第19話ザニアとルピナ

「……さっさと降りろ」

「はいよ。ああそうだ。なんか適当につまめるもんを寄越してくれ。酒はいらん」

「ここは酒を飲むところだぞ」


 まあそうなんだろうけど、酒なんて飲んだらこの後の行動に差し支えがあるし、こんな場所で酒なんて飲む気になれねえよ。飲むんだったらどっかよそで飲むわ。


 なんて考えながら奥の通路を進み、隠されるように設置してある地下への階段を下っていくと、少し下った先にうっすらと光が見えてきた。

 その光はドアの隙間から溢れており、ドアの向こう側からは何やら話し声が聞こえてくる。


「ん〜。これもうちょっとこっちの方がいい感じかなぁ……」

『それはあっちね! こう、ここよここ。ここにちょろっと斜めの角度で置くと、入り口からもあたしの席からもいい感じの輝きが輝く感じになる気がするわ!』

「んむー……確かにそうかも? でもそれだと、こっちのこれとのかね合わせが悪くない?」

『あー、ね。でもさー、だったらこの際だしそれ片しちゃえば? もう半年くらい飾ってるでしょそれ』

「いや、これ結構お気に入りなんだってば。なんでこんなの描いたのか全く理解できないけど、なんか観てると楽しくない?」

『ただの乱痴気騒ぎって感じがするけど……』

「それがいいんだって。人間って愚かだなー、って笑えるでしょ? 多分『王様』も喜んでくれると思うんだよね」

『あー……確かにあのボッチならそうかも?』


 何とも聞き覚えのある、平凡……なように聞こえる会話を聞きながら、ドアをノックするが、気づかれない。


「まあこの絵はこのままってことで、あ、でも場所は変えるかも?」

『いや、あたしはこの絵あんまし好きくない感じなんだけどー』


 ノックの音に気づかずに会話をしている馬鹿どもを無視し、このまま部屋に押し入ってやろうか?


「ザニアお嬢様。お楽しみのところ申し訳ありませんが、お客様がお越しになられました」

「ふえ?」

『ほえ?』


 と、実力行使について考えていたところで、部屋の中から三人目の声が聞こえてきた。


 そして、それから数秒とおくことなくドアが開き、部屋の中からは一人の執事が姿を見せて恭しく俺のことを出迎えた。


「お待たせいたしました。どうぞお入りください」

「ああ。ご苦労だな」


 執事に一声かけてから部屋の中へと入っていったのだが……相変わらずこの部屋は目と頭が痛くなるな。

 目が痛くなるのは、周りに飾られているのが金銀財宝と形容するに相応しい宝ばかりが置かれており、その全てが輝くように光を当てられているから。純粋に眩しいのだ。

 そして頭が痛くなるのは、ここに置かれているすべてが盗品だからだ。


「んー? お客様って、そんな予定なかった……おー? おー! リンドじゃーん。どったのこんな急にくるなんて?」

『ポンコツクロちゃんもいるじゃない!』


 俺のことに気がついた女——ザニアと、そのそばに浮かんでいた半透明の幽霊——ルピナがこちらへと振り向いてきた。

 そしてそのまま両手を広げてハグをするかのように近づいてきたが、せめてその手に持っている宝石類をしまってからにしろ。いやそうでなくともお前に抱き付かれるなど断りたいが。


 だがまあ、俺と目的の人物であるザニアの再会はそれで十分だったのだが、そうすんなりとことが運ぶ、とはいかなかった。


 ザニアの隣に浮かんでいる半透明の幽霊、ルピナ。こいつもクロッサンドラと同じで装備に取り憑いている悪霊の類なのだが、生前に知り合いだった二人は会うたびに喧嘩……というか言い争いをしている。


『誰がポンコツか! それを言うならそなたのほうがポンコツであろうが!』

『あたしのどこがポンコツだってのよ! 最近は大負けもしてないし、詐欺にもあってないんだから! 』

『はん! 強欲に金目のものを集めた結果借金漬けになった『貧乏女』がよく言うわ!』

『あーあー、それ言うわけ!? だったらこっちだって言わせてもらうけど、見栄っ張りで格好つけるせいで借金してお金借りたのは誰だったかしら! いまだに借金した時のなっさけない顔は覚えてるんだからね!』

『な、何年前の話をしている! もう数百年は経っているだろうが! もうその話は時効だろう!』

『それ言ったらあたしのだってじこーじゃん!』


 もっとも、言い争いと言ってもほとんど中身のない子供の喧嘩でしかないので、さほど気にする必要もないのだが。

 だが、うるさいことに変わりはないし、話が進まないので喧嘩するにしてもどこかよそでやってもらいたいところだ。


「再会を喜んでいるところ悪いが、こちらは用があって来たのだ。もう少し静かにしてくれ」

『喜んでなどおらんわ!』

『クロサンドラの契約者は目が悪いみたいね!』

「お前達は頭が悪いから大丈夫だ」

『『……っ! くぁwせdrftgyふじこlp〜〜〜!』』


 俺の反論に一瞬だけ黙った二人だったが、すぐに言葉にならない言葉を叫びだし、二人一緒になって俺を責め立ててくる。まあその言葉も何を言っているのかわからないので、単なるうるさい声としか思わないが。


