第14話半端な忠告

「お待たせいたしました」

「もういいのか?」


 一人で混獣となった二人を埋めるほどの穴は掘れないので、延焼しないように注意しながら死体を焼いた聖女が立ち上がり、こちらにやってきた。

 まだ焼いた後の残骸が残っているが、あれは良いのだろうか?


「はい。簡易なものではありますが、一度混獣となってしまった方を人目のつくところへ運ぶわけにはいきませんから」


 まあ、だろうな。あんなのを持って帰ったとしても困るだろうし、なんだったら当人たちの家族にも迷惑がかかる可能性がある。混獣になるほどの負の念を抱えていたなんて、あいつはヤバい奴だったみたいだ。ならその家族もヤバいやつだ、みたいな感じでな。


 それに、俺としても干からびた死体を持っていかれると困る。ないだろうが、あの死体を見て俺が聖剣の能力を使ったと考える者がいるかもしれないからな。


「こんなところで誰知れず埋められてたところを、あんたみたいな聖女様が祈ってくれたんだ。こいつらも満足だろうよ」


 恨みを抱いたままこんな場所で死に、死んだ後まで混獣として使われ続けたところを、聖女なんて存在が祈ってくれたんだ。死んでしまった事実は変えられずとも、多少なりとも恨みも晴れるんじゃないだろうか?


「そう、だといいのですが……あ」


 と、そこで一区切りついたからか、またも聖女は足をつまづかせて転んだ。


「っと。おい、気いつけろよ」


 今回は丁度こっちに向かってきている時に転んだので受け止めながら注意をするが、きっと何を言ってもこの聖女には無駄なんだろうな。だってわざとやってるわけじゃねえんだもん。


「えへへ……ありがとうございます」

「終わったっつっても、まだ森の中なんだぞ。こんなところでドジをやらかすんじゃねえぞ?」

「すみません。ここ数日は体調が良かったのですが、まだ本調子ではなかったみたいで……へへ」


 なんでもいいが、その笑い方だとどこかその辺の小悪党みたいだな。

 まあそれはいいとして、それよりも気になるのが……


「本調子って……お前風邪かなんか罹ってたのか?」


 シュルミッドに向かうまでの一週間の間も特に何か病が、という感じはしなかったのだが、問題あったのだろうか?


「いえ。風邪でしたら活性の魔法でどうにかなりますから。これは、聖女の宿命だそうです。司教様が仰るには、聖女として力を使うと、神の力に体が耐えきれずに体調を崩してしまうそうなのです。その境界を見極めて皆さんを癒し、浄化を施すのが聖女として一流なのだそうですが、私はついやり過ぎちゃいまして。先日ちょっと寝込んでしまったのです」

「……」


 聖女の宿命。その言葉を聞いて思い当たることがあった。浄化を使うたびに疲弊し、死に近づいていく。

 だがそれは、単なる疲労ではなく、ただ休んだだけで治るようなものでもない。少し休んで治ったと勘違いしてしまうのは、それが〝そういう現象〟だからだ。

 その果てに何が起こるのかといったら、それはとてつもなくクソッタレな結末だ。


 教会はそのことを隠しているが、当たり前だ。こんなことがバレたら、誰も教会なんて信じなくなる。

 だがそれでも、俺は知っている。何せ、虚飾の聖剣を与えられた俺に求められた役割の一つが、聖剣を使って奴らの企みに協力することだったんだから。

 そしてその事実を知ったからこそ、俺は教会を抜けることにしたのだ。


 あの時……この話を知った時のことは今でも覚えている。

 思い出すだけで、あの時の苛立ちがまた……


「あ。ですが、もう大丈夫ですよ。今はちょっとだけふらついてしまいましたけど、基本的には問題なく動けますので。事実、これまでの道中で倒れたことはなかったでしょう?」


 なんて考えていると、俺の様子がおかしいことに気がつき、自分のことを心配しているとでも思ったのだろう。聖女は慌てた様子を見せつつ、俺を安堵させるように笑みを浮かべた。


 そんな聖女のことをじっと見つめ、考える。

 これまで俺は教会にあまり関わりたくないと思っていたし、それは聖女に対してもそうだ。

 だが、もうここまで関わったんだ。ここまできて関わっていません、なんていうのは通らないだろう。なら、今更一つくらい助言をしたところで何が変わるってわけでもないはずだ。

