第22話教会の功績
「とりあえず、まずは最寄りの街に向かった方がいいんじゃない? ないと思うけど、疑われる原因は一つでも減らした方がいいでしょ。動く時期とかわかったら何か知らせるよ」
ザニアの言葉の意味は理解できる。教会が動き出してからこちらも動くのでも遅くはないが、それでは疑われる恐れがあるということだ。
教会が動いた後に、教会が行動を起こそうとしている最寄りの街によそ者が来た、となればどうしたって警戒の対象になる。流石に最寄りの街を警戒していない、なんてことはあり得ないだろうからな。
だが、教会が動く前から滞在しているというのであれば、それは見逃されやすい。
「そうか。なら俺は先に移動してるから、連絡はそっちに頼む。結構長い間世話になったな」
なので俺は素直にザニアの提案に頷き、礼を言ってから立ち上がる。
「はいはーい、っと。まあ頑張ってねー」
『は〜。これでやあっとあんた達がいなくなるのね。清々するわ!』
『それはこちらのセリフだ、馬鹿者め。私がいなくなった後に借金をして主人を困らせるようなことはするなよ?』
『誰がそんなことするってのよ! あたしはもう借金なんてしないし!』
『何度私と賭けをして負けたと思っている。今回代価を求めなかったことは慈悲だと思え』
終わり際までうるせえのな。二ヶ月も一緒にいたんだから、もっと仲良くしてりゃあ良いのに。……無理か。たった二ヶ月で仲良くなれるんだってんなら、もっと大昔にそうしてるわな。
「——あ、そだ。〝クソッタレな十番目を踏み躙って〟きてね〜」
『『……』』
俺の去り際、突然思い出したように口にされたザニアの言葉を聞き、それまで騒がしかったクロッサンドラとルピナが黙った。
『クソッタレな十番目』。その言葉は俺達の間ではかなり重要な意味を持っている。いや、俺たちの間ではなく、クロッサンドラたちの——神器たちの間では、か。
その重要性は理解しているし、俺も『十番目』にはいい思いをしていない。
だが……
「お断りだ。俺は俺のために動くんだからな」
あくまでも俺は俺のために動くんだ。誰かのためなんかじゃないし、誰かに言われたから何かをするわけでもない。俺は自分の意思を持った人間なんだから。
「もう。最後まで素直じゃないんだから〜」
そんなわけで、ザニアの戯言を無視しつつ、俺達は準備もそこそこに街を移動することにした。
——◆◇◆◇——
俺達がこの街——メントゥムまでやってきてからさらに約一月の時間が経過した。
最初に教会の動きを知ってから合計で三ヶ月と結構な時間が経っているが、まあこんなもんだろ。何せ教会の奴らがやろうとしていることは、奴らにとって間違っても失敗することが許されないことなんだから。
だが、そんな待ちの時間ももう終わりだ。ザニアの手の者からの連絡で、聖女が……リタがこの街にやってくることが決まったようだ。早ければ今日にでもこの街に着いて、明日には動きがあるはずなんだが……
「——あら?」
「あ? ……げ」
なんて考えていると、まさにその目的の人物が視界の先からやってきた。
あまりにも突然だったもので、一応こいつのことを待っていたはずなのに口から声が溢れてしまった。
「お久しぶりですね、リンドさん」
「……ああ。久しぶりだな」
待ってはいたが会うつもりはなかったので、こうして突然顔を合わせることになって驚きはしたが、軽く息を吐き出すことでその驚きを鎮めて答える。
「リンドさんはなぜこちらに? あなたは教会をあまり好んではいなかったようですので、もうすでに他の地方へと向かってしまったと思っていたのですが」
「〝あまり好んでない〟んじゃなくて、〝嫌ってる〟んだよ。滅べばいいとすら思ってる」
「……では、尚更なぜこのようなところに? 他の教会の存在しない、あるいは力の弱い地方で活動されれば良かったのではありませんか?」
まあ、普通ならこれだけ嫌っているという反応を見せていれば、教会にかかわらずとも済むような場所へと行くものだろう。
「この辺に用があってな。じゃなきゃこんなところ来やしねえよ」
「用、ですか。では、その用は終わったのでしょうか? もう街を出てしまうのですか?」
「まだだが……まあ、近いうちにはな」
用が済めばここに留まってはいられないだろうから、すぐに出て行くしかないだろう。それこそ、終わったその日のうちにでも逃げるように出て行くことになるはずだ。
「そうですか……。実は、私はしばらくこの街に滞在する予定なのです。ですので、せっかくこうしてお会いしたのも何かの縁ですし、時間が合えば以前のお礼も兼ねてお食事でもと思ったのですが」
お礼って……あー、何か礼をされるようなことをしたか?