「ほら、頭が悪い言動してんじゃねえか。違うってんならもっとお淑やかなお嬢様でも演じてみろよ」

『お嬢様だと? 何を言うか。私は普段から気品のある振る舞いをしていよう?』


 クロッサンドラのは単なる偉そうな態度だろうが。しかもその態度だって取り繕った偽物の態度だろうが。お前が実はビビリな小者だってのは知ってんだぞ。百歩譲って偉い存在なのだとしても、お嬢様ではない。


『これだけのお宝を持ってるんだから、どこからどうみてもお嬢様でしょうが!』


 金持ちって意味ではお嬢様なのかもしれないが、お前の場合はお嬢様ってよりは成金だ。何だよこの部屋。こんなキラキラした場所に好んで住むとか、どう考えても金満主義者だろ。こいつもお嬢様と呼ぶには相応しくない。


「……淑やかにって言ってんだろうがよ」


 実態はビビりでポンコツだが仮面をかぶって偉そうな態度を演じている女と、宝を集めることに人生を賭けた女。

 どっちもお嬢様ではないな。


「あっははははっ! あ〜、おっかしーの。なんでここに来て早々こんなに笑わせてくれるの? もしかして遊びに来てくれただけだった?」

「そんなわけねえだろ。——お前に仕事だ」


 俺がこいつのもとを訪ねたのは、ただ旧友に会うためなんかではない。そもそも友人なんかではないが。


 友人ではないが、知り合いではあるし、その能力がどんなものなのかはよくわかっている。そして、その能力に偽りがないことも。

 何せこいつは、ルピナがいることからわかるだろうが、俺と同類の神器の所有者なのだから。


 所有者といっても、こいつの場合は協会に所属していたわけではない。ただ、教会が所有していた神器を盗み出しただけだ。


 強欲の手。それがザニアの盗み出した神器の名前である。

 ただ、その能力というか性質があまりにも悪に偏りやすいものだったことと、その性質に適している人物が教会にはいなかったことで、長らく封印されていたが、それを盗み出したのだ。


 その結果、ザニアに神器を使用する適性があることがわかり、今に至ると言うわけである。


「私にって、何を集めるの? お宝? 人? 情報?」


 適性といったことからもわかるように、神器を使うにはその装備との相性がある。

 基本的にはその神器に適した性質、性格の持ち主でなければ使えないが、使うにあたってその制御方法の分類は二つに分けられる。


 神器に呑まれないだけの自制心があるか、あるいは神器の能力を完全に制御下におているかのどちらかだ。俺は前者で、こいつは後者というわけだ。


 虚飾の能力を使っても能力で自分を飾ることなくいる俺と、強欲の能力を進んで使いながらも能力に左右されることなく自身の道を曲げずにいるザニア。


 どちらがすごいと言うわけでもないが、いずれにしても面倒な人間であることに変わりはない。俺自身、自分が真っ当な人間だとは思っていないからな。むしろ、だいぶ面倒臭い類のやつだろうよ。


「情報だ。教会がまた神器の授与をやりやがった」


 それはそれとして、今はこいつに依頼の話に来たのだ。こいつは盗みと奪うことの専門家であり、そんな奴らを率いる集団の長だ。何かを知りたい、手に入れたいと考えるのなら、こいつに話を持ってくるのが一番手っ取り早いし確実だ。


「わお。またかぁ。でも、やっぱり今回も〝レプリカ〟でしょ?」


 ザニアは口では驚いてみせたものの、特に関心はないようでつまらなそうな顔をしている。

 だがそうだろうな。教会の奴ら、神器のレプリカ——奴ら曰く宝器を聖人に渡すなんてのはこれまでも何度もやってきたことだ。今更その回数が一度増えたところで、大した意味はない。


 加えて、〝本物〟を持っているザニアからしてみれば、自身の持っているもののレプリカ……贋作なんて価値のないゴミでしかない。興味を持てないのも無理はないだろう。


 それに、ザニアの言った〝レプリカ〟というのは、何も神器のことだけではない。

 過去に存在していた〝本物の聖女〟。その行動原理を真似ているだけの職業聖女とでも呼ぶような量産型の闇祓いのことを揶揄しているのだ。


 そんな量産型が潰れたところで、ザニアにとってはどうでもいいことである。それも相まってあまり乗り気ではないのだ。


 あまり歓迎されない依頼だとは理解できている。面倒で意見があるだけで、価値のあるものなんて何もない。そんな依頼を好き好んで受ける奴なんていない。金で動くやつならまだしも、ザニアはそういったタイプではないからな。


 だからこちらもそれなりに誠意を見せる必要がある。


 あの聖女をのためにそこまでする必要があるのかといったら、ないだろう。

 だがそれでも、俺は邪魔をしたいと思ったのだ。


「ああ。だが、ある意味で本物だ」


 本物、と俺が口にした瞬間、ザニアの目の色が変わった。

 それまではこちらを向いて話を聞きつつも、興味なんて全くなかったような色をしていた目が、今は真剣にこちらを射抜くような鋭いものへと変わっている。


「へえ〜。——どっちが?」

「どっちもだ」


 これで俺が嘘をついていたとなるとザニアは俺の敵に回るだろうし、今後こいつの協力を得ることはできなくなるだろう。

 だが、嘘でなければ問題ない。今回宝器を授与されたあいつは、ある意味では本物の聖女だ。他のお人形とは違い、本物と呼べる可能性を持った聖女。


 それに、おそらくだが与えられる宝器も、本物に限りなく近いものになるはずだ。この予想は、できることなら外れていてほしいものだが、多分あたっているだろう。

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