第12話混獣との遭遇
「今、一緒に行動するっつったか?」
「はい。私は瘴気を祓いに、あなたは瘴気から生まれた混獣を退治に来ました。つまり、私達は二人とも瘴気に用事があって来たわけです。でしたら、協力することができると思いませんか?」
「そりゃあまあ、できるできないで言えばできるだろうが……」
『まあ、言っている内容は真っ当なものだな。混獣はどうせ瘴気の濃い場所を拠点とする。であれば、結局は行く先は同じ場所になるだろうからな。そなたが混獣を処理し、この娘が瘴気を祓う。理に適った配置であるな』
確かに言っていることは理解できるし、効率を考えるのなら協力した方がいいってのもわかってる。
だが、俺の中で教会の奴らと協力することに拒否反応が出ている。
こいつは教会の奴らのように俺のことを捕まえようとは思っていないだろうし、俺が追われているのだと判明したとしても対話だけでどうにかしようと思うだろう。なのでこいつ自身を邪険にする必要はないのだが、それでもやはりこいつは聖女であり、その背後には教会がいる。
こいつといる時間が長ければ長いほど、関われば関わるほど教会に繋がりやすいと考えると、進んで協力する気にはなれないのだが……
「……わかった。できることならお断りしたいところだが、今回は協力して事に当たるぞ」
「はい。よろしくお願いしますね!」
ここで拒否して時間をかけても意味はない。だったら、さっさと終わらせて別れた方がいいだろう。
そう考え、ため息を吐きつつも俺はこのお人好しでアホでドジな聖女様と一緒に混獣退治に行くことにした。
——◆◇◆◇——
「〜〜〜♪」
鬱蒼と、とまではいかないが、木々の生い茂る森の中はどこか空気がおかしく、重い感じを醸し出していた。
だが、そんな中であって場違いなほど明るい声が聞こえてくる。
その声がどこからなのかと言ったら、俺のすぐ目の前からだ。要は聖女様が呑気にも鼻歌を歌っていらっしゃるというわけである。
「……」
『鼻歌なぞ歌って、いくら小規模といえどこれから戦さ場に赴くのだと理解しているのか、この娘は? 能力があるのは理解しているが、頭の方は少し足りないようだな』
クロッサンドラが呆れたように呟いているが、その言葉はまさに俺の思いそのものだった。
まさしく、全く同じことを考えていた。こいつはただ人が好いのではなく、ただ単純に頭が緩いアホなだけなのではないか、と。
街や村など、人の生活圏を出ればそこはすでに魔物の領域であり、ここも当然ながらいつ襲われてもおかしくない場所だ。しかも、今は余計に危険が増している。そんな中で楽しげに鼻歌を歌っているだなんて、本当に何を考えているんだか。
俺はこいつのことを他の聖女とは少し違うと感じたが、ただ単に頭が緩いからズレた行動をしているだけなのではないだろうか?
「なんでそんなに楽しそうなんだ?」
あまりにも楽しげで、なんだったら街にいた時よりもリラックスして見えるため、思わず問いかけてしまった。
「え? そんなに楽しそうに見えましたか?」
「ああ、見えるな。で、なんでだ?」
「……実は、私誰かと一緒にお仕事をするのって初めてなんです。もちろん今まで護衛の人たちや先輩の聖人様方と共に行動をしたことはありますが、それは教育のためであったり、上司や部下といった関係でした。ですので、今回のリンドさんのように、対等な仲間として一緒にいられるのは、初めてなんです。でも、だからって浮かれるのはいけませんよね。すみません。これからは気を引き締めて行きます」
こいつは聖女であり、聖女の基本的な行動はこいつの言ったように他人との触れ合いというものは全くと言っていいほどない。
それを考えると、確かにこうして身分関係なく接してくる他人と共に行動をするというのは、こいつに取って初めての経験なのだろう。
俺は別にこいつの友達ではないし、なんだったら知り合いであることすら辞めたいところだが、こいつにとって俺は人生で初めての友達、あるいはそれに準ずる存在なのではないだろうか?
