第13話混獣の材料

 

 こちらが剣を構えて一歩踏み出せば、混獣は横に動いてこちらの軌道からずれるという行動をとる。それだけでこいつには相当知能があることが理解できる。


「人を取り込んだからか、無駄に知能があるな」


 このままでは睨み合ったまま千日手となる。

 とはいえ、《闇》を浄化されてしまえばこいつにとっては悪い状況になるのも事実だ。《闇》はこいつら混獣にとって力を与えてくれるもので、なくなれば弱体化することになる。

 そのため、混獣は浄化を阻止するために先に攻撃を仕掛けてこなければならないのだが、俺はそれを待ち構えていれば良いだけではある。


 だが、それはそれで問題があるんだよな。聖女は《闇》や混獣などの瘴気を浄化することができるが、それには相応の力を使う。それは……できることなら避けたい。


 チラリと横目で聖女のことを見るが、集中しているようでこちらを見ていない。


 ……なら、やるか。


「おい、クロッサンドラ。|使うぞ(・・・)」

『かまわぬが、あの娘がいるのにか?』

「手早く終わらせれば問題ないだろ」


 見られたら面倒だが、あの様子ならこちらが何かをしても俺が何をしたのかなんてわからないだろ。


 大きく息を吸い込むと、呼吸を止めて走り出す。

 突然接近してきた俺のことを驚愕の表情で見つめてきているが、混獣はすぐに敵意を剥き出しにして睨みつけて唸り出した。


「——『剥ぎ取れ』」


 接近しながら聖剣の能力を発動させ、そのまま敵を切り付ける。

 混獣は当然ながらその攻撃を避けるが、混獣の纏っている瘴気までは避けきれていない。

 それまで混獣のいた場所に残留していた瘴気が聖剣に吸い込まれ、そのまま瘴気の跡を辿って本体の纏っている瘴気そのものまで吸い込み始めた。


「これでしまいだ」


 そのことに驚いた混獣は自身の体に訪れた異常を確認すべく自身の体を見下ろしているが、その間にも混獣の瘴気は奪われていき、目に見えて力を失っていっている。


 それに反して俺の剣は輝きを増し、俺の体まで輝きを纏い出す。


 敵の嘘や肉体本来の持っているもの以外の力を剥ぎ取り、それを力に変えて自身に纏う虚飾の能力。そんな聖剣の力を使って一時的に肉体を強化し、驚いたままの混獣へと接近し、そのまま首を切り落とす。


 聖剣に斬られた混獣は干からびていき、俺の体を覆っていた光も収まった。


「次に生まれる時は、どっか他所の世界にでも行っとけ」


 こんなクソッタレな世界に生まれたからそんなふざけた姿に変わったんだ。他の世界なら、少なくとも瘴気なんてもんで化け物に変わることもないだろ。


『あの娘も終わるみたいだぞ』


 クロッサンドラの言葉に引かれて聖女へと視線を向けたが、丁度その時浄化の魔法が発動された。


 聖女の体が光を纏い、その光が弾けたかのように辺りを照らす。


 余りの眩しさに手を翳して光を遮るが、それでも目を細めなければならないほどの光量がある。


 だがその光も一瞬のことで、すぐにその光は消え去り、それと同時に《闇》も綺麗さっぱり消え去っていた。


 後に残ったのは、混獣が動いたことでわずかに荒れた様子のある森だけ。ここに先ほどまで《闇》があったのだと言っても、知らない者は嘘だと思うくらい空気も澄んでいる。


「これで依頼達成か」


 混獣を倒し、発生源である《闇》も処理した。後はこのことを依頼人に報告し、それをさらに傭兵組合に報告するだけだ。


『良かったな。これで十万レットの儲けだぞ。諸々の経費を抜くと、一食分くらいにはなるのではないか?』


 確かにこの場所に来るまでの乗合馬車や食費や装備類の費用を考えると、十万レットでは大した収入にはならない。いや、相手が混獣だったことと、《闇》が存在していたことを考えると、むしろマイナスになっていたことだろう。

 俺の場合は聖剣があったから怪我一つ負うことなく終わったし、偶然とはいえ聖女がいたから《闇》への対処も問題なく終わったが、本来であればケガの一つ二つは負っていただろうし、なんだったら死んでいてもおかしくはないのだ。

 そう言った諸々を考えると、十万レットというのはあまりにも安い金額である。


 だが、それはあくまでも他の者が依頼を受けた場合の話だ。

 傭兵の依頼なんてのは結果が全てだ。他の者にとってはどれほど危険な依頼だったとしても、結局俺は傷一つ負うことなく終わったのだし、結果はマイナスにはなっていない。そりゃあ儲けなんて微々たるもんだが、儲けが出たんだからそれで十分だろ。


