この阿呆は調子に乗らせるとどこまでも乗っていくからな。

 能力を使ったところで、相手も同じ神器なのだから大した被害は出ない。精々がとても疲れるくらいなものだ。


『心得たぞ。聞いたな、『借金女』め。この私が直々にしつけてやろうではないか!』

『みぎゃーーーー! ね、ねえ! ねえねえねえ! あ、あたしも! あたしも力を!』

「だーめ。こっちは話があるから静かにねー」

『うにゃっ!? にゃんっ……なんでよおおお!』


 ザニアに助けを求めたルピナだったが、すげなく断られてしまいクロッサンドラのサンドバックへと変わっていった。

 殴られたところで、痛いだけで怪我をするわけでもないんだから存分に喧嘩しとけ。まあ、絶対にルピナが負けることは決まっているが。


「それで、ザニア。どうなんだ?」

「いいよぉ? だって、人も金も宝も知識も、全部私のものだもん。その程度の情報、私が集められないなんてことが、あっていいわけないからね。た・だ・し〜……」


 そこで言葉を止めると、ザニアはチラチラとこちらのことを上目で見てきた。

 見た目がいいだけに、こうした行動は可愛らしさを感じなくもないが、こいつの中身を知っているだけに、普段のこいつとの違いに笑いすら溢れてきそうだ。


 だがここで笑えばこいつがヘソを曲げるので、話を進めるためにもザニアの要求を聞くことにした。


「わかってる。何が欲しい?」

「さっすが〜。話が早くっていいねぇ。これが王様だとごねたりするんだけどね〜。まあ、今回はそんなにめんどくさそうじゃないし、私もちょろっとは興味あるし〜……〝一人分〟を一回でいいよ?」


 指を一本立てながら要求を口にしたザニア。その要求に頷きを返し、俺は聖剣を抜いた。


 ザニアの言った〝一人分〟というのは俺の持っている虚飾の聖剣の能力の一つ、他人の虚飾を奪い取る能力のことだ。

 この聖剣の能力は前にも使ったが、奪ったものを自身に纏わせる以外にも使い道がある。ザニアが求めているのはそちらだ。


「——『栄光をこの手に』」


 右手に持った聖剣を前に突き出しながら能力を発動させると、同じく前に突き出していた空の左手の手のひらに一つの首飾りが生じた。


 これこそが虚飾の聖剣の能力の一つで、ザニアが求めたもの。他者から奪った虚飾を溜めて、それを自身が纏うことができる財宝に変えるというもの。他人のもので自身を飾るだなんて、まさに『虚飾』に相応しい能力だと言えるだろう。


「わぁお。何回見ても羨ましい能力だよね。他人から奪った輝きを形に変える、なんて……ほんっと羨ましいよ」


 財宝や価値のあるものが好きで好きでたまらないザニア。

 そんなザニアからしてみれば、好きに財宝を作ることができるこの能力は羨ましさを感じるものなのだろう。俺としては、趣味が悪いと思う能力だがな。


『何よ! あたしの能力だってすっごいんだから! あんただってそのおかげでいっぱい稼いで来れたんじゃない!』


 いつの間にクロッサンドラとの喧嘩を終えたのか、ルピナが腰に手を当てながら精一杯威張るように話に割り込んできた。


 実際、ルピナの能力も凄まじいものだ。

 その詳細までは知らない。だが、基本的な能力程度なら知っている。


 神器・強欲の手。それがルピナの宿っている神器の正式名称であり、その能力は欲しいと思って手を向けたものを自身の元へと運ぶというもの。簡単に言えば、狙ったものを手元に瞬間移動させる能力だ。距離や重さの限界は、使用者の意思の強さ、欲の深さに依存する。


 あとは盗んだものを保管しておくことと、好きに取り出すことができる。そんな能力だ。


 ある意味で、俺の……俺〝達〟の天敵とも言える能力である。何せ、俺達の能力ってのは神器に依存したものだ。盗まれてしまえば、その力を使うことはできないのだから。


 もっとも、盗んだところで神器を使えるものなんてそうそういないのだから、壁に飾っておくくらいしかできないだろうが。何だったら、壁に飾る前に神器に呑まれて狂うか死ぬことになるか。


「あー、そうだねー。それはそうなんだけど、それとこれとは別っていうか、純粋にあの能力も欲しくない?」


 神器を使いまくって王侯貴族だろうと構わず盗みをしているザニアではあるが、それでもまだ足りないようで事ある毎に俺にたかってくる。


「こんな悪趣味な飾りのどこがいいんだか」


 誰かの嘘や足掻きを奪って形にしたような財宝なんて、悪趣味すぎて身につけたくないと思うのが普通ではないだろうか?