そのことを思うと、どうにも邪険にし辛いな。
「……まあ、まだ瘴気の気配はしねえし、しばらくは緩んでても問題ないんじゃねえか? 敵が襲ってくるようなら、初撃を防ぐくらいはしてやる」
『なんとも面倒な男だな。そこまで気を遣うのであれば、素直に仲良くなりたいとでも言っておけば良いものを』
結局、突き放しつつも譲歩してみせるという曖昧な態度をとったことで、クロッサンドラが呆れたように肩をすくめているが、別に俺は仲良くなりたいわけじゃないぞ。
そんなわけで、浮かれて鼻歌を再開した聖女とともに進んでいたのだが、しばらくして異変を感じ取ったことで足を止めることにした。
「おい」
「リタです」
またかよ。今は名前の呼び方なんてどうでも良いだろうが。お前だって俺がなんで呼び止めたのかわかってんだろ。
「そんなこと言ってる場合じゃねえっての。わかってんだろ?」
「瘴気の気配、ですね」
俺の問いかけに対して聖女は頷きながら答えたが、やっぱりわかってんじゃねえか。
「わかってんならふざけてんなよ」
「リンドさんなら大丈夫だと思ったからです」
俺のことを疑っていない真っ直ぐな言葉に、わずかに顔を顰めてしまう。
「……行くぞ」
「はい」
聖女からの信頼の言葉を無視して、とりあえず今は先に進むことを優先することにした。
「やっぱり、混獣がいるか」
そこから進んで十分と経たないうちに、依頼にあった人殺しの魔物と思われる化け物——混獣の姿を発見することができた。
現在は休んでいるようで、強烈な不快感を放つ《闇》の真ん前で優雅に寝ている。
「《闇》も相当濃いですね。ですが、ここまで溜まるということは本来あり得ないはずなのですが……」
「何かしらの曰くがあるんだとしても、まずはこの状況をどうにかすることからだ。俺はあいつを処理する。お前は自分のやるべきことをやれ」
「はいっ!」
威勢よく返事をした聖女は、その場で両手を組んで祈るポーズをとって浄化の準備をし始めた。
できることならこのまま気づかれないでいて欲しいのだが、浄化の準備をし始めたことで周辺のまあ力の流れが変わってしまった。こうなれば流石に気づかれないわけがなく、混獣はのっそりとした動きで起き上がり、周囲を警戒しつつこちらを睨みつけて唸り声を上げた。
「お前の相手は俺だ。化け物」
そう言いながら聖剣を引き抜き、混獣と対峙する。
聖剣の輝きを見て警戒しているのだろう。混獣は容易く襲いかかってくることはなく、警戒したままジリジリと距離を測っている。
こういう時間を稼ぐ必要がある時、この剣は役に立つよな。何せ、見た目だけは素晴らしく派手だからな。
『見た目だけとはなんだ! 中身もしっかり素晴らしいだろ!』
「はいはい。そうだな」
クロッサンドラの文句を適当に流しつつ、目の前の混獣へと意識を集中させる。
この混獣は、やはりただの瘴気ではなくそこにある《闇》から生まれたものなのだろう。いくつもの種が混ざり合った姿をしている。
混獣とは瘴気によって変異した生物のことを言うが、目の前の混獣はただの瘴気で変異した存在ではない。この混獣は、瘴気ではなく《闇》によって変異した存在であるのだろう。
瘴気と《闇》での変異はどこが違うのかと言ったら、瘴気は生物だけを変異させるのに対し、《闇》による変異は死体すらも材料にして行われるということ。
瘴気はあくまでも生物の枠組みの中に存在していた、変異生物である。
だが《闇》は生物であろうと非生物であろうと構わず取り込み、変異させる。
つまり、生物としての範疇から逸脱した化け物になるってことだ。
『ベースは肉食の獣か。そこになんらかの鳥と、それから……』
「人だな」
この混獣は、犬のような獣がメインだが、全身を覆っているのは羽毛であり、小さな羽がいくつもついている。
だがそれだけではない。獣の口の上についているものが獣の顔ではなく、人の顔になっているのだ。……いや、違ったな。どうやら人間の顔は一つだけではなく腹の下にもう一つついているようだ。
『ただ取り込んだだけではあるまい。《闇》の濃さからいって、おそらくは人の死体でもあったのだろうよ。それも、なかなかに豊作だったのではないか?』
そんな混獣を生み出すほどの《闇》が発生するには、長い間瘴気が浄化されずに留まっているか、あるいは、浄化しても意味がないほどの負の念が発生する要因があるのかのどちらかだ。
この場所は、力が弱いとはいえ司祭が浄化してきたんだ。自然と溜まったと考えるのは難しい。となれば、負の念の発生源が存在している……つまり、死体が存在しているということになる。人の死は、他の生物よりも瘴気を生み出しやすいからな。
それでも、これだけの《闇》となるということは、一人二人の死では足りない。もっとたくさんの死が必要となるはずだ。クロッサンドラの言っている〝豊作〟というのはそういうことだ。
「だとしたら、なんでここにそんな死体があるのかって話になるが……」
『それは後からでもよかろう。まずはそれを処理してからだ』
「まあ、そうだな」
人が複数死んでいるのは間違いないが、その理由を考えるのは俺の仕事じゃない。考えるとしても、それは今じゃない。今は混獣にどう対処すべきか考えよう。
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