「はっ。精々夕食は豪華にさせてもらうさ。幽霊のお前には羨ましいだろ」

『そなたと感覚の共有をすればそれまでだがな』

「飯なんてのは、食った感覚があってこそだろ。味だけ体験してなんになるってんだ」


 聖剣に取り憑いているクロッサンドラは、聖剣の持ち主である俺と任意で感覚の共有をすることができる。そのため、食事は必要ではないが食事の味を楽しむことはできるのだが、味を感じるだけの行為を食事と呼べるかというと疑問だな。


「終わりました。お待たせしてしまったようですね」


 クロッサンドラと無駄話に興じていると、聖女がこちらへやってきた。

 だが、その顔には疲労の色が見えている。足元も、わずかにふらついているようだが、それでもその表情は満足げなものだった。この聖女様はいったいどこまで人が好いんだよ。こいつは本気で善行をできたことを喜んでるだろ。


「いや、問題ない。それよりも……ちゃんと祓えたみたいだな」

「はい。私は聖女ですから」

「変なところでポカをやらかすくせに、仕事はできるんだな」

「ポ、ポカなんてそんなにやってません! 精々一日一回くらいです!」

『十分多いと思うのだが、そなたはどう思う?』

「……まあ、戦闘中にはミスらねえみたいだし、いいんじゃねえの?」


 クロッサンドラへのものとも聖女へのものとも取れる言葉を口にし、その場を誤魔化す。


「それよりも、さっきの瘴気についてだ。何か気づいたこととかあるか?」

「……いえ。やはりこの場所に《闇》ができるほどの瘴気はおかしい、ということくらいしか」


 まあ、そうだよな。やっぱりここで《闇》が生じるってのはおかしいよな。そんなおかしいことが起こるには、何かしらの理由があるわけだが、その理由に心当たりはある。


「そうか。まあいい。じゃあこいつを見てみろ」


 そう言いながら混獣の死体を指差す。干からびて死んでいるから少しわかりづらいが、人の顔がついていることは容易にわかる。


「これは、リンドさんが倒した混獣——っ! ……人の顔」

「ああ。多分、近くで死んだんだろうが……そら」

「っ! 二つもっ!?」


 足で蹴り飛ばしてひっくり返し、腹についていた顔も見せてやれば聖女は驚きに目を見開いて声を荒らげた。


「人の怨念は獣なんかよりもよっぽど強い。たとえば、誰かに殺されたんだとしたら、尚更だな。となれば、さて。誰に殺されたんだろうな?」


 ただ死んだだけ、ただ魔物に殺されただけでは瘴気は生まれない。瘴気が生まれるのは、それだけ誰かを恨んだ時だ。ただ誰かを恨んだだけでは弱い。瘴気は生まれるだろうが、《闇》になるほどではない。

 だが、誰かを恨みながら死んだのであれば別だ。その念は、もはや呪いと言ってもいいほどに深く、重い。

 瘴気を発生させるほど誰かに恨みを抱いていた何者かが、偶然ここで二人も死ぬなんて考えづらい。となれば、ここで殺された、あるいは殺された後にこの場所に埋められた可能性が高いと考えられる。


 ……なんて、いかに可能性が高かったとしても、人殺しの犯人探しは俺の仕事じゃない。さっきの二人が《闇》の発生源になっていたのであれば、もう解決したのだからここに瘴気が発生することはもうないだろうから、これ以上気にする必要はないのだ。

 それに、どうせこんな田舎での人死になんて調べたところで厄介なことにしかならないだろうしな。


「……少しだけ、お時間をもらっても構いませんか?」

「何をするつもりだ?」

「この方々を、埋葬して差し上げるのです」


 この方々って……混獣になった二人をか? 確かに元は人だが、すでに混獣として取り込まれた後だぞ。人だった頃の名残なんて顔くらいなもので、そこに宿っていた命の本質はすでにそこにはない。埋葬なんてする意味はないのだ。


「死体に触れるなんて、穢れがつくんじゃないのか?」

「その時は私自身で浄化をかけますので問題ありません。そんなことよりも、この方々の供養をしなければ」


 聖職者にとって、穢れなんてのはそんなふうに軽く流していいもんじゃないと思うんだけどな。しかも、この場合の〝穢れ〟ってのは物理的な汚れや呪いではないのだから、浄化の魔法をかけたところで意味なんてないだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る