そもそもこいつと共に行動していた間に何があったっけか……
「あーっと……そりゃあ、あの賊のことか? あれは金をもらったことで手を打っただろ。今更お礼されるようなことでもねえよ」
礼をされるとなって思いつくのはそれくらいしかないが、金をもらった以上はもう終わったことだろ。
「ですが、全てを金銭で片付けるのでは悲しいではありませんか。金銭以外でも、人は感謝を示すことができ、その積み重ねによって分かり合っていくことができるのですから」
「傭兵相手になに言ってんだか。山と積み上げられた感謝の言葉よりも、一レットをもらった方が信用できるのが傭兵ってもんだ。あんたからの感謝はすでに受け取ったよ。金って形でな」
感謝を示す、ねえ……。馬鹿馬鹿しいな。
ありがたいお言葉をもらったところで、腹は膨れないし病気が治るわけでもないし欲を満たせるわけでもない。結局人にとって重要なのは金なんだよ。金があれば大抵のことはできる。
俺だって金を稼ぐために傭兵なんてやってるんだしな。金を稼がなくていいんだったら仕事なんてしてねえよ。
「……でしたら、少し相談に付き合っていただけませんか? 私が支払いをさせていただきますから」
聖女から相談なんて、厄介ごとの匂いしかしねえな。
それに、今俺はこいつに関わって目立つわけにはいかないのだ。何せ、この後には教会を相手に大仕事が待っているんだから。
「そりゃあ俺のことを口説いてんのか? かの聖女様に口説かれるなんて、俺もまだ捨てたもんじゃねえなぁ」
誤魔化して話を流すために冗談を口にしたのだが、やはりこの手の話に耐性がないようだ。
リタは最初は何を言われているのかわからなそうな表情をしていたが、すぐに顔を赤くして慌てたように首を振り始めた。
「くど……? ……っ! ち、ちがいまふ! ……違います!」
「なんにしても、お断りだ。相談だって、どうせ大したことでもねえんだろ」
「そ、相談は本当にあったのですっ。実は、私がこちらに赴いたのは、依頼があったからなのです。それで、リンドさんにまた協力していただけないかと……」
最後の方は萎んでいくように声が小さくなっていったが、それは言っておきながら自分でも敵わないとわかっているからだろう。
「無理だっての。お前、今回はちゃんと護衛連れてんだろ? だったら俺みたいなのを加えるわけねえし、仮に加えられたとしても雑用として使われるだけに決まってる」
今回こいつは、前回と違ってちゃんと教会から護衛となる聖騎士達が付けられている。にもかかわらず外部の傭兵を雇いたいなんてことになれば顰蹙を買うことになる。
それに、そもそもの話俺はこいつと共に行動するわけにはいかない。こいつと一緒に行動するなんてことになればおかしな動きをすることはできないし、そうなれば教会の企みを邪魔することもできなくなる。
「というかだ。俺はお前達と一緒に行動したかねえんだよ。わかってんだろうが」
「そう、ですね……。申し訳ありません。おかしなことを言いました」
これで話は終わりだとばかりにリタに背を向けて歩き出そうとするが、そこで呼び止められることとなった。
「ですがっ……あの、後一つだけ聞いても良いでしょうか?」
「なんだ?」
「……なぜそこまで聖女を……いえ、教会を嫌うのですか? 今この世界が存続していられるのも、教会の功があってこそだというのに」
「教会の功ね……。まあ、そうかもな」
『原因が教会にあることを考えなければ、素晴らしい集団であるな』
そう。確かに教会は素晴らしい組織だ。世界中に存在している瘴気を取り除き、人々の生活を守る活動をしている集団。称賛されこそすれど非難されることなどそうそうないだろう。
だが、それは教会になんの非もなければの話だ。
最初に発生した瘴気は確かに違った。そればかりは自然に発生したものだ。
だが、その後の《深淵》となるまで溜まった瘴気。あれは教会の奴らの責任だ。
十人の神が浄化し、それでも浄化し切ることができずに九人を人柱にして瘴気を封じた。
世間ではそう言われている……というか教会がそう広めているが、それは事実ではない。
確かに起こった結果だけを見ればそうと言えないこともないが、事実と教会の広めている話には相違点がある。それは、自主的か否かということだ。
果たして、瘴気とは本当に封印するしかなかったのか? 完全に消し去ることが、本当にできなかったのか?
違う。そうではなかったはずだ。完全に処理することはできた。少なくとも、当時世界を覆い尽くしたと言われている、今も残っているあの《深淵》に関しては消し去ることができていたはずだった。
あるいは、封印するのであれば九人の犠牲なんて必要なかった。
にもかかわらず、九人の神は死に、今なお《深淵》は残り続けている。
それは、全部教会のせいだ。もっと言うなら、教会を作ったやつのせい、とでもいうべきか。
「……あんたは、教会の全てを知ってるか?」
「教会の全て? それはいったい……」
「教会はな、表じゃ良い顔をしてるが、裏ではかなりクソッタレなことをしてんだよ」
そんなふうに、始まりがクソだったからなのか、今に続くまで教会はクソッタレな組織のままだ。奴らは、決して正義の組織なんかではない。
「そんなことあり得ませんっ!」
「あり得るから言ってんだよ」
「なぜそのようなことが言えるのですか!」
「実際に見たからだ」
「え……」
リタは俺の言葉が信じられないのか、あるいは信じたくないのかわからないが、声を荒らげた。
その気持ちも理解できる。だが、そうだ。俺は実際に見て、知ってしまったのだ。だからこそ、はっきりと断言することができる。
「俺はな、元々は教会に所属してたんだよ。身体張って命掛けて剣を振って、そうやって瘴気だ闇だ混獣だ、って戦ってたのに、その結果があれじゃあな。信じる信じない、怒る怒らないを通り越して、呆れたよ。そんで、どうでも良くなった」
今まで俺は何をしてきたのかなんのために剣を振ってきたのか。なんのために……人を殺したのか。何もわからなくなった。
そして教会に敵対するようになったわけだが、まあそれをこいつに言う必要はないな。
「そ、れは……」
「そんなことよりも、ここで話し込んでいいのか? 今は一人みたいだが、あんまり長く一人でいると護衛が心配するんじゃないのか?」
「……そう、ですね。今日のところは、これで……」
意気消沈という言葉が相応しいくらいに沈んだリタが去っていくが、その背中を見ながらクロッサンドラに話しかけた。
「……クロッサンドラ」
『うむ。なんだ? 建前ではなく、真にあの娘を助けたくなったか?』
「余計なことを言うな。少し急ぐぞ」
『心得ている』
リタがやってきたってことは、もうすぐ教会が動くはずだ。ここからは少し忙しくなるぞ。
まったく……面倒ったらないな。それでも、止まる気はねえけどな。
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