第11話《闇》と《深淵》

 

「それよりも、なんてあんたはここにいるんだ? それも一人みたいだが……護衛はどうした?」

「教会に寄せられておりました嘆願書の中に、この村のことがありました。瘴気に関する調査報告書にもこの村についてありましたし、これは聖女である私が解決せねばならぬ件と判断し、参った次第です」

「マジかよ……」


 俺が受けた依頼とは別口で教会の方に助けを求めたのか。

 そりゃあそうか。瘴気に関する対応ってんなら、傭兵を雇うよりも教会や領主に嘆願した方がまともな対応をとってくれるだろう。


 だから教会と依頼が被ったことはわかるんだが、だからってこいつが一人でここにいる理由にはならないだろ。このアホ、護衛もなしにこんなところまで来るんじゃねえよ。片道二日かかるってのに、本当に何考えてんだ? シュルミッドに着いたばかりのやつがくるようなところじゃねえだろ。お前他にやることあったんじゃねえのかよ。


「護衛に関しては、普段であればそうなのですが、今の私は教会の指示ではなく個人的に……それも、黙ってこちらに来ていますので、聖女としての権限が使えません。仮に聖女として動くことができたとしても、シュルミッドの街には聖女が動かすことの戦力がありません。となれば必然的に私の独力でどうにかするしかなく、単独で参った次第です」


 いや、教会の事情は理解しているが、だったら傭兵を雇えよ。


「だとしても、傭兵雇うとかなんか方法あんだろ」

「ですが、それだと時間がかかってしまいます。私達が対処するのが一日遅れたせいで傷つく人がいるかもしれないのですから、できる限り急いで対処すべきだと判断しました。私、これでもそこそこ戦えますから。結構強いんですよ?」

「そりゃあ知ってるが……聖女なんだからもっと安全面を考えとけよな。くそっ……」


 強くなければ外回りになんて出してもらえないのだから、巡礼聖女なんてやって外に出てるこいつが弱いわけがない。実際、シュルミッドに着くまでの間にこいつの強さを確認する機会があったが、その時は特に先頭に不安を感じるようなことはなかった。

 聖女なのだから治癒の魔法の一つでも使えるのだし、役に立たないどころか、一緒にいてくれることを拒む奴なんていないだろうと言えるくらいには有能だ。

 ドジが厄介だが、それだって戦闘面では表れないから気にしなくともいい。

 改めて考えてみても、一人で来れないことはないのだ。ただ常識的に考えれば聖女一人で行動するなんてことはありえないってだけで。


「まあいい。いや、よくはねえが、来ちまったもんは仕方ねえとして、お前はどんな依頼を受けたんだ?」


 会いたくなかったが、こうして会ってしまった以上は仕方ない。

 同じ場所で別の依頼を受けたのであれば、お互いに邪魔をしないようにすり合わせをする必要がある。


「この付近に《闇》が生じたとのことで嘆願書が教会に送られておりました。どうやらこの辺りは瘴気が生じることがあったようでして、シュルミッドの教会の司祭様はその処理にあたっていたのです。ですが、流石に《闇》となるほどの瘴気となりますと、司祭様お一人では厳しいものがあったようでして……」

「ああ……まあ、だろうな。ここは《深淵》から遠いし、使える闇祓いはそっちに送られるだろ。にもかかわらずここにいるってことは、大して役に立たないような能力の低い者ってことになる」


 《深淵》とは、瘴気が集まりすぎて異界化した場所のことだ。

 ただの瘴気でさえ生物を狂わせる。《闇》になれば死者やそもそも生命体ではないものですらも狂わせる。だが、それで終わりではない。《闇》が深まりさらに瘴気が強まれば、そこは空間さえも狂わせる環境へと変わる。その狂ってしまった環境こそが《深淵》と呼ばれている場所だ。


 大昔に、瘴気を侮り他国と戦争ばかりをしていた国があった。その国は順調に人を殺し、領土を拡大し、そして瘴気を溜めていった。

 その瘴気はいくつもの《闇》となり、一つ一つの《闇》に対処している間に被害が広がり、余計に瘴気が増えて《闇》が増えるという悪循環に陥ってしまった。


 そうして国が荒れたことで、戦争に負けて奪われてきた国はチャンスと思ったのだろう。他の国々と結託して一斉にその国を攻め込み、また多くの生物が死んだ。

 その結果、ただでさえ対処しきれていなかった瘴気が強まり、《闇》で溢れかえり、当時その国にいた生物、非生物を問わずに全てが飲み込まれ、空間ごと狂った。


 それが《深淵》と呼ばれる場所。瘴気や《闇》から生まれるような化け物達で溢れかえり、皮肉なことに元となった国と同じように、自分たちの領域を拡大しようと周囲にいる生物たちを襲っていく。

