第10話依頼を受けた先で
——◆◇◆◇——
「件の依頼はなかったが……あんましいい依頼もねえな」
『それはそうだろう。大抵は地元の有力な集団に振り分けるものだ。余所者など、雑用や数合わせでしかない。あるいは、命の危険が大きいものか、だ』
一応聖女が護衛依頼を出しているかの確認を兼ねて傭兵組合に来てみたが、予想通り聖女が出したと思われる依頼はなかった。
だが、俺が受けたくなるような金払いの良い、街の外に出ることができる依頼もなかった。
んじゃまあ、どうしたもんかな。依頼がないんだってんなら、今のうちにこの街を出ていって別の場所に行くか?
今の時点で護衛依頼がないんだから、聖女がすぐに街の外に出ていくってことはないはずだ。だから聖女が街の外に出る前に俺が街の外に出てしまえば、もうあの聖女に会うこともないだろう。
もうあのおかしな聖女に付き合わずに済むし、教会とも関わる可能性を減らすことができる。
そのためにも、さっさとこの街を出ていってしまおう。
そうと決まれば話は早い。あとはどこか別の街に向かう依頼を探すだけだ。
「なんにしても、とりあえず街の外に出る仕事を見つけねえと……ああ。これでいいか」
『ふむ。村の近くにある山に出る魔物の討伐か。これは危険もあるが、どちらかといえば雑用の依頼か。ここに書かれている通りならば、移動に無駄に時間がかかり、山の探索にも時間がかかり、結果得られるのは些細な報酬だけと言うことになる。簡単に言えばハズレの依頼だな』
「どうせ金はあるんだ。暇つぶしも兼ねてやればいいだろ。今はとにかく街から離れられればいいしな」
『そもそも、そなたは別の街に行く依頼を探していたのではないのか? それは確かに一時的にこの街から離れることはできるが、結局のところ再びここへと戻ってこなければならぬのだぞ? それではそなたの目的である〝聖女から距離を取る〟ことができなんのではないか?』
「まあ、しばらく離れられるんだったらどのみち変わらねえだろ。もし戻ってきた時にまだ聖女がいるようなら、あいつがその後にどう動くのかもある程度予想することもできる。戻ってくることだって、全くの無駄ってわけでもねえよ」
『ほう? それは、本当に無駄ではないのか? 聖女の動向など、今後関わらないつもりであれば無視していればいいではないか。別の街に言ってしまえばそれ以上関わることなどないのだからな。にもかかわらずそのような依頼を受けるのは……くくっ。依頼人を憐れんでの人助けであろう? うむ。私にはわかっているぞ』
揶揄うような視線と笑い声が心底イラつく。ちょっと黙ってろ、アホ。
「アホなこと抜かしてんじゃねえよ。そんなこと言ってっから年寄りくせえんだよ」
『年寄りだと!? 貴様、無礼が過ぎるのでは——あっ。そういえば思い出したが、聖女と遭遇する前に私にババアと言ったことを忘れていないぞ!』
「今の今まで忘れてたじゃねえか」
一週間近く前のこととはいえ、忘れないぞと怒っておきながら今の今までカケラも思い出すことなく過ごしてきたのだから、そのことを今怒るなんてのは呆れるしかない。
「とりあえず、これを受けるか」
手に取ったのはここから片道二日かかるような田舎の村からの依頼。
どうやら近くの森で異変が起こり、人が死んだので調査、可能であれば原因の排除が目的だそうだ。
調査って言ってもすぐにわかるもんでもないから時間がかかるだろうし、この街から離れていたい俺としては都合がいい。
依頼者が田舎の農民ということもあって報酬は大した額ではないが、俺に取ってそこはどうでもいいことだ。
そうして俺は一枚の紙を持ってカウンターへ進み、依頼を受けることにした。
——◆◇◆◇——
依頼を受けた俺は、その後の時間を準備に費やして翌日の早朝にはシュルミッドの街を出た。
普通なら依頼先の情報を調べたり、シュルミッドの街の状況……特に、いざという時に応援を要請できるか、村ごと避難することができるのかといった緊急時のことについて調べるものだし、装備や道具の点検や準備で数日かかるところなのだが、今回はあの聖女と会わないようにするために必要最低限の準備だけで終わらせた。