「人の輝きを形にした、ってところがいいんじゃない。これは、その時点までの間にその人が積み重ねてきた想いの結晶だよ? 何せ、人は嘘をつき続ける生き物だからね。生きてる限り嘘をつくし、その嘘はいつしか自分の本性すらも覆い隠して本人すらもわからなくなる。つまり、これはその人の人生そのものと言ってもいい。この輝きも、この歪みも汚れも、形そのものも、全部がその人の歩みの結果。それを形として飾ることができるなんて、それはある意味でその人の人生を手に入れたと言ってもいい。とっても悪趣味で……とっても素敵なことだと思わない?」

「それが汚らしい賊のものだとしてもか?」

「あ、これ賊のやつなの? それはそれでいいよ。だって、賊なんてやってたのにこんなに輝いてるんだもん。その人生は、私が飾るだけの価値はあるよ」


 ザニアに渡したのは、先日リタのことを襲おうとしていた偽傭兵の賊のものだ。

 だが確かに、賊なんてやっていた割には随分と輝いている。そこらで売っている宝飾品よりも美しいと感じてしまうような怪しい輝きだ。


「それに、賊がどうこうなんて言ったら、そもそも私達だって似たようなものでしょ? 世界最大の賞金首達。そのうちの二人が私達なんだからさ」


 この世界に存在している、神が死に際に残したと言われている九つの神器。そのうちの一つを持っているのが俺で、もう一つがザニアだ。

 本来は教会で管理すべきである神器だが、今は一つ残らず教会に存在していない。

 長い時間の間にいくつもの神器が散逸し、残っていた一つも、俺に渡されたことで教会の手から離れてしまった。


 教会としては、自分たちが管理すべき神器を失ってしまったことで顔を潰され、その挽回のために俺達のような神器の保有者を賞金首としている。

 もっとも、俺の場合は手配書に使われている似顔絵が聖騎士時代の鎧姿なので、こうして傭兵としての格好をして髪型を変えればそれだけで案外見つからないもんだが。


「まあ、報酬はこれでいいとして、ちょっと待っててよ。教会なんてすぐそこだし、数時間もあればざっとは調べてこれるから。適当にくつろいでおいて」


 ザニアは俺の私た首飾りを執事に渡すと、そのまま軽い足取りでドアへと近づいていき、手を伸ばしたところでこちらに振り返ってきた。


「そこにあるお菓子、全部食べちゃっていいよ。なんだったら追加も頼んでいいから」

『『お菓子ーー! わーい!』』


 その言葉を聞いた直後、それはでは半透明の体で聞いているだけだったクロッサンドラとルピナが、音を立ててテーブルの上に降り立ち、そこに置かれていたお菓子を食べ始めた。……お前ら、さっきまでケンカしてなかったか? キャラ変わってねえか?


『あ、ちょっとクロッサンドラ。そっちのやつとってちょうだい』

『これか? ……うみゅ? ならばそちらのそれをとってくれ』


 本来ならば触れることすらできない体のクロッサンドラ達だが、神器使用者から補給を受ければ実体化することができる。

 しかし実体化したからといって大したことができるわけでもないので、普通はしないものだ。実体化するのはかなり特殊な状況だけ、のはずなのだが、こいつらはただお菓子を食べるためだけに実体化しやがった。


「お前ら……菓子を食うために実体化するなんて力の無駄遣いだろ」

『無駄ではないわ!』

『無駄じゃないもん!』


 こういう時ばかり息があってるのな。だったら普段から言い争いなんてしてないでもっと静かにしてろよと思うが、それはできないんだろうな。はぁ……。


「ルピナは置いてってあげるから、暇つぶしの話し相手にでもしといてよ。じゃ〜ね〜」


 暇つぶしって言っても、こいつ俺と話すつもりなんてないだろ。だってずっと菓子だけを見てるし、口の中から菓子が消えることなんてないぞ。


「……はあ。少し寝る。そいつらのことは任せた」

「承知いたしました」


 実体化している今なら他の奴にも見えるんだし、執事に任せておけば何とでもなるだろ。俺は知らん。

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