 だから、せめてこれくらいは……


「……なあ、お前は確か聖女やって三年目っつったよな?」

「え? あ、はい。おおよそになりますが、そのくらいですね。それがどうかされましたか?」


 突然の質問に首を傾げている聖女だが、三年で間違いなかったか。となれば、もうそろそろか。


「いや……まあせっかくだ。最後に一つだけ助言をしてやろう」


 ただ教会の中で大事に使われている聖女であればまだ問題なかった。だが、こいつの場合は巡礼聖女。外に出て瘴気に触れる役割を持っている者だ。

 その役割は大事なものだし、瘴気の危機が近くにある者達にとってはなくてはならない存在だろう。


 そんな巡礼聖女の中で、一定の期間働き続けた者は、教会からあるものが与えられる。


「神器は何があっても受け取るな」

「はえ? 神器、ですか?」

「そうだ。お前は聖女だ。そう遠くないうちに教会から神器を、もしくはそのレプリカである宝器を渡されることになるだろうよ」


 一定期間外で瘴気を相手に働き続けて、実務に耐えると判断されると、教会が保管している神器のレプリカを聖人達へと渡す。


 神器とは、大昔に存在していた神様が人間のために残した対瘴気用の武具である。俺の持っている虚飾の聖剣もその一つだ。

 だが、対瘴気用の武具といっても、俺が使っているのを見ればわかるように、人間相手に使うことも問題なくできてしまう。使い方を誤れば人に仇成す兵器となってしまう危険な代物だ。

 まあ、そんなものを持ったまま抜けてきたから教会に追われることになっているのだが。


 そんな物騒なものがこの聖剣の他にもいくつもあるわけだが、それでも数に限りがある。数える程度の数しかない神器を何百といる聖人や闇祓いに与えるわけにもいかず、基本的には神器のレプリカ……教会の奴らが宝器と呼んでいるものを渡す。


 それを賜ることは教会に所属している者にとっては名誉なことではある。聖人の中には、それを賜ることを目標として励んでいる奴らもいる。

 だが……


「だが絶対に受け取るな。ろくなことにならないぞ」

「えっと、あの、それはいったいどういう……あっ。待ってください!」


 聖女は俺の言葉の真意を問おうと俺のことを呼び止めるが、俺はこれ以上話すつもりはない。

 今の話だってそれなりに深入りした余計な忠告なのだ。

 この程度の半端な言葉で何が変わるわけでもないだろう。こんな忠告をしたところで自己満足でしかなく、この聖女は宝器を受け取ることになるはずだ。


 そうだとわかっていても、俺にはこの程度のことしかできない。

 必ず起こるであろう悲劇を避けるためにこの聖女を強引に止めることはしない。その覚悟がないから。


 止めたところで何になる。正直に知っていることを話したとしても、こいつが信じるかといったら、信じるわけがない。それは過去に教会で聖騎士なんてやっていた俺を思い出せばわかることだ。


 それに、止める止めないは別にしても、俺の知っている真実を話したとして何になる。知らなくていいはずの真実を知って、こいつはこれまで通りに生活することができるか? できるわけがない。きっと、知ってしまったらそのことが事実なのか突き止めるために動くだろう。

 教会の上層部の奴らに直接聞いたらそこでおしまいだ。そんなバカなことをせずに個人で調べたのだとしても同じ。聖女一人で暴くことができるほど軽い闇じゃない。


 仮に本人にそのつもりはなく、知らないふりをして生活することにしたとしても、知らず知らずのうちに深入りしていくはずだ。何か少しでもおかしなところを見かければ、これはもしかしてあの時聞いた話に繋がるのではないか。と、そう思ってしまうだろう。そうなれば、待っているのは終わりを早めるという結末だけ。


 だから止めないし、話さない。

 さりとて、何もせずにいるということもできないから選んだ半端な選択が、今の半端な助言だ。

 結果は変わらないと知りつつも、何もせずにはいられないから自己満足のために口にした言葉。


 そうと理解しつつも、俺は後ろからついてくる聖女の言葉を無視し、そのまま聖女の顔を見ることないまま歩き続けた。

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