 いや、もしかしたら奴らには領土の拡大などという思惑はないのかもしれない。ただ、近くにいる生物を食べたい、取り込みたいと思っているだけで。


 だが、どのような理由だとしても、《深淵》から出てくる化け物達が周囲の国を襲っているのは間違いない。

 その《深淵》自体は大昔にいた神様と呼ばれた九人の命を使って封じたが、これを元にして作ったのが教会の発行している神話である。

 だがそれはあくまでも封印だ。完全に消し去ったわけではなく、封印の隙間から外に出てくる。

 その対処のために瘴気を祓うことのできる者は《深淵》との境に集められている。


 話が長くなったが、シュルミッドの司祭についての結論としては、そんな最前線と呼べる場所に送られていないということは、いなくても問題ない程度の能力でしかないということだろう。こう言ってはなんだが、弱い人物なのだと思う。

 そんな人物が瘴気への対処をしていたのであれば、瘴気に侵されても仕方ないことだ。


 だが、そんな俺の言葉が気に入らなかったのだろう。目の前の聖女様は端正なお顔を僅かにしかめ、不愉快そうに口を開いた。


「いいえ。役に立たないなどということはありません。司祭様は、しかとご自身の使命を果たしておられました。ただ、その中に特例が存在していたというだけのことです」

「でも、能力が低いってのは間違いじゃねえだろ。実際闇祓いが《闇》を祓えてねえんだから」


 個人的にはよくやっていると思うし、教会は嫌いだがその司祭自身に思うところはない。

 だが、事実として実力が足りていないのだ。……もっとも、言い方はもっと他にあったかもしれないな、といまさらになってから思う。


『不満に思っても、口論となるほどまでは口にしない、か。やはりこの娘も〝聖女〟なのだな』


 憐れむようなクロッサンドラの言葉をきっかけに、俺は一度大きく息を吐き出すと、改めて聖女へと話しかけた。


「まあそれは置いておくとして、あんたはその司祭に代わって瘴気を消しに来たわけか」

「……はい。その通りです。あなたの方はどのような依頼なのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「まあ、あんたの依頼と似たような、ってか関係があるだろう依頼だな。この村の住人が、ここらでは見かけない魔物を見たらしい。そして、ちょうど村にやってきていた余所者が殺された」


 多分だが、俺の受けた依頼とこの聖女が受けた依頼は関係しているだろう。魔物と瘴気。その二つが同じ場所で発見されたと言うのなら、それはまず間違いなく何かしらの繋がりがある。

 もっと言えば、その瘴気のせいで魔物が生まれたのではないかと考えている。何せ、ここの瘴気は単なる瘴気ではなく、すでに《闇》にまで成長しているものなのだから、魔物の一体や二体生み出してもおかしくはない。


 しかもだ。極め付けがその魔物の外見。依頼の詳細には普段ここらでは見かけない魔物の姿についても言及されていた。


「それは……瘴気が原因ですか?」

「多分な。魔物なんてその辺にもいるが、今回見たのはどうにも歪だったようだ。複数の生き物が混ざったような、そんな化け物だそうだ」

「|混獣(キメラ)……」


 混獣。それは瘴気によって生まれた異形の化け物の総称だ。

 瘴気に侵された生物は、その瘴気が生まれた原因の因子を具現化させる。

 たとえば、そうだな……誰かを恨んで死んだ人間が原因で瘴気が発生したのであれば、その瘴気によって混獣になった生物は、その恨んで死んだ人間の姿、あるいは性質が表に出てくる。腹に人間の顔が出てくるとか、頭部に髪が生えてくるとかだな。


 複数の存在が混じった獣だから〝混獣〟と言うわけだ。


 それは単なる瘴気に侵された場合の話であって、《闇》の場合は少し違うのだが、瘴気のせいで変質、変異してしまうというのは変わらない。


 《闇》しかり《深淵》しかり、瘴気があれば混獣がいるというのがこの世界の常識だ。


「だろうな。《闇》が生じるほどの瘴気があるってんならまず間違いなく奴らだろうよ。その処理を引き受けたってわけだ」

「そうでしたか」


 そうなんだよ。というか、お前だってその可能性は理解していただろうに。何せ瘴気の対応を頼まれたんだから、考えないわけがない。

 にもかかわらず村人達が大変だから、なんて理由で一人でやってくるとか……どこまでアホなんだ、こいつ。お人好しすぎるだろ。


「そんじゃあまあ、お互いの依頼の内容についてわかったわけだし——」

「一緒に行動しませんか?」

「お互いの邪魔を——何? 一緒にだと?」


 お互いに邪魔をしないように、と言おうとしたのだがその言葉は最後まで言い切ることができなかった。

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