「——それでは、ひとまずは現地に赴いて状況の確認をして参りたいと思います。しばらくの間ご迷惑をおかけするかと存じますが、必ず処理いたしますので心安らかにお待ちください。それでは、失礼いたします」
だが、おかしい。そうやって無理を押してまで街の外に出てきたはずなのに、たどり着いた村で村長に挨拶に向かったら、なぜか村長宅の前には見慣れてしまった見慣れたくない姿の女がいた。
なんであいつがここにいるんだ? 護衛はどうした。聖騎士なんてあそこにはいないはずだろ? そりゃあ多少の戦力は置いてあるが、それは聖女が好き勝手に使えるようなものではない。あくまでも〝教会の守護〟を目的とした集団であり、街を離れてどうこうするような者達ではないのだ。だから聖女の護衛なんてつかない。
では傭兵を雇ったのかといえば、そうではない。聖女が護衛依頼を出していないのは依頼を受けた際に確認したし、なんだったら街を出てくる前に傭兵組合に寄って確認してきた。
となれば……この女、また一人で行動しやがったのか? 聖女のくせになんだってそんなに腰が軽いんだよ。
「……なんでお前がここにいやがるんだ、クソッタレ」
そんな俺の呟きが聞こえたわけではないだろうが、ちょうど村長宅からこちらに体を向けた聖女と目が合ってしまった。
「ふえ? あ! リンドさん。どうしてこちらに?」
どうして、なんてのはお前に向けられるべき言葉だろうが、聖女様よお。
俺を見つけるなり小走りにこちらに駆け寄ってくる聖女。
「ぷぎゅわあっ——があっ!」
が、今は戦闘中ではないため、持ち前の鈍臭さが顔を出し、盛大に転んだ。
こいつ、大丈夫か? 今の顔からいっただろ。しかも、なんか聖女様があげたらいけないような声出してなかったか?
これ、見なかったふりして消えていいだろうか?
『なあ、これはかかわらなければならんのか? このまま見なかったふりはできんか? 厄介事になりそうな気がするのだが?』
俺もそう思っていたところだが、お前に言われるとはこの聖女もよっぽどだな。
「そうできるならしたいところだが、あれだけはっきりと見られてる以上無理だろ」
とりあえず、起こすか。助ける義理はないが、遭遇してしまった以上はどう足掻いたところで話をすることになるだろうが、話をするんだったらさっさと話してしまいたいからな。
「起きろ、マヌケ聖女様。いつまで転んでんだよ」
「……リタ・クランツです」
「抗議するにしてもせめて起き上がってからにしとけっての」
転んでから立ち上がることよりも俺の呼び方を訂正する方が先って、こいつ一体何考えてるんだ? もしや、何も考えてないんじゃねえの?
「えへへ……どうもありがとうございました」
「お前、そのうちドジで死ぬんじゃねえの?」
普段からこんなに自然に転んでるんだったら、そのうち頭でも打って死にそうな気がする。
いや、大丈夫か。旅の間に何回もドジってんのにろくに怪我すらしてないんだから死ぬことはない気がする。
「それで、その……リンドさんはどうしてこちらに?」
「どうしてはこっちのセリフなんだがな……まあ、仕事だ。これでも傭兵なんでな。この村に出た魔物の処理を受けたんだが……受けなきゃよかったと後悔してるところだ」
こいつに会わないために依頼を受けて街の外に出たってのに、なんだってその依頼先でこいつに会うことになるんだよ。どう考えたっておかしいだろ。もしやこいつは俺のストーカーでもしてるんじゃねえのかって思ってしまうほどだ。
「なぜですか? 確かにこの村はシュルミッドから遠いですが、あなたならばこの程度の距離は問題なく来られたのではありませんか?」
「距離でも道中に問題があったわけでもねえよ」
「?」
俺がどうしてここに来たくなかったのか、本気でわかってないんだろうなぁ。まあ、普通は自分が原因で嫌がられているなんて考えないか。特に、人を疑うことをしない、優しさやら正しさやらの塊である聖女様なら尚更だろうな。
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